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第五十六話 魔女の小屋

「そうですね。ルーンの槍は、里にたった三本しかありません。今回、カエルから取れた良い鉱石がありますから、今まで集めた分と合わせて十本くらいは作れると思います。それだけあれば、ニクギリの群れとも戦えるはずです」


 魔女の小屋を目指す道すがら、僕は里の戦力状況についてミリオに詳しく聞いていた。


 主戦力は、ミリオ他、二名のエルフのみ。これはルーン武器で武装している。他にも、枝から切り出した木の槍を持っている者はいるけど、そちらはニクギリとの戦いすら厳しいだろうという話。やはりルーン武器は必須だ。


「一番いいのは、樹鉱石を生やした〈バベルの樹〉を見つけることです。幹中に樹鉱石がくっついてますし、掘ってもしばらくすればまた石が生えてきますから」


 しかし、樹の発見はかなりの困難を伴うらしい。実のなる枝以上に希少で、どこにその樹が生えているのか見当もつかないとか。


「あのカエルをたくさん捕まえるのは?」

「あれは滅多に見かけるものじゃないんです。さっきは本当にすごい偶然だったんですよ。大抵はどこかで動けなくなって死んでしまうので。きっと、最後の力を振り絞って女神様に助けてもらいに来たんですね」


 そのカエルをぽこぽこ叩いて救うとか、リーンフィリア様は神々しいのかそうでないのか、よくわかんないです。


「カエル、見たかった、な……」

「リーンフィリア様があの湖に放されたので、今度見に行きましょうね! 二人で!」


 パスティスのつぶやきに過剰反応するミリオ。


「あ、あの、二人は、ダメ。み、みんなで……」

「はい、そうしましょう! 大切な人と来たはずなのに、どうしても目が離せない子にわたしなりたいです!」


 かわしたはずが、一層闇の深い笑みを向けるミリオ。 

 パスティス。今さらだけどその子は、とても厄介な子なんだよ。


「それにしてもパスティスまで付き合ってくれなくてよかったのに。多分魔女にも会えないし、何もないかもしれないよ」

「う、うん。でも……」


 少し困ったような眼差しをミリオに向け、


「何もなくていい、から……。騎士様と、一緒にいる……」


 そう言って、僕との距離を心なしか詰めた。

 何かを心配されてる気配がプンプンするけど、僕とミリオは二人きりでも確実に何もない。


「うふふふ……。騎士様の国には、エビでタイを釣るという言葉はありますか?」

「エビに対してそういうこと聞くのはどうかな」


 どっちにしろ食われるんだから、釣果がタイだろうがサバだろうが知ったことか。


 枝の道は延々と続いている。

〈バベルの枝〉を採りに行った道とよく似た、吊り橋のような一本道。


 こういう場所は、森の獣たちも好まないという。見通しもよく、逃げ場もない。一歩踏み外せば、いくら森に慣れた獣でさえ地上まで真っ逆さま。

 下に待つ世界は――恐らく地獄以上の地獄だ。その前に墜落死するとは思うけど。


「森でわたしたちが住める場所は、ごく一部でしかありません」


 ミリオが畏敬の念を込めて、林立する巨木の幹を見つめる。


「枝の下の世界や、森のより深いところにどんなものがあるか、誰も知らないんです」


 僕と同じことを考えたのか、そんなことを言う。

 湖の怪魚の墜落先に現れた、あの巨大すぎる何かも、その謎の一つなんだろう。


「でも、森を自由に旅する魔女なら、多くのことを知っていると思います。騎士様が聞きたがっている模様のことも」

「危険な森を歩き回ってるんだから、やっぱり強いのかな?」

「魔法はすごく達者です。戦いについては、よく知りませんけど……。でもきっと、すごく強いと思います」


 強い、か……。

 僕の指は自然と、鎧に刻まれた浅い傷をなぞった。


 このエリアの敵は強い。特に攻撃力は〈ヴァン平原〉とは比べものにならない。

 鎧を切り裂く敵も現れるかもしれない。

 もしも魔女が強いのなら、そんな森を一人で生き抜く強さの秘密を教えてもらえないかな。あの帝国騎士と戦うためにも……。


