第三十話 迷子
天界。神殿の広場にて、僕はパスティスに手伝ってもらって、剣銃戦闘のモーションを確認していた。
トーシロの僕が偉そうに講釈たれていい話じゃないけど、攻撃には決まった型がある。
こっちがフリーのときは、こう攻めて、こう倒す。敵がこうしてきたら、こう受けて、こう返す、みたいな。
ゲームのキャラクターは、ボタンを押すといつも同じ攻撃をする。あれは決して、ゲームだからというメタ発言で片づける話ではない、と最近気づいた。
臨機応変に戦い方を使い分けるというのはとても難しくて、むしろ、自信ある強力なパターンを一つ用意しておく方が、いざというときに迷わなくていい。
この形になったら僕の勝ち、という、必殺の手順を一つ持っておくのだ。
たとえば臨機応変に戦う場合、
状況1→必殺1
状況2→必殺2
状況3→必殺3
と、それぞれの状況から、ぞれぞれの必殺技を用意しなければいけない。
しかし僕は、
状況1┐
状況2――→必殺1
状況3┘
という、それぞれの状況から、一つの必殺技に持ち込む練習をしている。
これなら、トドメとなる技を一つ磨くだけで済む。
先代ならまだしも、中身が僕だからね。多彩な技を身につけるとか無理すぐるでしょう? いわゆる苦肉の策ってヤツだけど、悪い案じゃないと思う。
僕の必殺は、悪魔シャックスを退けたビハインドブリットが基本となる。
剣で敵の防御をこじ開け、銃でゼロ距離射撃。この思想だ。
ガーゴイルやゴーレムといった雑魚は、聖剣か聖銃の片方でも十分処理できるだろうけど、今後、また悪魔みたいな連中と戦うのなら、両方を使った戦法が絶対に必要になる。
もちろん、必殺技が一つしかなければ警戒されるだろう。
そしてワンパターンと蔑まれるわけだ。
だからこそ、必殺という結論に持っていくための崩しと受けのバリエーションはよく練習しておく。
何手読まれようと、意地でも食らいつき、最後には型にハメる。
極まった一つの型は、どれだけ対策しようと防げない。そういうものだ。
……うん、極まったらの話ね。僕にできるかは知らん!
「騎士様、わたし、役、に立ってる?」
相手役を務めてくれているパスティスが不安げに聞いてくる。
「うん。とてもね。ありがとう」
「……う、ん……」
攻撃と守りのパターンはそもそも先代の技がある。
子供時代にひたすらその形の練習をしていた僕は、今、女神様の加護を支えに、それを現実で行使できている。後はその流れに、どれだけスムーズにアンサラーを組み込めるかを調べるだけでいい。
パスティスはこっちの攻撃をとても素直に防御してくれるので、どこで割り込めそうかがすごくよくわかる。
まあ、本気で武器を振ってるわけじゃなく、状況や姿勢を確認しているだけなので、本番で全部無意味でしたってこともあるかもだけど。やらないよりはいいだろ。
「騎士様、わたし、何なの、かな」
「へ?」
パスティスが難しいことを言い出したので、僕の手は止まった。
「女神様は、女神様をしてて。アンシェルは、アンシェルをしてて。騎士様は、騎士様をしてて……」
「パスティスは、パスティスをしてる?」
「…………」
彼女はうなずかなかった。
「そう、だけど、そうじゃない……。ごめん、なさい。うまく、言えない」
難しい話らしい。
町の人々と暮らして、パスティスの顔には笑顔が見えるようになった。でもその一方で、アンシェルの本から色んな言葉を覚えたこともあってか、変に思い悩むことも増えた気がする。よく、部屋の隅っことかで小さくなって、考え込んでいるのを見かける。
しかし僕はそれを歓迎する。
陰惨な日々を過ごしていた頃の彼女には、多分、そんなことを考える余裕もなかった。理不尽と戦うので精一杯。
彼女が自分のことで哲学めいた思考を巡らせられるのは、安全な場所を得ることで暮らしに余裕ができたおかげだと思う。
だから。
「悩むのも考えるのもいいことだよ。何か言葉にできたら教えて。うまく形にならなくて、メチャクチャな言葉でもいいから」
するとパスティスは少し驚いたように僕を見てから、少し頬を染めて微笑んだ。
「あり、がとう。騎士様は、世界で一番、優しいね……」
僕は照れくさくなって、
「ははっ、そうかも――」
おっとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!?
「そうだね! 世界一優しいよ僕ぁ!」
「相変わらずメチャクチャ言うわね、あんたは。照れ隠しにしても、そうかもね、くらいにしておきなさいよ」
いつの間にか、アンシェルがリーンフィリア様と一緒に立っていた。
呆れ顔のアンシェルが〈オルター・ボード〉を僕に向けてくる。
「町で何かあったみたい。これって、そういう意味なんでしょう?」
再び('A`)アイコンが出ている。
町人たちは基本的に、町で起きた些細なトラブルについては自力で解決している。このアイコンが出現するのは、女神様の力が必要になったときだけだ。
〈ヴァン平原〉の開拓はかなり進んでいる。
終盤に向けて、いつ大きなイベントが来てもおかしくない。
「わかった。行こうか」
そう、気安く返事する。
これが一人の少女の運命を決めるできごとになると、このときの僕に気づけという方が無理だった。
※
タイラニー、タイラニー。
タイラニー、タイラニー。
「おおおおお! 女神様じゃああああ! 女神様が来てくださったぞ皆の衆ウウウウ!」
なんか、インカ帝国か何かの祭壇を連想しました。理由は特にないけど。
タイラニー・ウォールの前に大勢が集まり、跪いて祈りを捧げている。
でも、以前のようにお祭りの空気じゃない。
人々の顔には憂いが張りついて、僕らを見たあとでもそれが晴れない。
何かあったんだ。神にすがるしかないようなことが。
「女神様、聞いてください。町の子供たちが迷子になったんです。昨日から帰ってません。彼らの話をたまたま聞いた者は、北西に見える〈魔の岩山〉に度胸試しに行ったと――」
町人の話を聞いて、僕らは思わず顔を見合わせた。
そこに何が棲むのか、町の初期メンバーは誰でも知っている。
――サベージブラック……!!
