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第五十八話 始めるのはたやすく、終わらせるのは難しい

 ついにニクギリの住処を攻略する力を得たつぼみの里だけど、パラメーター上の武力は☆1のままだった。

 どうやら今までは☆1未満だったけど、表示上これ以下はなく、そう見えていただけだったみたいだ。


「わたしたちは、ずっとあの寂しい土地で細々と生きてきました。こうして自分たちの力で未開の地を切り開けるなんて、夢みたいです」


 里に戻ったパスティスが、共に戦ったエルフたちに取り囲まれて百合ダンゴを作っている最中、ポニテのエルフは感慨深そうに僕にそう言った。


 たかが☆1されど☆1。これからはマップにあるニクギリのエリアも、恐れずに進出していけるようになる。


「この森では、弱い者は生きていく資格がない。自然の摂理がそう告げています。わたしたちは滅びる者だと。それを、女神様とタイラニーの教えが救ってくれた。そして今日、わたしたちは成長によって、その救済に応えることができた。次からは騎士様やパスティス様なしでもやってみせます。今日はありがとうございました」


 ヒューストン、こちらタイラニー。

 スコップは舞い降りた。

 マップ上では小さな一歩だけど、彼女たちにとっては大きな一歩になるだろう。


 もう僕らがあれこれ世話を焼かなくとも、この里はやっていけるのかもしれない。


 ニクギリ討伐の初成功に里がわいて、数日がたった。


 僕が眺める〈オルター・ボード〉に、イベントを示す「!」マークが浮いた。

 場所はまな板の里を指している。


 このタイミングは……アレかな?

 僕はリーンフィリア様たちに断りを入れ、貧乳エルフ改め、つるぺたツンデレエルフのところへと向かった。


 ※


「勘違いしないでほしいぞ! そんなんじゃないんだからな!」


 耳まで真っ赤になりながらそんなことを言われても少しも説得力がないんだよなあ。


 まな板の里、マギアの住まいと思しき、細い枝と葉で編まれたテントの中でのこと。

 彼女は僕に、両手に持ったあるものを突き出し、余裕のない目線を緑の壁へと逃がしている。


 そんな露骨に目をそらさずとも、瞳から真偽を見抜く技術なんて持ってない。というより、彼女の気持ちはどうしようもないくらい全身から溢れてるのでそんなことしなくていい。

 あまりにもチョロすぎるデレ期到来である。


 それでも何となく、彼女の目線に合わせて、ちらりと壁を一瞥する。


 アウトドア派な貧乳エルフたちは、大樹のアパートや山小屋ではなく、こういった簡素なテントで暮らしているようだ。

 二つの里に比べると、文明的にやや低くも感じられるけど、イヌイットのイグルーやインディアンのティピーに似た民族的な趣がある。どちらが上かを論じるのは、上に立ちたがる者の単なる自己満足なのだろう。


 テントの中には僕ら二人しかいない。

 これは秘密の会合でもあった。


「わかったよ。メディーナたちへのお礼だね」


 僕は笑顔になりながらそれを受け取る。


「っ! ち、違う! そんな、感謝なんてしてない! ただの取引の対価! それだけだ! 心なんてこもってないんだからな!」

「それにしては、結構なものだと思うけどね」


 マギアがメディーナたちへの返礼として用意したもの。

 それは、大きな樹鉱石だった。


 見覚えがある。ハチミツを集めて固めたようなこの輝きは、例のカエルの背中に張りついていた特殊な樹鉱石だ。しかも、僕が見たヤツより一回りは大きい。


「ふ、ふん! 我らの里からすればどうってことない。良い樹鉱石がなる樹を見つけたからな。その程度の石なら、鼻で笑ってくれてやれるぞ」


 カエルではなく樹から採れたものなのか? 見栄を張っているとしても、相当スゴイ鉱床を見つけたことになる。


「それに、その石は元々他人にやる予定だったものだ。それをあげるだけだ。頭も胸もぷにぷになあいつらには、流用品で十分だろう」


 マギアは鼻息を荒くしながら言い捨てる。


「他人?」

「貧乳の里に生まれながら、胸が膨らむ呪いにかかった根性のない者たちだ。臆病者らしく、きっとどこかで生き延びているだろうから、せめてニクギリどもと戦えるくらいの武器は与えてやろうと思っていたのだ」


 聞き返すまでもなく、微乳エルフたちのことだ。

 この樹鉱石は、ミリオたちに渡るはずのものだった……?


