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第五十七話 ルーンファイター

 入手したルーンの槍は、早速里の少女たちに配られた。

 日頃からルーン文字を扱う訓練はしているらしく、あっという間に十五名の戦乙女が誕生する。

〈オルター・ボード〉を確認すると、どうやら〝ルーンファイター〟という名前がついているらしい。


 ニクギリの住処へ進攻するのは、うち十名。五名は討ち漏らしが里を襲った際への備えとなった。

 僕とパスティスもこの攻撃に参加する。


 はじめは僕のみで、しかも「自分たちでやり遂げてみせますので」と断られてしまった。

 ここは本来、女神の騎士が参加するバトルフィールドではなく、つぼみの里がオートで攻略してくれる場所なのだろう。


 でも僕はミリオたちの戦いを見ておきたかった。

 お目当てはルーン文字だ。


 鎧にルーン文字を書き込む案は、ほとんど単なる思いつきだったけど、可能ならかなり便利な気がする。前もってその威力を体験しておくのはきっとよいことだろう。


「じゃあ……パスティス様と一緒に来てください」

「里長、それ名案!」

「騎士様、歓迎します! わたしたちと一緒に行きましょう!」

「騎士様がいれば心強いです!」


 こうしてパスティス様とそのオマケが同行することになった。


《私は誇り高き女神の騎士だ。この程度の困難に屈するわけにはいかない……!》


 ……そうだね。頑張るよ。


 ※


 ニクギリの住処は、無数の枝が入り組んで立体的な足場を作っていた。

 深い霧に沈んでいた1stバトルフィールドも、実はこんな感じだったのだろう。

 今は霧が少ないおかげで周囲の様子がよくわかる。今回はパスティスの目に頼らずとも戦えそうだ。


 枝の道は太く、特に枝分かれする部分では、瘤状に盛り上がった木肌が広い足場を作っている。戦う場所には事欠かないだろう。

 しいんと静まり返った森を進むこと、しばらく。


 ギジジジジ……。


 声と唾液を混ぜ合わせたような、濡れた音が聞こえてきた。


「来ました。みんな、注意してください」


 広い足場を冷静に選んだミリオが槍を構えると、彼女を起点に残り九名が円陣を組み、全方位に武器の切っ先を向けた。


 槍にとって最強の布陣。密集陣形だ。


 十人のうち、三人が主に頭上からの奇襲に対応する。僕とパスティスも、円陣の中央でその補助をする役目に回った。


 ジジジィ……。


 声が次第に大きく、そして反響するように体の前後を往復していく。

 霧の奥に見える枝のシルエットが、こんもりと盛り上がるのが見えた。


 ニクギリだ。


 気づけば、周囲の枝のあちこちに、ニクギリが現れ始めている。


 じりじりと包囲が狭まる中で、霧の奥に隠されていた姿が鮮明になっていった。

 灰色の体毛に覆われた、全身がほぼ頭部のみで構成された奇妙な生物。手足は小さく、その攻撃方法は牙による噛みつき一択。


 きっとヤツらにとって戦いと食事は同義なのだろう。


「怖がらないで。わたしたちには、女神様のご加護があります。必ず勝てる」


 ミリオが落ち着いた声で仲間に語りかけた、そのとき。


 ジャアッ!


 食欲あるいは闘争本能に背中を押されたのか、一匹が枝を強く蹴った。

 向かう先はポニテのエルフ。

 彼女はこの迂闊な一匹に対し、眉一つ動かさずに応手を放った。


「ふっ!」という短い呼気と同時に槍を突き出し、ニクギリの噛みつきを虚空に縫い止める。

 自らの突進力によって、背中まで切っ先を飲み込んだ獣は、一瞬にしてその生命を失ったようだった。


 ポニテエルフはニクギリを串刺しにした直後、釣り竿を振るように穂先を跳ね上げ、その死体をはるか遠くに投げ捨てた。


 枝の道を跳ね、霧と闇の沈殿した下方の世界へと落ちていく獣の死骸を目で追ったのは僕だけ。


 もはやにおいだけとなった最初の一匹の死が、ニクギリの群れに総攻撃を命じたのだ。


 ギアアアアアア!

