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第二百六十二話 リターンオブバッドドラゴン

『リジェネシス』はリーンフィリア様の神殿風景がメニュー画面なので、「天界」と一まとめにされる神々の総本山がどんな形をしているのか、僕は知らなかった。


 果たして、保管庫からありったけの武装をふんだくってきた天使たちを加え、地上勢力が一丸となって突っ込む先に、それは初めて姿を見せる。


 真っ先に現れたのは、巨大な門が乗った雲。


 その奥に、リーンフィリア様の神殿を一回りも二回りも立派にした建造物が、群生する浮き草のように虚空を漂っていた。


 それらが円を描く動きで周回する中心点にあるのが、王城と見まごうような数段重ねの大神殿。あれがかつての白亜王の住まいだった場所だろう。


 どうやら神々は一か所にまとまって暮らしているようだ。ぽつんと浮いているリーンフィリア様の神殿が、いかに島流し状態だったかがよくわかる。


 そんな感心を抱きながら、僕は、視界の中心からゆるりと横に流れていく最初の門へと視点を定めた。


 周囲には防壁すら見当たらないが、目を凝らせば、うっすらと光る盾のようなものが、ハニカム構造状に隙間なく並べられているのがわかる。〈祝福の残り香〉を囲っていた神の障壁を思い出させる光景に、通行可能な場所は、あの門ただ一つという予感を僕に走らせた。


「第一の天門だぜ、きょうだい!」

「買収済みー」


 ディーとエルが僕の横で叫んだ。

 確かに、門衛として浮いていた天使たちが、僕たちを見るなり総がかりで門を開け始める。


「はやくはやく! ゴーゴー!」

「わたしにもアンサラー貸して、アンサラー!」


 僕らを招き入れた天使たちは、自身も蜂起軍から武器を受け取ってこれに参入していく。

 想像以上に完璧に根回ししてやがる。ひょっとしてDLCは有能なのか? あこぎなDLC許すまじという考え方は古いのか!? やったぜちくしょうが!


「偽神どもの住まいは第三天門をくぐってからじゃ! ツジクロー、ここは一気に突っ切れ!」


 ディノソフィアが声を張り上げる。

 その言葉通り、第一の天門を抜けた周囲には、野菜や果物を育てている雲が浮くばかり。

 そこでも、


「来たぞ来たぞ!」

「今こそ収穫の時だべ!」


 と、畑仕事に従事していた天使たちがわらわらと集まってくる。


「……信じられんな。天使たちがこうも勝手に動いてくるとは……」


 悪魔側の代表、仔馬の姿をしたガミジンが、それらの光景に唖然とした声をこぼした。

 正直、僕もだ。もっと抵抗があるのを覚悟していた。


「我々は義務には忠実だが、それでも腹に据えかねることはある。新たな者たちが神の地位を襲ってから、それは職務執行とは別に、ずっと積み重なっていったのだ。特に、リーンフィリア様に対する無礼は目に余るものがあった。こうなってスカッとしている」


 突撃隊予備隊の隊長に就任したというオデコ軍曹が、そんな心情を吐き出した。

 冷たくあしらわれているように見えて、リーンフィリア様はちゃんと愛されていたのだ。


 それが本人にもう少し伝わっていれば、登場時のあんないじけた状態は回避できたと思うのだが……まあ今さらだ。


「急げ! もう神様たちにはバレてるぞ!」

「第二天門、開門!!」


 二つ目の扉も開けられ、僕たちは迷わずそこに突っ込む。

 ここまでは何の問題もなし!


 と。


 ――ガアアアア!!!


 岩が砕けるような咆哮と共に、分厚い突風が僕らの鼻先をかすめた。

 のけぞったアディンが応酬の怒号を放つ中、僕はたった今目の前を通り過ぎ、そしてもうはるか遠くを旋回している蒼い影に思わず瞠目した。


 あ、あ、あれは!


