第五十五話 ルーン武器を求めて
さて、二つの里を見て回り、改めて現在の勢力値を確認しておこう。
里長:メディーナ
人口 ☆☆
武力 ☆☆
文化 ☆☆☆☆
資源 ☆☆☆☆
里長:マギア
人口 ☆☆
武力 ☆☆☆
文化 ☆☆
資源 ☆☆☆
里長:ミリオ
人口 ☆
武力 ☆
文化 ☆☆☆
資源 ☆☆☆
メディーナたちは文化面で、マギアたちは武力面での成長が著しい。どちらも強みがあり、間違いなくそれを武器に里を広げてくるだろう。
それに比べると、ミリオたちはこれといった強みもなく、
「タイッ、タイッ、タイッ、タイラニー!」
「タイッ、タイラニー! タイラニータイラニー! タァ!」
「あー、負けちゃった」
「やったー。連勝だー」
…………。
カバディみたいな遊びを開発し、ひたすら謎の文化を発展させている……。
いや、これを発展と呼ぶのは、国語辞典が自ら飛んできて角でぶん殴ってくるレベルの誤謬なのでは?
メディーナが文化面を伸ばしている以上、この戦国エルフでは、武力に対抗できるなにがしかの機能を持っているとも考えられる。
高度な武器を発明するとか、文化で相手を魅了し戦いを避けたり、あるいは感化させた相手を引き込んだりして、敵を潜在的に支配してしまうとか?
でもこのタイラニーという異質な文化が、他の里のエルフたちをして「わたしもタイラニーしたあい」と言わしめるとは到底思えない……。
女神様でさえ、胸のサイズ一つで拒否されてしまう厳しい世界なのだ。
やっぱり、武力の星がほしいな。
森で生き抜くためにも、単純なパワーは必要だ。
でも、ここの武力は初期から少しも増えていない。
どうやったら増えるんだろう? ミリオに相談してみるか。
「ん?」
〈バベルの平卓〉の奥から、慌てて走ってくるエルフたちの姿が見えた。
確か、この土地の端で家を建てていた面々だ。
彼女らは、近くで同胞と立ち話をしていたミリオに駆け寄ると、身振り手振りをふまえて何かを伝えたようだった。その様子には切迫したものが感じられる。
「なるほど……。それでは、そちらには近づかないようにする方向で……。ええ、見張りを立てましょう……。ご苦労様でした」
ミリオの言葉にうなずきあう微乳エルフたち。
うそだろ……ミリオがまともな里長みたいなことをしてる……。
「ミリオ。このままじゃあ……」
「わかってます。新しい武器を作りましょう。わたしに任せてください」
ちょっと勇ましい感じのポニテエルフにそう言うと、ミリオはその場を離れ、たまたまなんだろうけど、僕の方を向いた。
「何かあったの?」
こちらから声をかける。
「あっ、はい、騎士様。里の端が、ニクギリの住処の近くにまで到達してしまったようで、土地を広げるのを中止させました」
なに? イベントか?