《樹鉱石があればルーンの武器が作れる。ミリオたちも自力で里を守り、そして新たな土地を拓けるようになるだろう。力はこの森を生き抜くのに必須の資格。生存方法そのものだ。やはり胸が小さい者たちは細部に聡く、先見の明がある。栄養が胸に偏った者たちとは違うな。そもそも貧乳の方が圧倒的に可愛い。早くミリオたちに渡してやろう》


 おまえの手首から火花散ってるけど大丈夫か?


 コウモリ野郎の台詞から察するに、やっぱり通常の攻略手順とズレが生じてる。

 ほんの数日程度の誤差だけど、ミリオたちはまだニクギリたちと戦えないはずだったんだ。


「ミリオたちなら元気でやってるよ。ニクギリたちと戦えるくらい強くなったし」

「えっ。そ、そうなのか? よかっ……いや! あんな中途半端な連中なんてどうでもいい。魔法でも体術でもない、どっちつかずの力に頼る情けないヤツらだ。心配して損……じゃなくて! 石を渡す手間が省けてちょうどよかったぞ! 勝手に生きろ!」


 このチョロ甘ツンデレ抱きしめていい?

 全身これ隙だらけの言い訳。ちょっとツッコミ入れたら、真っ赤になってそのまま泣き出しそうだ。

 しかし、こらえろ……。このみっともないほど可愛い瞬間こそ、一番ニヤニヤできるところなのだ。


「きっ、騎士殿、ニヤニヤしてるだろ!?」

「してるよ」

「っ! せめて取り繕え!」


 ずっと見ていたいけど、それでは話が進まない。

 僕は肩を怒らせる彼女に、頼むように言った。


「ねえマギア。巨乳の里と和解するわけにはいかないかな」


 唐突に突きつけられた真面目な話にマギアは少し面食らい、すぐにそっぽを向いた。


「ダメだ。騎士殿の頼みでも、たとえ女神様の言葉でも、それはできない」

「どうして? マギアはこうして、贈り物に対してお礼ができる。二つの里の融和は、その延長にあるんじゃないかな」

「巨乳エルフたちとの闘争は、わたしが始めたわけでも、わたしの代で始まったわけでもない。もっと古くからの因縁で、一個人のやりとりで解決できるものではない」

「でも、今、この森は危機的状況にある。エルフ同士で争っている場合じゃない」


 正論を通したはずだったけど、マギアの返事は鋭かった。


「だからこそ、早急に里を一つにまとめる必要がある。我らを森の端にまで追いやった、〝あれ〟と戦うために」

「〝あれ〟……?」


 マギアはうなずく。


「霧に紛れて現れた〝何か〟だった。我らはそれに急襲され、あっという間に住処を失ったのだ」


 …………! 

 エルフの里が壊滅した原因か?

 それはもしや、このエリアのボスのことでは……?


 だとしたら、この第二エリアは、単なる陣取り合戦のステージじゃない。他の勢力を吸収した里がエリアボスとの戦いに臨む、そういうシナリオがあることになる。


 いや、当然と言えば当然だ。

 ちょっと里同士の争いに気が行きすぎて、本題を見失ってた。


「敵がわかっているなら、なおのこと他の里と協力をするべきだ」

「共闘はできない。わたしたちの間には長く不信と怒りが横たわってきた。もし巨乳エルフと共に、あの〝何か〟と戦ったとき、わたしが考えることが何かわかるか?」


「メディーナたちの裏切りを心配する? 同じエルフの敵を前にして、それはないと思うけどなあ」


 僕の反論に、マギアはやや自虐的に笑った。


「積極的にはない。しかしな、騎士殿。何もせずとも、裏切ることはできるのだ。そう。文字通り、何もしない。積極的に参加せず、戦いの後に相手の被害が大きくなっているよう手を抜くのだ。そして、その隙を一気に突き崩す。さかしい巨乳どもも似たようなことを考えているだろう」

「……!」


 まさか……。

 いや、本当にあるかどうかじゃない。

 あるかもしれないと思ってしまっている状態こそが、最大のネックなんだ。

 お互いを信用できない、不信感が。


「そんな状態で共闘すれば、勝利どころか、戦いが成立するかも怪しい。だからわたしは、里長として決戦の順序を間違えるわけにはいかない。まずメディーナたちを打倒し支配する。そして、ヤツらを取り込んでから仇敵と戦う」


 返す言葉を見つけられない僕に、マギアはゆっくりトドメのナイフを差し込むように言った。


「我らは互いを信用できない。それほど憎み、傷つけあってきた。戦争は、始めるのはたやすいが、終わらせるのはとても難しい。抗争の端緒となったできごとが風化しても、昨日までの怒りと憎しみが、新たに我らを争いへと駆り立てるだろう。決定的な決着が訪れるまでな」