「バッ、バッドスカイだーッッッ!!!」


 僕の絶叫の真意を理解できる人はそう多くなかっただろう。


「バッドスカイだと?」

 そのうちの一人、スケアクロウが確かめるように聞いてきた。彼の声にも多少ながら驚きがこもる。


 バッドスカイ。

 それは、『Ⅰ』を共に戦い抜いた反逆の竜の名前だ。


 もう一体のタイニーオーシャンとあわせて『リジェネシス』の元祖聖獣。僕にとってのアディンたちに匹敵する、女神の騎士の盟友である。

 そしてそれは、スケアクロウにも同じことが言える。


 確か……バッドスカイは、『Ⅰ』の戦いの後に、神獣になるための修行を天界でしているって話だった。

 しかし、神々がオゾマの被造物だとわかった今、その設定は逆に不安をあおる。


 彼は本当に、修行をしていたのか?


 ――グエエエアアアアアア!!!


「!!!」


 豆粒のような大きさから、瞬く間に視界一杯に大口が広がる間合いまで詰められた。何てスピードだ!!


 僕を乗せたアディンは素早く身をかわし、後方の仲間たちもこのブルードラゴンの軌道からさっとよけたものの、その弾道から生み出された突風は衝撃波も同様であり、仲間たちは隊列を激しく掻き乱された。


「ツジクロー、バッドスカイの様子がおかしい」


 スケアクロウの指摘にうなずく。

 すれ違う際、僕も目の当たりにした。バッドスカイの目は血走り、口からは泡まみれの唾液が溢れていた。

 あれは断じてまともな状態の彼じゃない。まるで我を失っているかのような……。


「まさか……神々に何かされたのか!? 修行ってのは全部ウソで、捕らえられて何か……」

「洗脳か?」


 スケアクロウの推測に、


「そ、そんなはずない!」


 と、近くにいた天使たちの抗議が跳ねた。


「あいつ、昨日まで普通に果樹園の果物盗んで食ってたぞ! いつもなんだよ!」

「わたしたちが神獣になるための魔法を教えていたんだ。今日の朝まで、妙な点はなかった」

「だったら……」

「神々から一時的なコントロールを受けておるな」


 ディノソフィアが舌打ちしながら、再び離れていくバッドスカイをにらんだ。


「恐らく、襲撃を察知したヤツらが、時間稼ぎの措置として放ったんじゃろう。長い時間をかけての洗脳なら、あのような狂態は見せん。いかん、また来るぞ!」


 警告から一呼吸もおかず、バッドスカイが再び周囲の風を切り裂いた。僕を乗せたアディンを含む竜たちが回避から一斉に反転、後を追うけど、みるみるうちに引き離されていく。


「バカな! アディンよりずっと速い!」


 思わず叫ぶと、アディンが不満げにガオッと吠えた。


「ご、ごめん。アディンより“ちょっと”速い……」


 空を飛ぶ竜たちにとって、速度の優劣はデリケートな問題のようだ……。

 僕が言い直しているうちに、バッドスカイの体色はすでに蒼穹に溶けていた。


 しかし、まったく安心はできない。どれほど距離があっても、その気になれば一瞬で詰めてくるはず。恐ろしいまでに洗練された一撃離脱だ。


「あいつの速さは突然変異だ。飛行が得意なブルードラゴン種でも、あそこまで素早いのは見たことがない。どうする、女神の騎士」


 バッドスカイを知る天使が悔しげに言う。

 どうにかあのスピードを攻略しなければ。『Ⅰ』の時はあれほど頼もしかった強さを、今はっきりと敵側の立場で感じている。さすがは僕の聖獣!


「ん……?」


 前方の空に、小さな異色が混ざった。

 青ではなく、緑……?