 悲鳴じみた奇声を上げて森の獣たちが押し寄せる。

 1stバトルフィールドではなかった一斉攻撃に、思わず、アンサラーの銃口がさまよった。


「騎士様、上……!」

「ああ、わかってる。任せて!」


 僕は頭上へとアンサラーを振り上げた。


 槍の強みは、長いリーチおよび、狭所でも百パーセント威力を発揮できる突き技だ。

 槍と盾を構え、隙間なく密集した陣形はファランクスと呼ばれ、相対した敵をして「いやそれハメでしょ? うちのシマじゃそれノーカンだから(泣)」と言わしめるほど強力な戦法とされている。


 しかしアンサラーの間合いはさらにその上を行く。槍と並んで戦場のメインウエポンだった弓を追い出した銃の偉大さを、たっぷり思い知らせてくれる!


 アンサラーの銃弾が、上方の枝から奇襲を狙っていたニクギリたちを、その下降途中で次々に撃ち抜いた。


 クリーンヒットでなくとも、手足の一部を弾き飛ばされた個体はバランスを失い、支えのない空中でもがきながら霧の底へと落ちていった。


 中には銃弾をかいくぐる者もいたけど、僕はそれを気にしなかった。


「騎士様、任せて……」

「落ちてきたヤツはわたしたちが仕留めます!」


 撃ち漏らしたヤツは、パスティスとエルフたちが対処してくれる。

 僕は初動を叩くことのみ集中すればいい。


 集団戦術というのは、己の役割を決め、それ以外は信じた仲間に託すことでその効力を発揮する。


 お互いがお互いを気遣っていては、自分の役目すら果たせない。

 おまえが死んだら僕も死ぬ! だからおまえは死ぬな! という気持ちで戦うのだ。


 普段、どちらかと言えば、みんなで遊撃的な行動を取っている僕にとって、この役割分担は新鮮な感覚だった。


 不謹慎に思われるかもしれないけど、楽しい。

 剥き出しの命を預け合っている一体感。

 今自分が生きていることが、仲間が頑張ってくれている証拠だと、心が理解する。

 戦友というのは、きっと親友とも恋人ともまったく違う形式の関係なんだろう。


 酷使したアンサラーがオーバーヒートする。僕はアイスチップを女神のディスプレイに走らせ冷却する合間に、ミリオたちの戦い振りを観察した。


 普段、温厚で、タイラニーで、パスティスにデレデレしている彼女たちからは想像もつかないほど勇猛な戦い振りだった。


 突きという最少動作の攻撃を活かし、横に並んだ二匹程度なら簡単に串刺しにする。

 もし三匹目が現れるなら、すかさず隣にいる仲間がフォロー。

 その動きは迷いがなく、そしてしなやかだった。


 彼女たちとて、この森で孤独に生き延びてきたのだ。

 一方的に蹂躙されるだけの存在であるはずがなかった。


 しかしそれは、ニクギリたちも同じ。


「クソッ、まだ出てくるのか、こいつら!」


 倒しても倒しても湧いてくる。アンシェルがわざわざ「群れているから手を出すな」と忠告するはずだ。

 すでに数十は狩ったはずなのに、まだ勢いが衰えない。


 とうとう槍の内側の射程圏外に入り込んできた一匹が、エルフの一人に噛みついた。

 まずいっ!


「この……っ!」


 気づいたパスティスが尻尾を唸らせ、即座に眉間を撃ち抜く。


「大丈、夫……?」

「だ、大丈夫です。ありがとう。かすり傷です。あっ、でも、あとで手当してください。わたしの家で。夜にでも……」

「え、えっ……」


 よーし、本当に大丈夫そうだ。メンタル的にもまだ余裕がある。槍に記されたルーン文字が防御力を高めてくれているのだろう。


 しかしまずい状況。

 ニクギリたちのラッシュが激しすぎる。

 ミリオたちのフォローにパスティスを回したけど、それでもギリギリ。


 何かあれば陣形を崩される。

 槍は乱戦には向かない。

 かくなる上は、僕とパスティスが群れに飛び込んで撹乱を――。


 そう思ったとき、ミリオとポニテの声が聞こえた。


「ミリオ、ヤツらの攻勢がここらが頭打ちだ。そろそろあれをやるか!」

「ええ、やりましょう!」


 二人が余裕のある笑みを交わした。


 何だ? 何か作戦があるのか?


