第二百五十八話 トータル・ウォー
世界に世界をぶつける――
その大雑把なイメージだけでも心の琴線をかき鳴らすものがあったのだろう。悪魔たちは会話を中断し、大慌てで仲間たちを呼び集めた。
他の氷塊シェルターからも同胞たちが押し寄せ、僕は改めて彼らの前で同じ話をすることになった。
誰もが、吐き捨てる笑い一つもなく、聞き入った。
結果から言う。
悪魔たちは乗ってきた。
僕の計画が単なる妄言ではなく、限りなくバカげて痛快な妄言だと気づいたようだった。
この時より、悪魔たちの反攻作戦は無期限の中止が採択された。
悪魔が持つすべての技術と資源を提供すると同時に、地上種族との交流による技術革新にも協力することを、彼らは“約束”したのだ。
これに関して、ディノソフィアは僕にこんなことを言ってきている。
「悪魔をたぶらかすとは、悪い男じゃ」
僕はミステリーを残すため勝ちの展開になったと同時に口をつぐんだが、多分女神の騎士界で伝説になってる。
※
グレッサリア南部都市。
つい先日崩壊の憂き目に遭いながら、ブロックを積んでいればすぐに復活する万能建築法の賜物によって、街並みはほぼ元通りになっていた。
その一角で、この世界史上まれに見る対話が行われようとしていた。
地上の民と、悪魔たちとの接触。
悪魔たちはこれからグレッサリアに住み、住人たちとの共同研究を始める。そのための最初の儀式だ。
悪魔には白亜飢貌ノ王という頭領がいるものの、内情は個人の主義主張で動いている烏合の衆と大差ない。そこでガミジンという名の――あの渋い声の仔馬がその代表として立つことになった。
実力もさることながら、面倒ごとを律儀に引き受けてくれる稀有な性格から、調整役にもってこいと担ぎ上げられたらしい。
僕としても、悪い意味で濃い衆ばかりの悪魔の中で、見た目のギャップ以外に妙なところがない彼が代表役なのは願ったりかなったりではあった。
この初会合は、はっきり言って、唱えたら何が起こるかわからない呪文と同義だ。
まずはグレッサたちの反応。特に血統家にとっては崇拝する神そのもの。悪魔たちの異形に、果たして彼らはどんな好悪の印象を抱くのか。
「んんwww」
「んんんwww」
「ありえるwww」
「この出会いは必然www」
『ぺやっwww』
はい。
どっちがどっちか全然わかんないと思いますが、アバドーンとアバドーン一族は一瞬でわかりあいました。
だがちょっと待ってほしい。何か初対面っぽいがもしそうならいつその口調は伝来した? そんなののシンクロニシティとかちょとこれsYレならんしょ……。
「あー、なんか面倒くせえことになったな」
「やれやれですな」
「だが、しゃーねーよな」
「しゃあなしですな」
サブナク軍団は、やる気がまるで感じられないまま意気投合し、肩をすくめ合った。どうやらそれはやれやれ系にとって最大の共感を示すものだったらしく、あとは両者が一体化して風景と化した。
やれやれ系ならちゃんとツッコミ役も兼任してくれませんかねえ……。
「デス!」
「デース!」
「デース?」
「デスデス!」
シャックス盗賊団は何か共鳴してる。こいつらは内面的に合意されるとヤバい特殊性癖持ちだ。だが、サイコパスやシリアルキラーは得てして熱狂的なファンを持ち、かつコンビで活動することもある。
異端だからこそ、噛み合うときはがっちり噛み合うとでもいうのか。マジで震えてきやがった。
と、ここまでは比較的穏当に合流。しかし。
「…………」
「…………」
ここに、他とは一線を画する張り詰めた空気で見合う一団があった。
グレッサリア随一のガチ勢。バルバトス一家だ。
初お目見えとなる悪魔バルバトスの頭部は、ぱっと見、イヌ科の動物のようだった。聞いたところによると、あれはリカオンという肉食獣に近い形らしい。
リカオンといえば、世界一狩りが上手いとされる動物だ。新鮮な獲物に事欠かないから腐肉をあさることは滅多になく、そのスタイルは高貴ともとれる。
バルバトスはフードを目深にかぶり、突き出た鼻先の下で真一文字に結ばれる口が、その気高さを表すようだった。
体つきはしなやかで、ハンター風の衣装に包まれた肉体は、明らかに女性的な特徴を持っている。
アンネやカルツェも、眼光鋭く相手を見据えるだけで、一言も発しない。
まるで気配だけで何かを探り合っているようだった。
これ、まずくないか……。
僕の中を不安が走る。
実力的にはガチ中のガチとはいえ、バルバトス家もそれなりに問題持ちだ。代表のアンネはセントラル造語ばっかでしゃべるし、ホープであるカルツェはアレだ。
高貴な悪魔バルバトスがそれをどう見るか。
いや、悪いようにしか見えないと思う。
見据えあったまま動かない両者。
まわりがどれほど騒がしくなろうと、そこだけは永遠に変わらないように思えた。
が。
「カルツェさん……」
ふと、その場に割り込む小さな声があった。
色白で線の細いグレッサの少年。
人々の視線が音もなく集中することに気後れしつつも、少女と見まごう顔立ちに精いっぱいの勇気を抱き留め、
「ドワーフのアイツから、今日、カルツェさんが恐ろしい人と会うって聞いて、ぼく……」
「……!」
「…………!!」
ぴくりと空気が動き、そして、二つの影が少年の前を塞いだ。
「大丈夫だ。わたしは恐ろしい人ではない。狩人のバルバトスだ。君の名前は何という? お菓子をあげよう。あっちで話をしないか」
「わたしを心配して見に来てくれたのか。ありがとう。お菓子があるぞ。あっちで話をしよう」
お巡りさん逃げないで。こっちです。
…………。
ま、まあ、グレッサはそうだろうと思ったよ!
