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第三十三話 ハイブリッド

「ニー」「ニー」「ニー」


 手足をウミガメの子供のようにぱたつかせながら、三匹の幼竜が僕の鎧の上を這い回っていた。

 体長はおおよそ十センチ。うち、半分が尻尾だ。


 まだしっかり踏ん張れないのか、胸を這い上がろうとして、あぐらを掻いた僕の膝の上にぽとぽと落ちてくる。ひっくり返ってもがき、すぐに戻ってまた動き出す。


 体のサイズ、角と翼と鱗がないことをのぞけば、あの恐ろしいサベージブラックと同じだ。

 それが、こんな極小サイズになって、楽しそうに僕の膝の上で転げ回っては、尻尾でぴたぴた叩いてくる。

 指先を近づけると、まだ歯の生えていない小さな口をめいいっぱい開きあぐあぐし、噛みつけないとわかると今度はぺろぺろ舐めてくるのだ。


 かっ……可愛いいいいいいいいいいいい!!


 子竜とはいえ、サベージブラックは愛嬌のある顔立ちはしていない。わかりやすい形の目はないし、なんかエイリアンみたいな顔つきでもある。

 しかしこのサイズ、この無邪気な仕草が、その不気味さをまるっとひっくり返して可愛さに転換されている。


 わかりますかよこの愛らしさ!!

 子猫とか子犬とかじゃなくても、可愛いんだよ小さい動物はさあ!


「怖くないですよ、女神様。アンシェルも」


 僕は手のひらに竜たちを乗せながら、半開きの扉から様子をうかがう二人に呼びかけた。


「そ、そうですか?」

「わ、わかってるわよ。しょ、所詮、生まれて数日の子供だし……」


 卵から孵って二日。

 生まれた直後は色々不安定だとかで、パスティスの部屋は立ち入り禁止になっていたけれど、それも今日で解かれた。


 最初に見たときより、すでに少し大きくなっている気がする。野生動物の成長は早い。

 僕から離れた雛たちが、パスティスの尻尾を、自分らの尻尾でぴたぴた叩いた。


「ん? 何?」


 パスティスが応える。もう意思疎通ができるらしい。


「この人たち? この人たちは、わたしの、大切な、友達」


 どうやら、僕たちの正体を知りたがっているようだ。

 パスティスは一人一人を紹介していく。


「あそこにいるのが、女神様。あっちが、天使のアンシェル。それから、この人が……」


 彼女は僕をチラリと見て……。

 頬を赤らめて目を伏せた。


「お父、さん」

「フォッ!?」

「わたし、は、お母、さん。本当のお母さん、じゃ、ないけど。お母さんの、役」


「ニー」「ニー」と、パスティスの尻尾の上から、雛たちが僕に向かって一斉に鳴き始めた。まるで「父ちゃん父ちゃん」と言われているみたいだった。


「きっ、きき、騎士様の、こ、子供、だったんですか……? お、オメ、オメデ、ト、ゴザマ、ママ、マス」


 何でか知らないけどカクカク動く女神様と、


「パスティスに純粋な竜の子を生ませるとか、あんたどんだけドラゴンの血が濃いのよ……」


 引き気味のアンシェルの声が僕に向く。


「事情を知ってるのにどうしてそういうツッコミが入る!?」


 思わず反撃を試みる僕に、パスティスが上目遣いにおずおず聞いてきた。


「だめ、かな……。騎士様が、お父さん、じゃ……」

「うっ……!」


 彼女は母竜から信頼を得て、卵を引き取った。

 子供には、やっぱり二親が必要だ。彼女にはそれを用意してやる責任感があるのだろう。

 だったら。


「…………いや。ダメじゃない。お父さん役は、僕がやろう」

「結婚おめでとう、野良犬」

「オメ、オメデ、ゴゴ、ゴザイマズ」

「だからそっちに伸びていく話ではなくて!」


 話をしているうちに警戒心が緩んだか、二人が部屋に入ってきた。

 彼女たちに雛竜を渡すと、さっそく尻尾でぺたぺた叩きながら、腕や肩を這い回る。


「く、くすぐったいですね。でも、全然怖くないです。ほらアンシェル、噛まれても全然痛くないですよ」


 指先をアグアグやらせながら、リーンフィリア様が微笑む。が。


「ぞ、ぞうでずね……」


 一方のアンシェルは青い顔で白目を剥いていた。

 神様なら「噛まれた痛い」で済むけど、天使は命がヤバいのかもしれない。だとしたらサベージブラックという存在自体がダメなのだろう。


 そのとき、結露した窓のように冷や汗をびっしり浮かべたアンシェルの肩の上で、雛竜が奇妙な行動に出た。


 キーン、キーン、キーン……。


 大きく口を開けると、金属を鳴らすような高い音を発し始めたのだ。

 すると、アンシェルの体が光の輪郭に包まれる。


 な、何だ?


「えっ、ちょ、ちょっとこれって、傷を治す魔法じゃない……!」


 僕とリーンフィリア様が持っていた雛竜たちも同様に鳴き出し、アンシェルを包む光を一層強くしていく。


「ど、どういうこと? どうしてこの雛たち、天界の魔法を使ってるの?」

「本、読んで、あげたから、かな……」


 アンシェルが問いかけると、パスティスも不思議そうに首を傾げる。

 僕は、パスティスの寝床の横に平積みにされた本の中に、『天使でもできる天界魔法』というタイトルの一冊を見つけた。これか?


