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エンディング 竜凛として誇り高く

〈ヴァン平原〉の日差しが、窓枠の形に切り取られてベッドに載っている。

 光の中を舞う小さなチリには音もなく、数時間前まで確かに熱を帯びていた室内の気配を、完全に忘れ去ったかのように静かだった。


「…………」


 …………。

 …………。


 ええと。現状を説明すると、僕は普段着でクソでかいベッドで寝ていて。

 そして、隣にはパスティスが寝ていて。

 目覚めた僕を見た彼女は、頬を染めて気恥ずかし気に、


「ゆうべはお楽しみでしたね」


 と、マルネリアから授けられたゲスい台詞を言ってくるという筋書きなのだけど。


 …………。

 パスティスがシーツに完全に潜ったまま出てこないゾ……。


 当然このままエンディングを進めることはできない。

 僕はシーツをめくってみた。


「へひっ!?」


 可愛い悲鳴が上がる。

 そこには、顔どころか肩まで真っ赤になったパスティスが、エビのように体を丸めて縮こまっていた。


「パスティスの台詞なんだけど……。ほら、ゆうべはお楽しみでしたねって」

「あ、あああ……。ゆっ……ゆゆっ」


 ゆっくりかな?


「ゆうべは……おた、おた……」


 しゅううううう…………。


 台詞の途中で顔から魂にも似た蒸気を立ち上らせると、パスティスはそのまま固まってしまった。


「カーット。うーん、やっぱ発情期じゃないパスティスには無理があったかー」


 と、ここでマルネリアがメガホンで肩を叩きながらベッドに近づいてくる。


「純情だねえ。ツジクローの匂いがするシーツに入っただけで茹で上がっちゃうとは。別にお互い、裸ってわけでもないのにねえ……。それにしてもー、ほいっ」

「ぁひっ!?」

「おいばかやめろ、尻尾に触るんじゃない!」

「いやー。ごめんごめん。でも、普段はシュッとしてるパスティスが、快楽にビクンビクン痙攣してるのって最高じゃない? …………平素の凛々しさは跡形もなく、虚ろな眼は切なげに潤み、だらしなく開いた唇からは熱い吐息と、だえ……」

「変なナレーションをつけるのはやめろと言っているエルフ! 発禁になりたいか!」

「はあい。やめまーす」


 マルネリアは気楽に舌を出してベッドから離れた。記録係のアルルカと、見学しているリーンフィリア様&アンシェルのいる室内を見回してから、


「でもまいったなー。脚本の追加分、まだけっこうあるんだけど」

「え、このシーンだけじゃないの? 僕が渡された分には、ここでのゲッスいやりとりの後に、アディンたちと母竜のお墓にお参りして、さわやかにグッドエンドになってるんだけど」


 このお墓参りこそが、パスティスが当初予定していたエンディングである。

 マルネリアは長いコートの袖を頭にやり、


「実は、直前にまた増えたんだよね。ある人に直接頼まれちゃって」

「ある人?」


 その時、部屋の扉がばんと開かれて、見知らぬ三人のロリ――十歳くらいの少女が入ってきた。


「……え!?」


 見覚えのない少女たちに、僕はぎょっとする。


 三人とも、濃い褐色の肌の上にノースリーブで丈の短い簡素な衣服を着こんでいた。

 一人は白い髪のショート、残り二人は黒い髪のロング。目は大きく、幼い顔立ちは驚くほど愛らしく整っている。


 だが、一番目を引くのは角だ。


 少女たちの側頭部からは立派な角が二本生えていて、さらに特筆すべきは一人だけ、白髪の子だけは、それが途中でぽっきりと折れているのだった。

 しかしその姿は痛々しさよりも、勇猛な戦士の向かい傷を連想させる雄々しい空気を放っている。


 ちょ、ちょっと待て。どこの子か知らないけど、この片角だけはどこかで見たことあるぞ!?


「ととさま」


 片角の少女がベッド脇からそんなことを言ってきた。


 と、とと、様?

 お父様ってこと?

 一体誰の……って、まさか!?