悪魔たちがグレッサに危害を加えないことは、〈ダークグラウンド〉に悪魔の兵器が一体もいないことからもわかる。何かあっさり同調すると思ってたんだ。
けど、本当の問題は、ここから。
悪魔と敵対していた人々。人間、エルフ、ドワーフ。
その中でも一番難航しそうなのが、
「〈ヴァン平原〉のアルフレッドだ」
「〈ヴァン平原〉……。ああ、人間の土地か。確かシャックスが移動工廠を動かしていたな。ガミジンだ」
グレッサリア在住、人間代表アルフレッドは、緊張した面持ちのディタと仲間たちを背後に置き、見下ろす高さのガミジンと硬い目線を交わらせる。
いつになく硬い語調でアルフレッドは言う。
「ぼくたちの仲間は、その鉄の怪物たちに大勢やられた。たくさんの死者が出た。なくなってしまった国もあるらしい」
「だろうな。他と違い、人間は柔弱だ」
今回、悪魔の兵器の跋扈によって最大の被害を受けたのは人間たちだ。
種族的に強いエルフやドワーフと異なり、総人口の九割以上が非戦闘員と言っていい彼らは極めて悲惨な状態に陥った。
結論だけを抜き出すのなら、悪魔たちに地上文明を殲滅する意図はなかった。
彼らは、神属だった頃とは真逆の、恐怖や怒りといった負の感情を餌とする。その食性と、悪魔の兵器の稼働実験が悪い度合いで重複し、今回の災禍を招いた。
いわば、この世界で定期的に起こりうる災害だったのだ。オゾマと悪魔が存在する限り。
「ぼくの親戚や友人も命を落とした」
「彼らが穏やかに冥府の門をくぐったことを祈ろう」
ガミジンの声は、冷淡でこそなかったけれど反省的とも同情的とも違った。
内情を知っている方からすると、この言葉にどう反応するのかを確かめるための、探りの口調だ。
古い神々はとうに変質している。そうあるもの、になっている。そこに良心の呵責や内省を求めるのは難しい。
アルフレッドもそれを知っている。
だから、ここで罵り合いになるのか、そうでないのか。信じられるのか、否か。仔馬の赤い目は、さまざまな過程をすっ飛ばして、それだけを見ていた。
果たして、アルフレッドは毅然と告げる。
「けれど今だけ、ぼくはその遺恨を忘れる。リーンフィリア様と女神の騎士様のために。あなた方との協力を惜しまない」
ガミジンはやはり含みのある口調で、
「……いいのか? 女神の騎士の計画に従い、安請け合いをして」
「安くはないッ」
決して荒らげたわけではない。が、声に通った一筋の鋼が、ガミジンの目の周りの筋肉をぴくりと微動させた。
持っている力の大小に関係なく、見くびるべき相手ではない。
侮れば、そうした自分こそ侮りの対象になる。この一人の青年が放つ気迫はそういうものだと、僕にもわかった。
「ぼくたちは確かに、女神様と騎士様に導かれて生き延びた。けれど、断じて、おぶさって、引きずられてきたわけじゃない。あの人たちの背中を自分の足で追いかけた。だからここにいる」
「ウウム……」
感じ入ったようにうなる仔馬の悪魔。
「ぼくは自分で下したこの判断に命を懸ける。仲間からの非難もすべて受け止める。その上で、彼らからの協力を取り付けてみせる。それは、女神様や騎士様が正しいと信じているからじゃない。ぼくが正しいと思ったからだ」
ガミジンは幾度か瞬きをした。ひどく感心している様子が見て取れた。そこにある高潔な精神に。
アルフレッドはマフラーを鼻先に持っていき、大きく息を吸った。
「ニーソもそうすべきだと言っている」
「え、えっ? あ、ああ、そ、そうか……」
やや狼狽しつつも、宗教か何かかと無理矢理自分を納得させて持ち直した様子で、ガミジンは蹄のある手を持ち上げた。
「人間たちは良いリーダーを持ったようだ。よろしく頼む、アルフレッド君。我々も出し惜しみはしない」
「ぼくたちの協力が、良い結果にたどり着けるよう努力しよう」
一部おかしいことをのぞけば、(悪魔すらたじろがすのか……)アルフレッドはほとんど主人公の風格で、ガミジンと握手を交わしたのだった。
これに続き、同胞同士でいがみ合っていた負い目のあるエルフたち、また、戦いが日常茶飯事であるドワーフたちも悪魔との共闘を承諾。
その日のうちに研究室が編成され、工学に長けた者、魔術に長けた者、建築に長けた者たちのギルドチームが発足し、また、それぞれの種族の元へと戻り、僕たちと共にこの最大反攻作戦への協力を呼びかける者も選ばれた。
オゾマとの戦いは、この世界に住むすべての者の決闘になる。一人として余分な者などいない。
こうして世界は、あらゆるリソースを戦いに注ぎ込む総力戦へと動き出した。
以前プチ結集した前例→215話




