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第三十四話 シーズンパス(物理)

「暇だなあ」

「暇だねー」

「花占いでもするかあ」

「いいねー。そこらへんに山ほど花あるしー」

「〈祝福の残り香〉占いとかどうだ?」

「わーい、やろやろー。たくさんあるし、少しくらいちぎっちゃってもいいよねー」


「おい」


 僕が声をかけると、草原にいた天使たちは煩わしそうにこちらを向いた。


「なんだよ、また来たのかよ塵神んとこの狂犬。ものほしそうにこっち見てるなよなー。どこに目があるのかわかんないけどー」

「そうだー。通してほしければお金持ってこいよー。びんぼーにん」


 わざとらしく言う二人は、僕がさっきから例の障壁を隔ててすぐ隣に突っ立っているのをあえて無視していた。こちらが痺れを切らして声をかけてくるのを待っていたのだろう。

 相変わらず、いい性格をした連中だ。


 僕は続けて口を開いた。


「……とりあえず、礼は言っておくよ。この前、町の子供たちを助けてくれてありがとう」

「うーん? なんだ、あのときのことか。へへっ、まあな。あたしらはできた天使だからな!」

「もらった綺麗な石はー、天使の友達に売れたー。はした金だったけどー、もうかったー」


 けらけら笑う。


 綺麗な石というのは、子供たちが巻き上げられた助け賃だろう。しかし、それを糾弾するつもりはない。もはや安全な場所の方が多い〈ヴァン平原〉とはいえ、子供が迷子になれば命が危ない。むしろ破格の対価だったと言えるだろう。


 だから、礼を言っておきたかった。

 これからのことも考えて、ね。


「それはそうと何しに来たんだよ。金を払う気になったのか?」

「通行料はー、全財産となっておりますー」


 障壁の前で、天使たちはニヤニヤとアコギな笑みを浮かべた。


「金を払うつもりはない。でも、ここは通らせてもらう」


 僕がきっぱり言うと、天使たちは同時に吹き出した。


「何だよ、また無駄なことをしにきたのかよ! 頭悪いな、狂犬は!」

「アンサラーとか剣じゃ、絶対壊れないもんねー。神様の盾だもんねー。ばかー。えへへ、ばかー」

「それはどうかな?」


 言い返すと、完全に見下した笑顔のまま、


「どうかなじゃないよアホ。通れるもんなら通ってみろよ」

「やってみろー。どうせ口だけだろー」


 彼女たちが、そう僕を煽った。

 兜の中で、僕の口元が歪んだ笑みを作る。


「アディン!」


 ――グオウアッ!!

 咆哮が周囲の草を激しく毛羽立たせ、黒い影が僕らの頭上を覆った。


『えっ……』


 ぽかんと空を見上げた天使たちの瞳に映るのは、長い尻尾と湾曲する角を持った一匹の竜だ。

 若いサベージブラックの長子は、飛びかかる勢いのままに、その凶悪な右爪を障壁へと叩きつける。


 ズゥゥン……。


 世界が震えるような轟音が響き渡り、障壁が大きく身じろぎした。


 ――グアアアアアアアアアアアアアア!


 続けて放たれる嵐のような左右の連打が、障壁に激しい波紋をいくつも作り出す。一打一打のたびに盾と盾の連結部分が膨れあがり、今にも弾け飛びそうだった。


「うわっ!? うわっうわっうわあああ!?」

「さ、サベージブラックだー!? なっ、なんでなんでなんでー!?」


 天使たちは突然のことに尻餅をつき、目を白黒させながら叫ぶ。


「うーん。わりと頑丈だな……。いけそうか、アディン?」


 ――グオオオオオオオオオオオウウウウ!

 僕の懸念を吹き飛ばすように、アディンの連打速度が上昇する。


「なっ、なっ、何でサベージブラックがここにいるんだよ! どうして壁を攻撃してるんだよ!」

「あっ、あっ、あっちいけようー! こっちには何もないようー!」

「ククク……」

「何笑ってんだ、おまえ! サベージブラックだぞ!? 神様にケンカ売りに天界まで昇ってくる竜だぞ! ……って、おまえ今、こいつと話してなかったか!?」


 快活天使が青ざめた顔を向けると、おっとり天使も同じ表情で僕を見た。


「してたさ。僕はこいつらの親だからね」

「はあ!? 何馬鹿言ってんだおまえ!」

「ば、ばーかばーか! おまえほんとにばー――」


 ――ガアアアアアアアアアアアア!


