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第三十七話 ブラックドラゴン・スピリッツ

 アンサラーの一撃により、再び赤い部位が露出した。

 僕は間髪入れず狙撃。

 二本目の脚がちぎれ飛んだ。


 砕け散った石材が草原にばらまかれるけど、僕は即時離脱することでそれを回避。瓦礫をはるか後方に置き去りにしても、再び接近する。


《残る脚は二本。だが、またスピードが上がる。こいつは本当に止まるのか……?》


 主人公が忌々しそうに吐露する。

 だが、片側の脚が全部なくなれば、まともに動くことはできなくなるはずだ。


 物理的にそうだよな?


《いいえ》


 普通に返事すんなよ! 何だよそのシンプルボイス、『Ⅰ』かよ!? 今ここで選択肢出る場面じゃないだろ! 何と混じったんだ! 


 無駄に集中力を浪費していると、不意に、頭上が暗くなった。

 はっとして見上げると、大蜘蛛から飛び立ったガーゴイルが群れをなして僕の真上を覆っていた。


「野郎、来るか!?」


 僕が銃口を振り上げようとしたとき。

 ガーゴイルたちのさらに上から急降下した巨大な黒影が、後ろ足でその群れを中央から切り裂いた。


「!」


 統制を乱されたガーゴイルたちは、続くもう一体によって蹂躙されていく。

 僕は、先陣を切った巨大な影――ディバが遠ざかっていくその上で、パスティスがこちらに振り返りながら、ぐっ、と親指を立ててきたのが見えた。


 ヒューッ! 見ろよあの可愛くてカッコイイ姿を!

 こっちの態勢は万全だ。僕は彼女に親指を立て返すと、靴底を滑らせて大蜘蛛の脚へと迫った。


 けれど、ここからが苦しい時間となる。弱点部位は脚の決まった位置にあるわけではないらしく、僕もアディンもなかなか正解を見つけられない。


 脚の動きが忙しなくなり、弾が当たりにくくなったのも焦りの要因の一つ。

 このままだと、町の中に入られる。

 僕は脚の先端付近より、根本の方を狙おうと、さらに蜘蛛に近づいた。


 ――――!!


 そのとき僕は、奇妙なものを見た。

 蜘蛛の胴体。

 瓦礫と瓦礫の隙間から、見覚えのある人物が姿を現したのだ。


「なっ……!?」


 それは、〈シャックスの洞窟〉の外にいた帝国黒騎士だった。

 黒騎士は手に持っていた何かを、ベルトに巻きつけたポーチにしまったようだった。


 なんだ……!? 何をしている? いや、何をしていた……!?

 こいつを動かしているのはあいつなのか……!?


 何一つわからない。けれど、あそこにいる理由が、僕らにとってありがたいものであるはずがなかった。あれは敵だ。僕のすべての感覚がそう告げている。


「うおおおおおおッ!!」


 僕は黒騎士に向かってアンサラーを連射していた。

 いくつもの魔力光が、ヤツの周囲の瓦礫を削る。


 さすがに遠すぎるか!


 さらに接近を試みようとして――僕は黒騎士の動作に気づいた。

 僕より二回りは重装な腕を持ち上げ、背中に回すような仕草。

 気づけばその手は、背中に装備されている巨大な剣の柄を、肩越しに掴んでいる。


「なにっ――!?」


 武器を持っていた!? なぜ気づかなかった!

 全身を回っていた闘志の熱が、一気に冷水に置き換えられたような感覚。

 アンサラーの物質化を解除したのは、ほとんど本能的な動きだった。


 腰のカルバリアスを引き抜く、と同時。


 蜘蛛の胴体を蹴った黒騎士が、もう僕の目の前に迫っていた。


 はっ――速え――


 ガツッ!


 頭の奥で火花が飛び散るような衝撃を受け、僕は後方に弾き飛ばされた。

 衝撃の中で僕は思う。目の前に来るまで、黒騎士は背中の剣を抜いてさえいなかった。


 凄まじいスピードの抜き付け。


〈ヘルメスの翼〉で高速移動しているこちらに、一瞬で肉薄したことと言い、とんでもない身体能力だ。

 僕は何度も地面を転がり、遺跡の一部に衝突してようやく止まった。


「ぐっは……!」


 咳き込みながら鎧を見た。

 胸のあたりに斜めに傷が走っている。

 これまでどんな攻撃を受けてもへこみもしなかった、この鎧に傷を。

 カルバリアスで受け止めた感触はあったのに、これだ。


 防御が一瞬遅れていたら、刃が鎧内部まで到達していたことは容易に想像できる。

 こいつ――強いなんてもんじゃない……! 強さの質が僕と根本的に違う。鎧の中身はやっぱり悪魔か?


 黒騎士が剣を垂らすように構え、追撃してくる。

 その足取りはゆっくりでありながら、不気味なほど速い。地面を滑っているかのようだ。


「クッソ……!!」


 体が動かない。さっきの一打で全身が痺れていた。

 やられる。


 黒騎士が来る。


 もう十メートル、八メートル、五メートル……。


 鉄のつま先に力が入るのが見えた。


 来るぞッ……!!


