表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
255/280

第二百五十四話 オゾマの世界

 四方から圧迫されるような暗い井戸から、光の世界へと飛び出す。

 着地の寸前でアディンに地面に放られた僕は、這いつくばる姿勢から周囲も確認せずに怒鳴り散らした。


「白亜王は止まったぞ! リーンフィリア様を止めろおおおおおお!」


 がしっ、と誰かの腕が首に巻きつく。


「よくやったわ騎士! リーンフィリア様は無事よ!」


 ほのかに甘い体臭が、僕の暴れ狂う心を一時弛緩させる。

 涙ぐんだ瞳で抱き着いてきているのは、アンシェルだった。彼女も理解していたのだ。あの時、リーンフィリア様は決断の寸前にいたことを。


「騎士様!」


 リーンフィリア様や仲間たちが駆け寄ってくる。


 間に合った……! よかった……! と胸が大きく膨らんだのも一瞬、直後に襲ってきた寒気に、僕は「オゾマは!? 何かしてきたか!?」と次の言葉を投げかけていた。


「安心せいツジクロー。まだ何もしてきていない」


 落ち着いたディノソフィアの声が返ってくる。


「オゾマは――恐らく、けた違いの寿命を持っているからじゃろうが、時間の感覚が我々とは大きく異なるようじゃ。反撃は早いが、自ら動こうとする速度はさほどでもない。消えろと言ってきても、すぐにどうなるわけではなかろう」


 それを聞いて、僕はようやく体からすべての力を抜くことができた。


 よし、よかった……。

 まずは、最初の運ゲーを突破した。


 リーンフィリア様が結界を張るより早く。白亜王が止まる。オゾマがすぐには行動しない。この三つ。これからいくつもご都合主義を引っ張ってこないといけないうちの、最初の段階を踏み越えられた。


 戦う資格は、ひとまずもらえたってわけだ。


「うん……。白亜飢貌ノ王は止まってる。あれから動いてないよ」


 急転直下から急浮上。事態のあまりにも急速な推移に疲れ切った僕らは、車座になって休みながら、単眼境で〈コキュートス〉の様子を確認したマルネリアの報告に、弛緩した空気を吐き出した。


「まさか、怒れる悪魔の王を止めるとはな。あの状況で動けたのはおまえだけじゃった。その上、こんな並外れた成果を持ち帰るとは。つくづく、驚かされたよ」


 ディノソフィアがニヤリと笑って僕を見る。その声には、珍しく心からの称賛が込められているように聞こえた。


「一体どうやって白亜飢貌ノ王を止めた」


 スケアクロウも素直な驚きを見せている。


「約束をしてきたんだ。“一緒にオゾマをブッ倒そうぜ”って」

『――!!』


 僕の答えに、みんなの肩がぞわりと持ち上がる。が。


「確かに、あれを聞いては、な……」


 是非もないといった感じで、最初に同意の言葉を吐き出したのは、アルルカだった。


「オゾマが何もしなかった時代は、もう終わりでしょう。目障りだとか、不愉快だとか、幼稚で一方的な物言いでしたが、あれはわたしたちが想像しうる最悪の形で行動できるだけの力があります」


 リーンフィリア様もうなずく。


「戦わないと、生き残れない……」

「そーなるよねー」


 パスティスとマルネリアも。


 しかし、続く言葉は誰からもなかった。

 オゾマの強さは、真に迫ったディノソフィアの語りで理解している。


 大地神たちを天から追い落とし、ディノソフィアをして、大量の兵器群と共に反攻作戦に出る悪魔たちを間違いなく全滅させると言わしめる力。相手取ること自体が無謀、敗北、滅亡と同義だ。

 しかし降伏の道も、服従の道もない。


「スケアクロウ。オゾマと戦ったことは?」


 沈黙の中、僕は聞く。


「ない。土台、戦うには格が違いすぎる。その名前にたどり着くこともまれだ。さっきのように呼び掛けてくること自体、これまで一度もなかった」


 そうだ。格が違う。規格が、とでも言うか。


「実は、さっき白亜王に頭突きをしたときにわかったことがあるんだ」

「わしらの王に何してくれとんのじゃツジクロー!?」

「結果的にそうなったんだよ。僕、真っ逆さまに落ちてたから。それでその時、急にオゾマについての知識が頭の中に流れ込んできた。多分、白亜王のものだと思う。白亜王は、オゾマの正体について知っていたんだ」


 見開いたみんなの目が、僕に固定される。


 与太話にしか聞こえないけれど、階段等を一緒に転げ落ちて頭と頭をぶつけた場合、中身が入れ替わってしまうことは古来よりまれによくある事象だ。いや、まあ、僕自身も信じられてはいないけど、気がついたら、何やら知っていたという感じ。


 それは恐るべき秘密だった。


 自分の頭の中にあるのに半信半疑、いや、そうあってほしくないという気持ちが先行するくらい絶望的な情報。けれど、伝えなければならない。もしかすると、白亜王は僕にそうさせるために、この知識を渡してきたのかもしれないから。


「オゾマの正体は――世界そのものだ」


 自分自身の声にひどく恐れを抱きながら、僕は言った。誰一人として得心のいった顔を返せない仲間たちに、それでも話を続けていく。


「まず、世界の成り立ちについて話す。世界っていうのは最初、何の区別もない混沌とした一つの塊だったらしい。それが空と海と大地と神に分かれて、世界が始まった。神は自分の体からたくさんの命を生み落として、それらがどんどん世代を経て広がっていく。そうやって世界はできあがるんだ」