しかし、あのニアミスはもうずいぶん前の話。加えて、初遭遇時以来、ヤツは一切姿を見せていない。
町はもう〈ヴァン平原〉の大半を占め、北西の岩山を視界に捉えるまでに成長していた。後から町にやって来た人々にとって、その脅威は想像上のものでしかないかもしれない。
これほど目撃例がなければ、すでに去ったと考えるのも妥当。それでも、分別ある大人ならわざわざ危うきには近づかないけど。
好奇心旺盛で、無鉄砲な子供たちなら?
大人が近づくなと言えば言うほどそこに引き寄せられるのは、僕にも理解できる感覚だ。
ハリウッド映画ではわざとらしいほど積極的にトラブルを巻き起こしイラつかせてくれるクソガキどもだけど、実際にやられたら苛立ちなんて感じる余裕もなく、心配が一足どころか十歩先を突っ走り始める。
【子供たちがあの岩山に向かったのだとしたら、町の人々に探させるわけにはいかない。もはや一刻の猶予もなかった。私はすぐに町を発った……】
そうだね主人公。考えている時間はない。
「わかりました。僕が探してみます」
動揺する町人たちを、リーンフィリア様とアンシェルに任せ、僕は北西の岩場を目指すことにした。
「騎士様、わたし、も、いく……!」
子供たちと仲が良かったパスティスも、これに同行した。
※
町を離れ、真昼の草原をゆく。
予断は許さなかったが、楽観視できる要素も、少なからずあった。
一つは、確かに子供たちは怖いもの知らずではあるけれど、大人たちに混じって働くことで、町が絶対に安全な楽園でないと知っていること。
学校のような、世間と切り離された空間ではなく、リアルタイムで町の趨勢の最前線と関わることで、いやがおうにも覚悟と自覚が身につく。
だから、本当の危険を察知して途中で引き返してくる可能性はなくはなかった。その途中で迷子になっているとも考えられる。
もう一つは、サベージブラックが長いこと姿を見せていないこと。
ヤツはひょっとすると、本当に去ったかもしれない。ある条件を満たさないと出現しない――そんなゲームフラグ的なルールが通用する存在だということも、あり得なくはない。
かなり細い希望の糸ではあるけど、子供たちを心配する大人やパスティスの顔を見ると、そうであってほしいと祈らずにはいられなかった。
「草原の様子はどう?」
アンシェルの声が、兜の羽根飾りから聞こえてくる。
「いたって平和だよ。魔物の姿もない。そっちは?」
「集まってた人たちは解散させたわ。子供の親たちは、リーンフィリア様に祈ってる」
「リーンフィリア様は大丈夫?」
「プレッシャーに負けそうよ。でも、あんたを信じて待ってるから」
「わかった。任せて」
根拠なんかないけど、そう言って自分を奮い立たせる。
僕らは岩山を目指して進んだ。
子供たちが通った痕跡はない。ひょっとして、彼らは岩場に向かっていない? いや、見つからなくて当然か。海のど真ん中で、船が通った後の白波を探すようなものだ……。
「あっ……」
背の高い草むらを歩いていたパスティスが声をあげる。
「どうした?」
立ち尽くす彼女の方を見ると、手で払おうとした草に、何かがこびりついているのがすぐにわかった。
「――――ぅッ……!」
赤黒く凝固した――血だ。
おびただしい量の血が、そこに血の花を咲かせていた。大輪の。
指先を切ったどころじゃ済まない。
まるで、人一人を丸ごと破裂させたような……。
胃から這い上がってきたのが、吐き気なのか、恐怖なのかわからないまま、僕は意を決して血痕を調べた。
【血の中に、子供の存在を示すような何かは見つからない。これだけでは、誰のものかわからない……。彼らはきっと無事。私は細い希望の糸にすがった】
……そうだね、そのとおりだ主人公。今はそうしなければ。
「騎士様……」
パスティスが青ざめた顔で震えている。
「落ち着いてパスティス。ここにあるのは確かに血痕だけど、誰のものかは不明だ。獣や、魔物のものとも考えられる」
「あ……そう、だね……。うん」
パスティスの肩の震えが止まり、うなずいてくる。僕の言うことを全面的に信用してくれている証拠だ。
でも僕の方はまだだよ、クソッタレ……。いつまで振動してるんだ、このケータイ野郎!
「どうしたの? 何かあったの騎士?」
アンシェルが不安げに聞いてきた。
「大きな血痕を見つけた。でも、誰のものかはわからない。動物のものかも」
「……わかったわ。気をつけて調べて」
「了解」
血痕に混じって、何かを引きずったような跡が岩場の方へと続いていた。それを頼りに前進する僕ら。
下草を割って、岩が突き出し始める。
目的の岩場は目の前だ。
まだ子供たちの姿はない。
グウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ――――。
足下から響くようなうなり声が聞こえ、僕の足は杭を打ち込まれたみたいに、そこで止まった。
ウウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオ……。
一度も聞いたことはない。
でも、わかってしまう。
声が宿す威圧感、凶暴性、その威容を。
サベージブラック……!
間違いなく、ヤツは、ここに、いる……!!
祈りのプレッシャーに負けたっていいじゃない 神様だもの りんひ