「アディンなのか!!!???」

「はい、ととさま」


 白い髪の少女がこっくりうなずく。


「じゃ、じゃあ、あとの二人は……ッ」

「とと様、ディバよ」


 緩やかにウエーブのかかった黒髪を、ふあさっ、となびかせてみせるディバ。


「とと様、トリアです~」


 ひどくおっとりとして、あらあらまあまあな気配を漂わせるトリアが微笑む。

 ど、どういうことなの!?


「こ、これもパスティスの作った脚本なのか……? 誰かを代役にして?」

「違います」


 アディンがどこかぼんやりした魅惑のウィスパーボイスで否定する。


「マルネリアに、人になる魔法を教えてもらいました」

「マ!?」


 僕がマルネリアに問い合わせの目をやると、彼女はへらへら笑いながら頭をかき、


「いやー、アディンが地面に、へったくそな字で“まぜろ”って書いてきてさあ。これから何をするかしっかりわかってたみたいなんだよね。ボクら、オゾマとの戦いのために、ものすごい魔法の研究したでしょ? その過程で変身の魔法も見つかってて、じゃあ使うかい? って聞いたら、即座に習得しちゃったんだよね」

「なんてことを!?」

「とと様、ごめんなさい」


 アディンがしゅんとして頭を下げた。


「わたしたちも、一緒にえんでぃんぐしたかったんです」

「あ、い、いや、それはいいんだよアディン」

「よかった……。えへへ」


 竜たちは三人で顔を見合わせ、にっこりと笑う。

 うわあ、可愛いもの天国かここは。


「ううむ、それにしても三人とも、何だかディノソフィアを思い出す容姿だな」


 と、ここで三人を眺めるアルルカがふと感想を漏らした。


 確かに。

 アディンの褐色肌に白い髪は、ディノソフィアの外見的特徴だ。

 しかし、隙のないツリ目といい、物静かな唇といい、パスティスにも似ている。


「変身の魔法もまだ基礎段階でさ。本人も自覚してない願望とか思い込みが強く表に出ちゃうんだ」


 マルネリアが補足する。

 なるほど。ディノソフィアはパスティスの祖先となる、サベージブラックのキメラを造った張本人だ。その関係で、アディンたちはどこか彼女を祖父母のように見ていたのかもしれない。それでこの肌の色になったのか。


 僕は改めてアディンたちの様子を観察する。


「とと様?」


 肌の色をのぞけば、アディンは幼いパスティスそのものだ。生真面目そうな口調も彼女に近しいものがあり、アディンが誰をイメージして変身したかがよくわかる。


「ふふっ、見て見て」


 癖のある髪を持ったディバは、笑みの形といい、眼差しといい、どことなくエルフの色香を漂わせている。普段、パスティスを乗せている彼女だからこそ、母親にたりない分を他に求めた結果なのかもしれない。性格まで模倣されてなきゃいいけど……。


「あら~。そんなにじっと見られると~」


 最後、トリアのおっとりしてのほほんとした様子は、スコップを握っていない時のリーンフィリア様を連想させた。天界の庭に水をやっている時の彼女を、ずっと見つめてでもいたのだろうか? 不思議と大人びていて、立場上は末っ子のはずだけど、一番年長のようにも見えた。


「とと様」


 アディンがベッドの上を四つん這いになって寄ってきた。


 三匹がまだ小さかった頃は、こういうことも気楽にできた。手のひらの上で、全員で一枚のキャベツをかじっていた頃もあるくらいだ。今やれば、重量でベッドがへし折れる。


「何だい、アディン」


 普段からアディンとは以心伝心だ。けれど、言葉同士による初めての会話を、僕は純粋に嬉しく思う。彼女は一体、何を言うのだろう?