僕は〈オルター・ボード〉に目線を落とした。
「…………?」
そこには予想通りのものと、そうでないものが両方映っていた。
マップを覆っていた霧が一部晴れ、ニクギリたちを表すであろう牙のアイコンが、里のすぐ手前にある。
しかし、そのアイコンに重なるようにして、通行禁止を示すようなマークが表示されているのだ。
こんなことは初めてだ。どういう意味だろう。新しいバトルフィールドでは、ない? ごうつくばりの天使による有料コンテンツでもなさそうだ。
まな板の里のマギアたちは、ニクギリの生息地を襲って食料と土地をゲットしていた。ミリオたちにはそれができないのか? だったら……。
「僕が行ってくるよ。ニクギリたちを片づければいいんだよね?」
「ダメよ」
きっぱりとした否定の言葉は背後から来た。
振り向けば、気難しい顔をしたアンシェルと、その隣にリーンフィリア様が立っている。
「女神様、天使様、タイラニー」
ミリオが恭しく頭を垂れる。
「たいらにー。ミリオ」
「た、たいらにい……」
ごく当たり前にやりとりするミリオとリーンフィリア様に対し、まだ若干戸惑いというか、照れがあるアンシェルの対比がちょっと面白い。
タイラニーって、元は女神様の「じめんをたいらにするんだー」という泣き言から来てるからな……。まさかここまで神格化されるとは誰も思わなかったさ。
「アンシェル、何がダメなの?」
「ニクギリは集団行動するって前に言ったでしょ。迂闊に巣をつついた日には、雪崩を打ってこの里に攻め込んでくるわ」
「天使様の言うとおりです。里に戦う態勢が整ってない以上、今はまだ刺激するべきではないんです」
ミリオがアンシェルの言葉に追従する。
なるほど。武力が低すぎて制限がかかっているのか。
そう言えば、つぼみの里で武器らしい武器を持っているのは、ミリオ含めてほんの少ししかいないんだよな。やっぱり、☆1なのは問題だ。
「でも、大丈夫です。ちょうど、樹鉱石を魔女の住まいに持っていこうと思っていたところでしたので」
樹鉱石? 魔女? 待て、それはどっちも聞いたことがあるワードだ。
情報が繋がってきたことに胸の高鳴りを覚えながら、僕はミリオにたずねる。
「魔女って、この森を旅してるっていうエルフの魔女?」
「ご存じでしたか。はい。実は、わたしたちにルーン文字の武器をくれたのも彼女なんです。この土地で生きるのは大変だろうからと、無償で」
「へえ……」
変わった人物のようだけど、悪い人ではなさそうだ。
「色々な場所を転々としている人なんですが、滞在するときに使っている小屋がこの近くにあって、そこにルーン武器を作るための機具が置いてあるです。樹鉱石をそこに持っていけば、わたしたちだけでもルーン武器が得られるよう、彼女が用意してくれたんですよ」
「いい人なんだね」
「ええ、とても。胸は大きいですけど、そうでなかったら、わたし……」
言って勝手に赤くなっている略奪系恋愛脳のエルフ。
胸が大きいということは、ひょっとして、魔女というのは巨乳の里出身なのかな?
僕の中で勝手に、メディーナ似の、慈愛に満ちた聖母のような女性像が組み上がっていく。ううむ、これは是非会ってみたい。
「ルーン武器が集まれば、里も強くなるのかな?」
「ルーン文字の書かれた武器は、それ自体が防具にもなりますから、数を揃えられればそれだけ里の戦力は大きくなります。ただ、樹鉱石は貴重なものなので、今回増やせる数もほんの少しですけど……」
ミリオは少し肩を落とした。マギアも樹鉱石は貴重だと言っていた。里として貧弱なミリオたちが得られる機会はさらに限られるのだろう。
「何とか樹鉱石を集められないかな。場所に心当たりは?」
「わたしたちは知りません。そういう場所は、もう他の里が管理していたりしますから――あっ……!?」
言いかけたミリオが、突然大きく目を見開いた。
「あらっ?」
「ぎゃっ!?」
目線に釣られたリーンフィリア様とアンシェルはの反応はほぼ真逆。
立ち話をする僕らの横に、いつの間にか鎮座していたのは、一匹のカエルだった。
結構大きい。両手で持ち上げても胴体が少しはみ出るくらいのサイズはある。
ミントブルーの鮮やかな体色に、金色の目。しかし何より目を引くのは……。
「この子、背中に宝石を背負ってますね」
言って、リーンフィリア様がカエルを優しく拾い上げた。
そう。そのカエルは、背中に透き通ったオレンジ色の宝石をへばりつかせていたのだ。
「ひっ、ぎゃああ。リーンフィリア様、そんなの捨ててください。カエルですよ!」
「あらアンシェル。カエルが苦手だったんですか?」