「見えてきましたよ。あれが魔女の小屋です」


 ミリオが指さす方向に、一本の古い樹があった。

 大樹の虚を利用した住居は、巨乳エルフたちの趣向だ。やっぱり、魔女はあそこの里出身と見ていいだろう。


「ごめんください」


 先頭のミリオが蝶番を軋ませながら扉を押し開け、中へ入る。


「色んなものがあるね」


 つぶやく僕の目に映るのは、薄暗いメルヘンの世界。

 メディーナの部屋は明るく童話めいた愛らしさがあったけど、明かりに乏しいここでは、逆に楽しい物語が終わった後みたいな寂しさと静けさを色濃く描き出す。


 隙間だらけの本棚に、乾いてこびりついた粉末だけを残したガラス瓶。丸められたスクロールにはほこりがたまり、日焼けの上に白い化粧をしていた。


 長く使われていないことが一目で分かる。

 それでも、整然とした室内の様子が、魔女の几帳面な性格をうかがわせた。


「魔女はしばらくここに戻っていないみたいです」

「そうだね。でも、希望は半分くらいかなったよ」

「えっ?」


 僕は天井付近を渡された紐に、数枚の紙が留められているのを見上げながら言った。

 紙に書かれているのは〈古の模様〉。そして、


「あ、あれ、石版のかけらに書かれてた、文字……」


 パスティスも一目でわかったようだ。


「やっぱり魔女は何か知ってるみたいだ。もし会えたなら、きっとこの謎も解ける」


 僕は書き置きを残すことにした。万が一サマル(訳:入れ違いになること)っても、きっと反応してくれるだろう。


「さあ、ミリオの用事を済ませよう。どうやってルーン武器を作るの?」

「それは、あの機具を使います」


 部屋の片隅に、人が入れそうな大きな窯があった。

 どこかだるまストーブに似ているその表面には、解読できない文字が、区切りもなくびっしりと並んでいる。


「これ、全部ルーン文字なんですよ。こうやって指で撫でると――」


 ミリオが一番端にあった数文字に指を這わせると、突然窯の表面が光りだし、まるでビリヤードのブレイクショットをしたみたいに、文字がばらばらに弾け飛んだ。


「うおっ、何これ!?」


 休息地で雑然と群れていた鳥たちが一斉に飛び立ち、綺麗な編隊を組むような動きで、文字が並び変わっていく。

 そうして現れたのは、横向きの系統樹だった。いわゆるツリー。スキルツリーでもテクノロジーツリーでもいい。とにかく、スタート地点から次々に枝分かれしていく図形だ。


 これ、もしかして、ルーン武器を作るためのガイドラインか……?

 なんだこの魔法文明感マックスなインターフェイス……。果実の里にだって、こんなオサレなのなかったぞ。


「ヨク キタナ ヨウケン ヲ ニューリョク セヨ」

「窯が、しゃべってる、よ……」


 パスティスが僕の後ろに隠れる。


「ミリオ、これも魔法なの?」


 僕とパスティスが面食らっていると、ミリオはくすくす笑い、


「ええ。魔女曰く、遊び心だけで作ったそうです。ただ材料を入れるだけだとつまらないからって。面白い人ですよね」


 巨乳エルフなのに几帳面で、良心的で、おまけにお茶目だとか、これもうお姉さんキャラの必要十分条件揃ったな?


「ここに木の根のように分かれた文字の並びがあるでしょう? 必要な箇所にふれて、材料を窯に入れるだけでいいんです」


 ミリオは系統図の一番上のところを次々にタッチしていく。

 雰囲気的に、一番簡易なものを作ろうというのだろう。

 操作を終えると、窯の上部のフタを開き、手持ちの樹鉱石を放り込んだ。


「ピリリリリ」


 窯は甲高い声を上げると、再び文字を変化させた。羽虫のように密集し、黒い靄のような映像を作ったと思ったら、こんなことを言ってきた。


「チョウゴー シュウリョウマデ ゲーム ヲ タノシメ」

「は? ゲーム……?」

「ジャーン ケーン」

「え? ジャンケン?」


 窯の表面で、文字が恐ろしい速度でグー、チョキ、パーを連続表示させている。

 その下には、まるでこちらに選べとでも言っているようなグー、チョキ、パーがある。

 おいおい……何だこれ。これも魔女の遊び心なのか?


