エンディング 穏やかなまどろみの中で……
――歌が聞こえていた。
ぼやけた温もりがまぶたの内側に広がる。
まどろんでいた手足がわずかに身じろぎし、その感覚が僕の意識を呼び戻す。
まぶしい。
目を開けきれないほどの輝きの世界。
けれど優しい。
優しい音が聞こえる。子守歌か、それとも……。
「起きたのですか、ツジクロー様」
歌声が止まり、今度はそれをそのまま言葉にしたような柔らかな声が降りた。
誰の声だ……?
そう……女神様。リーンフィリア様の声だ。
わずかに開いたまぶたの向こうに、逆さまに映る彼女の顔を見る。
首の後ろが柔らかく温かい。僕は膝枕をされている。
「夢を……見ていました……」
夢かうつつかわからないまま、錆びてかすれた声で言う。
「夢?」
リーンフィリア様は優しく聞き返してくる。
「はい……。戦いの夢を。みんなと世界を救う、古い夢を……。みんなは?」
彼女の愛らしい顔が微笑み、目を遠くに向けた。
「みんな……頑張って生きましたよ。懸命に……素晴らしく生きました。今、地上は、みなの思いのまま、平穏に続いています。彼女たちの想いを、決して途切れさせることなく……」
「そう、ですか」
なぜだろう。嬉しくもあって、同時にひどく寂しい。
リーンフィリア様の手が、僕の髪を撫でた。
「まだお休みください、わたしの騎士様。あなたはとても疲れています。大丈夫。次に目が覚めた時も、わたしは必ずあなたのそばにいますから……」
「あり……がとう……」
彼女の言葉に一抹の不安を包み取られ、僕はまた眠りにつく。
歌が聞こえる。
優しく、慈しむような歌。
すべては過去。
すべては夢のように。
静かに。穏やかに。
僕は眠る。
次に目覚める、その時まで……。
――fin
「はい、カットォォォォ!」
マルネリアがメガホンに吹き入れた声に、僕とリーンフィリア様はいそいそと身を離す。
「お、お疲れ様でしたリーンフィリア様」
「あ、ありがとうございました。ツジクロー様」
お互いぺこりと一礼する。膝枕なんてされたの初めてだったから、どうにも気恥ずかしい。白タイツの膝枕……おお、神よ! 後頭部に残る神聖なぬくもりよ!
というわけで……ここでネタばらし。実はこの長い長い物語は、すべてお芝居だったのである!!
……って、なるわけねえだろ! 夢オチ、芝居オチはすべての物語を否定しかねない残虐行為ぞ!
では、これは何か? って話になるんだけど。
「はあ……これが、わたしたちの物語の結末として語り継がれるのですね……」
リーンフィリア様が目をうっとりさせながら、神殿の天井のヒビにお祈りしている。
まあ、その、何だ。
さっきの発言は一部誤りがあって、実は今、本当にお芝居して捏造中なんだ。
エンディングを。
この世界が、僕のいた世界で『リジェネシス』という物語だったことは、すでにみんなに知られている。
であれば、今回のオゾマとの戦い――すなわち『Ⅱ』――もまた、同じ形で別の世界へ伝わっていくのではないか、とリーンフィリア様が言い出したのが、すべての始まりだ。
それはないんです、とは言えず、これから先に絶対ないとも言い切れず。話は勝手に膨らんで、以下の問題に到達した。
すなわち、その伝承において、ラスト――つまりエンディングを飾るのは何か?
当然ながら、現実は物語と違って区切りがない。オゾマに勝利した瞬間に「おわり」かもしれないし、後日談があるかもしれない。
しかし後日談があるとしたら、それは物語を締めくくる――象徴するともいっていい重要なイベントになるだろう。
果たしてそれはいかなるものなのか、そして誰と誰が登場するのか?
神殿はこの議題で大いに紛糾したのだった。
僕は、平和な地上の風景とか、鳥が飛んでるところとかでもいいんじゃない? と言ったのだが、この意見は一瞬で<〇><〇>こういう目に封殺された。
そして四対一という民主的な飽和攻撃によって、ある案が仲間たちから提出されたのである。
それがこの、僕とヒロインとの個別エンディング!
なんと『Ⅱ』では前回の共通エンディングの後に、一番好感度の高かったヒロインとの特殊エンディングが用意されていたんだよコレジャナイ!(カウント集計はすでに終了しております)
そういうゲームもあるけどさあ!『リジェネシス』は違うだろう!