 背中を駆ける悪寒がのど元からせり上がり、


「〈グリーンインフェルノ〉来るぞ! 全員防御!」


 の警句を口走らせた。


 直後、遠方から押し寄せた巨大な炎の波が、僕の視界を埋め尽くす。

 丸呑みにされたと思った瞬間、炎は岩山にぶち当たったかのように左右に分かれ、後方へと流れていった。


 天使たちだ。

 一斉に片手をかざした天使たちの正面には、無数の光の盾がきらめき、解けるように消えていった。彼女たちは手を振りながら、


「あっちっち! なんて馬鹿力だ、あの竜! こんな力があることを修行中は隠していたな!」


 教育役だと名乗った天使が顔をしかめる。


〈グリーンインフェルノ〉。体表色を青から緑に変えながら使う、『Ⅰ』の空中戦で猛威を振るったバッドスカイの必殺技だ。


 実際はあれを吐きながら超高速で飛び回るという、死の翼以外の何物でもない離れ業をやってのける。後に残るのはスミクズになった雑魚敵のみ。今、大勢で密集しているこっちにやられたら、どれほどのダメージがあるかわかったものじゃない。


 だけど、それをやらなかったということは……。


「ツジクロー、あの竜は手加減なんかきかねえ。殺すしかねえぞ!」

「何だと!?」


 サブナクの怒声に僕も怒鳴り返していた。


「サブナクの言う通りじゃな……」

「ディノソフィア!? 何を!」

「聞け。短時間で精神を操る魔法は、それだけ強力なんじゃ。自力ではもちろん、第三者からの解除も難しい。かけた本人を叩くしかないが、今の段階では特定もできん。あの竜を尻に張りつけたまま先に進むのは危険すぎるぞ」


 この期に及んで方便は使わないだろう。ディノソフィアが言うのは、まぎれもない真実なのだとわかる。しかし。


「ダメだ! 状況が悪いのはわかってる。だが、そもそも最初から最悪に悪いんだ! それに、オゾマと戦うにはこの世界のすべての力がいる。あのバッドスカイのもだ! ここであいつを失えば、僕たちは欠けた世界のままオゾマと戦うことになる!」


 何より、あの粗暴だけど誇り高い竜をこの手で殺すなんて考えたくもない!


 ――グエアアアアアア!!


 バッドスカイの轟鳴が響き渡る。

 アディンの背中で身構えた僕だったけれど、様子が変だった。さっきまでなら一秒後にはもう肉薄してきたはずが、遠くの宙で、見えない何かと戦うようにのたうち回っている。


「まさか、コントロールに抵抗しているのか?」


 そうとしか思えない様態だった。


「そりゃそうだ」と僕に言葉を浴びせたのは、教育係の天使だ。彼女はどこか得意げに、


「あれは誰かから行動を強制されるのが大嫌いだからな。それがどんなに強大な力であってもだ。預かったその日からずっと手を焼かされている。文字通りな」


 何だか友達の長所を褒められたような気がして、僕は微笑していた。


「知ってるよ」

「そういう竜だ」


 スケアクロウも同意してくる。彼も、あの竜への気持ちは同じだろう。


「アディン、バッドスカイのところへ!」


 僕とスケアクロウは、体をうねらせるバッドスカイの元へ飛んだ。


「バッドスカイ! 神の魔法に打ち勝て! おまえの心は、おまえにしか従えられないはずだろ!」


 ――ガグ……!? グオオオオアアアアアア!?


 が。近づく僕らを見るなり、バッドスカイは威嚇するように尻尾を振り回して飛んだ。


「く、やっぱり僕じゃダメか……!?」


 バッドスカイと友誼を交わしたのは先代なのだ。同じ女神の騎士という立場であっても、無条件で心を開いてくれるとは限らない。いや、絶対にない。それがバッドスカイという竜の気難しさであり、純粋さなのだ。


「俺も、この世界でのヤツのことは知らん……」


 スケアクロウも同様。覚えのない相手に従ういわれはないだろう。

 クソッ、じゃあ僕らは何もできないのか? 何かバッドスカイの助けになるようなことを! 彼の心を爆発的に燃焼させ、神々の支配に抵抗させる方法はないか!


「……あ、いや……!?」


 そうだ。バッドスカイはとても気性が荒い竜だ。その荒さこそが、彼の心の本来の有り様とも言える。つまり――怒りだ。怒りを呼び覚ますんだ。


「バッドスカイ!!」


 僕は声を張り上げた。


「おまえには失望した! 信じて送り出したおまえが、そんな情けない姿になって戻ってくるなんてな!」


 グガ、ガガガガグウ……!?


