第二十六話 架け橋、戦場へ
「わあい」
「待てー」
蝶に飛びつく猫のように、小さな子供たちがパスティスの尻尾の先を追いかけて飛び跳ねている。
土ブロックを運ぶパスティスが尻尾を左右に動かすと、子供たちもまたわあわあ言いながら左右に揺れた。
「あっ」
小さな女の子が、他の子に押し出されて転んでしまう。
「大丈、夫……?」
パスティスが歩み寄り、心配そうにしゃがみ込んだ。
すると女の子は白い歯を見せてニッカと笑って立ち上がり、
「うん! 平気!」
「よかっ、た……。えらい、ね……」
パスティスは人の手で女の子の頭を撫でた。女の子の笑顔が一層輝いた。
あああああ、和むんじゃあああああ!
子供たちは例の祭とは無関係だったはずだけど、パスティスの容姿については、大人たちよりもずっと自然に受け入れてくれた。
特に尻尾に関しては、「母ちゃん、おれも尻尾がほしいぜ!」と親に無理難題を押しつけてくるチルドレンが続出しているらしい。
確かに、パスティスは尻尾を手先並に器用に使うため、正直僕もほしくなる。しかも武器にもなるというしね……。
それと、彼女が大人しく、優しく、そして子供たち同様に好奇心が強く、何でも熱心に聞いてくれるというのも、彼らに受け入れられた理由だ。
同じ目線で一緒に遊んでくれる大人を子供たちは好く。それにパスティスは、子供たちよりもものを知らないところがあるので、ませた子の中には「手のかかるお姉ちゃん」みたいに見てたりもするようだ。
あぁ~。
【無知おねというジャンルは存在するのか?:ノージャッジ】(累計ポイント-52000)
《獣の体に鎧われた哀れな娘――。この町がパスティスを迎え入れてくれるまでには、長い時間が必要だろう。人々の怯える眼差しが彼女を切り刻む。しかし私の言葉だけでは、両者の溝を埋めることはできない……》
現実を直視しろ主人公。すでに埋まりまくってるよ。
彼の独白から勘案するに、正規のシナリオでは、パスティスは町に受け入れられないのかもしれない。
冗談じゃないぜ。どんだけ彼女に不幸を押しつけるつもりだ。
パスティスはもう報われていい時期にきている。僕はそれを確信している。
再び作業場まで土ブロックを運び始めたパスティスを目で追いつつ、僕は満ち足りた息を吐く。
キメラとして極めて高い体力を持つ彼女は、勤勉さでも町に認められつつあった。
一日中働いても不満そうな素振り一つない。むしろ積極的に次の仕事を探しにいく。
しかも、あの可憐な容姿なので、彼女が近くを通りかかるだけで男衆の動きが三割り増しになるとか、つか、なってた。
ちなみに余計な説明かもしれないけど、彼女にはスカートの下にショートパンツをはいてもらっている。
スカートがそもそもクッソ短いこともあるけど、尻尾を動かすと簡単にスカート裾を持ち上げてしまうのだ。
そこまでくるとパンチラというよりパンモロで、残念だが僕の感性ではチラ>モロの優劣を動かすことは決してできないことになっている。
まあレオタード風の衣服だから、水着みたいなもので、実際にパンツが見えるわけじゃないけど、どちらにせよ、僕としてはこっちの方が防御力が増した感じがしていい。
チラリストには「見えれば何でもいいんです」という名言もあるし、いいね?
さて、人々からの信頼が順調に増しているパスティスだけど、この地上滞在で一番名を上げたのは、実は彼女ではなく――
「すごい! なんて整地力なんだ!」
「見ろ、ブロックの上に置いた玉がまったく転がらない!」
「神だ……知ってたけど神だ!」
作業員たちから賞賛の声を浴びせかけられ、かつてないほど嬉しそうに輝いているリーンフィリア様だ。
地上生活はパスティスのためであって、僕らは何もする必要はなかったのだけれど、整地厨のリーンフィリア様は朝から晩まで開拓の最前線に立って、地ならしを続けていた。
町人たちが喜んでいるように、地面が平らだと移動の利便性が増し、当然、物資の運搬も楽になる。
これは恐らく、新クリエイトパートにおけるテクニックの一つ。僕より先に女神様が発見して実践してるよ……! やるねぇ!
ただ、これだと高低差のある立体的な町作りが非推奨になってしまうので、僕としてはきっと存在する〝高低差があっても交通の利便性が確保されるオブジェクト〟を早急に発見したいところ!