 二人の前には、十匹以上のニクギリたちが一斉に迫ってきている。

 あの数は対処しきれない。食い破られる!


 しかし、二人のエルフはまるで怖じ気づくことなく、奇妙な行動に出た。

 血塗れの槍の穂先をX字に重ね合わせたのだ。


 その行為の意味を僕が思案した瞬間――。

 放たれた爆光が、ニクギリたちからあらゆる影を剥ぎ取った。


「!?」


 純白の光の中に、肥大化したルーン文字が一瞬現れ、消える。


 轟音!


 ありもしない光の圧を感じ、僕は身を堅くした。遅れてやってきた衝撃こそ本物の風圧だと理解したものの、僕の鎧を撫でたものなど余波以外の何ものでもなかった。


 僕が改めて二人の前方に目をやったとき、交差した槍の先で枝の道は大きく抉られ、ズタボロになったニクギリが辛うじて枝の端に引っかかっているのをのぞいて、十匹以上いた集団の形跡はどこにもなかった。


 吹き飛んだ。すべて。


「今です!」

「こっちも!」


 激闘していた他のエルフたちの前方でも、次々に爆発が生じる。

 穂先から飛び出たようなルーン文字の残像に押しのけられ、ニクギリたちが四散していった。これまでの戦い方とは明らかに違う。


「ミリオ、その技は……!?」

「ルーンバースト! わたしたちの奥の手です!」


 ミリオは得意げに叫び返してきた。


 後に聞かせてもらった話だけど、これはルーン武器を重ね合わせることで書き込まれている記述を擬似的に乱し、魔力を暴発させる一種の〝裏技〟だった。


 ルーン武器で訓練中に偶然発見され、実戦に使えるようになるまで、慎重に磨かれてきたそうだ。


 一度使うとルーン文字の効果が弱まるため、ここぞというときにしか使えないまさに奥の手だけど、その威力はお墨付き。

 そのリスクも含めてまさに必殺技だ!


 ミリオたちのルーンバーストによって、ニクギリの総攻撃は一気に瓦解した。

 一瞬にして群れの大半を失ったニクギリたちは、それでも有り余る食欲と攻撃性で襲ってきたけれど、やがて散り散りになって逃げていった。


 つぼみの里の完全勝利である。


「この勝利を女神様に!」

「タイ、ラア、ニー!」

『タイ、ラア、ニー!』


 槍を振り上げる微乳エルフたちには、もう虐げられた者たちの面影はなかった。

 立派なルーンの戦士。

 誰にはばかることなく、この大樹で生きる住人だった。

 かけ声は、この森とは全然関係ないけど……。


 しかし、ルーンバーストだって?

 そんな裏技まで完備しているなんて、ますますほしくなったよ。

 絶対に魔女を探して、ルーン文字つけてもらうぞ!

 必殺技の名前も今から考えておかないとな!


「タイ、ラア、ニー!」


 そうだ、タイラニーブレイクっていうのは!?


 ……イヤだよ!




「ミリオ、例の技の名前を考えたわ。森羅万滅天凛交差斬ってどう?」

「何でそんなに長いんですか? ルーンバーストでいいですよ」

「えっ・・・;;」


※お知らせ

更新間隔がちょっと不安定になります。

のんびりお待ち下さい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 集団バトルの新感覚や、ルーン技の故意の暴走による必殺技とか、コレポイント高いと思うんですけど主人公の琴線には引っかからなかったんですね……
[気になる点] >普段、どちらかと言えば、みんなで遊撃的な行動を取っている僕にとって、この役割分担は新鮮な感覚だった。 文脈的に「みんなで??」ってなるかも パスティスたち仲間を含めてって意味なら「…
2020/09/13 14:07 退会済み
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