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第四十三話 森の人

 神殿に戻った僕は、鎧の状態をチェックしてもらった。

 あの雪豹野郎につけられた傷の深さだ。


 幸い、表面を浅く削っただけで、鎧に穴が開くような事態には陥っていなかった。


「傷のせいで見栄えは良くなったけど、修理できないのはちょっと困るわね」


 アンシェルが渋い顔をする。


 確かに傷を得たことで、歴戦の勇者みたいに、鎧に凄味を追加できたかもしれないけど、毎回こんなふうになっていたらいつかは壊れる。


 防御力の強化っていうのは、現実にはどういうことなんだろうな……。着替えができない以上、追加装甲でも貼ればいいんだろうか。


 それと、もう一つ問題が。


「あれ……。何だこれ?」


 僕は地上の様子を映した〈オルター・ボード〉を見て首を傾げた。

 画面が左右に二分割されているのだ。

 それぞれ、別地点の開拓地の様子が映っている。


「今度の村は二カ所あるのか……?」


 一体どういう状況なのだろう。二つの地点は、どうやら近くにあるわけではなさそうだが。


「とにかく行ってみましょう。タイラニーの教えをみなに広めなければ!」


 リーンフィリア様がスコップ片手に張り切ってみせた。

 その意見の前半部分にだけ賛成だ。

 行ってみればはっきりする。

 僕らは揃って地上へと降下した。


 ※


 何層かの雲を通り抜け、最後に葉っぱでできた緑の層を突き破って、僕らは新たな場所へと着地した。


 風圧で霧のカーテンが大きく揺れ、見渡す限りの緑と木肌色に、神秘的なグラデーションを生む。


 全体的に薄暗いのは、枝葉が頭上を覆っているせいだ。

 その隙間から差し込む光は、雲の隙間から伸びる陽光、通称〝天使のはしご〟にそっくりで、この幻想的な世界を、より際立たせて見せていた。


《あの怪物が倒れたことで、森を包む霧がやや薄くなったようだ。これなら、敵を恐れ息を潜めていた住人たちも、再び戻ってくることができるだろう》


 主人公の言うとおりだった。

 かすんではいるけど、わりと遠くまでものがはっきり見える。

 しかし、改めて見渡してみるとすごい景色だな。まるで童話みたいだ。


 天を支える柱のような巨木群。

 その間を縦横無尽に走り、道となっている枝。

 普段は雲の下を飛んでいる鳥の群れも、ここでは巨大樹の枝葉が作る天井の下で羽ばたいている。


 枝の通路から身を乗り出し、下方へと目を落とせば、霧にかすむ暗黒が遠く見える。

 一度落ちたら戻れない、地上の深海を思わせる森の底。

 果たしてどんな世界が広がっているのか、知りたくても調べてはいけない。


 ぬおお、想像するだけでゾクゾクしてくる……!


「一体、どんな人間がここに住んでいるんだろう……!」


〈ヴァン平原〉のような変人たちでないのは間違いない。こんな素敵な場所に、あんなのがいるはずない。


「騎士、この森に住んでるのは人間じゃないわよ」

「えっ……」


 アンシェルの言葉に僕は目を丸くする。

 じゃあ、一体何が――?

 僕がたずねようとしたときだった。


「女神様……?」


 巨木に開いた虚から、目の覚めるような美人が顔をのぞかせていた。

 きらめくような金髪。肌はくすみのない白で、瞳は南海を思わせるコバルトブルー。

 そして、横に突き出すように伸びた、特徴的なあの耳は……。


「エルフ!?」


 僕がその名を叫ぶと同時に、虚から住人たちがぞろぞろ出てきた。

 みな一様に美しく可憐で、若草を編んで作ったような、緑色の衣装に身を包んでいた。


「そうよ。〈ディープミストの森〉は、エルフたちの住まいなの」


 アンシェルが僕の言葉を肯定する。


《エルフ。森に住まう高貴な一族。人間や天界とも異なる独自の魔法体系を持ち、その姿はみな妖精のように美しいと聞く。よもや、彼女たちと出会うことになろうとは》


 主人公の声も何となく嬉しそう。

 いや、仕方ないさ! なんたってエルフはファンタジー界の宝石だからな!


『リジェネシス』は神と人間の物語だったので、ファンタジーでありながら異種族というものが存在しなかった。

 それはそれで世界観として問題はなかったけれど、例のサイトにこんな要望が寄せられたことを僕は覚えている。


 ――次回作では、是非エルフやドワーフみたいな、人間以外の住人も登場させてください。


 無限に続く罵詈雑言のコメントの中で、燦然と輝く名句だった。

 その一文を見たとき、僕は、「それいい!」と心から思ったものだ。


 まさかそいつを実装していたとは!? 特集記事には載ってなかったじゃないか! 何だよ隠し球かよスタッフよおおおおおお!


 スッ……。

 コレ! コレ! コレ! コレ! コレ!


【エルフがいる!:5コレ】(累計ポイント-20000)

 

 それにしても、噂に違わぬ美形揃い。綺麗なのから可愛いのまで、どこを見てもフツーってレベルすら存在しない。


 しかも、何というか、みんなとっても女性らしい豊かな体つきをしていらっしゃる。

 うちのアンシェルやパスティスのような、小さいのがほとんどいない……いや……一人もいない……?