「そうです。だって気持ち悪いでしょう。ぬるぬるしてるし、見た目からして他の何にも似てないし! リーンフィリア様の身が穢れます! 直ちにポイしましょう!」
ふうん。アンシェルはカエルがダメなのか。
「騎士! あんた今兜の中で笑ったでしょ! わかるんだからね!」
「笑ってないさ。誰しも苦手なものはあるものだよ。そういえば、世の中にはカエル風呂っていうのがあってね。大きな壺にカエルをどっさり放り込んで、その中に肩まで沈んで、ヤツらの分泌液をねっとりと……」
「ぎょあああっ!? 想像しちゃったじゃないバカナイト! 精神攻撃やめなさいよ!」
「聞き流せばいいんだよ。それで、カエルの卵を丸飲みするとさあ……」
「黙れえええええ!」
天使と格闘する僕の横で、リーンフィリア様がぽつりと言った。
「でも、このカエル、元気がありませんね……」
「そのカエルは、樹石病なのです」
ミリオの返事を聞き拾ったアンシェルが、僕の首を絞めながら悲鳴を上げる。
「め、女神様、それ病気だそうですよ! 早く離して!」
「大丈夫です天使様。樹石病は、人に感染るようなものではありません。それに、カエルにとっては災難ですが、わたしたちにとってはありがたい病気なんですよ」
「どういうことでしょう?」
リーンフィリア様が興味深そうにたずねた。
「そのカエルが背負っているのが、今話していた樹鉱石なんです。樹鉱石というのは〈バベルの樹〉の樹液なんですが、とても栄養価が高くて、エサが取れないときなど、このカエルはそれを舐める習性があるんです。でもこのカエルには樹液を完全に分解する力がなくて、一部がこうして皮膚に溜まってしまうんです」
「それが、このカエルが背負ってる鉱石なんですね」
「はい。カエルが背負った樹鉱石は、普通に手に入るものより純度が高くて、とても貴重なんですよ」
ジャコウネコのウンコから取れるコーヒーとか、太らせたアヒルから取れるフォアグラとか、まあそういう感じなわけだ。
「ただ、カエルにとってこの石は重いので、いずれ身動きが取れなくなって、死んでしまいます。無理に取ろうとしてもショックで死んでしまうので、どのみちこのカエルは助かりません」
「そうですか。可哀想ですが、病を得るというのは自然の摂理ですので、仕方ありませんね……」
リーンフィリア様は残念そうにカエルを地面に置いた。
ジャンプもせずにじっとしている様子は、重さに耐えながら、何かを訴えているようでもあった。しかし、こちらからは手の出しようもない。僕は話を少し戻す。
「ミリオ。さっきの話だけど、僕もその魔女の小屋に行ってもいいかな? もし魔女に会えるのなら、聞きたいことがあるんだ」
「一緒に来てくれるのならとても助かります。危険はないはずですが、少し里から離れた場所にあるので……。ただ、魔女に会える可能性は低いと思います」
「それでもいいよ。ダメで元々だ」
ぽこぽこぽこ……。
「聞きたいことって言っても、単なる興味本位だしね。知ってるかな〈古の模様〉ってやつなんだけど……」
ぽこぽこぽこ……。
「わかりません。え? 時々樹に彫ってあるあの模様のことなんですか……?」
ぽこぽこ……。
「そうなんだ。実は、前にいた土地でも見かけてね。何かなあって……」
ぽこん。
「さっきから何の音?」
僕が音の出所へ顔を向けると――。
「取れました」
『!?』
そこには、〈偉大なるタイラニー〉と、樹鉱石を手にした女神様がいた。足下にいるカエルはもう石を背負っていない。石を引っこ抜かれたことにより、生物的にちょっとグロいへこみがあるだけだ。
「素晴らしいです女神様! ああっ、タイラニー! どうやったんですか?」
「このスコップで叩いていたら、ぽろっと取れたんです」
やった本人が驚いている様子だけど、まず、なぜ、病気のカエルをぽこぽこ叩いていたのか、ものすごく気になりますよ。
しかし、叩かれた本人というか、カエルは元気そのもので、背中が軽くなったのが嬉しいのか、その場でびょんびょん飛び跳ねている。
これも〈偉大なるタイラニー〉の力なのか?
「これでこのカエルはもう大丈夫ですね。先日、騎士様たちが解放してくれた湖に放してあげましょう。あそこなら食べ物もあるし、生きていけるはずです」
リーンフィリア様が聖母の微笑みを浮かべる。
「樹鉱石を手に入れた上に、命まで救ってあげるとは……。あなたのようなお方が女神様で、わたしは本当に嬉しいです。タイラニー、タイラニー」
ありがたや、ありがたや……と頭を下げるミリオ。
何かカエルで色々あったけど、僕はミリオと一緒に、魔女が使っているという小屋を目指すことになった。
これが戦力増強の第一歩になるといいな。
石を背負ったカエルと聞いて連想するものは・・・