生きる者すべてが主役、それがこのゲームのドラマ性! 描くのなら、全員でなければならないはず!
まあしかし、お気に入りのキャラとのその後とかあったら、気にはなるよね。ゲーム中で好感度が関わりそうなイベントが起こったら、なおさらね? まあ、一般論でね?
ここで一つ言っておきたいことがある。
エンディングの中身について、僕はノータッチ。すべて受け身であります。
リーンフィリア様の白タイツ膝枕も彼女からの提案であり、決して僕が性的趣向をごり押しして強制させたものではないということを皆様には知っていただきたい。
今の僕は鎧を脱いでこの世界の一般人的な格好をしているけど、それは戦いが終わったからであって、決してリーンフィリア様の白タイツを伝導率100パーセントで堪能するための能動的なアクションではないことをご理解いただきたいのです。
んで、まあ、その第一弾の収録が今終わったわけだ。
台本・脚本は仲間たちが自分で書き起こし、監督はマルネリア、撮影器具(最近新しく発明された)担当はアルルカがやっている。
本当に異世界に伝わるかなんかわかったもんじゃないから、全部気分といえば気分なんだけどね。こういう遊びも時には必要だ。
「それにしても、女神様も結構怖いお人だねえ~」
総監督のマルネリアが、リーンフィリア様の背中を肩でぐいぐいと押しにかかる。
「な、何のことです……?」
「だって、この脚本って、今からずーっと未来の話で、ボクたちがみーんないなくなっちゃった後って設定なわけでしょ?」
「それは、まあ……そうですけど」
リーンフィリア様はごまかすように手をもじもじ動かした。マルネリアはぼんやりした目をニンマリと半円にし、
「それってつまりさあ、何もせずとも放っておけば最終的にツジクローはわたしのもの、ってことだよね~」
「そ、そんなことは!」
「今のうちに勝手に盛り上がっているがいい小娘どもって感じ? やあ~、脚本を見せてもらったときはボクも戦慄したよ~。リーンフィリア様にこんな強かな闇があったなんて~」
「ち、違います! わたしはただ、ツジクロー様との永遠の絆を純粋に示したくて! それだけのことで、他意はないです! だいたい小娘って何ですか! 大地神的にはわたしだってみんなと同じ年頃です!」
「闇……独占……大人……老獪!」
「パスティス! そんな目でわたしを見ないでください! あと老獪とか言わないでください!」
「わたし……脚本、直す……! わたしも……もっと……セクシャルなのにする!」
「おっ、いいゾ~パスティス。もっとやろう!」
「やめろ魔女! アルルカもカメラ止めろ! 何参考になるみたいな顔でうなずいてる!?」
「こら、あんたたち! 女神様を困らせるんじゃないわよ!」
少女たちのいい匂いがしそうな揉み合いに割って入ったのはアンシェルだ。
僕が膝枕されている間中、ずっと苦虫を噛み潰したような顔をしていた彼女は、ここぞとばかりに自分の主張をねじ込んできた。
「リーンフィリア様がツジクローとそんな関係になるわけないでしょ、スケアクロウの世界じゃあるまいし! リーンフィリア様には、もっとふさわしい、わた天使のような相手がいるの。でも確かに、今のままじゃ異世界のヤツらに勘違いされるかもしれないわ。ちょっとやり直しましょう! ねっ、オメガもそう思うわよね!」
と、見物に来ていた同僚に同意を促すが、
「はあ……。どうにも……オメガは今のがいいと思いますけど」
物静かなオメガは意外な答えを返して周囲を驚かせた。
「どうでもいい」とか「今の“で”いい」ではなく、「今の“が”いい」という強い断定。これは一体? 彼女にもロマンス的なものを感じるセンスがあるのか?
しかし続く言葉は僕を戦慄させるばかりのものとなった。
「だって、この結末で騎士が疲れ果てているのって、オメガと5000年連勤くらいした後だからという理由なのでしょう……? それだけ働けば、誘われたオメガも満足できます。さりげなくこちらの事情も汲んでいただき、どうもありがとうございます。女神リーンフィリア様」
にっこり笑って一礼したオメガの眼には、すべてを信用しきった――否定しようものなら、神殿ごとバスターアンサラーで撃ち抜かれそうな狂った純粋さが、鈍い光となって浮かんでいた。
これに逆らえる者などいるはずもなく、リーンフィリア様は、
「は、はいぃ……」
「えぇ……」
待って、どんな罪を犯したら5000年も無休で働かされるんだ!? これ、ちょっとしんみりする寂しい系のエンディングかと思ったら激しくバッドエンドなんだが?