《グレープフルーツ……!》


 大まじめな声で言うんじゃないよ主人公! また株が下がるぞ!


 でも、僕はなぜか、このときイヤな予感がしたんだ。

 なぜかは、よくわからなかったけど……。


 エルフたちは、僕らをありがたそうに見つめながら、言葉を待っているようだった。

 誰の言葉かは言うまでもないだろう。


「み、みなさん」


 女神リーンフィリア様。

 雪豹を倒した騎士と従者を遣わし、エルフたちの居住地の始点を確保した救世主。

 その第一声は。


「みなさん、たっ、たいらにー!」


 ぎこちない笑みに、小さなスコップを掲げた、そんな一言だった。


 えっ……。

 という空気がエルフたちに流れる。


 あっ……。

 僕はなぜか戦慄を覚えた。


 僕自身の体験ではない。しかし、そのいたたまれない光景を、僕は地球にいた頃、何度か見たことがある。


 たとえばそれは、前のクラスで人気者だった人物が、クラス替えの直後、以前と同じノリで自己紹介してしまい、周囲から唖然とされるような。


 たとえばそれは、いじられキャラとして愛されていた人物が、周囲の人物相関図が変わった結果、何をしても誰からも反応されなくなったような。


 そんな、悲しい、それ。


「あっ、はい……」


 エルフたちは戸惑い、そして、そんな生返事をした。


「あっ、あの……」


 てっきり〈ヴァン平原〉の人々と同じ反応が返ってくると期待していたリーンフィリア様も、戸惑いの表情を見せる。


 数秒の気まずい沈黙。


 しかし、彼女はめげなかった。

 どうにか笑顔を立て直すと、小さなスコップを大事そうに持ち、


「あっ、た、たいらにーというのはですね、こ、こうして、じ、じめんを平らに……」


 こつん。


「あっ……?」


 こつ、こつ……。


 リーンフィリア様のスコップは、枝の道をコツコツと鳴らすだけで、以前のように地面を平面化――つまり整地することができなかった。


 アンシェル、これは――!?

 僕は目線で助けを求める。アンシェルも青い顔をして、


「〈バベルの樹〉はそこらの岩よりもずっと硬いのよ……! 人が歩けるようなサイズになったものは、特に……!」


 何てこった! ここでは整地ができない!

 そんな。じゃあ整地厨のリーンフィリア様はどうなるんだ!?


 こつん、こつん、こつん……。


 リーンフィリア様は、凍った笑顔のまま、壊れた機械のように木を掘ろうとしている。


 エルフたちは何が起きているのかわからず、うろたえている。


 うっ、うわあああああああっ!

 だっ……誰も……誰も悪くないのに、この……この気まずい空気はああああ!!?


 僕とアンシェルとパスティスが動いたのはほぼ同時だった。

 三人で女神様を隠すように立ちふさがり、


「ど、どうも初めまして。女神の騎士です!」

「天使のアンシェルよ! あなたたちがここの住人ね!?」

「パスティス、です……。よろしく……ね」


 すると、エルフの中から一人の女性が歩み出た。


「初めまして、天の御使いの方々。わたくしはこの者たちの長、メディーナと申します」


 美形だらけのエルフの中にあって、一際輝くような顔立ちの女性だった。

 長にふさわしい、穏やかで落ち着いた物腰。にもかかわらず、年齢二十歳くらいのおねーさんにしか見えない。


 柔らかな目元と、膝裏まで届こうかという長髪を、大きな三つ編みにしているのが特徴。そして、胸とお尻がかなり大きいのも……。


《世界中の宝石を組み上げても、彼女ほど美しい存在にはなるまい。深閑とした森の精気によって育まれ、一夜、月光の下でのみ開く花の化身。それがこのメディーナという娘だった》


 主人公もベタ褒め。

 うん、彼女にケチをつけるということは、つまり自分の感覚はまともじゃないと宣伝するも同然だ。


「女神様」

「はっ、はいぃ……」


 我に返ったリーンフィリア様が、半涙目で応える。

 メディーナは恭しく頭を下げると、


「先ほどは戸惑ってしまい、失礼いたしました。わたくしたちにとっては、聞いたことのないお言葉でしたので……」

「いっ、いえ、いいんです。いいん、です……」


 フォローされているのに、青いというより、黒ずんだ顔になっていくリーンフィリア様。しかしメディーナは、そこから驚くべきことを口にした。


「けれどその、たいらにーという響き。わたくしたちにとっては、身の毛がよだつような、とても恐ろしい言葉を思い起こさせます……」


「えっ……」


 リーンフィリア様の瞳からすっと光が消える。

 えっ……。何?

 どういうこと?


「平らに。つまり、貧乳。それは、わたくしたちと対立する、貧乳の里の者たちを連想させる言葉なのです……!」


 えっ……。

 リーンフィリア様に続き、僕の視界からも光が消える。


 なに、これ……。


 貧乳? 対立?

 どういうこと?


 何でこのメディーナはくそ真面目な顔でそんなこと言うの?


「女神様。わたくしたちにとって、貧乳は、敵です……!」


 何がなんだかわかんないけど……。

 スタッフまた何か仕込んだのかよおおおおおおおおおおおおおおおお!?

 

問題しかないクリエイトパートの始まり

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、裸族女神様派ということですね
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