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第五十二話 作戦名「滅びの言葉」

 突撃からの一撃離脱。

 使われてみてはっきりわかったのは、それが攻撃と防御が一体になった、まさに究極の戦法だということ。


 シンプルさも強さの秘訣。複雑なものは脆い。作戦にせよ、機械にせよ。


 突撃を攻略するには、その機動力を削ぐのが一番だ。

 スピードと破壊力は直結する。速度のない突進など、むこうから近づいてくる的にすぎない。


 これが陸上で、相手が騎馬なら、馬を射るか、杭を地面に撃ち込んで勢いを殺すという手もある。

 しかしヤツは超高速でぶっ飛んでくる牙の生えた魚雷だ。

 杭を打つ地面はなく、水流のバリアに守られ、近づくこともままならない。


 なら、正面からアンサラーで迎撃するか? 

 いや、あの突撃を止めるだけのストッピングパワーがなければ、攻撃直後に飲み込まれて終わり。却下。


 小さな思いつきが、無策の烙印を押されて次々に消えていく。

 クソッ、こういうときは考え方を変えろ。


 まともに戦えないなら、どうにかして陸に引き上げて始末したい。ヤツから水中という独壇場を取り上げる。


 でもさっき気づいたけど、この怪魚、バカじゃない。

 こいつ、微妙に僕らを陸地とは逆方向に追い込んでる。

 湖の地形を理解し、こちらが陸棲であることを明確に理解しているんだ。


 こいつらも遊びで生きてるわけじゃない。生きるため、獲物を捕らえるため、そのために進化してきた、生存戦略のエキスパート! このままじゃ逃げることも難しい!


「騎士様、どうしよう……」

 パスティスが弱り切った声を向けてくる。

 アディンたちからも、打つ手のない苛立ちが伝わってきた。


「ちょっと騎士! どうにもならないの!? 何か手があるんでしょ? 雪豹のときみたいに!」

「いや、その……」

「ないなら逃げなさい! 生きてれば、まだチャンスはあるわ! こんなところで藻くずになってる場合じゃないでしょ!」


 ……藻くず……?

 くず……ゴミ……!?


 見ろ、人がゴミのようだ!? そうか、その手があったか!


