第四十九話 大樹の湖畔
里長:ミリオ
人口 ☆
武力 ☆
文化 ☆☆
資源 ☆☆
何気なく〈オルター・ボード〉を眺めると、つぼみの里のステータスが変化していた。文化と資源の項目に☆+1だ。資源は昨日拾ってきた〈バベルの枝〉が関係しているだろうけど、文化っていうのは……?
タイラニー、タイラニー、タイラニー、foo!
まさか、広場で行われているあの狂信的なダンスが文化と言うんじゃないだろうな……。
確かに女神様はメチャクチャ頑張ったよ。
なんせ、未だに、〈バベルの樹〉を掘ってブロック化できるのは、リーンフィリア様しかいない。
エルフたちは、細い枝や葉の茂みからブロックを削り出すのが精一杯。葉っぱがどうしてブロックになるのかって? そんなもん僕が知りたいわ。
とにかく、その意味でも〈ヴァン平原〉のときとは、貢献度が段違いなのだ。彼女がいなければつぼみの里は町作りもままならない。信仰が鰻登りなのも納得ではある。
しかし……。
「たいらにー、たいらにー、たいらにー、hao!」
エルフたちの先頭で、ものすごーく楽しそうに踊っているのがリーンフィリア様。
その無邪気な顔は、守りたいの一言に尽きる。
でもこんな文化が、戦国エルフの何の役に立つのかというと……まったくわからんのだ。
普通こういうのって、学問とか、社会制度とかが評価されるんじゃないんですかね……。
まあ、あのロッジが☆一個分だと考えることにしよう。
ところで、〈オルター・ボード〉から見る〈ディープミストの森〉には、〈ヴァン平原〉にはなかった大きな特徴があった。
エリアの全体像が霧に隠れていて、町が隣接しないと、何があるかまったく見えないようになっているのだ。
これはつまり、クリエイトパートのイベントが常に突発的に起こるということを意味しており、僕らは迂闊に天界に戻れなくなっていた。
果実の里と、まな板の里の発展状況もチェックしておかなければいけないという事情もある。
この二つの里は、僕らが何の手助けをしていないにも関わらず、じわじわと町の規模を広げていた。
つぼみの里がまだまだ不安定である今、いたずらに時間を流すわけにはいかず、僕らはすっかり地上に定住することになってしまっていた。
「ん……?」
リアルタイムでボードが更新された。
里の隣に、ブルーのエリアが現れる。
でも、これ、何だ?
普通に考えるなら水場だ。でも、だとしたら、おかしなことがある。
ここではみんな樹の上で暮らしていて、誰もそこから降りないのだ。
とすると、この水場も樹の上にある? まさか。そんなアホな。
「騎士様、騎士様」
僕が考え込んでいると、槍を手にしたミリオがやって来た。
「やあミリオ。どうしたの?」
「町の近くに湖が見つかったんです。綺麗な水が補給できる良好な水場です。でも、仲間の話では、どうもそこに怪物が住んでいるらしくて、安全には使えないと……」
「怪物?」
ピンとくるものがあって、僕は〈オルター・ボード〉に目を落とした。
エリア到達からワンテンポ遅れて、「!」マークが出現していた。案の定だ。
「どうか怪物を退治してくれないでしょうか。みんなが安全に水場を使えるように」
間違いない。
水中聖獣戦、キター!
※
『Ⅰ』の聖獣だったタイニーオーシャンは、作中最強説が囁かれるくらい強力な竜だ。
亀みたいな甲羅を背負った首長竜なんだけど、こいつ、なんと設定的に不死身なのだ。
水と存在が一体化していて、たとえ攻撃を受けてやられたとしても、そこに水がある限り無限に復活し続ける。もうほとんど自然現象か、神みたいな立ち位置。
だから、水中聖獣ステージでは、ダメージを受けてHPを0にされると、タイニーオーシャンが泡となって弾ける衝撃で水の外に吹っ飛ばされるという体裁でペナルティを受ける、ゲームオーバーにならない特性があった。
ただ、『Ⅱ』においてはバッドスカイと一緒に修行中なので彼の出番はない。
そうなると当然出てくるのが――。
「騎士。天界が、聖獣ティンクルの使用許可を出したわよ」
「名前からしてもう何一つ期待できないんだよなあ!」
つぼみの里での住まいにて作戦会議中、アンシェルの言葉に僕は失望を投げ返した。
「どうせそいつ、〝はねる〟とかしか能のないコイか何かなんでしょ? 僕にはわかる」
「失礼ね。他にも、輪くぐりとか、ボール投げとかできるわよ」
《なんだと?》
うるせえぞ反応すんな主人公! おまえ相棒はちゃんと選べよマジで!?
「それで相手が倒せるんなら僕も喜んで飛んだり跳ねたりするよ」
「それに、頭もいいんですよ。姿も丸くて可愛いですし。ほら、これです騎士様」
リーンフィリア様がティンクルの絵を見せてくれた。
水族館の土産物コーナーに置いてありそうなそのイラストに、僕は目を見開く。
「シャ、シャチ……!」
オルキヌス・オルカ!「冥界からの魔物」とかいう、地球の動物とは思えないような学名を持つ海の殺し屋だ。
こいつが水中戦での聖獣なのか!?