「いや、本を読むって。そんなの、聞かせたってわかるわけ……ああっ!?」


 アンシェルはパスティスの尻尾を見ながら叫んだ。


「尻尾……! それで本の中身を伝えたのね……!?」

「う、うん……」

「すごいね。こんな生まれてすぐなのに魔法を使えるなんて、さすが竜だ」


 僕がよく考えずに褒めると、


「そんな単純な話じゃないわよ!」


 と、アンシェルの大声がのしかかってきた。多重回復魔法により、人間サイズの電球と化している彼女は、何というか、まぶしくてすごくうっとうしい。


「竜は確かに、魔法を使えるくらい高度な知能を持つ生物よ。でも、根本的なところで魔力構造が違うから、天界や人間の魔法を習得するのはとても難しいの。りんごが一個、みかんが一個、合わせて何個と聞かれて、二個になる理由がわからないみたいな認識の齟齬が、山ほどあるのよ」

「なるほど。さすがカンペ天使。超わかりやすい例え」

「でも、パスティスは言葉じゃなくて、もっと根元的な情報のやりとりをしてるから、その齟齬が生まれないんだわ」

「へえ、便利だね」

「だからそんなレベルの話じゃないのよ! このままいったら、この雛たちがどうなるかわかる?」

「わかりません」


 僕が素直に認めると、アンシェルは一旦力を溜め、大声で結論を述べた。


「神獣になるのよ! 神々から許可されてもいなければ、教育されてもいない、野生の神獣に!」

「!!!」


 アンシェルは頭を抱えた。……ギラギラ光ってるのでよく見えないけど。


「盲点だったわ。サベージブラックの尻尾を持つパスティスは、教育係としてこの世に二人といない逸材じゃない……! 神獣を無許可で三匹も神殿に置いてるのがバレたら、天界がなんて言うか……。神様だって前代未聞なんじゃないの!?」

「ワハハハ……、僕が許す! 学べ、我が子らよ!」

「ニー」「ニー」「ニー」

「やめろこの狂犬!」


 怪人・光天使が僕に襲いかかってくる。


「わたしにしか、できない、こと……」


 パスティスはそうつぶやくと、真っ直ぐな目でアンシェルを見た。


「アンシェル……。わたし、この子たちに、強く、なってほしい」

「パスティス。でもね……」

「お母さん竜と、約束、したの。立派な竜に、するって。悪いことしないよう、ちゃんと、教える、から。魔法も覚えさせて、ほしい……」

「うぐっ……」


 パスティスの悲惨な人生については、多分、僕より、この世界の本来の住人であるアンシェルの方がよくわかってる。


 天涯孤独のキメラ。悪魔に使役され、日常的に暴力を振るわれ……。そんな彼女が、子育てという、まっとうな道を進もうとしている。

 天使として世界を見守る彼女は、きっと、その尊さを拒否できない。


 彼女は逡巡に肩を震わせていたけれど、やがて大きく息を吐き出し、言った。


「わかっ……たわよ。そのかわり、天使が使える範囲までね。それ以上の魔法は教えないこと。いい?」

「ありがとう、アンシェル。必ず、守る」


 パスティスが微笑むと、雛竜たちが一斉にアンシェルに飛びつき、頭の上によじ登る。そして頭のてっぺんで、キーン、キーン、コーン……。と、またさっきとは違う音色を奏で始める。


 アンシェルが七色に光り始めた。

 む、無敵……? これは星を得たあの配管工と同じ輝きだ!


「攻撃と防御と速さアップの補助魔法よ……。お礼のつもりみたいね……」


 アンシェルは呆れたような、そしてどこか、さっぱりしたような声で言った。

 いつの間にか、竜たちへの恐怖心が消えている。


「ところでパスティス。この子たちに名前はもうつけたんですか?」


 リーンフィリア様がたずねると、パスティスは僕を見て、


「騎士様に、つけてほしい、な……。この子たちも喜ぶと、思う……」

「僕が?」


 僕がゴッドファーザーか。

 でも、これはちょっと嬉しいな。実は少しだけ考えていたんだ。


「この子たち、兄とか弟とかあるの?」

「あるよ。一番小さいのが、上の子。真ん中の子が、一番大きくて、下の子がよく噛む子」


 同時に生まれたけど、やっぱり順番みたいなのはあるらしい。しかも、特徴までしっかり把握しているとは、さすが母親としか言いようがない。


「わかった。じゃあ、一番上の子がアディン。真ん中がディバで、末っ子がトリアだ」


 僕が言うと、


「ニー」「ニー」「ニー」


 竜の聖歌隊が一斉に鳴き出す。


「みんな、気に入った、って……」

「よかった」

「ありがとう騎士様」


 パスティスが微笑む。僕はどきりとした。


「前に、言ったよね。女神様は、女神様をして、アンシェルは、アンシェルをして、騎士様は、騎士様をして、そしてわたしは……。やっと、わかったよ……。わたしにしか、できないこと、何か」

「え……」

「わたし、この子たちを、世界一立派な竜に、育てる。それが、わたしが決めた、わたしの役目……。ね、お父さん、竜」


 …………な、何だろう。何なのだろう。

 この初々しくも、どこか落ち着きのある、艶っぽい眼差し。

 よく知らないから、何とも言えないけど。


 この竜たちのお父さん役ということは、お母さん役の夫ということで。

 つまりパスティスは、僕のお嫁さんということになって……。


 嫁? 違う。


 妻……新妻? 


 いや、パスティスは若いから、幼妻?

 いや、それも違うな。もっとあるはずだ。強烈なのが。

 そう、あれだ……。


 ファンタズマ…………!!(錯乱)


ファンタズマ

 ・イタリア語で幽霊 △

 ・乗ると面倒なことになる超兵器 ◎

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― 新着の感想 ―
[一言] 前作(バグのほう)なら家族って言う場面なのに……!
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