第三十五話〈ヴァン平原〉遺跡戦
「地上勤務だった同僚が二人、サベージブラックに勇敢に立ち向かったとかで、すごいドヤ顔で天界を歩いていたわ。一人はさかんに、ひたいにできた向こう傷を自慢しながら。包帯巻いてたからホントかどうか知らないけど」
「へえ、そうなんだ」
「〈ヴァン平原〉に三匹もサベージブラックがいるなんて変な話よね。大型の成竜だったって言ってるけど、実際はどうだかわかんないし」
「ふむふむ」
「あんたじゃないわよね?」
「僕だよ?」
「ホアッタァ!」
「ひげし!」
天界。リーンフィリア様の神殿。広場。
青筋を浮かべた天使のドロップキックを受け、僕は広場の床を滑走。
柱に激突する寸前でアディン……じゃなくて、これはディバか、ディバの尻尾に受け止められ、一本釣りされて背中に乗せられる。
「ありがとう、ディバ」
クルルル、クルルル……。
僕が背中を撫でてやると、ディバは小鳥のようにのどを鳴らした。
「降りて正座しなさいよこの狂犬! 天界の結界を破るとか何考えてるのよ!」
「……強くなりたい!」
「格好良く言ったってダメよ! いいから説教させなさいよお!」
反抗的どころか反逆的になりつつある僕の態勢に、アンシェルの気苦労はマッハのようだ。
竜たちは今、パスティスを取り囲んで集まって魔法の勉強中。
僕らだけではもてあますほどの広さだった広場も、大ワニサイズのサベージブラックが三匹も集まると、さすがに手狭に感じる。
本家に比べればはるかに小さい母親の尻尾にそれぞれの尻尾を重ね、それだけで事足りるはずなのに、頭を寄せ合って、開かれた教本をのぞき込んでいる。
サベージブラック自体は凄まじく攻撃的なフォルムをしているのだが、こうして大人しくしていると微笑ましいの一言しか出てこない。これぞギャップ萌え。
ときに、この雛竜たち。
これで生後十日くらいです……。
この異常成長は、あのふぬけ竜リックルを育てた天界の気、みたいなものが影響しているらしい。ただ、サベージブラックはこのサイズからの成長がとても遅く、促成もここまでだろうとのこと。
正直、三匹が母竜と同じサイズになったら神殿からはみ出るからね。ちょうどいいね。
問題は食糧だろうか。
生まれたばかりのときは、キャベツの葉っぱを一枚あげれば、三匹でそれをずっとガジガジやっていたのだが、今では三玉くらい一気飲みしてしまう。キャベツは飲み物。
毎日食事が必要なわけではないが、地上からの食糧供給は、多分十倍くらいにはなってるんじゃないだろうか。町の人たちは全然気にしてない様子だけど。
何しろ、〈ヴァン平原〉の町はもはや最大版図目前。
残す開拓地は、マップ右上の森と廃墟のみとなっているのだ。
そして僕は、すでにあの付近までの発展を許可している。
〈オルター・ボード〉に何らかの変化が現れるのは時間の問題だろう――。
「騎士様、騎士様」
ディバの背中から降りて正座させられていた僕は、リーンフィリア様の慌てた声に振り向いた。
「騎士様、見てください。あの廃墟で何かあったようです」
彼女が見せてくれた〈オルター・ボード〉には、いつか見た「!」マークが出現している。
これはエリア一、ラストステージの予感。
よーし、満を持して出撃だ!
※
《〈ヴァン平原〉に人々の声が戻った。ここまで町を大きくできたのは、ひとえに人々のたゆまぬ努力のおかげだ。だがまだ一つ、気がかりな場所がある。平原奥地に広がる廃墟。私はここから、禍々しい力を感じずにはいられなかった……》
「ふのおおおおぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉおおおおンンン……!!」
重厚な美声が紡ぐ物語を頭の片隅で聞きながら、僕は空中を右往左往していた。
天界からバトルフィールドに降り立った僕の最初の仕事と言えば、ほら、あれ。〈ヘルメスの翼〉を使い切る作業。
前回は地面にへばりついてどうにか耐えたけど、今回はアディンに手伝ってもらっている。その状況が、何とも情けない。
「おおおおおおぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁ……ンンン……」
ドップラー効果を生みながら叫んでいる僕は今、アディンの尻尾に巻き取られた格好で、凧のように低空を行ったり来たりしている。
前足で地面に押しつけてもいいのだけれど、それだと土で汚れてしまうので、竜なりに気を遣ってくれた結果ではある。
が、今の僕の姿は、わらしべ長者の第二段階、わらに結ばれたアブに相当し、その姿は名誉ある女神の騎士とはかけ離れた無様さだった。
「はあ、はあ、よくやってくれたアディン。礼を言うよ……」
「騎士様、大丈夫……?」
ようやく魔力が切れた頃には、僕は一日中絶叫マシーンを乗り倒した後のように疲れていた。ぶっ倒れた僕の傍らにパスティスがしゃがみ込んで、心配そうに背中をさすってくれている。
「とにかくこれで、探索の準備は整った……。パスティスとアディンたちはしばらく自由にしてていいよ。僕は気になるところを調べる」
「わたしも騎士様と一緒に、行く……。あなたたちは、食べられるもの、探してていいよ……」
パスティスが尻尾を重ねると、黒竜たちはうなずいて、飛び去っていった。
クッ……ククク。
この状況、笑わずにはいられない。もちろん、いい意味で。
バトルフィールドに仲間の竜がいる。
聖獣――あのリックルだかリラックマだかいうマスコット竜を呼んではいけないことになっているが、アディンたちにそんな規約はない。
本来の『Ⅰ』の仕様に限りなく戻ったのだ!
