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第五十話 巨怪魚狩り(準備編)

 さあて水中戦の始まりだ。


 ここでも空中戦同様、僕やパスティスの出番はあまりない。


 特に飛び道具を持たないパスティスに至っては、竜たちの相談役というバックアップがメインになる。

 しかし、リックルとかいうナメた竜で思い知ったけど、聖獣とのコミュニケーションは非常に大事。綿密な意思疎通が可能な彼女のおかげで、鉄壁の布陣……。


 と思ったんだけど、一つ、大きな問題が生じた。


 ――キュー……キリリリ……。


 アディンたちが水に入るのを嫌がったのだ。

 後ろから押してやろうとすると後ずさりして抵抗してくる。


「サベージブラックは陸棲だし、わざわざ水に入る習性がないのよね」


 とは、羽根飾りから聞こえるアンシェルの解説。


 地上では無類の強さを誇るサベージブラックも、溺れればあっさり命を落とすことになる。本能からして水に対して危機感を持っているようだ。


 水中呼吸用の魔法は完全にマスターしているんだけど、アディンたちは今回初めて水に潜るということを僕はすっかり失念していた。


 加えて、


「はい。あの、騎士様。わたしも、泳いだこと、ない……」


 困り顔で挙手したパスティスも水に不慣れであることが判明し、僕は急遽、水泳の授業を始めなければいけなくなった。


 そう言えば前回、僕、もうこの湖に必要なものないって言ったな。

 すまん、あれは嘘だ。

 まだあったんだよ、必要なもの。


「騎士様、どう、かな……」


 葉の茂みから出てきた彼女は、手を後ろに組み、肩をもじもじさせながら僕にたずねた。

 これが、この湖に必要なもの。


「うん、よく似合ってるよ! パスティス!」


 水着だ。


「よかっ、た」


 はにかみながら微笑むキメラ少女。


 彼女が着ているのは、ワンピース型の水着だ。飾り気はないけど、素朴な雰囲気がパスティスによく似合っている。

 用意してくれたのはミリオ。万一に備えて作ってきたらしい。いや、このタイミングで持ち込んでいるという時点で、彼女の中では十に一つくらいの期待感だったのだろうが。


 しかし気になるのは、その形状。

 デザインといい色味といい、すごくどこかで見たような……。

 ていうか、明らかにスク水なんですが……。

 微乳のパスティスが着ると完全に普通の学生なんですが……。


 まあ、いいさ。


 スク水は合理性を欠いた形ではないし、水着をいくつかデザインしたらそういうものが一つくらい生まれるんでしょきっと。


 パスティスは普段からレオタード的な格好だから、今とそんなに差があるわけじゃないんだけど、やはり水着というのは独特な空気感を放つ。

 スカートが取れたことにより背中からお尻までの美麗なラインがより鮮明になり、彼女のしなやかさが一層強調。


 うーん。〈ヴァン平原〉の男衆が見たら祭になるな。


 それと、竜の左脚により、片方だけスク水ニーソが実現したよ。

 片方だけというのが、どう解釈したらいいのかわからない異様なニッチ感を漂わせているけど、まあ、世の中にはそういう趣向の人もきっといるだろう。


「かはあっ!」


 君だったか、ミリオ。

 彼女は水着姿のパスティスを見るなりぶっ倒れ、


「どうしてかわかりませんが……。パスティス様の左脚がすごくそそります……。片方だけのアンバランスさ。奇妙に思えるからこそ、そこが気になって目が離せなくなる。ああ、パスティス様。どうしてあなたは片ニーソなの? 脱ぎかけなんですか? 履きかけなんですか? それとも、もうそんなものどうでもいいから、早く抱きしめてほしいんですか? ああっ、あふあああああ……!」


 頭を支点とし、時計の針のようにその場で謎の大回転を始めるミリオさん。


「み、みんな、あれは、見ちゃ、ダメ……」


 パスティスは赤くなりながら、必死にアディンたちを遠ざけようとしている。しかし竜たちは、不気味な動きを見せるミリオに興味津々。


 なんだこの光景……。僕にどうしろって言うんだ……。


「しかし……」


 僕はうつむくように視線を切り、密かに拳を握る。


 パスティス用の水着を用意した周到さに加え、たとえ引かれるとしても自分の趣向を口に出してはばからない強い心。

 天晴れだよミリオッ……!


 敵ながら? いや敵じゃないけど……。本人を前にしてここまで赤裸々になれるのは、呆れを通り越して敬意にすら至るッ!


 でも、できれば、もうちょっとヒロインっぽい方向で強くあってほしかった……!

 整地したいとか、偏った性的趣向だとか、ちょっと向かう方向間違えてると思うんだ、この世界の女の子たちは!