「ムスカ、いや、アンシェル、ありがとう。一つ閃いたよ……!」

「えっ、何? どういうこと? それに今、なんかハエみたいな名前でわたしを呼ばなかった!?」

「次は耳だ! 僕の故郷にはね……お城とかネットとかを一発でぶち壊す古い言葉があるのだよ!」

「は? 城? 網? 何のこと!?」

「まあ見てて。試す価値はある。シャチよりうちの子たちの方が多芸だって、はっきり証明してやる。アディン、もっと深くまで行くぞ! パスティスたちも来て!」


 僕たちは一気に潜行した。

 退避とは真逆の行動に、怪魚の攻撃が一旦やむ。

 怪しんでいるのか、生意気に。


 周囲からどんどん光が失われていく。僕らは自ら湖の夜へと潜っていくのだ。


 やがて周囲は真っ暗になってしまった。

 暗黒の水中。陸上生物にとって、これほど恐ろしく、これほど冷たい場所はない。

 深海は宇宙よりも遠い場所だと言われている。


 キー、キリキリキリ……。


 アディンの動きが止まり、何かを伝えるように鳴いた。

 どうやら、湖の底に到達したらしい。


「パスティス、ちゃんといるよね!?」

「うん。いる、よ……。みんないる。わたしからは、見えてるから……」


 そうだった。彼女は温度を見ているのだ。パスティスの目はこういうときにも便利だ。そして多分、アディンたちの目も同様に。


 上を見上げる。ヤツがいるなら、どんな暗闇でも、あの目が光って教えてくれる。

 まだ来ていない。でも必ず追ってくるはずだ。


「よし、作戦を伝える。アディンたちなら必ずできるはずだ」


 期待を込めて、伝えることはたった一つ。

 シンプルであり強力な指示。


「騎士、あんたアホじゃないの!?」


 作戦の中身を聞いたアンシェルの呆れたような怒号が、夜を沈殿させた湖底に響き渡る。


「アホで結構。問題はいけるかどうかだ。天使殿はどう思う?」

「理屈は……わかるけど……」

「ならやってみるまでさ!」


 怪魚が来るまでそう時間はないだろう。

 僕らは早速行動に移る。

 急げ急げ。周囲の警戒はパスティスに任せ、僕と竜たちは一心不乱に作業する。とにかくスピードが第一だ。


 水中のおかげでアンサラーがオーバーヒートしないのは、このとき初めてわかった。指がつるくらい撃ちまくったよ。


 そして――。


「騎士、様。来た……!」


 パスティスが叫ぶ。

 僕は上を見上げた。

 暗黒の世界に、赤い十の目が、呪われた星みたいに輝いていた。


「来たな」


 思ったより遅かった。こいつはこのナリで、案外用心深いのかもしれない。

 おかげでしっかり準備はできている。

 細かいところは、アディンたちの感覚に任せた。こういうのは野生動物の方が鋭い。

 沈む直前の船からはネズミが逃げるというやつ。迷信かもしれないけどね。


 あともう一押しで、アレが起こる。


「もっとだ。もっと近くに来い!」


 十の星はどんどん大きくなる。

 目に焼きつくような、禍々しい光。


「今だ、みんなやれッ!」


 僕はアンサラーを構えて撃ちまくった。

 足下に向けて。

 アディンたちも一斉に湖底に向けてファイヤーブレスを吐き出す。

 火球ではなく、バーナーのように噴射される炎。


 熱光が湖底を破壊する僕らの姿を浮き上がらせた。


 この樹上湖の底は、木の枝と大量の落ち葉でできている。この大質量の水を支えている枝だ。かなり強固であることは間違いないが、サベージブラックの本気の破壊にはかなわなかった。


 これまでの作業により、ここらの湖底はかなり傷んでいる。

 そしてここは、湖を外から見ると、下に水が漏れている場所でもある。

 アディンにそういう場所を探してくれとリクエストしたのだ。竜は鋭い感覚で水の微妙な流れを探し当て、しっかりと要望に応えてくれた。


 これまでの時間を使って、すでに十分掘ってあった〈バベルの樹〉の枝は、今、この最後の一押しで焼き切れる!


 みなさんご一緒に!


「ハッハァ! バルス!」


 メギッと生木を裂くような音が水中に広がる。

 中空に作られた皿の底に、小さな穴が開いた。大きくはない。

 でも、そこに水圧がかかれば――!


 バギャッ!


 絡み合っていた枝が砕けて大穴となり、湖底の堆積物と一緒に大量の水を一気に吸い込んだ。

 それはまさに、巨怪魚が僕らの目前に迫ったタイミング。


 望外の完璧さに感謝しながら、僕はすべてを湖の底のさらに底に運び去ろうとする水流に一切抵抗せず身を任せた。


 この小さな身に抵抗なんて無意味だ。それができるようなら、そもそもこの作戦は失敗している。


 見ろ。

 猛烈に掻き回される世界に、十の赤い目を輝かせる巨影すら呑み込まれている。


 これがバルス作戦!

 ラピュタもネットも一瞬でダウンさせる、地球の最終奥義。


 まさか藻くずからゴミ、ムスカ、バルスまで行き着くとは……。日本のオタクの連想力は………………乏しいのかもしれんな……。それしか思いつかないあたり。


 真っ暗闇の中、体を縦横無尽に引っ張り回す水流の暴力に晒されたのは、ほんの数秒ほど。

 周囲から突然、水の圧力が消えた。


 僕は空中にいた。

 湖の底から放り出されたのだ。


 これが僕の狙い。

 吐き出されたのは僕だけじゃない。パスティスや、竜たち、そして、あの魚も。


 あの魚を真っ向から撃滅するのは不可能。

 しかし、追い出すことなら?

 しかも、湖の上じゃなく、下に。


 ここが中空にできた湖という、特殊なシチュエーションだからこそ通用する発想。

 アンシェルがアホかと言うはずだ。

 あの量の水を支える器に穴を開けようなんて、奇策でも知略でもない、完全な脳筋の力業。神にケンカを売る竜頼みの作戦。


 落下の最中、すべてがスローモーションに映るのは、脳内的にはこれが大ピンチだと判断しているからだろう。


 大穴からもれた水は滝となり、高さがありすぎるために、途中からただの水しぶきへと変わっていく。


 この状態への既視感に自然と苦笑が浮いた。何かと思えば、この世界に来る直前に、トラックと一緒にガードレールを突き破ったあれだ。今とそっくり。


 竜に乗る今となっては、こんなの日常茶飯事。

 なのに、まだ脳みそはこれをピンチと判定するのか?


「ずいぶんとお優しいこと――」


 皮肉っぽく言いかけて僕は気づく。


 いや――違った。

 達成感に浸っていた体が、かあっと焦りの熱を発する。

 ピンチは頭上にあった。


 真上から、巨怪魚が落ちてきている。凄まじい歯並びの口が、真っ赤な口腔内を晒して僕に迫ってきている。


 ヤツも湖から吐き出された。作戦は成功だ!

