表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/280

第四十八話 実のなる樹を求めて

「えっ……。エルフって単性生殖なの……?」

「はい。エルフに男性はいません」


 ここは〈バベルの樹〉の枝の道。周囲に他の樹はなく、広々とした空間に、空中廊下のような一本道がどこまでも続いている。


 この場所、新しいバトルフィールドのようにも見えるけど、つぼみの里に隣接した通常の地域らしく、敵の気配はない。


 僕、パスティス、ミリオは、この先にあるという実のなる木を求めて、この孤独な道を進んでいた。


「じゃあどうやって子孫を増やすの?」

「……そ、そんなこと……聞かないでください……」


 ミリオが顔を真っ赤にしてうつむいた。


「おいセクハラの鉄の塊」


 兜の羽根飾りからアンシェルの険悪な声が聞こえ、僕は慌てて謝った。


「ご、ごめん! そういうつもりじゃ……。てっきり、その……」


 分裂したり、口から卵を吐くのかと、と言いかけて、慌てて口をつぐむ。そんなことほざいたら、この場で火曜サスペンスになってももんくが言えなくなる。


「わたしたちは、自分と容姿の似た者を慕う習性がありますので、それで……」

「…………あう」


 ミリオの熱っぽい眼差しに追い立てられるようにして、パスティスが僕の陰に隠れる。幸い道は広く、三人で横に並んでも余裕だ。


 ていうか、似てるのって主に胸のサイズじゃないか……。

 ひょっとしてあれか? エルフってのはおっぱいしか見てないのか? まるでエロオヤジ……いや、世のだいたいの男性と同じじゃないか!


「パスティス様が騎士様とつがいというのなら、だいたいの者は諦めると思います……。でも、わたしはその方が燃えるっていうか、むしろその強固な関係に割り込んで、禁断の愛に溺れたいというか、その、はい」


 はいじゃないです。


「女と、女は、変、だよ……」

「パスティス様はそうかもしれませんけど、エルフはそれが普通なんです。それに、男って、角張ってるし、毛深いし、汗くさいし、声はうるさいし、可愛くないし、もう生物として存在する理由がわからないと思うんです……」

「百合原理主義者かな?」

「き、騎士様は別ですよ。曲面が綺麗だし、毛深くないし、鉄の匂いが頼もしいし、兜の羽根飾りも可愛いです」

「それは鎧だ」


「望んでも、あなたの望む関係には、なれない、よ……?」


 どうにかミリオを諦めさせたいのか、パスティスが僕に隠れながら恐る恐る言う。


「それでもいいんです。そういうことを言う人の方が、燃えるので……」

「あうう……」

「あっ、勘違いしないでください。別にお二人の仲を引き裂こうとしているわけじゃないんです。ただ、パスティス様の一途な気持ちを、ほんの少しだけかき乱して、一部だけわたしに向けさせたいというか、許されない苦悩の味ほど甘いというか、はい」


 何だこのこじれたNTR志向……。

 この子、胸のサイズ以外の問題で里から追放されたんじゃないだろうな……。


《用事を思い出した。メディーナの里に行くか……》


 気持ちはわかるがいきなり見捨てんな主人公。


 僕は別の話題を求めて、ミリオの格好を確認する。

 パスティスと同行しているだけですでに胸キュン状態なのか、終始うつむき気味な彼女は、普段の服装に加え、一本の槍を持っていた。


 柄は木製で、穂は白く輝く金属でできている。金属部分には何か模様のような、文字のような、無数の溝が刻まれており、そこだけが飛び抜けて精緻な意匠を見せていた。


「ミリオ。その槍、綺麗だね」

「あっ、これはルーン文字の槍です」

「ルーン文字?」


 ミリオは槍を短く持ち直して、穂の部分を見せてきた。


「ルーン文字は、魔力を持った文字のことです。これを刻むことで、使い手ではなく、槍自体が特殊な力を発揮するようになるんです」

「魔法の武器ってことか」

「はい。エルフの文明は、魔法を中核としていますから、武器や防具もそれに依った作りになっています。わたしたちはルーン文字を使いますが、巨乳の里は純粋な魔法を、貧乳の里は、魔法を組み込んだ武術で戦うのを得意としているんですよ」

「へえ……」


 それぞれ得意分野が別らしい。ユニークユニットとでも言うのか?

