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第四十五話 捨てられた者たち

「リーンフィリア様は?」

「泣きつかれて眠ってしまったわ……。さすがにちょっとこれは、わたしも楽しめる範囲にない……」


 神殿の部屋から出てきたアンシェルは、大きな溜息をついた。

 広場にはクッソ重い、そして悲愴な空気が立ちこめて、僕らの肩にのしかかっている。

 アディンたちも丸くなって、小さくのどを鳴らしていた。


 多分、戦闘中に僕が死にかけているときよりよっぽどシリアスな雰囲気。

 ただ敵を排除すればいいというだけのバトルとは一線を画する、出口の見えない圧迫感に、誰もが明るい話題を探そうとしている。


 でも、それがない。

 こんな時だ。何かふざけたこと言ってくれ主人公。


《その後、彼女の姿を見た者はいない……》


 やめろよマジで! ゲームオーバーの台詞かそれ!? 的確に心をえぐってくるんじゃねえ! クソッ、もういい何も言うな!


 タイラニーを受け入れてくれない巨乳の里。

 女神様を受け入れてくれない貧乳の里。

 そして、整地ができない整地厨の女神様……。


 僕も頭を抱えたいが、何よりこの土地はリーンフィリア様にとって最悪の場所だった。へし折れるのも無理はない。


「一度、〈ヴァン平原〉に、戻る?」


 パスティスが恐る恐る聞いてくる。

 移動にコストがかかるわけじゃない。ちょっと気分転換してくるくらいの気楽さで行き来しても何も問題はない。


「でも今はダメだ」

「そうね……」


 珍しく僕とアンシェルの意見が合う。


「今戻ったら、リーンフィリア様は間違いなく〈ヴァン平原〉の神として土着する」

「天界にすら戻ってこなくなるかも……」


 そして〈ヴァン平原〉は幸福の名の下に繁栄していくことだろう。


 エンディングNo1:その日、〈ヴァン平原〉は平和だった。


 まずいですよ!


 しかし、だからと言って、何か有効な手だてがあるわけでもない。

 地上での時間は猛烈にすぎていく。時が彼女の心を癒すのさえ、待ってはあげられない。


 だいたい何なんだ、今回の町の状況は。僕は頭を抱える。


『Ⅰ』のクリエイトパートにも〈不和〉というトラブルステータスがあって、町の発展を妨げる原因の一つだった。

 それに関しては、劇場を作ったり、娯楽施設を作ったり、神殿を造ったりして対処できた。


 まあ、あんまりしつこいようなら、仲違いしている地域に雷を落として仲直く(天国行きに)させるという手もあった。


 いや、これはプレイヤーの闇じゃない。堕落した世界を洪水とかで流し去るのは、神様の特権なのだ。ノア一家と動物が生き残ってればそれでいいじゃないか。


 だけど、今回のは、何かそういう一時的なトラブルじゃない気がする。

 町の出発点が二つあるというのも、前作にはなかった状況だ。

 新要素と見て間違いないだろう。


 しかし、『Ⅱ』の新要素と聞いて不安にしかならないのはなぜか。いや、なぜでもなく、当然の反応か……。またスタッフが余計なことをしたのだ。


 肝心なのはそれが何かを一刻も早く発見すること。

 ルールを把握した者が勝利する。それはゲームに限ったことじゃない。


 僕は〈オルター・ボード〉を注意深く眺めた。


「ん?」


 二つの町の俯瞰図に、見慣れないアイコンが出ている。果物とまな板。なんというか、非常に象徴的な記号だ。


 なぜか若干やましい気持ちになりつつ、僕は果実のアイコンをタップした。

 ポップアップするデータ。


 里長:メディーナ

 人口 ☆

 武力 ☆

 文化 ☆☆

 資源 ☆☆


 おいィ……。なんか〈ヴァン平原〉にはなかったデータが表示されたぞ……。

 まな板もタップしてみる。


 里長:マギア

 人口 ☆

 武力 ☆☆

 文化 ☆

 資源 ☆


 こ、これは……。

 僕はさらに、マギアの名前の横にある、デフォルメされた彼女の画像にふれる。

 するとこんなテキストが表示された。


「おまえの乳は柱に縛られるのがお似合いだ!」


 うおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいィィィィ……!?


 これもう明らかに違うゲームだな!?

 町作りが目的のモードじゃないよな!? 共に繁栄する気ゼロだな!?


 戦略シミュレーション!

 自勢力の陣地を拡大させ、敵勢力を滅亡させるゲームだ!


 何でエリアごとに別ゲー用意するんだよ!?

 もっとあるだろ、力を入れるところが!


 いや違う! ツッコミどころはそこじゃない!