「騎士様、がんばって……」

「僕がやるの?」


 パスティスに押し出され、僕は少し迷った挙げ句パーにふれた。

 同時に、高速で切り替わっていた窯側の表示も止まる。


 チョキだ。

 機械がすかさず声を上げる。


「ズコー」


 なんだよいきなり昭和の香りを漂わせやがって! 最新魔法機具の雰囲気が台無しじゃないか! 何がズコーだ! いまさらそんな擬音を立てて滑るヤツなんていねえよ!


「負け、ちゃった……」

「世界は闇に閉ざされるというわけですか……」

《私の戦いもこれまでか……》

「ただのジャンケンゲームだよ! ズコーが世界最後の台詞なんて僕はいやだよ!」


 しかも主人公までちゃっかり参加してやがる。声優さん子供の頃に実機でやってたんですかねえ!?


「サギョー カンリョー」


 あ、もう終わり!? ちくしょう、一回勝負かよ。負けたまま終わるのかよ僕は。

 窯の下部が開き、雪のように白い槍の穂ががらがらと出てきた。


 槍の先端は、刀みたいになかごがある差し込み型と、柄にかぶせるカバー型があるそうだけど、これはカバー型だ。


「十、十一、十二……。予想より少し多いですね! きっと、あのカエルについていた石の質が良かったおかげです。もうっ……タイラニイ!」


 肩を震わせて喜びを十分溜めてから、笑顔を弾けさせるミリオを見て、僕は改めてリーンフィリア様が彼女たちにもたらした希望の大きさを実感する。

 しかも、〈偉大なるタイラニー〉という新装備まで手に入れて、完全に主人公ですよ……羨ましい……。


「ねえミリオ。そのルーン文字ってさ、僕の鎧にもつけられないかな」

「えっ。騎士様の鎧にですか?」

「うん。やっぱり樹鉱石じゃないとダメかな?」


 ルーン文字は綴った武具を強化する効果がある。それを利用すれば、僕もお手軽にパワーアップできるんじゃないかと思ったのだ。


「ううん、どうでしょうか……。ルーン文字は普通の金属に書いてもほとんど意味はないんですが、女神の騎士に与えられたほどの鎧なら、あるいは……」

「本当? どうすればいい? この窯でできないかな?」


 はやる僕に、ミリオは悪戯っぽく笑いながら、


「騎士様を材料にしたら、何かできるかもしれませんね」

「わかった。ちょっとやってみよう」

「わああ! 嘘です、待ってください!」

「だっ、だめ! どうなるかわからないのに危ないこと、しないで……!」


 窯によじ登った僕は、ミリオとパスティスの二人がかりで取り押さえられた。

 むうっ……。戦力強化のチャンスかもしれないのに……。


「ダメ……だよ。騎士様……。ダメ……」


 パスティスが目に涙さえ浮かべて、僕の手を強く握ってきた。

 うっ……。適当にガチャガチャポンって感じでニュー僕が出てくると思っていたのに、この温度差は苦しい……。とても悪いことをした気分になる。


「わかったよ。ルーン文字については、魔女から直接聞くことにする」


 ほっとした様子のパスティスだったけど、帰り道もずっと手を離してくれなかった。

 彼女の中では、僕は相当向こう見ずな性格なのかもしれない。

 ハアハアしながら見てくるエルフが何を考えているのか丸わかりでとても不気味。


 ともあれ、魔女に会いたい理由がまた一つ増えた。

 早く応答がありますように。


グーチョキパーの三つのボタン同時に押せば絶対勝てるというデマを信じていたあの日(ズコ感)

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― 新着の感想 ―
[一言] 鎧の傷って自然回復しないんだ…… 女神の加護で戦闘終了時に回復するものだとてっきり
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