 口の端から泡を吹きながら、バッドスカイが血走った眼を僕に向ける。


「おまえに神獣は荷が重すぎた! やっぱりコケ食ってるような竜じゃダメかな!」


 ――――!!!!


 バッドスカイの目から、ある種の動揺が、波となって僕に伝播する。

 これは『Ⅰ』の中では明かされない、設定資料集の中でのみ語られている衝撃の事実。つまり、先代も知らない彼の最大の秘密だ――!


「僕は知ってるぞ、バッドスカイ! おまえはあらゆる動物をのべつまくなし襲う暴飲暴食の悪竜を気取ってるが、一番の好物はストリガ山の北側の岩肌に生えてる赤いコケだってな!」


 !!! !! !? ?? ??!!!


「ストリガ山におまえの牙や爪の跡がたくさんあるのは、縄張りを主張するためじゃない。おまえが生えてるコケを剥がしてるからだ。神にすら屈しない竜が、ひそかにコケをなめてご満悦だなんて、ずいぶん可愛い食生活だよなあ! スイーツ!!!!!」


 ――グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


 バッドスカイに僕の言葉がどれほど正確に伝わったかは、この怒号を聞けば一目瞭然だった。

 背中に装備されている〈メルクリウスの骨翼〉を起動、アディンの前に出る。


「手を出すなよ、アディン!」


 恐ろしい絶叫をほとばしらせながら、バッドスカイは真っ直ぐ僕に突っ込んでくる。僕は何もせず――両手を大きく広げ、それを迎え入れる構えを取った。


「何をしているツジクロー!」


 スケアクロウの珍しく焦ったような声。

 ブルードラゴンの巨大な口が開き、僕を一齧りにする――


「!!」


 寸前で、止まった。


 鎧の直前で停止する牙は、その圧力だけで僕の心臓を二回りほど縮まらせた。だが、止めたのは間違いなくバッドスカイの意志だ。


 グウウウウウウ……。


 バッドスカイがゆっくりと口を引っ込め、僕をまじまじと見つめる。血走った眼はおさまり、元のブルーサファイヤのような深い色が、こちらの鎧姿を反射させた。


 戻っている。とてつもない激怒が、彼の支配を打ち壊した……と見ていいだろう。


 においをかぐように顔を近づけたバッドスカイを、僕の後ろからアディンが首を突き出して威嚇した。


「大丈夫だよ、アディン。こいつは、無抵抗の相手を齧って殺すような野暮はしない」


 ……腹が減ってなければ。多分。


 僕は改めてバッドスカイと向き合う。


「僕は先代から女神の騎士を引き継いだツジクローだ。そう、おまえとタイニーオーシャンの友の、あの騎士だ」


 バッドスカイが思案するように静かにうなった。言葉はきっと通じている。


「聡明なおまえならわかってると思うけど、おまえは神々に操られていたんだ。そしてそれを自力で打ち破った」


 最後の無防備も含めて、一から十まで全部賭けだった。僕が倒れてもいけないし、バッドスカイが倒れてもいけない。全部が上手くいくことだけを信じた全額ベット。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。


 けれど、バッドスカイの根性に賭けるのなら、分は悪くない。

 何しろ、僕が『リジェネシス』というゲームに惚れた理由の一つがこいつなんだから。


「悪魔でさえ不可能と匙を投げてた状態からの復帰だ。大したもんだよ、おまえは。でも、それでめでたしめでたしっていうほど、物わかりのいい竜じゃないよな」


 唸り声の重みを増すバッドスカイへ、僕は片手を差し出した。


「今、おまえを操ろうとした神々とケンカの真っ最中だ。付き合わないか。ここ最近、暴れてないんだろう?」


 グアアアアオオオオオオオオオオオオオオ!!!


 全身の細胞が弾けるような強烈なボイスだった。しかしなぜか心地よい。体に染み込むのは敵意ではなく、純粋な闘争心と、それを同じ相手に叩きつけてやろうという同調の感情。それだ。


 夢にまで見たバッドスカイとの共闘が、ようやく今日、かなった。


エルフ「ツジクロさんの家庭に新しい女が現れたってマ?」

きし「やめてくだしあ」

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