「おれたちも負けてられねえっ!」
「均せ! 地面を水平に! 世界を平等に! おおおタイラニー!」
『おおおおタイラニー!!』
こんな感じで、町の衆からの信仰は鰻登り。
正直このままほっとくだけで、信仰補正のおかげで僕の強さがチート級になりそうだけど、まあ、きっとそれは期待するべきじゃないんだろう。検索用キーワードにも設定されてない。
視線をふと戻すと、土ブロックを現場に運び終えたパスティスが、どこかとぼとぼとした足取りで戻ってくるのが見えた。
「パスティス。どうかした?」
僕が呼びかけると、彼女は当惑した顔ですぐ隣にまで来て、膝を抱えるいつものポーズでしゃがみ込んだ。
「今日はもう、休んで、いいって言われた。小さい子たちも家の手伝いする、っていうのに、わたし、だけ……」
「君は普段からよく働いてくれてるから、そのお礼ってことだと思うよ」
すると彼女は、足下に落とした砂粒でも探すみたいに、地面に視線をさまよわせた。
「お礼……なんて、変。わたし、町の人に優しくしてもらってる、から。わたしがお礼、してる側、なのに」
つまりパスティスは、自分が働いているのは、町に迎えてもらったお礼であり、彼らからそれ以上のお礼をもらうのはおかしいと感じているようだ。
ああ謙虚だなあ! ホントいい子だなあ!!
「騎士様、と、女神様と、アンシェルにも、まだお礼、できて、ないのに……。どう、したら……」
「僕らに? 少なくとも僕は鎧を綺麗にしてもらったけど」
パスティスは首を横にぶんぶん振った。
「それは、助けてもらった、お礼……。そのあと、友達に、なってもらった。一番、優しくしてもらってる……。その、お礼のこと……」
なるほど。そういうことか。
僕は小さく丸まった彼女に、ゆっくりと告げた。
「パスティス。友達になることのお礼というのはね、友達になったことそのものなんだ」
「…………?」
「友達だからアレしなきゃいけないとか、友達だからアレしないのはおかしいとか、そんな強制的な利害関係じゃないんだよ、友達というのは。時々おしゃべりして、時々遊んで、笑って、時々ケンカもして、そのつど仲直りして、そうやって時々、一緒の時間を共有できるのが、友達になることの一番のお礼なんだ」
「ま、待って。わから、ないよ、騎士様……」
「つまり、君と友達になった時点で、僕らはもう君からお礼をもらってる。もし君が、僕らが何をしてほしいか知りたいのなら、答えは一つ。これからも友達でいてね、ってこと」
「…………!」
パスティスは丸まった体をびくりと揺らすと、それきりうつむいてしまった。
「パスティス……?」
何かが彼女の顔から落ちてると思ったら、それは涙だった。
「フォアッ!? どうしたのパスティス!? 突然の腹痛!? それとも古傷が開いた!?」
パスティスは人間の左手で目元を懸命に拭い、
「違う、の、痛く、ない。あったかいの。騎士様が、こんなに優しいから、何か出た……みたい。変、だね。痛くも怖くもないのに、出る、なんて」
「…………。いや、そういうのも変じゃないんだ。一つ勉強になったね」
僕が何か悪いことしたんじゃなくてよかった。どこからともなくアンシェルのミサイルキックが飛んでくることもない。
「どうして、騎士様は、わたしに優しくしてくれる、の……?」
涙が止まった彼女は、赤くなった目を僕に向けてきた。
「過酷な場所にいた君は知らないだろうけど、これが普通なんだ。僕が特別優しいわけじゃない。それに君は、僕が助けて当たり前の人だった」
「…………どういう、意味?」
「君は人々のために、悪魔に抵抗してた。自分が正しいと思うことをやり通そうと、孤独に戦ってた。僕はそういう人を尊敬し、憧れる。君は自分のことを、もっと誇らしく感じていいんだ」
「……よく、わからない、かな……。ごめんなさい……」
「謝らないでいいんだよ。それに、きっとすぐにわかる」
「うん。わかった」
パスティスは素直にうなずくと、丸まったまま僕の隣でじっとしていた。
そのうち何やら黒い尻尾が僕の足首に巻きついてきたけど、僕は何も言わず〈オルター・ボード〉を眺めて、のんびりした時間をすごした。
こうしてすべてがゆっくりと、でも順調に進んでいたわけだけれど……。
ある日、町にちょっとした問題が生じた。
西方面への開拓を終え、北に進路を取った町の先端が、川に到達したのだ。
草原ののどかな小川。川幅はせまく流れは緩やかで、深さもそれほどなさそうだ。
けれど、
「行き止まりか。町を東に曲げないといけないな」
「川はなぁ……」
「行き来に足が濡れるのは困る」
町人たちは困ったようにそう話し合っていた。
何でだ……?
僕は彼らに疑問を抱く。
そのとき、渋い美声が響いた。
《通行のたびに足を濡らすのは、ケガや病の元になる。靴も傷む。彼らのために、橋を架けてやらねばらない》
それはわかるけど……。何で主人公がわざわざこんなこと言ってるんだ?
