第四十一話 迷彩兵器
この探索が順調に進んでいるかどうか、僕には判断しかねた。
〈祝福の残り香〉を探す余裕もなく、自分がどこまでルートを消化しているのかさえわからない。迷子の度合いだけが深まっていくようなあせりが僕の足に絡みついて、その動きを危うげにしているような気分だった。
《虚ろな影。かすむ牙。これまでのヤツとはまるで動きが違う。どこから来るかまったくわからない。まるでこの霧すべてが、私の敵に回ったかのようだ。対抗策は……》
主人公の台詞に変化が生じた。どうやらフィールドボスと接触したらしい。
ニクギリと同じく、霧に身を隠して攻撃してくるタイプのようだ。
でも、そんなのは今さらだよな。もうちょっとヒントになるような台詞を用意してくれると助かったんだけど……。
《私の戦いもこれまでか……》
そんなものもなく、やられる主人公。役に立たないなこいつ……。
《私の戦いもこれまでか……》
《私の戦いもこれまでか……》
《私の戦いもこれまでか……》
わかった! 悪かったよ! 強いんだな!? それだけわかれば十分だありがとう! 気をつけるよ!
ちなみに、ここまで僕もパスティスもノーダメージ。
全自動敵抹殺キメラちゃんが強すぎて、アンサラーもカルバリアスも出番なしだよ。
改めて確認するけど、僕の方がリーンフィリア様から受けてる加護強いんです。スペシャルなんですよ僕は!
「あ、騎士、様……」
パスティスが僕の腕を引いた。
彼女は僕を守る名目で、ずっと背中に張りついている。
そして、ニクギリたちが襲いかかってくると、尻尾で次々に始末していくのだ。
その体勢は、パスティスが僕という邪魔くさいサイズの盾を持ち、一人で進軍している図式に近い。
やはり騎士はメイン盾だな。今回のでそれがよくわかったよ。パスティス感謝。
いや、そういう意味じゃないよな……。
「この木に、何か彫ってある、よ」
呼びかけたパスティスは、僕らの頭上を横切る太い枝を指さしている。
「文字というより、何かの模様かな……」
一部に、ではなく、その枝の大部分を使って何かが描かれている。
動物などを象ったものではなく、絨毯か何かのパターンのように見えた。
「これ、〈ヴァン平原〉で見た、かも」
「あっ。あの遺跡のとこでか」
大蜘蛛と戦ったあの場所でだ。
遺跡の壁に、確かにこれとよく似た模様が描かれていた。
あのとき拾った石版は、アンシェルやリーンフィリア様に見せても正体が掴めなかった。まさか遠く離れたこんな場所で、同じものを見るとは……?
きっと世界にまつわる秘密なのだろう。今から楽しみだ。
前半の謎って、超後半にならないと判明しないってこともあるけどね……。
「騎士、パスティス、聞こえる?」
ふと、アンシェルから通信が入った。
「聞こえてるよアンシェル」
「そろそろ、一帯を仕切ってるボスのところに着くわ。気をつけて」
「! わかったよ」
僕らもボス到達だ。
主人公があれだけボコボコにされてる危険な相手。
果たしてどんなヤツなのか……。
僕は足場を確かめる。
枝の道幅は、およそ二メートル。
一人で歩くなら十分な幅がある。
上下に〈バベルの樹〉の枝が走ってはいるけど、そちらは道として使うには少々頼りない太さ。足を乗せたらばっきり折れそうだ。落下だけはしたくない。
有効視界範囲は、数メートル……ん……!?
「何だ?」
僕は目をしばたかせた。
道の先がゆっくりと消えていく。
見間違いじゃ、ない……!
「パスティス、後ろはどうなってる!?」
「道が、消えてる。霧が、濃くなって……るよ!」
なぜこのタイミングで!?
すでに目が届くのは自分の足下から数十センチほどになっている。これじゃ、いつ枝を踏み外すかわからない。
「パスティス、足下に気をつけ――」
警告を発しようとした最中だった。
顔面を横殴りにされ、僕は大きくよろめいた。
踏ん張ろうととっさに伸ばした足が虚空へ飛び出る想像をし、一瞬の寒気が背中を走る。無事に硬い足場を踏んだとき、もれたため息が兜の中に熱を残した。
「騎士様!?」
「大丈夫。兜が防いでくれた」
「でも、大きな傷、ついてる……」
言われて驚き、手で探ってみた。
目付近を覆う鉄板に、引っ掻いたような細い傷ができている。貫通にはまったく届かないけれど、〈ヴァン平原〉ではあの黒騎士以外に傷なんかつけられたことなかった。
敵が強くなってるのか……!
僕は前方の霧をにらみつける。
さっきの攻撃、まったく見えなかったけれど、もうフィールドボスが近くにいるのはわかってる。
霧を濃くしているのもきっとそいつだ。
「パスティス、今は僕より敵を。何か見える?」
しかし彼女は、
「見えない。何も……!」
と小さい悲鳴のような声を返してきた。
なにっ。パスティスに見えてない、だと?
道中、色々試してみたけど、やっぱり彼女は体温を感知していると考えてほぼ間違いなかった。
じゃあ、なぜ今度のヤツだけ見えないんだ?
疑問に気を取られるあまり、横から聞こえてきたわずかな葉の音に、僕は即応することができなかった。
首元を狙った一撃。
三本のかぎ爪が鎧の表面を削ったのがわかる。
「ぐおっ……!?」
片足が浮き上がりそうになるが、どうにか立ち位置を動かさずに踏ん張れた。
ひやりとする。自分の足場にあとどれほどの猶予があるか、ほとんどわからない。
「あっ……!」
ぶん殴られたおかげで、頭の中の配線が入れ替わりでもしたのか、僕は唐突に、パスティスがこのボスの体温を感知できない理由に思い至った。
ニクギリはもともと森に住んでいる原生種だ。
だから、生物としての体温がある。
だけどここのボスがそうであるとは限らない。
生物ではなく、悪魔の兵器なら……。
「体温がないこともありうる……!?」
僕は慄然とその答えを口にした。
地球産の機械なら、動くときに熱を発するだろう。
だけど、ゴーレムやガーゴイルに放熱があったか?
わからない。確かめてはいないけど、少なくともあったかく感じたことはない。
パスティスの目が通じない。しかもこの霧の濃度……!
《ダメだ、勝てない。私の戦いもこれまでか……》
主人公が何度目かになるリタイアを宣言。
だけど、今回はツッコミを入れる余裕もない。
このままじゃ僕も同じ台詞を言うことになる。
この状況、どう乗り切る……!?
なんとかして やくめでしょ(ゆうたかん)