「すみません、ツジクロー様。オメガの圧には勝てませんでした……」
リーンフィリア様がよよよと僕に泣きついてくる。
「わたしの中の勇気はまだまだ本物ではないようです。ううう……」
本物の勇気。その単語が僕の胸を揺らす。
「いえ、リーンフィリア様は勇敢ですよ。オゾマとの戦いでも一歩も引かなかった。大地神たちが去った後でも、しっかり地上の平穏を守っています。オメガは、まあ、誰しも頭が上がらない相手というのはいるものですよ。僕もあいつ怖いし……」
「ツジクロー様……」
リーンフィリア様が熱のこもった目で見てくる。僕は微笑み、
「時折思うんです。本当に勇敢な人なんていないんじゃないかって。勇敢であろうとする人がいるだけなんじゃないかって。脅威に心を揺らす中、必死に足を踏ん張って、何をすべきか考える。そういうものなんじゃないかと思えるんです」
リーンフィリア様はくすりと笑う。
「では、わたしたちも」
「はい。勇敢であろうとする限り、勇敢なんだと思います」
笑い返す。
僕から離れたリーンフィリア様は軽やかにターンして背を向けると、後ろ手に手を組み、まるで町娘のように素朴な様子で肩越しに振り返った。
「でも、困りました。これでは、本物の勇気を持つというわたしたちの約束が、いつまでも果たせませんね」
「ええ。何しろ、ずっと勇敢でいようと思っていなければ、勇敢でいられませんから。だから、これは、ずっと続く約束になります」
「そうですね。ずっとですね。えへへ……。わたしと、ツジクロー様の、ずっと」
「あはは……。そうです。僕と、リーンフィリア様の、ずっと、です」
「もう収録終わってるよ?<〇><●><〇><〇><◎><◎>」
ハバアッ!!!????
突然の寒波に僕は後ずさった。が。
「ツジクロー……。次、わたし……! わたし、と……えんでぃんぐ! する!」
「グエッ!? パスティス、尻尾がッ……! ちょ、ま……」
チョークに入ろうとしている尻尾をぎりぎりのところで押さえていると、横からマルネリアとアルルカがにじり寄ってくる。
ヒ!? だ、誰か……。
見回した視界に、空飛ぶ二つの影が映る。
「おーいきょうだい、何かやってるんだってー?」
「見に来たぞー、ばかー。お茶とお菓子出せー」
神殿外から飛んできた二人の天使。無駄に地位が高くなった結果、天界の仕事もせずに終日遊び回っているディーとエルだ。
「まぜろよー」
「えへー。ばかー。わたしらを楽しませろー」
クソァ!
何でこんなのが集まってくるんだ!
こいつらが関わったらエンディングが有料DLCになりかねない! そんなことになったら、いよいよ罪を犯す者が現れるぞ!
「友よ」
「ああ、アルルカ!? 何だ、その様子だと冷静じゃないか! だったら手伝ってくれ心の友よ! あの天使たちを追い払って、パスティスを落ち着かせてほしい! このカオスな状況を終わらせるんだ!」
「そんな時のために、ぴったりの発明品があるのだが」
「何を持ってきたかわかるからそれは絶対に出すな! 絶対だぞ!」
「にゃはは~。いいぞもっと荒れろ! さ、主役なのに端に追いやられていってる女神様、ここで一言どうぞ」
「勝ったと思うなよ……」
リーンフィリア様はそんなこと言わない!
あああ、こんなエンディング絶対おかしいよ。
コ、ココ……コレジャナイイイイイイ!!
ここまで読んでくれてどうもありがとう!……と言いたいところだが、読者諸兄らにはまだ付き合ってもらう。
諸兄らはこれから何のシリアスさんの手助けもなく、ただ、ゆるダメな個別エンディングを見せられるだけだ。
どこまで、もがき苦しむか見せてもらおう。
読むがよい
(怒首領蜂感)
意訳:あとちょっとだけ付き合ってください! 何でもはしません!