『ぴゃあああああああ!!』


 金属がひしゃげる音がして、盾の一枚が天使側へと吹き飛んだ。

 驚いた天使たちは、悲鳴を上げて抱き合う。


「よし、でかしたアディン! でもやっぱり結構頑丈だな。後はディバとトリアとの連携でいく! 強化魔法!」


 キーン、キーン、キーン……。

 僕の背後でガラスの鐘を揺らすような高音が鳴り響く。


「ぎゃあっ! サベージブラックが後ろに二体もいたあ……!」

「ま、魔法だー! 魔法使ってるよ、あの二匹ー!」


 ディバとトリアの援護を受けて、アディンの黒い体皮が赤い皮膜に包まれる。

 天界の魔法で攻撃力を強化した黒竜などという規格外の敵を神々が想定しているはずもなく、暴れ狂うアディンによって障壁はあっという間に大穴を穿たれた。


 得意げにその穴をくぐったアディンが、角と一体化した頭部を天使たちへと近づける。


「あわ、あわわ、あわわわわ」

「わあああああん。怖いようー。食べないでー」


 抱き合ったまま震える天使。

 アディンたちの体長は、尻尾を含めて三メートルほどにまで成長していた。巨大なワニくらいの大きさだ。


 成体にはほど遠いが、その姿は完全に神咬みの竜。

 丸飲みにこそできないが、二口もあれば、天使くらい綺麗に食べてしまうだろう。


「アディン。そいつらはほっといていい。奥へ行こう」


 僕は竜の言葉が話せるわけじゃない。でも意図は伝わったのか、アディンは天使たちから顔を背けると、ゆっくりと草原の奥へ進み出した。


「ど、どうなってるんだよお……。なんでサベージブラックが騎士の言うことなんか……」

「えーん、えーん……」


 天使たちは完全に怯えていた。

 ここまで怖がるとは思ってなかったので、僕は胸がスッとするどころか、逆に可哀想なことをした気持ちになってしまった。中身はどうだか知らないけど、天使たちは外見は小さな子供なのだ。


「驚かせて悪かったね。竜たちは君らに噛みつかないから安心していいよ」

「えーん、えーん。そんなこと言ったって、ここが守れなかったら怒られるよー。減給だよー。悲しいよー」


 こいつ……この期に及んで金の話をする余裕があるとは……。案外、可哀想じゃないのかも。まあ、だったら。


「てい」

「ぴきゃっ」


 僕はおっとり天使のひたいに軽くデコピンした。


「あっ、何すんだよこの野郎!」


 相棒への暴力に怒り狂う快活天使に、


「その腫れが引かないうちに神様のとこ行って、サベージブラック三匹と戦ったけどかないませんでしたって言ってきな。神が恐れる竜と戦って名誉の負傷までしたんだ。それで減給するようなら、天界は想像を絶するアホってことになる」

「う……そ、そうかな?」

「昇給も、あるかも……?」


 天使たちははっとなってうなずき合うと、


「覚えてろよコノヤロー!」

「ばかー! ばかー! 帰ればかー! ありがとね……ばかー!」


 たくましく罵声を飛ばしながら、天へと昇っていった。

 あんな目にあって、態度をまるで改めないところが何とも……。まあ、いいか。なんかお礼も言ってたし。


 キリリ、リリ……。


 敵意のない声が聞こえ、先に行ったはずのアディンの尻尾が僕の胴体に巻きついてきた。と思ったら一本釣りされて、その背中に乗せられる。なんだか、ワニの頭の上に子ワニが乗っている画像を思い出した。


「ごめんごめん。じゃあ、楽しい楽しい宝探しを始めようか。ディバとトリアも早いもの勝ちだ。女神様の祝福を集めろー!」


 結果、子竜三匹が大幅パワーアップして、僕は微増というね……。

 誰だよ早い者勝ちとか言ったバカは……。


悪いことはしないと言ったな。


これは良いことだからいいんだ。

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[一言] まるで魔王みたいだぁ……
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