 でも――


「こいつ、まだ僕を食う気なのか!?」


 アホかこいつ!?


 怪魚の姿がどんどん大きくなる。

 重力は体重に関係なく、同じ速度でものを引っ張る力のはずなのに、怪魚との距離が縮まってきているのはなぜだ!? 魚は流線型だから、人型より空気抵抗が少ないのか!?


 そのとき、魚の両脇ではためく例の羽衣ヒレが目に入る。

 それらは、一緒に落ちてきている周囲の水滴を叩いて散らしているように見えた。

 偶然ではない。何か意図があるような行動。

 そういえばあいつ、水中で尋常じゃない速度で泳ぎ回っていた。いくら魚だからって、ありえないくらいに。


「まさか、あの羽衣が周囲の水に作用して推力を生んでいるのか!?」


 あれはただのヒレじゃない。何か特殊な機能があったわけだ。

 でも、今さらあの超スピードの謎を解いたところで、誰も花丸はくれない。

 このままじゃ、誰かが見上げる夕空に僕の笑顔が浮かぶことになる!


「冗談じゃないぜ、この野郎ッ!」


 無駄だとわかっていても、アンサラーの引き金を引く。

 重力を無視して駆け上がる魔力の銃弾が、岩壁のような怪魚の鱗の上で弾け、空しい破片を散らした。

 巨大な目にもヒットするが、ダメージが入った様子はない。


 魚の口腔内が視界いっぱいに広がる。

 ぬらぬらとした生きた洞窟が僕を飲み込もうとした、そのとき。


 横合いから吹き荒れた黒い風が僕をかっさらった。

 黒いかぎ爪に捕らえられているのがわかったとき、僕は歓喜の声を上げていた。


「ヒューッ! アディン、来てくれたのか!」


 キー、クルクルクル……。


 湖底から吐き出され、今までのわずかな時間で僕を見つけて、一気に追いついてくれたのだ。


 アディンはそのまま空中を大きく旋回し、僕に怪魚の最期を見せてくれた。


 霧の底に落ちていく十の光。

 あれほど巨大だったものが、どんどん小さくなって消えた。


「次は羽でも生やすんだな」


 僕はアンサラーを肩に乗せ、餞別の言葉を贈った。若干震え声だったけど、アディンはツッコまない優しい子なので大丈夫だ、問題ない。


 これで作戦は最終的な形となる。

 湖の底から放り出されて落下しても、竜たちは空を飛べる。僕とパスティスはそこで拾ってもらう手はずだった。

 聖獣がシャチでは成功しえない無茶なやり方。


「騎士、様……!」


 手を振るパスティスを乗せて、ディバとトリアも飛んできた。

 全員無事だ。うまくいった!


 無事じゃなかったのは魚だけ。いや、案外、この下も水で、助かるかもしれない。何しろ、空中にこれほど大きな湖ができるくらいだし、下はもっと――。


 そう思ってもう一度下をのぞき込んだとき。

 ボッ、と霧の奥に十の巨大な光が灯った。


「えっ――」


 さっきの怪魚の目そっくりの光。

 だけど、さっきのヤツじゃない。だって、さっきのヤツの光が、もう豆粒くらい小さくなるまで下方に落ちていくのを確認しているから。


 その光は、この距離からでも、一つ一つがこぶし大に見える。

 もしこれが同じ種族のものなら、一体、どれほど巨大な魚なんだ……?


 アギイイイイイイイイイイイ………………。


 森が震えるような声を上げ、光が動いた。

 それが、落ちてきた同類を迎え入れる行動だったのか、それとも獲物を捕食する行為だったのかはわからない。

 けれどそれきり光は消え、霧の奥は静かな闇へと戻っていった。


〈ディープミストの森〉の下は、何が棲むかわからない暗黒の世界。

 その危険度は、樹上とは比べものにならない。


 落ちたら二度と戻れない。

 だから誰も知らない。

 この世のものとは思えないものが潜んでいたとしても……。


「絶対落ちたくねえ……」


 僕は勝利の余韻を身震いと共に振り落とし、ミリオの待つ湖の岸へとアディンたちを向かわせた。


もうアディンに騎士様縛りつけておけばいいんじゃないかな。


※お知らせ

お話の途中ですが、次回投稿は2週間後の5/26の予定です。

よかったらその頃にまた見てやってください。


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[一言] バルス! ムスカ大佐から学べることはたくさんある!
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