普通に橋を架ければ済む話じゃ……。
あ、そうか!
ここは、僕が橋の作り方を教える場面なんだ。
こうして、所々でプレイヤーが自前の建築物を披露していくわけか……。
つーか、城は造れるのに橋は造れないとか、偏った技術してんね、この人たち……。
「わかった。僕が橋を造ろう」
「ハシ? ハシって何ですか」
「今から見せるよ」
僕はリーンフィリア様が粉砕した岩山から、石ブロックを集めてきてもらった。
町人たちが期待の眼差しを向けてくる。
やめてくれ。僕のセンスでは、コレジャナイものしかできない。
さて、橋なんてものは、柱を何本か立てて、その上に板を渡せばできる。
僕に見事なアーチを求めてはいけない。芸術点についてはインスピレーションを得た町人たちに任せて、簡素な作りでいこう。
ブロックを担いで、川に入る。
やはり深さは大したことない。それでも、濡れるのをいやがる気持ちはわかる。寒い季節になったらなおさら。
適当に橋脚を設置していると、川縁のギャラリーに女神様たちの姿が見えた。
「騎士様、何をしているのですかー?」
手でメガホンを作って、リーンフィリア様が叫んでくる。
「橋を造っているんです。一緒にやりますか?」
「やります!」
リーンフィリア様は嬉しそうに答えると、足下が濡れるのも気にせず川に入ってきた。アンシェルとパスティスも続く。
「騎士、様。これ、どうやるの……?」
「他の柱と高さを合わせてくれれば適当でいいよ。あとでこの上に橋桁を渡して通れるようにするから」
「この橋脚には神殿のような装飾を施しましょう」
「女神様、地上にはそんな細かな技術はありませんよ」
「ここちょっと橋脚の間隔おかしいかなあ」
「ねえ、騎士ー。橋の模様が単調でつまらないんだけど、何か色違いの石とかないの?」
「これ……他と違う色、してる……かな」
「あら、ありがとパスティス!」
「アンシェル何か言った?」
「あ、もう解決したからー」
「橋桁の高さが三ミリずれている気がします……!」
わいわい、がやがや。
四人がかりの作業のおかげで、橋はあっという間に完成した。
橋脚部分は味気ないけど、橋桁は女性陣が色々とデコってくれたおかげで、それなりに見栄えのいいものができた。
町人たちが感嘆の声を上げる。
「これが、ハシ!」
「なるほど確かに、これなら足が濡れない」
「水かさが増えても流されないぞ。こうすればよかったのか!」
こういう、言われてみれば当たり前という気づきを何度も繰り返しながら、人間は発展してきたのだろう。彼らの驚く顔を、僕は「なんでやねん」とは感じない。
「でも、橋の上はまだ少し寂しいな……」
「そうだ。橋の上に城を建てられないだろうか」
やめてくれ。ビッグブリッジでも造るつもりか。
小さな橋の完成に、みんながわきたっていた、そのとき。
「ん……? あれは何だ?」
町人の一人がそう言うのを、僕は聞き逃さなかった。
彼らの目線は、橋が渡されたばかりの向こう岸。
緑の草地の上に色を一層重ねたように、土煙が立っている。
「か、怪物だ!!」
誰かが叫んだ。
土煙の中に垣間見える、ガーゴイルやゴーレムの体の一部。
そして、土色の靄の中でも光って見える赤い目。
「まずい、みんなすぐ家の中に避難しろ! 女神様たちも!」
僕は大声で指示を出す。
この大群、偶然現れたとは思えない。
恐らく、川を越えるのがトリガーでイベントが発生したんだ。
これは2ndバトルフィールドの可能性が非常に高い!
まずいぞ、ヤツら女神の加護をものともせず接近してくる。このままだと町に突入される。
「騎士様。ヤツら壁はまだしも、扉なんて簡単に破ってきます。どうすれば……」
町人が悲愴な声を発した。
そのとおりだ。どうする……!? こんなことになるなら、もっと硬い素材の扉を研究しておくんだった。
待てよ……壁は大丈夫なのか? なら、そうだ!
「家に入ったら、土ブロックで内側から扉を塞ぐんだ!」
「そ、その土ブロックはどこから……!?」
「家の床に死ぬほどあるだろ! 各家庭に最低一つスコップはあるよね!?」
「ああ! あります! 聞いたかみんな! 町中に知らせろ!」
町人たちが一斉に逃げ出す。
これで守りの方は何とかなるか?
後は僕が、できる限りこの橋で踏ん張ることだけど、あの数……!
せめてアクションパートで聖獣が使えればな。
いや、ないものねだりをしても始まらない。やるぞ!!
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