 そのとき。

 僕の眼前に黒い巨影が舞い降りた。


 ――シャバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 前足を踏ん張り、今まで聞いたこともないような巨大な咆哮を上げたのはアディンだった。

 限界まで口を開いて絶叫する様は、この世のどんなものよりも怒りに打ち震えているように見えた。


「…………」


 黒騎士が足を止める。

 怒りの面頬が、目のない竜を正面から見据えた。


 恐れることを知らない者同士の沈黙が、一秒。


 突然、空が翳った。


 敵から目を離すべきではないと思ったけど、つい上を見てしまう。

 まるで隕石のように落ちてきたのは、パスティスを乗せたディバだった。


 垂直落下と体重を加算した右腕の一撃が、黒騎士のいた場所を一瞬でクレーターに変える。

 それを直前で回避してみせた黒騎士は、しかし、避けた先で黒い尾の一撃を受け、今度こそ吹っ飛んだ。


 トリアが待ちかまえていたのだ。このコンビネーションはどうだ!?


 ……いや。トリアの一撃も、ヤツには有効打になっていない。分厚い剣を盾代わりにし、防がれていた。

 なんてヤツだ。僕じゃとても回避不能だった攻撃を二度、凌いだ。


 ――ゴウウウウウウウウルルルル……。


 それでも、パスティスを加えたサベージブラック三匹。神様でも震え上がるだろう状況だ。

 体から痺れが抜け、カルバリアスを握る手に力が戻るのがわかった。

 これで五対一。これ以上望めない有利な形勢。相手の底は知れないが、やるなら今しかない。


 突然、黒騎士がきびすを返した。


 僕は呆気にとられて何もできなかったけれど、身軽だったトリアは素早く反応した。

 地を抉り飛ばしながら跳躍すると、すきを見せた黒騎士に前足を叩きつける。


 その爪が鎧ごとヤツを引き裂く寸前、その輪郭が風景に溶けていったのを僕は見た。


 ――グウウウウ。


 トリアが手応えのなさを訝るように、周囲を見回している。

 また消えた……。


 その所作にはまだ余裕があったように見える。取り逃がしたのか、それとも追い返せたと捉えるべきなのか――今は結論が出せなかった。


「騎士様、大丈夫……?」


 ディバから飛び降りたパスティスが、僕の肩を支えようとする。


「大丈夫。鎧を削られただけだ。それよりありがとう。危ないところだった」

「アディンが間に合って、よかった。偉かった、ね……」


 パスティスがアディンの頭を撫でると、黒竜は嬉しそうにのどを鳴らした。


「そうだ、大蜘蛛はどうなった!?」


 僕は慌てて、目線を遠くへと投げた。

 片側の脚はいつの間にか一本まで減っていた。アディンがやってくれたようだ。


 さすがにスピードは相当落ちていた。

 けれど、町はもう目の前だ。

 生産された怪物たちも増えている。

 仮に足を止められたとしても、本体が生み出したゴーレムたちが町を襲うだろう。

 だけど大蜘蛛の脚を狙うしか策がない。


「みんなで脚を狙う。ヤツを止めたら、生み出された連中を一匹残らず駆逐する……!」


 生産された兵器を放置するのは危険だった。しかし今はそれをやらねば。

 どうか町に被害が出ませんように……!

 僕が神……リーンフィリア様に祈り、再び大蜘蛛に立ち向かおうとしたとき。


 キーン、キーン、キーン……。


 アディンが突然魔法を唱え始め、空へと飛び上がった。


 リーン、リーン、キーン……。


 ディバとトリアもそれに続く。


 僕とパスティスがぽかんとしてそれを見つめる中、三匹は動きの鈍くなった大蜘蛛の頭上で、円を描くように回り始める。


 リーンリーンキーンキーン……。


 鳴き声の間隔が短くなり、ついに、


 ィィィィイイイイイイイイイン!


 という一繋ぎの高音へと変化した。


 そのときだ。

 三匹が描く輪の中央を、光の線が貫いた。


 はるか天空から振ってきた、針のように細い光は、大蜘蛛のど真ん中を通過。その切っ先を地面へと沈める。


 じわりと押し寄せた、生ぬるい風に、僕は、


「パスティス、伏せて!」


 と声を出せたかどうかもわからないまま、彼女を押し倒していた。


 直後、世界から音が消えた。

 耳を聾するような轟音。

 吹き荒れる暴風が運んできた小石が、僕の鎧を打つ。でも、生身のパスティスと違って、この程度は何てことない。僕は吹き飛ばされないよう、必死で彼女を抱きしめた。


《石の巨虫がようやく――》


 脳裏に響く主人公の寂声さえかすれる。目を閉じる必要もない兜の内側から、僕は見た。

 蜘蛛の胴体から吹き上がる火柱は、まるで何者かによって制御されているかのように炎の塔を作って、上空の雲すら焼き落としていた。


 立ち上る黒煙。

 煤けた空に火の粉が舞い散る中、三匹の竜が黒い輪を描き続ける。

 まるで世界の終焉を思わせるような光景。


「第三級禁呪クラスの魔力を検知……。騎士、何があったの……!?」


 アンシェルからの震える声が届いた。

 大蜘蛛は脚だけを残して見事に燃え尽きていた。


 あのデカブツを一撃で。

 魔法文字を破壊するなんてまだるっこしいこと、最初から竜たちには必要なかったのかもしれない。


 この破壊力。

 あの圧倒的威容。

 震えが来るほどに凶暴で凶悪。


 だからこそ、頼もしい。

 だからこそ、カッコイイ!


 僕はこれを……待っていたんだ!


 今こそ僕は渾身の力を込めて、

 はああああっ!


 コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! 

 コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! 

 コレ! コレ! 合計二十コレ(上限)!


【これが『Ⅱ』の聖獣だ!:20コレ】(累計ポイント-25000)


サイッキョ!

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[一言] 聖獣がこれだけ強いなら、もしかして女神の騎士様足手まとい……?
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