「アディンと子作りしてください」

「くぁwせdrftgyふじこlpマルネリアァァァ!」


「何でもかんでもボクの入れ知恵だと決めつけるのは心外だよツジクロー! アンシェル、竜たちのマーマ! ボクの名誉のためにも解説を! ボク悪いエルフじゃないよ!」

「へ? あ、そうね。サベージブラックにとって近親交配はタブーじゃないわ。オスは子育てしないですぐどこか行っちゃうし、メスも相手が強ければオールオッケーの世界だから。そうなったらそうなったでしょうがないって感じ? それで遺伝子が歪むほど、ヘタレた種族でもないしね」

「うわああ! このタイミングで悪意ある生態が! これもう普通のゲーム棚に置かれる気、毛頭ないだろ!!」


 僕が頭を抱えるとアンシェルは意地悪そうにニタリと笑い、


「よかったじゃない。栄えある最強の竜に、つがいと認められて。さ、リーンフィリア様、あの男はこれから種族繁栄のためのお仕事がありますので、我々は天界に戻って二度と邪魔しないようにしましょう」

「え、えぇ……」

「ま、待っ――」


 僕が悲鳴を上げて伸ばそうとした手が、アディン――だけじゃなく、ディバとトリアにがっしと掴まれた。それを支点に自分の体を引き寄せるように、ずいっと顔を近づけてくる。うう!?


「アディンのこと、きらいですか……?」

「そ、そうではなくて」

「わかった。かか様も一緒ならいいんでしょ?」

「ファ!?」

「あらあら、みんな一緒に頑張りましょ~。お~」

「ぅおいィィィィィィ!!!?」


 コレジャナイどころジャナイ! まじでやばい逃げ場もない! このままではこの作品の寿命が年齢制限でマッハなんだが!?


 僕の焦りが頂点に達した、その時!


「初代、黒竜の母ブラックビックマムのお墓参りに行く準備できてますか」

「パスティス、行こー」


 アルフレッドとディタ。

 だけでなく。

 かつてパスティスと一緒に行動していた街の子供たち――今はもう立派な成人――が部屋に入って来て。


 ベッドにはしどけなく眠るパスティス。隣では、年端も行かない少女たちに取り囲まれている僕。


「――――」


 沈黙の数秒。

 この後、どんな混乱が巻き起こったかは、もはや説明したくもない。


 ※


 何もかもを一から十まで綿密冷静に説明し、一切余計な解釈が挟まれることのないいたって純粋かつ無邪気な偶発的事故だったことを理路整然と証明し終えて後――さっきのがリアルじゃなくてよかったな。リアルだったら僕は(社会的に)死んでるぞ。


 僕とパスティスは、あれからすぐに竜の姿に戻ってしまったアディンたち、および、リーンフィリア様たちとあの母竜の墓に来ていた。


 急遽これに参加してくれた〈ヴァン平原〉の人たちは、あの戦い以来忙しい日々を送っているという。

 とりわけアルフレッドとディタは、「壊されたら前よりも強固なものを作りゃいい」という築城五人衆の教えに従い、世界再建のためにあちこち飛び回っている身だ。


 その一方で、同志たちとニーソおよび多目的ニーソを生産・販売する事業を立ち上げる。最近は「ニーソは吸収するもの」とするNS粒子主義派と、「絶対領域あってこそのニーソ」を掲げる目視認識派の対立に、密かに頭を悩ませているそうだ。


 彼らの中ではダブルニーソニングは過剰装飾であり、ただえさえアッピル力の強いニーソが低俗でけばけばしい厚化粧に足を踏み込んでしまうのは我慢ならないらしい。


 意味、わかる?


 まあ、それはそれとして。


 何とか従来のエンディングとして軌道修正されはしたけど、この墓参りでは別に芝居をするわけじゃない。本当に純粋に、僕たちとアディンたちにとって始まりとなる彼女に、すべてを報告しに来た。