「くっ……」
惜しいなあ! マジで惜しかったなあ!
正直これにはコレジャナイ押せない。
押す気満々だったけど、押せない! 押しにくい!
何しろこいつ、見た目の可愛さに反して、骨格が完全にバケモノなんだよな……。
サメとかが可愛く見えてくるレベル。
敵として出現するならボスクラス間違いなしだよ。
骨のこいつに乗せてくれるというのならワンチャンなくはなかった。
でも、肉のついたこいつは愛くるしい水族館の人気者にすぎない。
どうせ遊びに夢中で、敵と戦ってくれないんでしょ? もうわかってるよ。
「ねえ、パスティス。アディンたちは、水中で呼吸できる魔法が使えるようになったんだよね?」
「うん。覚えさせたよ。ただ……」
「ただ?」
「その魔法使ってると、別の魔法、使えない……。水中だと、火も、上手く吐けないかも、しれない……。ごめん、なさい」
パスティスは申し訳なさそうに言った。
「謝ることないよ。タイニーオーシャンだって、接近戦がメインだったし。それにアンサラーは使えるから、僕もフォローできるしね」
やはり頼りにすべきなのはサベージブラックたち。
天界に馴らされたでかいイルカなんかに期待はできない。
こうして、僕はアディンたちと初の水中戦に臨むことになった。
※
そして一旦天界に戻り、空から直接その水場に向かったんだけど……。
「嘘だろおい……。マジかよ」
上空からその一言をつぶやき、その後、湖畔に降りたってから、もう一度僕はその台詞を繰り返すことになった。
その光景に対して。
「ひゃあっ!? き、騎士様、その竜はサベージブラック!?」
湖のほとりで待っていてくれたミリオが、尻餅をつきながら、こちらを指さしてきた。
「うん。卵を引き取って、パスティスと僕が親代わりで、育ててるんだ」
「パスティス様に純粋な竜の子を産ませるなんて、騎士様は竜の血が濃いんですね……」
「僕の話どこから聞いてなかった!? それに、それは世界共通のネタなのか!?」
アンシェルにも同じこと言われたぞおい。
僕はミリオの手を取り、立ち上がらせる。
そして、改めて、その湖を見る。
「嘘みたいにすごい光景だね」
「綺麗……」
僕とパスティスは揃って感嘆の息をもらす。
無理矢理名づけるなら、樹上湖。読みにくそう。
まず説明すべきなのは、そこが確かに樹の上だということ。
ミリオによると、細かく絡み合った根がそのまま肥大化し、流れてくる膨大な葉っぱと組み合わさって、湖底を形作っているらしい。
空中に作られた天然のザルの上に、落ち葉が敷き詰められて器になっているようなもの。
「そこに、森の朝露が大量に流れ込んでくるんです」
ミリオが指さす先には、湖に注ぎ込むいくつもの滝がある。
〈バベルの樹〉の葉にたまった朝露が、低地へと落ちていく過程で一滴一滴混ざり合って細い水の筋を生み、それがさらにいくつも合流して、葉の上を落ちていく川になったのだそうだ。
あはは、壮大すぎて意味不明。
湖の上部を覆う木の枝から、雨のように垂れ落ちてくる水滴もあるんだけど、メインの水源となるのはその滝。
湖底には隙間もあって、かなりの水が下へとしたたり落ちているはずなのに、集まってくる量の方がはるかに多い。
ザルの端――湖の端からも、あふれた水が滝となって地上へと落ちていて、まるで天動説の世界の端っこみたいな情景を作り出していた。
いやまったくすごい。とにかく地球じゃありえない光景だよ!
空を覆う枝葉の隙間から、薄暗い湖へと差し込む光。
その光の中で水滴がきらきらと輝き、飛び散る水しぶきのせいで、あちこちに小さな虹が生まれている。
周囲は穏やかな様子の木々に囲まれ、どこからか小鳥の鳴き声が聞こえてきていた。
何てファンタジック!
《あえかな光、柔らかな霧、優しげな水音。この自然が作り出した美景は、世界を創造した神々の意図さえ超えるものだろう。湖畔にて、私はしばし、その静謐な音楽に耳を澄ませた……》
激しく同意(古語)ですね主人公!
そして――。
ドッパアアアアアアアアアン……。
霧のずっと向こうで、数十メートルはあろうかという巨影が跳びはね、こちらまで広がる波紋を作った。
そして、怪物まで住んでいる!
う~~~~~ん。
コレ! コレ! コレ!
【ファンタジー感マシマシで:3コレ】(累計ポイント-16000)
もうこれ以上この湖に必要なものは、何もない!
それではしれっと再開していきましょう。
早速ですが、ミリオの名前がどういうわけか途中からエリオになっていました。すみませんでした。直ちに修正いたします。(名前の最初の一文字がずれる・・・まさかこいつ最強に・・・?)
それと、作者名とマイページのリンクのことを教えてくれた方、どうもありがとうございました!