 このことは覚えておいた方がよさそうだ。


「あっ、騎士様、パスティス様、つきました。ここです」


 ミリオが立ち止まった場所には、木の壁があった。左右どちらにも広がり、その先は霧に呑まれて見えない。ついでに、上下に関してもそう。


「……何これ? 塀か何か?」

「いえ、木の幹です」

「ウエアッ!?」


 あまりにもでかすぎる。円周は一体何百メートル……いや、何キロメートルだ。改めて〈バベルの樹〉のバケモノさ加減がわかった。


「この上の方に、おいしい果物がなるのですが……」

「霧で何にも見えないよ」

「わたしも……」


 ひたいに手をかざして見上げても、目に映るのは霧ばかり。

 木をよじ登ろうとしても、最初塀に見えたほど真っ平らな幹には、爪を引っかける場所すら見つからなかった。


「こりゃ、羽のあるヤツでもないと無理だね。アンシェル引っ張ってくればよかった」

「それが、実のあるところはトゲだらけで、羽で飛んだりしたら、自分から切り刻まれにいくようなものなんです」


 防御魔法をかけたアディンを突っ込ませてもいいけど、ケガしたら可哀想だしな……。


「騎士様たちでも、どうしようもありませんよね。すみません、無理なお願いをして。食料は後で考えるとして、水場探しをしましょう」


 ミリオは申し訳なさそうに頭を下げた。


「待ってミリオ。ちょっと試す」

「え?」

「アンサラー」


 腰の後ろに現れたアンサラーを、クルリと一回転させて天に向けると、数度引き金を引いた。

 銃口から撃ち出された魔法弾の光は、霧の天井に渦状の穴を穿ち、奥へと潜っていく。


 やがてバキッと音がして、何かが落ちてきた。

 僕はそれを片手で受け止める。


「はずれか……」


 落ちてきたのは、小指ほどの小さな実がなった小枝。

 やはり、闇雲に撃っても当たるもんじゃない。


 バトルフィールドはパスティス無双で、クリエイトパートではタイラニー無双だから、たまには僕も存在をアッピルしておきたかったんだけど、現実は厳しい。


「何でもない。ごめんミリオ、行こうか」


 僕は謝りながらミリオに顔を向けた。


 と――。


「すっ、すごいです騎士様! 狙いもつけずに、どうやって?」


 いきなり彼女が興奮しだして、僕を面食らわせた。


「え? いや、上の方にあるっていうから、適当に撃ったら当たるかなと思っただけだけど。でも、こんなやり方じゃ木の実なんてまともに集まらないよ?」

「木の実なんていいんですよ。ほしかったのはその枝です!」


 えっ。

 これには僕もパスティスも驚いて言葉を失った。


「早速里に持ち帰りましょう。みんな喜びます」


 わけがわからないまま、僕らは里へと戻ることになった。


 ※


「みんな。騎士様が果実の枝を撃ち落としてくれました。これで、明日から食べ物に困ることはなくなります」


 ミリオが呼びかけると、小洒落た山小屋を建てていた微乳エルフたちから歓声が上がった。


「どういうことだろ?」

「わから、ない……」


 ミリオは、説明するより見てもらった方が早いと、〈バベルの平卓〉の一角に僕らを招いた。家を建てている場所からは少し離れたところで、手つかずの広い土地だ。


「見ていてください」


 ミリオは地面、つまり、整地された木の床に、持っていた槍で小さな溝を掘った。

 そして、そこに僕が撃ち落とした小枝を差し込み、すぐに退避する。

 すると――。


 メギッ!


 一瞬、木が泡のように膨れあがって弾けたかと思った。


 そこからは、怒濤の展開。


 まず、溝から根が溢れ、触手のように地面を這って食いついた。

 次に、幹がみるみるうちに太くなり、滝を逆さに見るように、上へ上へと伸びていく。

 そして一定の高さにまで成長すると、ぽぽぽぽーん! とリンゴのような実がなった。


 何だよこれ!?


 エルフたちから喜びの声が上がるけど、僕とパスティスはただ愕然と立ち尽くすばかり。

 樹に手作りの梯子がかけられ、早速収穫が始まった。


 タイラニー。アアータイラニー。イマハータイラニー。マッスグニータイラニー。

 収穫の歌が微妙に狂信じみているけど、エルフたちはとても嬉しそうだ。


「ミ、ミリオ、これは何……?」


 僕はのどに詰まっていた言葉をようやく吐き出した。


「挿し木をしたんです」

「挿し木!?」


 挿し木とは古代のクローン技術だ。乱暴に言うと、植物の茎を適当にぶった切って地面に埋めると、そこから一本の植物として再生される。


「いや、でも、えぇ!? だって異常に成長してたよ?」

「実のなる〈バベルの樹〉は特別生命力が強いんです。だから、こうしてあっという間に成長します。でも、これができるのは大元から取り出したものだけ。今のこの樹から取った枝を再び挿し木にしても、成長するのに何百年もかかるでしょう」


 ミリオが里の食料庫となった樹を見上げながら言う。


「おいしーい」

「あまーい」


 早速味見をしたのか、エルフたちから脳を介していないんじゃないかってくらい率直な感想がもれ聞こえてきた。


 パネェわ自然……。

 大陸規模の森林地帯ができあがるわけだ。

 地球にこの木がなくてよかったな。あったら人類はみんな木の上住まいだったぞ。


「ありがとうございました騎士様。おかげで、みんながひもじい思いをしなくてすみます。あとでおいしいパイを焼きますから、是非、みなさんで召し上がってくださいね」


 ミリオがにっこり笑い、そして目尻にうっすら滲んだ涙を指先で拭った。

 ここでは木の皮を食べていたというから、パイというのは故郷の料理なのかもしれない。

 あの小屋に続き、これもまた、彼女たちの一つの夢だったのか。


 僕は食べ物を口にできないけど、今日ほどそれが惜しいと感じたことはなかった。

 きっと、彼女たちの思い出がいっぱいつまった、この上なくおいしいパイに違いない。

 女神様たちの感想を是非聞かせてもらおう。


《すいません、こっちにもパイください》


 おまえはミリオ見捨てようとしたからダメに決まってるだろ!



何事もない平和回


※お知らせ

再開しといてアレですが次回投稿は5/9を予定しております。

連休が明けたら、また見に来てやってください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 今のツジクローは食べられないけど、原作の主人公は食べられる設定なのかな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