スッ……。
いや、まだだ! まだボタンを押すんじゃない。こらえるんだ……。
お楽しみはこれからなんだ。
さあ、探索を始めよう……。
「アンシェル、聞こえる?」
「聞こえてるわ。さっきの楽しそうな声からずっとね。状況はどう?」
「すごく目が回った」
「あんたのことはいいから周囲の様子を報告しなさい」
僕は〈ヴァン平原〉最終エリアの風景を確認する。
なだらかな起伏のある草原で、穏やかな風が緑の穂先を撫でていた。
目につくのは、草を割って突き出ている白い物体。一見してただの岩のようだけど、よく見ると人工的な直角を持つ、古い建物の一部だとわかる。
奥へと進むにつれて、廃墟の密度も濃くなっており、最奥、丘の一番高いところには、南側にあった家屋の跡地とは比べものにならないほどしっかりした建造物の残骸が見えた。
どう見てもあそこにボスがいます。本当にありがとうございました。
「……という感じだね。丘の上には近づかず、周囲から調べていくよ」
そう伝えたとき、僕は足下からくる微弱な震動を感知した。
「っと、地震かな……?」
「地面、揺れてる……」
「あ、収まった。大したことなかったね。さあ、行こうか」
僕とパスティスは探索を開始した。
これまでほぼ緑一色だったバトルフィールドからすると、廃墟が多く見られるこの地帯は目移りするほど調べる場所が多い。
必然的にはずれを引く可能性も高くなる。
マップがスカスカ。これがまたアンチへの差し入れになるのだろう。
だが、それは違う。浅はかさは愚かしい!
イベントが用意されていないからと言って、そこに何もないわけではないのだ。
「ここらへんの廃墟、だいぶ古そうだな……」
「変な、模様……」
草原に残った建物の残骸は、近くに寄ってもただの岩と見まごうほど風化が進んでいた。
1stステージにあった家の基礎よりも、はるかに古い時代のように見える。
となると、これは今回地上文明が壊滅した事件よりも前から、この状態だったのだろう。古代文明の遺跡というヤツか。
最初から人が住んでいなかったから、悪魔の兵器によって破壊もされなかったわけだ。
特に何が見つかるわけでもなかったけれど、僕は古い時代に思いを馳せた。
イベントがないところであっても、そこに何かがある以上、その世界を感じ取ることは可能だ。
イベントの有無でマップの密度を測るのは間違い。
でも、はっきりイベントとして見せてくれないとわからない――という意見は、僕も否定するところではない。
わかりやすさは、ときに精妙な難解さより下に見られることもあるけど大切なことだ。伝わりやすい「イベントという形式」を製作側が用意するのは当然とも言える。
でも人というのは不思議なもので、他者からはっきり明示されたものより、自分で気づき、考えたものの方が強く印象に残る。
はっきり明示されたものだけがゲームではない。
小さな手がかりを元に空想を働かせることも、楽しみの一つなのだ。
ゲームは完成品でもあり……そして素材でもあるのだから。
まあ、こんなことアンチ連中に言っても「じゃあゲームなんて設定の箇条書きだけで十分じゃん」とか極論に走るだけだろうがな! ペッ!
一人、やり場のない怒りを生産していると、パスティスが僕の肩を叩いてきた。
「騎士様、ここに、何か、あるよ……」
「あっ、えーと、どれどれ……?」
半ば土に埋もれているのは、金属製の小箱だった。
錆び付くどころか、腐食が進んでもはや四角形すらとどめていないが、中身は無事なようだ。
「何だろこれ」
中に入っていたのは、石のカケラのようだった。
どうやら石版の一部らしく、平面部分にびっしりと文字が刻んである。
不思議だ。こんなもの、真っ先に風化しそうだけど。
この石の材質が特殊なのか? こんなところで見つかるあたり、貴重品かもしれない……。
「何かあったの?」
アンシェルが聞いてくる。
「石版の一部みたいなのがあった。何か文字が書いてある。あとで見せるよ」
「わかったわ」
そこまでやり取りして、僕は奇妙に思い、遺跡地帯を見回した。
静かだ。というか、平和だ。
ここに到着してから今まで、一体も敵の姿を見ていない。
安心と言えば安心なんだけど、平穏すぎて不気味でもある。
このフィールドに何もないなんてあり得ない。
一体どういうことだ――僕がそう思ったときだった。
《馬鹿な。こんなことが……!》
激しく切迫した声が、頭の中に鳴り響いた。
主人公――何があった!?
それと時を同じくして、足下が震え出す。
また地震!?
「騎士様、あれ……!」
パスティスが僕の腕を引っ張って、丘の方を指さした。
「なっ……何だ、あれ……!?」
丘の上が分厚い砂塵ですっぽり覆われている。
何だ? 戦闘でも起きているのか? 僕以外の誰かと?
何もわからず、ただ目を凝らすしかできない僕に、主人公の声が重くのしかかる。
《このままでは町がすべて壊滅する。こ、こんなことになるとは……!》
「何が起きてるんだ主人公! ちゃんと説明しろ!」
八つ当たり気味に叫んだとき、僕は見た。
立ちこめる土埃を割って突き出た、一本の巨大な――――あれは、脚?
《ダメだ。勝てない。私の戦いもこれまでか……》
何、だよ、あれはっ……!!
目には見えている。だけど頭が認められない。
サイズ感がおかしい。あんなものがあるはずない。あんな敵がいるはずない。
――あんな敵に勝てるはずない。
土煙を押しのけて姿を現したそれは、丘の上の遺跡をすべて肉として構築された、巨大な瓦礫の蜘蛛だった。
ドラクエ4コマとかゼルダの4コマとかもう教科書レベル
ダクソとかブラボとかは生き残るのに必死で想像する余裕まったくないです・・・考察勢はどうなってるんだ!