 ちゃんと力を合わせて世界を再生しろよォ!〈ヴァン平原〉の城建築家どもといい、どうして自分たちの都合最優先なんだ! ちゃんと復興してくれよォォォォォォ!


 ゼエ、ゼエ……。待て……待て、落ち着くんだ僕。


 いくら『Ⅱ』のスタッフがアンチに狂わされても、『リジェネシス』というタイトルまでは裏切らないはず……! どうにか衝突を避け、うまく両方を繁栄させていくことこそ、このステージの本筋のはずだ。

 どちらかを崩壊させて、ハッピーエンドなはずがない。

 そうであってくれ頼むマジで!


「……ん……?」


 頭を抱えた僕は、そこで、あるものを見つけた。

 それは、果実とまな板の間に小さく表示された、花のつぼみと思しきアイコンだった。


〈祝福の残り香〉のアイコンとは少し違う? 何だこれは……。

 試しにタップしてみる。


 里長:

 人口

 武力

 文化

 資源


 町のステータスが表示された。

 ただ、肝心の数値が入っていない。

 何だろうこれ。わからない。


 けれど、クリエイトパートをやる以上はここも見ておくべきだろう。

 案外ここが、このエリア攻略のキーになるかもしれない。


「アンシェル。気になる場所があるんだけど、見てきていいかな? どうも、三つ目の里みたいなんだ」


 リーンフィリア様はグロッキー。アンシェルも彼女を看るために動けない。だったらここは、僕とパスティスだけで行くところだろう。……と思ったのに。


「わたしも行きます……」


 ぞわりと総毛立つような声が聞こえ、振り向くと、青い顔をしたリーンフィリア様が立っていた。立っていたというか、猫背になり、両腕をだらりと垂らす姿は、呪いのビデオから出てきたオバケか、今にも倒れそうな柳の木と表現するのが正しいような気もしたけど。


「リーンフィリア様。む、無理しないでください!」


 アンシェルが支えに入る。


「迷惑をかけましたね……。でも、もう大丈夫です……」


 大丈夫な人が出す声ではない。

 前髪が目元に濃い影を落とし、その奥には色のない涙目が見えた。再起不能寸前だ。

 ここは止めるべきだろう。彼女の騎士ならば……。


「リーンフィリア様。行けますか?」


 でも僕はそう言って、彼女に手を差し出した。


「ええ……」


 力のない手が、それを握り返してくる。


「ちょっと騎士ィィィ!? あんた女神様にトドメ刺す気ィィィ!?」

「行かせてください。アンシェル……」


 飛びかかろうとしたアンシェルを、リーンフィリア様が押さえる。


「もう何の役にも立てない石ころですが、それでも、地上の人々に会って、安心させてあげなければいけませんから……」

「ううう、女神様ぁっ……」


 女神様が出会った当初の石ころモードに入ってしまった。


 でも、それでも神殿に引きこもらなかった勇気を、僕は讃えずにはいられない。


 僕と出会ったとき、彼女は戦いを選択した。

 戦う者は、いつか必ず負けるときがくる。くじける日がくる。


 大切なのは、負けてから、もう一度立ち上がれること。

 不屈という心だ。


 リーンフィリア様はその一端へ手を伸ばしつつある。

 ならば、それをフォローするのが僕の役目だ。


「では、行きましょう」


 降下!


 ※


 そこは、異様な場所だった。

 他二つの里よりもさらに薄暗く、大樹の道は狭い。

 細い枝が茨のように絡まって、あちこちを封鎖するように塞いでいるため移動にも難儀する。

 この秘境のような森において、さらなる地の果てを連想させる土地だった。


 とても、誰かが住んでいる場所とは思えない。

 何のデータも表示されていなかったし、ボードの故障だったのか?


「うう……コホッ、コホッ」

「女神様、しっかり……」


 アンシェルに支えられるリーンフィリア様の体調も心配だ。

 どうやらここには何もなさそうだし、ここはさっさと帰還して、あの二つの里の今後について考えた方がよさそうだ。


 そう考え、何気なく振り向いたときだった。

 絡み合った細い枝の奥から、弱々しい光がじっとこちらを見ているのに気づく。


 光の消えかけた双眸。

 ぎょっとした僕が、思わずその場で硬直するのを気にした様子もなく、瞳の持ち主は消え入りそうな声で言った。


「こんにちは……」


 闇夜をさまよう、一匹の蛍ような頼りない声音。


「どうしてこんなところまで来てしまったのですか?」

「えっ」


 責めるというよりは、まるで僕たちを哀れむような響き。


「ここは巨乳でも貧乳でもない……。あるようでない、ないようである。そんな、どちらの里に属することもできない、微乳の者たちが住む場所。捨てられた者たちの土地です……」


パパパパーウーアー、ドドン!

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