第五十四話 一方その頃、まな板の里
「誰か、ナイフー、ナイフ持ってきてー」
「ああ~っ、そっちの方が肉大きいよう~」
「そこっ、ちゃんと並べ。ずる入りは犯罪だぞ!」
霧の中に混じった煙が、肉の焼ける香ばしい匂いを運んでくる。
僕たちがまな板の里を訪れたとき、貧乳エルフたちは盛大なバーベキューの真っ最中だった。
「おお、女神様ではありませんか。ちょうどいいときにいらっしゃった。どうぞたくさん食べていってください!」
広場に踏み入れるや、里長のマギアがすっ飛んできて、リーンフィリア様の手を引く。
「わあい、女神様だ~!」
「今日はなんて素晴らしい日だろう!」
「お酒だ。お酒持ってこーい!」
木でできたトレイを手にしたロリエルフたちが、盛んに歓声を上げる。
やっぱりここの里の面々は顔立ちや体格も幼い者が多い。
ただ、酒だーと叫んでいるのもやっぱりロリエルフで、どうやら彼女たちは、見た目ほど子供なわけではなさそうだ。
僕はその様子を興味深く眺める。
果実の里を訪れたのがつい昨日。
続いて今日はまな板の里を視察に来たんだけど、ここも僕らが手を出すまでもなく、のびのびと育っている。
その証拠とも言える、勢力パラメーターがこちら。
里長:マギア
人口 ☆☆
武力 ☆☆☆
文化 ☆☆
資源 ☆☆☆
☆四つが二分野もあった果実の里に比べると見劣りする気もするけど、問題は武力。
三つの里のうち、最強。小細工なしに他勢力を攻撃できる、とてもわかりやすい長所だ。
戦略シミュレーションで考えるなら、
初心者向け:貧乳
中級者向け:巨乳
上級者向け:微乳
という感じになるのだろうか?
いや、どんなサイズが好みかの話をしてるんじゃないよ? ホントだよ? 貧乳好きは初心者とか言ってみろよ即日開戦だぞ。
というわけで、目下注目度および危険度ナンバーワンが、今僕らがいるまな板の里。つぼみの里を育てていく場合、ここの動向はしっかり見ておいた方がいいだろう。
……別に、敵ってわけじゃないのに……。
ときにリーンフィリア様。この里を訪れるためにある細工をしている。
神殿の倉庫から引っ張り出した儀礼用の胸当てをつけ、胸のサイズがわからないようにしてあるのだ。
サイズがわからなければ、とりあえず女神様ということで受け入れてはもらえる。
今のところ、その作戦は成功しているようだ。
何というか、君ら、それでいいのか……?
僕らがいる場所は、まな板という名前と関係しているのか何か知らないが、広々とした平地だった。
枝と枝が絡まり合った平地に、緑の葉が芝生のように敷かれており、大きな公園を思わせる。果実の里にはなかった地形。〈バベルの平卓〉にちょっと似ている。
こういう土地を最初から持っているのも、勢力のアドバンテージなんだろう。
「どうぞこちらへ。すぐに一番いい肉を持ってこさせますので、それまでおくつろぎください」
砕けた態度のわりに、意外と礼儀正しいマギアが招いたのは、一段盛り上がった場所に置かれた、草でできた大きな椅子だった。
三人くらいは余裕で座れる。どうやら里長用の玉座のようだ。
「か、活気がありますね。お祭りか何かですか」
リーンフィリア様がたずねる。
「実は、里の近くに、ニクギリたちの群れが押し寄せたのです」
「えっ」
「またとない好機! 里総出で狩ってやりました。やつらの土地も奪えたし、しばらくは肉に困りません!」
唖然とする女神様に対し、無邪気なガッツポーズを取ってみせるマギア。
ニクギリって、あの頭でっかちのバケモノだよな。僕も散々苦しめられた……。霧が少なくなって戦いやすくなったとはいえ、あれを狩ったのか……。
さすが武闘派なだけある。
「女神様、里の実から作ったお酒です。ジュースもありますよ」
幼い容姿のエルフが、二人がかりで大きなトレイを運んできた。
全員に配り終えると、
「天使様可愛いな」
「うん。ちゅーしたいね。させてくれないかなあ」
などと囁き、少し赤くなっているアンシェルをちらちら見ながら戻っていく。
なんかうちのメンバー、どの里に行っても誰かしら大人気ですね。
僕? ほら、僕はバトルフィールドに入れば敵からよってたかって大人気だろ(涙目)
「アンシェルもちょっとは愛想振りまいてあげたら? 喜ばれるよ、きっと」
僕が彼女に軽く投げかけると、
