第二十八話 悪魔の目利き
『Ⅰ』で共に戦ってくれる仲間は聖獣だけだった。
NPCの中には戦える者もいたけど、彼らは自分とその周囲の命を守るため、主人公とは別の戦い方を選択した。
そうして、知らない場所で命を散らした者も多い。
孤独は感じない。あのとき、誰もが地上を取り戻すために戦っていた。
けれど、主人公のすぐ隣に立ってくれる人間はいない。
女神の騎士は祝福された存在であり、独りだったんだ。
それが――
「騎士様、大丈、夫?」
立ち尽くす僕に、心配そうな顔のパスティスが駆け寄ってくる。
「あ、ああ、うん……」
うまく言葉が返せなかった。『Ⅱ』には仲間NPCがいるんだ。そしてそれは、あのとき助けたこのパスティスなんだ。
やる。やってくれるスタッフ。
しかし、ならなおのこと、これがシューティングなのが惜しいわあああああああ!
僚機のいるSTGなんて聞いたことがない。FPSやTPSならまだしも、こっちは全自動突撃シューティング。演出のために背景で戦っている仲間の映像が流れることはあっても、ずっと画面にとどまって共闘してくれるなんてことがありえるだろうか?
ないね、多分ない!
「騎士様、怒ってる、の?」
「えっ」
表情の読めない兜に不安げな眼差しを向ける少女に、僕は慌てて我に返った。
「勝手に、戦いに、割り込んだ……から」
「何言ってるんだパスティス、そんなことないよ! 嬉しかった。あの子を助けてくれてありがとう」
「それ、なら、よかった」
パスティスは安堵したように目を伏せた。
「騎士、聞いてるの? パスティスと合流しろって――」
「ああごめん! 無事合流したよ。それより〝従者〟って? 女神の騎士じゃないの?」
がなり立てるアンシェルにたずねる。
「女神の騎士は一人しかなれないのよ。もしそれ以外に強い加護を与えるなら、それは騎士の部下である従者にしなければいけない決まりなの」
「なるほどね。従者には何か制限が?」
「加護の強さでは騎士には劣るわ。そのかわり、任命できる数は多い。保有戦力に関して天界から目をつけられてる女神様が、無理をおして従者にしたんだから、しっかり守ってあげてよね!」
「わかってる。今、助けてもらったところだけどね」
言い返したところで、視界の端を赤い光が埋めた。
咄嗟に身を翻す。
直前までいた場所を赤いレーザーが走り抜け、前方にある土製トーフハウスの壁を焼いた。
「そういえば、さっき不意を打ってくれたよなあ!」
僕が張り切ってアンサラーを構え直したとき、黒い風がゴーレムを包んだ。
五条の光が二閃。交差するようにゴーレムの表面を刻んだ。
最後に駄目押しの尻尾の薙ぎ払いを食らい、過剰なまでにダメージを受けたゴーレムは、元の瓦礫の数分の一にまで解体されて飛び散った。
「邪魔、しない、で……!」
パスティスだ。
右手の爪で二発、尻尾で一発。
攻撃の隙間がほとんどないことより、彼女が駆け込んだその速度にこそ目を見張るものがあった。
彼女は僕の正面にいた。それがいつの間にか背後のゴーレムに襲いかかり、細切れにしていた。
視認できたのは、彼女の体の黒い部分だけだ。
はっ、速っ……!
「騎士、様。町を、守ろう……!」
「あっ、ああ! よし行こうパスティス!」
それから僕はとんでもないものを見ることになる。
パスティスは敵を見つけると、全自動敵絶対殺すウーマンになって、砲弾のように吹っ飛んでいく。
この砲弾のようというのは我ながら言い得て妙で、彼女は自分のスピードをコントロールできていなかった。
左脚――サベージブラックの脚力があまりにも強すぎるため、そちらで地を蹴ると火薬で吹き飛ぶ鉄球みたいに体がすっ飛んでいってしまうのだ。
けれど、そこから卓越したボディバランスで攻撃態勢を整えると、空中からの爪の一閃。
着地の際に少し乱れて転げ回るところも、得物に飛びかかった黒豹さながらの美しさがある。
彼女は一呼吸でどこまでも飛んでいく生きたミサイルであり、ヤれと言われる前から敵を感知してぬっ殺して戻ってくる宝剣クラウ・ソラスだった。
あれ……加護的には、僕の方が恵まれてるんですよね?
恵まれた環境から繰り出されるこの体たらく。
こ、このままでは、僕は自分にコレジャナイを突きつけなければならなくなる!
「うおおお! 負けてられねええええ!」
「き、騎士、様、どうして、慌ててる、の……?」
獅子奮迅の活躍を自覚できていないパスティスのいたいけな眼差しが、僕の自尊心を抉る。ちくしょう、僕は闘チワワだ!
それから――
空にいるガーゴイルは僕、地上のゴーレムはパスティスという役割分担がはっきりしてきた頃、もう町を徘徊する怪物の姿はなくなっていた。
扉が壊される程度の被害はあったけれど、その奥にある土壁のおかげで内部までは無事。
これで一段落ついた――。
そうやって、またしても油断こいたときだった。
感じたことのない激震が、地面から膝頭を震わせた。
「うわあ! 何だ!?」
「騎士様、あっち……!」
パスティスが指さす先は、町の北端。
見上げるような土煙が上がっている。
その根本に、煙でかすんで見えているのは――中型ゴーレム!
