第四十二話 兵器の体温
《女神よ、もう一度私に力を!》
「見えようが見えまいが僕のやることは一つだ。撃ちまくるしかない!」
パスティスをしゃがませて、周囲にアンサラーの弾をばら撒く。
葉が飛び散り、霧に風穴が飽き、枝が砕ける軽い音が聞こえてくる。が、偶然にも敵にクリーンヒットするという奇跡を起こすには至らなかった。
「ぐおあっ!?」
それどころか、銃撃音でヤツの物音を消してしまい、ほぼ無防備な状態で頭部に攻撃を受けることになる。
バランスを崩し、慌てて置き換えた一歩は、見事に空を踏み抜いた。
「うおおおお!?」
霧の奥へと引きずり込まれるような感覚。咄嗟にアンサラーを離した左手が、手応えのない空を切り、僕の体は底なしの白い沼へと落ちていく――
「騎士様!」
間一髪、パスティスの尻尾が、僕の左手に絡みついた。
セ、セーフ!
「た、助かっ――」
つり下げられた状態で礼を言おうとした僕が、枝の上にいるパスティスの顔を見つめたとき。
霧のわずかな切れ目から、白い獣が彼女の無防備な背中を狙っているが見えた。
「パスティス、引き上げてッ!」
僕は無我夢中で彼女の尻尾をたぐり寄せ、枝の上へと駆け上がると、まさに、パスティスに躍りかかった直後のそいつと正面からぶつかりあった。
ギャリッとおぞましい音がして、鎧のどこかに深い溝が刻まれるのがわかった。
そんなもんで今さらビビるかあ!
僕と敵は絡み合ったまま霧の道の上を転がった。
いつ足場から転げ落ちるかわからない恐怖は、パスティスが狙われているとわかった瞬間に置いてきている。
「この野郎……! ついに捕まえたぞ……!」
どうにか怪物を組み敷き、初めてその全身を見た。
体長二メートルほどの雪豹に似た獣だ。
横腹の体毛から骨のような器官がはみ出ていて、そこから白い霧を吐いているのがわかった。
「こいつっ……! 暴れるんじゃねえ!」
手足はさほど太くはない。本来の豹同様、機動性に特化した細くしなやかなデザインだ。
しかし、力は、
「強いッ……!?」
「しっかり押さえつけなさい騎士! 逃がすんじゃないわよ!」
アンシェルが叫んでくる。
わかっている。わかっているけど……!
――ギャッギャアアア!
凄まじいうなり声を上げ、雪豹は僕を蹴り飛ばした。掴んでいた体毛がぶちぶちと抜ける感触。しかしそれがダメージとなるはずもなく、怪物はすぐさま霧の中へと消えた。
「騎士様、ごめん、なさい……! 狙え、なかった……。騎士様に当たり、そうで……!」
尻餅をついた僕のところに、パスティスが悲愴な表情で駆け寄る。
その悄然とした態度は、僕が作った千載一遇の好機を逃してしまったとでも思っているのだろう。
「いや、今のは僕も、まともに押さえ込めてなかった。だけどパスティス、もう大丈夫」
「えっ……?」
「ヤツの魔法のマントは電池切れだ。次、襲ってきたら決める……!」
僕の声にパスティスは目を見張った。
霧の中が静まり返る。
僕はアンサラーを構え、パスティスは背中に寄り添うように、周囲を警戒する。
わずかに吹いた風が、白くかすんだ枝葉を揺らした。
その音に紛れ込んだ雪豹の気配は、もうどう感覚を研ぎ澄ましたところで、判別不可能だった。
そのとき、背後から大きな物音!
そっちか!? 僕がアンサラーを向けようとした瞬間。
頭上から形のない圧迫感がのしかかってきた。
首の動きすら間に合わず、僕は目線だけで真上を向く。
間違いなく雪豹。
しかし――。
「お見通し……!」
パスティスの尻尾が槍のように上部へと突き出し、襲いくる雪豹の胴体を宙で釘付けにした。
――ギャアアアルルルル!
悲鳴とも怒号ともつかない咆哮。一つ言えることはそれが致命傷ではないということで、悪魔の兵器のしぶとさは、すでに前のエリアで経験済みだ。
だからこそ、アンサラーの銃口はすでに上を向いていた。
「終わりだ」
アンサラーの引き金を高速で引きまくる。
パスティスの尻尾の外側をなぞるように、魔法弾を撃ち込めるだけ撃ち込む。
雪豹の絶叫は銃撃音にかき消され、頭上から降り注ぐ怪物のかけらだけが、その結果を教えてくれる。
銃口が赤熱し、装甲が灼熱の悲鳴を上げた。
オーバーヒート。もう十分だ。
僕は湯気を広げるアンサラーを肩に乗せると、左の手のひらを後ろに向け、持ち上げた。
即座にパチンと音がして、パスティスがハイタッチに応えてくれたのがわかった。
超COOL!
「ど、どうしてあいつの位置がわかったの……?」
息を呑むように黙っていたアンシェルが、戦いの余韻の中に疑問を吹き込んだ。
僕はその場にしゃがみ込み、雪豹の肉片の中から青く光る菱形の石を拾い上げ、羽根飾りに近づけた。
「こいつさ」
「あっ……。アイスチップ!?」
そう。アンサラー冷却用のアイスチップだ。
「さっき取っ組み合いになったとき、あいつに突き刺した。どうせ痛覚なんかないだろうから、気にもされないと思ってたよ」
「そ、それであいつを冷やして……パスティスに温度を見せたってこと!?」
パスティスは熱を探知する。熱にはプラスもあれば、マイナスもある。僕はこのアイスチップにより、あの兵器にマイナスの熱を付与した。
異物に対して無関心だったのが運の尽き。あのチャンスを、何もせずに手放す僕じゃあない。
「冷たいもの……青く、見える……。騎士様のおかげで、敵が、見えた」
パスティスがうなずいた。
「あ、あんた……。あの状況下で、よくそんな作戦思いついたわね……」
「最後くらいはいいとこ見せないとね」
選択肢が少なかったことが逆に功を奏した。
カルバリアスもアンサラーも有効じゃない。その中で手持ちの小道具はもうアイスチップしかなかったのだ。どう使うかなんて限られていた。
「……ん?」
まるで引き潮のように霧が後退していく。
霧を噴出させていたあの雪豹を倒したからだろうけど、もっと大きな、悪意あるものを削ぎ落としたからのような気がしてならない。
霧が薄まり、〈ディープミストの森〉がようやく本来の姿を現した。
さあ、ここでは一体どんな町ができるのだろう。
たりない出番は勇気で補え