「じょ、冗談じゃないわよ。わたしはリーンフィリア様一筋なの。あんた何か勘違いしてない? わたしはエルフみたいに女の子同士でどうのこうのじゃないの。好きな人がたまたま女の人だっただけ」
という、すげない返事が来た。
僕は大人しく引き下がり、広場の様子を見渡す。
あちこちに置かれた肉焼き器のところでは、すでに生前の形を失った大きな肉塊が、ウルトラ上手に焼かれている。
枝を輪切りにした簡素な椅子の上で貧乳エルフたちが楽しげに騒いでおり、酔っ払ったのか、緑の草地の上で丸くなって寝ている者や、吊されたハンモックの上で盃を傾ける者など、とにかく自由で、ラフで、元気いっぱいだ。
「女神様が土地を解放されてから、里は絶好調です。水場も無事確保でき、何もかも、女神様のご加護のおかげです」
リーンフィリア様の足下に座り込んだマギアが、嬉しそうに語る。
実際、まな板の里は、三つの里の中でもっとも町を広げていることを、僕は〈オルター・ボード〉で確認していた。
その原動力は、貧乳エルフの里の特性である武力だ。
危険な森を拓くには、やはり戦う力が真っ先に必要になるのだろう。
そういう意味でも、やはり初心者向けの強勢力と言える。
「この調子なら近いうちに〝樹鉱石〟の鉱床も見つかると思います。里の者たちも大いに喜ぶでしょう」
「ジュコウセキ?」
僕がたずねると、マギアはこちらに愛嬌のある顔を振り向け、
「うん、騎士殿。樹鉱石というのは、〈バベルの樹〉の樹液からできた不思議な石で、加工することで武器や防具になるのだ。少々特殊な方法を用いれば、ルーン文字を彫ることもできるが、それは魔女にでも頼まないと無理だな。まあ、我々はそんなものには頼らなくても十分強いがな!」
と、ほっそい腕で力こぶのポーズを取って見せる。まったく力こぶができないのはご愛敬。
「魔女か……」
メディーナも言っていた、森を旅する変わり者エルフのことだ。有名な存在らしい。
「マギア。その魔女の居場所ってわかる?」
「うーん、今いるかはわからないが、以前住んでいた小屋なら知っている。ただ、里からは離れた場所にあるし、いかに騎士殿が屈強な戦士でも、単独でそこに挑むのは危険だぞ」
「わかった。一人では行かないでおくよ」
今のところ、〈古の模様〉は単なる興味対象でしかない。どこかの勢力がその地点にたどり着けたら、安全に行かせてもらおう。
「樹鉱石が集まれば、いよいよ本格的に里の復興が始められる。見ていろ、あのデカ乳どもめ。今度こそ徹底的に打ち負かして、ごめんなさいさせてやる」
いきり立つマギアの物騒な言葉を聞かされるうちに、肉が運ばれてきた。
木製のワイルドな皿にもかかわらず、肉は一口大に丁寧に切られ、飴色のソースがかけられている。
こ、これは何という高級感。マジで意識高い。高い系じゃなくて、高い。
僕が驚いていると、マギアは得意そうに鼻をそびやかし、
「ふふふ、わたしたちは結構凝り性なのだ。広場を見てのとおり、大雑把なところは大雑把だが、それは自由にしていいところだからだ。綿密さが求められる場面では、決して手は抜かないのだ。あの牛乳たちには真似できないだろうがな!」
さすが、長年対立してきただけあって、巨乳エルフたちのずぼらさはよくわかっているようだ。
でも意外だ。てっきりマギアたちは、メディーナたちに輪をかけてテキトーだと思っていたけど。このあたりも仲の悪い理由なんだろうか。
「お、おいしい!」
「なにこれ! お肉の柔らかさと、ソースの甘酸っぱさが絶妙にマッチしてる! 噛むたびに口からおいしさが溢れそうよ!」
「アディンたちにも、食べさせてあげたい、な……」
肉を口にした女性陣から喜びの声が上がる。
くっ……。なんかエルフの里食べ歩きシリーズみたいになってないか。そんで僕は指をくわえて見てるだけの視聴者かよ!
くそう、腹は減らないはずなのに、何か減った気分になる!
悔しいなあ。この鎧さえなければ、エルフの郷土料理が楽しめたのに。そう思うだろ主人公?
《舌と最初に出会うソースの甘酸っぱさが口内を刺激する。にじみ出た唾液の中でミディアムに焼かれた肉を一噛みした瞬間、溢れ出る肉汁が口腔内を浸していった。何という甘美な洪水。口の中に方舟を浮かべられそうだ……!》
ぶっころすぞてめえ!?
ていうかちょっと待て! 前々から思ってたけど、おまえジャムとかイモとかスイーツとか実は普通に食ってるよな!? どうして僕だけものが食えないし鎧も脱げないんだ? 何かおかしいだルルォ!!?