「さてパスティス。今回は水に慣れることを第一としよう。僕らはアディンたちに乗ってるだけだしね」


 パスティスの手を取り、少し深いところまで歩いていく。

 怪物は住んでいるようだけど、浅いところならそれほど危険はないだろう。

 もし陸地付近まで近づいてくるようなら、逆にこっちとしては願ったり叶ったりだ。


 ごばぼべばぼべぼ……。

 鎧から抜けていく空気がやたらマヌケ。


 相変わらず、この中がどうなってるのかかなり不明。水に浸かってる感覚はあるんだけど、衣服が濡れてる感じはしない。


「騎士様、は、離さない、でね」


 何かリア充爆発せしこと言われてるみたいだけど、手を掴んでバタ足の練習を開始しただけです。はい。


「ちゃんと浮けてるね。上手上手」

「あり、がとう……」


 懸命にバタ足しながら、パスティスは嬉しそうに微笑んだ。


 不慣れだからか、それとも竜の脚が強いせいか、立てる水しぶきの量が左右でだいぶ違う。このままだと、左の推力が勝って真っ直ぐ泳げないような気がする。

 けれど、そんなのは水泳初心者にはよくあることだ。


 まだ息継ぎもできなかった小学校低学年の頃……25メートルプールの壁を蹴り出しスタートした僕は遮二無二バタ足をし、気づけば横側の壁に到達していた……。

 その夏、僕は「水に落ちたセミ」という変な名前で呼ばれ続けたっけ……。誰だよ発案者は……。いや、そんな塩素くさい思い出などどうでもいい。


「騎士様は、泳げるの?」

「人並みにはね。でも、今はただの鉄でできた鉄の塊だから、水の底がお似合いだ」

「沈んじゃったら、助けに行って、あげるね……」

「うん。サルベージよろしく」


 なんて話をしながら、泳ぎの練習をすることしばし。

 僕らが楽しそうにしていることで抵抗がなくなったのか、アディンたちが自分から水に入って、スイーと泳いできた。


 ――キリキリキリ……。


 まわりを回遊しては、まるで泳ぎを褒めてもらいたいみたいに頭をこすりつけてくる。


「みんなも上手いぞ。やっぱり自然の生き物は運動神経いいね」


 僕はね。生まれて十年たつまで泳げなかったんだよ。


 キュー。キリリリ……。


 褒められたことがわかるみたいに、嬉しそう鳴く三匹。


 ここで僕はあることに気づいた。

 竜たちは水しぶきも音もほとんど立てず、優雅に水面を押し広げるように泳いでいる。

 食うか食われるかの自然界では、わざわざバタ足で騒音をまき散らすなんて、意図がない限りやらないのだ。

 そして、その方法――。


「パスティス、泳ぐときに尻尾を使ってみて。アディンたちみたいに」

「尻尾? こ、こう、かな」


 パスティスが尻尾をくねらせると、ふっとスピードがついて、僕とぶつかりそうになる。


「あっ、ご、ごめんな、さい」

「いや、いいよ。今ずいぶん加速したね」

「簡単に、進めた……」


 パスティスは色違いの目をぱちくりさせた。


 竜たちは手足をほとんど使わず、尻尾をくねらせるだけで泳いでいたのだ。蛇とかワニとかゴジラとかと似た感じ。何というか、非常に優雅。水面を流れていく木の葉のよう。

 それにアディンたちには翼があるから、その気になれば、それを水かきとして使ってもっと加速できるのだろう。


 ペンギンとか、陸上ではよちよち歩いてるけど、海中では弾丸だからな。

 こいつは期待できますよ! やっぱりシャチなんかお呼びじゃないんだ!


「見てください。このドラゴン、わたしを背中に乗せてくれました」


 ミリオを乗せた末子のトリアが、のんびりと僕らのまわりを泳ぎだした。

 まるで竜の浮き輪。なんかもう完全にレジャーって感じになってきている。


「ひょっとして、わたしが入り込むべきなのは、騎士様とパスティス様じゃなく、お二人と子供の間……?」

「トリア、その人を水に投げ込んでいいぞ」

「まっ、待って! 嘘です! わたしにも自制心はあります!」


 ひどい台詞だ。この森に来るとき、エルフをファンタジー界の宝石だとか言っていたヤツがいたよな。今どんな気持ち? ねえ。


 湖畔が完全に水遊びの場と化し、この水場が平和になったら、リーンフィリア様や他のエルフたちもこうして遊びに来るんだろうな、と思ったとき――。


 それまで機嫌好さそうに泳いでいた竜たちが、突然、湖の奥へ頭を向けた。

 直後。

 何かが水面を突き破る大きな音が聞こえ、霧の中を巨大な影が舞う。


「ひっ」


 驚いたミリオが水に落ち、トリアが尻尾でそれをすぐに拾い上げる。

 さっき見た怪魚のジャンプだ。


「でかい……!」


 竜たちの数倍はある巨体。そして頭部には、真紅の巨大な目がいくつも光っていた。

 明らかに僕の知る魚ではない。


 長い滞空時間を見せつけ、着水する。

 機雷が爆発したような水柱を上げ、その波は岸に近い僕らのところまで届いた。


 小さな僕らが湖の端でばちゃばちゃ遊んでいるのが気に障ったようだ。

 まるでそのさざ波に、怪魚の怒りが染み込んでいたみたいに、僕の全身が危険信号を発した。

 一刻も早く陸に上がりたくなるのは、水中という、息すらままならない死の世界への畏れ。そして、そこに住む怪物への恐怖か。


 果たして、湖面を縦に断つような背びれが、こちらに向かってくるのが見えた。

 襲ってくる速度ではない。

 おまえたちを見ている、という威嚇。警告。


 まだ距離のある地点で完全に背びれを沈めると、湖面には再び静寂が戻る。


 ――グウウルルルルル……。


 サベージブラックたちがうなりだし、トリアが素早くミリオを岸まで退避させる。

 ケンカを売られたことが腹立たしいのか、それとも水遊びを中断されて怒っているのか。


 キーン、キーン、リーン……。


 水中呼吸の魔法の輝きが僕らの体に、すっと染み込んでいった。

 水には十分慣れた。

 気合いも十分!


「さあ、怪魚狩りを始めるか!」


さかな「リア充しね!」

こざかな「リア充しね!」

プランクトン「おれを食うヤツみんな死ね!」

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― 新着の感想 ―
[一言] >整地したいとか、偏った性的趣向だとか、ちょっと向かう方向間違えてると思うんだ、この世界の女の子たちは! パスティスはセーフだから!
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