 キリキリキリ…………。

 グウー…………。


 アディンたちは墓の前で盛んに何かを鳴いている。

 恐らく、最後の戦いの顛末を伝えているのだろう。


「ここに来るとき、本当は、いつも、不安になって、たの……」


 立派に飾られた墓を見ながら、パスティスがつぶやくように言った。


「アディンたちが、ここから離れないんじゃないか、って。もう、わたしに、ついてきてくれないんじゃ、ないか、って」

「今はどう?」


 僕が聞くと彼女は少し笑い、


「胸を、張りたい。お母さん竜に、自慢したい。アディンたちが、すごく立派になったって。世界で一番の竜になったって」

「そうだよね」

「それで、認めて、ほしい。あなたに預けて良かったって。どうもありがとうって、言って、ほしい……!」


 彼女は目を輝かせる。


「天国で、絶対にそう言ってくれてるよ」


 今や自虐の念はカケラもなく、パスティスは心からそう思えるようになった。

 なんと謙虚な話だろう。世界を救って、ようやく自信が持てるなんて。普通は、もっと早くにこの心境にたどり着けるだろうに、やっぱりこの少女は根っからの苦労人だ。


 誇らしげなパスティスの目線を追って、僕もアディンたちを見る。


 死にゆく卵にすぎなかったあの日から、誰がここまでの成長を予見できたか。

 一分野でオゾマすら上回ったサベージブラック一族。その中でも中核を担ったアディンたち三匹は、「三神獣」とまで呼ばれ、生きる神話になった。


 アディンたちの元には、毎日のようにサベージブラックたちがやってくる。

 嫁探しかと思ったら、竜たちは彼女らに何か教えを乞うているようだった。荒っぽい黒竜が、帰る頃にはひどく理性的で気品ある佇まいになっていたことは、一度や二度ではない。


 偽神はびこる天界を喰らい、オゾマ超越の起点とすらなった、僕の竜たち。

 かの“弑天”の伝説すら飛び越え、その名はたとえ全地上種族の世代交代が起こったとしても、何かの形でこの世界に残り続けるだろう。


 パスティスも、その母親として永らく語り継がれるはずだ。


 最近グレッサリアでは、魔獣たちの母を示す『ティアマト』をテーマにした絵画が流行っているらしい。

 そこには、一人のキメラの少女が、幼い黒竜三匹を抱いて微笑む様子が描かれている。いつかは壁画として世界に伝わり、『調和』と並ぶ象徴の一つになるのかもしれない。


「騎士さ……あ、ツ……ツジ、クロー……」


 パスティスがぎこちなく僕の名前を呼んで、そっと手に触れてくる。

 呼び捨てはまだ慣れておらず、たまに騎士様と呼びかけて、慌てて訂正する。その時、ひどく恥ずかしそうなのがいじらしい。


「これ……からも、ずっと一緒に、いて、ね。わたしと、あの子たちと、家族で、いてね」


 顔を赤らめ、目も合わせられずにそう絞り出したパスティスの手を、強く掴み返す。はっとこちらを見る彼女の色違いの瞳をのぞき込み、


「それはこっちの台詞だよ。ずっと僕と家族でいてください。よろしくね、パスティス」


 パスティスは目を見開き、


「……! うん……うん! よろしく。よろしくね、ツジクロー! す、すき……大好き!」


 感極まったように僕に抱き着いてきた。


 クウウウウルウウウオオオオオオオ――

 竜たちが声を揃えて遠吠える。

 その響きは、はるかかなた、天国まで届いただろう。


 …………。

 …………。

 よし、fin!!


 綺麗に終わった!


 あとはマルネリアとアルルカに前半部分をカットしてもらうだけだ……!

 あんなパスティスの姿、決して他の世界に広めてはいけないからな!

 頼んだぞ二人とも!


「残すよ<〇><〇>」

「えっ」

「絶対残す<◎><◎>」


 あの……なんか、みんな、目が怖い、ですね……。ハハ……。


 あ、あーっと、パスティス、そ、そろそろ離れようか? みんな見てるしね。見てると言うか、射貫いて来てるというか。


 え、ちょ、何だ? こらアディン、服を噛むな。ディバも、トリアも、何引っ張ってるんだ?

 え、家? もう帰るの? いいけどさ。どうせしばらく〈ヴァン平原〉に滞在するし、墓参りも毎日できるから。……は? 家に帰って続きする? 続きって何の?


 …………。

 …………。


 おいィィィィィィィイイイイ!!!


最終回の余韻? 何なんだぁ、それは……?

おれはシリアスな空気を破壊し尽くすだけだ!

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