「うんうん、よかったよかった。おや、飲み物がないな。おーい、誰か。ジュースのおかわりを持ってきてくれ」
幸福そうに肉を咀嚼する女性陣の横で、僕が一人鎧の内側に嫉妬の炎を蓄えていると、マギアが気を利かせて部下に声をかける。
異変は、そのとき起きた。
「長! た、大変です!」
さっき飲み物を運んできたエルフたちが、血相を変えて走ってきた。
「何だ? どうした?」
「実のなる樹が、枯れてしまいました!」
「何だとっ!?」
上機嫌だったマギアが立ち上がり、会場の雰囲気を一変させる。
「どういうこと?〈バベルの樹〉の生命力はすごいって聞いてたけど……」
僕がたずねると、マギアは頭を抱えるような姿勢でどっかと座り込み、
「騎士殿の言うとおりだ。しかし、この里の樹は、我々が霧によって里を追われている間、ニクギリどもにかなり痛めつけられていたのだ。心配してはいたのだが、まさかここで力尽きるとは……」
お祭りムードから一転、ロリエルフたちは動揺に囚われて騒ぎ出す。
実のなる樹はエルフたちにとって田んぼや畑も同然。それを突然失ったとしたら、こうなるのも無理はない。
突然の凶報に、リーンフィリア様たちも肉を味わうどころではなくなってしまった。
いくら僕だけ肉が食べられないからと言っても、こんな状況嬉しいはずもない。
でも、僕にはどうにも……。
ん……。待てよ。
そういえばちょうど〈バベルの樹〉の枝を持ってるな。
つぼみの里にはもうすでに一本樹があるし、過重供給になっても何だから、ミリオに渡さずこっちで保管してたんだった。
これでまな板の里を救えないかな……?
そうだ。よし……ちょっと思いついたぞ。
「マギア、これを」
僕はメディーナからもらった枝を差し出した。
「き、騎士殿! これは!?」
「実のなる〈バベルの樹〉の枝だよ。これを挿し木にすれば、また実が食べられる」
僕が手渡すと、マギアはそれを両手で恭しく受け取った。そして、クルリと振り向いて、広場のエルフたちに掲げてみせる。
「見よ同胞たちよ! 女神の騎士殿が、我らに新たな実のなる枝をくださったぞ!」
おおおおおおおお……!?
どよめくロリエルフたち。絶望からまた一転しての大歓喜。テンションに質量があるのなら、広場を押し潰して、そのまま下の世界まで落ちていこうかという大騒ぎだ。
「これを〈女神の樹〉と名づけ、広場の真ん中に埋めよ! この里の中心地として、みなで守り抜くのだ!」
わああああああああ!
飛び跳ねて喜ぶ者、注いで配っていた酒をいきなり自分で飲み干す者、肉焼き器を超高速でキコキコ回し始める者など、それぞれの態度で感情を爆発させるエルフたち。
マギア自らが広場の中心に枝を挿すと、それは瞬く間に一本の果樹となり、ルビーのように美しい実を作った。
「何て見事な実! この里でも見たことがないほど上質の枝だ。ありがとう騎士殿、ありがとうございます女神様。このご恩は一生忘れません」
早速始まった収穫を見ながら言うマギアに、僕はそっと告げる。
「マギア。あの枝はメディーナからだ」
「えっ……」
それまで喜び一色だった大きな目が、さらに見開かれる。
僕はその戸惑いに飛び込むように、言葉を続けた。
「今、世界は存亡の危機にある。エルフだって例外じゃない。たとえ対立する仲であっても、同族のピンチにはこれを使ってほしいと、僕が預かっていたんだ」
「ま、まさか……」
「君が立派な長なら、これに対してどう応えるか、しっかり考えてもらいたい」
「ま、待て。待って、騎士殿……」
マギアは僕の腕を掴んだ。
「ほ、本当か? 本当にあの巨乳エルフが……そんなことを言ったのか?」
そこには長としての自信に満ちあふれたエルフではなく、揺れ戸惑う瞳の、一人の少女がいた。僕は顔をそらさずに、うなずいた。
「そうだよ。冗談で、あんないい実がなる枝をくれるわけないだろ? あれはメディーナからの気持ちなんだ」
突然、マギアの顔が、かあーっと真っ赤に染まった。
んん……?
「わ、わかった。きちんと返礼はする。た、ただ、今はまだ用意できない。少ししたら、またこの里を訪れてほしい。ち、違うぞ!? これは単なる取引だ。こ、交易だ。決して感謝の気持ちなどではない! ただ借りを返すだけなんだから! か、勘違いしないでほしい! 絶対なんだから!」
何度も釘を刺してくる。
おいィ? このロリエルフ、今まで過激なことを言ってたけど、実はクソチョロツンデレなのか?
勘違いしないでよね! とか、絶対なんだから! なんて、絶対押すなよ! 並に説得力がない。
だとしたら、思ったよりスムーズに、このエリアの問題は解決するかもしれない……?
いや、でも油断しないことだ。僕は今、メディーナの意向を無視して勝手なことをしていることを忘れてはいけない。
まさに敵に塩を送る危険な行為。もしこれが果実の里に知られたら、僕だけじゃなく、メディーナの立場も危うくなる。
でも、この危うい一歩は今、踏み出す必要があった。
世界を本気で救いたければ、錯乱したスタッフのコレジャナイシステムに乗せられて、戦国エルフなんてやってる場合じゃないのだ。
さあ、この大樹の上に、どでかい百合の花園を作ってやるぜ!
友好度なんて信じてはいけない(戒め)
更新が止まっていたのを「自分のコメントのせいでは」と心配している方がいましたが、そんなことはないです。投稿できないのは単なるこちらの都合なので、これからも気軽にコメントしてくだしあ!