野郎、町に到達しやがったのか!
けれども、舞い上がったあの土埃はただことじゃない。
一体何をした!?
僕は目を凝らして見た。
中型ゴーレムが、そのバカみたいにでかいバナナの束みたいな手に、何か持っている。
それを家屋に投げつけると同時に、爆発――!
ば、爆弾、だと……!?
まずい! あのあたりにある建物は資材置き場だったり、空き家だったりするので、今の爆発で人的被害はないはずだ。でも、あれが民家に直撃したらトーフハウスなんて一瞬でクレーターになる!
「パスティス、あれを止めよう!」
「う、んっ……!」
もう他に敵の姿はない。ヤツで最後。けれど、最後の最後に厄介なのが残った。
中型ゴーレムにはすぐ接近できた。
ヤツめ、家を壊すのに夢中でこっちに気づいてない。
中型ゴーレムの防御力は高い。
闇雲に撃ってもダメだ。
狙いは……ヤツが持ってる爆弾! 手の中で起爆させて、そのばかでかい腕を吹っ飛ばしてやる!
僕が両手で構えたアンサラーは、間違いなく銃口と爆弾を弾道で結んだ。
しかし、着弾と同時に飛び散った魔法の光片は、瓦礫の指から破片をこそぎ落としたにすぎなかった。
あいつ、僕に撃たれないようしっかり爆弾を握り込んでやがる! 無駄な知恵をッ……!
轟音。
また一軒家が爆破された。
まずい。一番近い民家まで、猶予が……!
こうなったら、巻き込まれるの覚悟で至近戦闘を……。
そう思ったとき、僕の横から黒い砲弾が飛んだ。
一蹴りで近くの家屋の屋根を越えると、気持ちよさそうな弧を描きながら、中型ゴーレムの体に着地。
その異変に気づいたゴーレムが、空いた手で彼女、パスティスを捕まえようとするけど、その緩慢な動きでは残像さえ指の中に収めることはできなかった。
彼女の狙いは――?
ゴーレムの左手! 爆弾だ!?
「危ない! 戻るんだパスティス!」
僕の叫びが届いたかどうかは定かじゃない。
その音の速さを振り切るように、彼女はゴーレムの左手の小指側に取りつくと、その直後には親指側から抜け出ていた。
小脇に爆弾を抱えて。
な、何が起きた!?
当のゴーレムすらそれに気づかず、民家に向けて腕を振う。
叩きつけられるはずの爆弾はすでになく、寒気を伴う風圧が僕の鎧の表面を撫でていく。
これは……!
相手に盗られたことさえ気づかせない。
この手法を、僕は身をもって知っている。
悪魔シャックス!!
ヤツは不思議な黒い風を使って、僕から武器を巻き上げようとした。
けれどパスティスにその魔法の気配はない。純粋なるスピードの技!
あのがっかりな悪魔の言葉が蘇る。彼女をクズだと、醜いと罵っていた。
だったらなぜ助けた? なぜ拾って、盗みの片棒を担がせた?
誰でもよかったか? いや違う。
ヤツは見抜いていたんだ。パスティスの才能を。盗まれたことを、命すら取られたことを気づかせない、パスティスの早業の片鱗を。
あの鳩野郎より目が悪いとはねえ僕!
パスティスが、手にした爆弾の処理に困ったように僕を見てきた。
「そいつの首の後ろに置いて!」
僕が叫ぶと、少女はすぐにうなずき、ゴーレムの首の付け根に走って、瓦礫の隙間に爆弾を押し込んだ。
「月までぶっ飛びやがれニセ匠野郎!」
パスティスが避難した直後、僕はアンサラーで爆弾に点火。
轟音によって開花した熱と光の中に、背中をごっそり削り取られた巨躯が見えたと思ったら、ばらばらと破片が落ち、ゆるやかな自壊が始まった。
ゴーレムの中枢である魔法文字が抉れ飛んだのだろう。
足とか変なところに隠されてなくてよかった。
石の雨が降り注ぎ、戦いの終わりを告げる。
「騎士様、すごい……」
パスティスが崩れていくゴーレムを、驚きの目で見つめながら駆けてきた。
「いや、パスティスのおかげだよ。君がいなきゃ、どうにもならなかった」
「わたし、役に、立った……?」
「役に立つなんてもんじゃない。僕がオマケだったレベルだ。パスティス、こうやって手を上げてもらえる?」
「? こ、こう……?」
遠慮がちに持ち上げられた手に、僕もまた手を合わせた。
ぱちんと軽快な音がする。
「ハイタッチ。やった! って意味だよ」
「やった……。ん、やった、ね。騎士様……」
打ち鳴らした手を大事そうに抱きしめ、パスティスが笑った。
彼女はいつも、少し困ったようなわずかな笑みしか浮かべない。
悪魔との暮らしで笑い方を忘れてしまったのか、それとも、笑顔が原因で折檻でも受けたのか。
けれど今、彼女は僕の前で光るような微笑を見せてくれた。
まあ、その。
あまりにも可愛くて、正直、コレボタン押すことさえ忘れた。
シュー・・・