 くっ。資源のやりとりで抗争のシナリオから微妙にはずれた気がしたけど、それは一時的なものにすぎなかった。マギアたちの決意は固く重い。エルフ同士の争いは終わらない。


 既定路線を覆すすべもなく、僕が吐き出せたのは、こんな身勝手な言葉だけ。


「それでも僕は、すべてのエルフのために戦うよ」

「騎士殿……」

「すべてのエルフが争いをやめ、この土地が平和になることだけを願ってる。そして、その願いを君たち全員に押しつける。叶うまで、何度でも」


 マギアは少し目を丸くし、不意に、ふっと肩から力を抜いた。


「まあ……以前の〝あれ〟との戦いは、不意を打たれたというのもある。我々は敵がいることをすでに認識している。二度目の油断はない。巨乳エルフの力など取り込まなくとも、貧乳の里の力のみで倒しきることはできるだろう。メディーナたちとの決着は、その後でもいい」

「え?」

「森は広い。ヤツらと出会わぬよう、里を広げることなんて簡単だ」

「つまり、しばらくは巨乳エルフとの戦いを避けてくれるってこと?」

「っ! そ、そこまでは言っていないぞ。ちょっと違う方角に里を伸ばすだけだ。あちらが出しゃばってくるようなら、知らないがな」


 僕は笑ってしまった。

 ここのエルフたち、やっぱり見た目通り可愛いじゃないか。


「あっ、また笑ったな! 森で一番強くて可愛いわたしを笑うことは許さんぞ!」


 いきなりマギアの姿が地面に潜った。――違う。身を屈めたのだ。その次に彼女が放ったのは、恐らく水面蹴り。

 まさにこちらの足をすくうように足の甲を引っ掻け、気づいた時には尻餅をつかされていた。


 虚空に置き忘れそうになった樹鉱石を慌てて持ち直したとき、腰に何かがのしかかってくる。


 ふと顔を上げれば、目の前には、まだ頬の赤みに照れくささを少し残したマギアの不遜な笑みがあった。

 完全無欠のマウントポジション。


「ふふん。里の真ん中だと思って油断したな騎士殿。常在戦場の心構えがなってないぞ」


 舌なめずりをする幼姿の里長。

 のしかかった彼女の体重は羽のように軽いけど、さっきの動きは剣の切っ先のように鋭かった。これが貧乳エルフたち自慢の体術か。


 それにしても、これ、人に見られたら誤解されそうな態勢になってないか? 妖しげなマギアの笑みと相まって、なおさらに……。

 こういうときに限って別のエルフがテントに入ってきてしまって大変な勘違いが起こるのだ。


「里長、失礼しま――あっ!?」


 あああ!? こんなふうにィ!?


「里長と、女神の騎士様が二人きりで……!?」


 違いますよ! 僕は変なこととかしてないし、『リジェネシスⅡ』は健全なゲームです!


 僕は目線で怒濤の訴えを起こしたけど、テント入り口で目を丸くしたロリエルフは、すかさず外に向かって叫んだ。

 まずい、こんなベタベタな勘違いイベント、コレジャ――


「おーいみんな! 里長が騎士様と格闘ごっこしてるぞ!」


 ――ナイはキャンセルだあ!?


「えっ!? どこで!? 楽しそう!」

「はいはいはい、次わたし! わたしもやる!」


 でもバトルロリフたちが集まってくるうー!?

 僕は乗っかっているマギアの腋に手を差し込むと、彼女をひょいと持ち上げて傍にどかし、一目散にテントから逃げ出した。


「騎士様逃げたー!」

「追えーっ! 捕まえた者から戦う権利をやろう!」


 うおおおお!? ロリ集団が追いかけてくるう!?


「アンシェル、僕だ僕僕僕僕! 天界に引き上げて今すぐ!」


 僕は里を離れる際につけておいた通信用の羽根飾りに訴えた。

 すぐに応答がある。


「なーに? 聞こえなーい。え、なに? 今日はそっちの里に泊まるの? そう、みんなにはそう伝えておくわ。ごゆっくりカエル野郎」

「ホアッ!? カエルのことで恨まれていた!? 待ってアンシェル! 通信切らないで! 蛮族の群れに追われてるんだ!」

「やだ、何かしら、何か知らない男の人の声が聞こえる。怖いわ。切ろ」

「アンシェェェェェェル!」


 黙り込んだ羽飾りに何度も謝りながら、僕はロリエルフたちに、マジに日が暮れるまで追い回されました。


ロリッ☆美少女だらけの『蠅の王』!(高確率ですでにありそう)

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― 新着の感想 ―
[一言] 原作主人公の手首から火花が出るほど高速回転してるところ想像したら吹いた
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