 しかしだ。


「オゾマにはそれが起こらなかった」


 規模のでかさについていけないいくつもの顔が、それでも言葉の不気味さに引っ張られて、引きつった。


「空とか海とかにならず、オゾマは一塊の混沌であり続けた。そして、やがて一つの自我に目覚めたんだ。世界の材料を内包したまま」

「ちょ、ちょっと待ってください。それは本当なんですか?」


 リーンフィリア様が顔を蒼白にして聞いてくる。


「白亜王から流れ込んできた知識では、そうなってます。少なくとも僕の妄想じゃないです」


 彼女はうめいて、黙ってしまった。


「オゾマがデタラメに強力なのは、本来世界に分散するはずだった力をすべて一個体の内側に持っているからだ。ヤツのエネルギーは、世界のすべてのエネルギーの総和に等しい」

「冗談だろう……」


 アルルカが半笑いでひとりごちた。確かに、笑いたくもなる。

 台風一つ、地震一つにさえ、核爆弾を軽く凌駕するエネルギーが秘められている。ヤツはそれを独り占めにし、自由に出し入れできる。反則なんてもんじゃない。


「エネルギーだけじゃない。知力に関してもそう。その世界で生まれるはずだった知性を、ヤツは全部持っている。恐ろしいのは、それらの知力が一つの意志のもとに、有機的に機能することだ」

「ゆ、有機的?」


 パスティスが恐々聞いてくる。


「生き物の内臓みたいに、色んなものが綿密に連携してるんだ。この場合……たとえば、僕らが何かを解決するために話をする時、どんだけ頑張っても、頭の中のものを全部出せるわけじゃないよね。伝わるものは限られるし、間違って伝わることもある。でも、オゾマにはそれがない。全部自分の内側にあるから」

「なるほどね。ボクたちが愚かに見えるわけだよ……」


 マルネリアがため息をつく。


 そう。オゾマが僕たちを愚かしく見ているのは、知性の差よりも、この、意思疎通や知識の共有が極めて杜撰だからというのが大きい。僕らは何かを協力してやっているつもりでも、オゾマからすれば、てんでバラバラに見えるのだろう。


 個としての賢さ。群ゆえの愚かさ。


 ヤツがこっちの世界に介入してくる理不尽さも、誰かの拙いゲームプレイを見てイラついて、「そうじゃないだろ、貸せよ!」と横からコントローラーをひったくる子供を思い浮かべれば、自分の身に心当たりの一つも浮かんでくる。


「ヤツは意志を持って動き回る世界そのものだ。僕たちは、そいつに目を付けられた」


 オゾマは一個体だけど、その内側に世界を丸ごと抱えている。ヤツはそれを、一切のパワーロスなしに連動し、機能させられるのだ。神という称号すら生ぬるい、存在の究極致。それが僕らの次の――そして最後の敵になった。


「どうやら、掛け値なしにこの世界最後の戦いになりそうじゃな」


 ディノソフィアが力なく笑って言った。彼女の言いたいところはとどのつまり――勝てない。ここでこの世界は終わる。ということ。


 みんな、言葉を失い下を向いてしまう。


 オゾマはこの世界を消そうとしている。不出来すぎるこっちに勝手に苛立ち、愛想を尽かして。とてもお利巧な知性体とは思えないエゴイズム剥き出しの行動だ。

 けれど、すぐに何かしてくるわけじゃない。こちらから手を出さなければ。


 オゾマがどれくらい気が長いのかはわからないけど、時間間隔も世界規模ならば、もしかすると数十、数百年、いやそれ以上の単位で何もしてこないかもしれない。


 静かに生きることは、できる。


 今日のできごとを忘れ、空を見上げずに生き、オゾマという名前を一切口にせずに暮らせば、いずれ世代が変わったときに、この呪わしい真実は忘れ去られるだろう。

 今までそうだったように。


 そしてどこかで、突然終わらせられる。


 その世代の人々は、自分たちが何に襲われ、なぜ消されていくのか、理解する間も与えられないだろう。抵抗する力も、機会も、時間もなく、この世界と共に潰えてしまうだろう。


 もし生き延びた少数の人々がオゾマという真実にたどり着いた時、彼らは、傍観を選んだ僕たちの世代を恨むだろうか?

 あいつらが何か備えをしてくれていたら抵抗できたかもしれないのに、と非難するだろうか? それとも、最初から抵抗は無意味だったと、あのバカげた相手に直面した僕らの気持ちを忖度してくれるだろうか?


 コレジャナイ。


 そうだろ。

 トゥルーエンドを目指さない主人公なんて、コレジャナイ。だろ。


「やるんだ」


 僕の一声に、みんなが顔を上げる。


「全員でやる。オゾマの声はみなが聞いた。この世界の人々は、一度死に絶えかけてる。だから、穴倉に隠れていれば自分だけは助かるなんて甘いこと、誰一人考えてない。何もせずとも明日を迎えられるなんて、誰も信じない。今なら全員が、生き残るために戦う。自分の生存を賭けて戦う意思を持てる」


 奥歯を噛んで、拳を強く握った。


「すべての力を合わせて、オゾマと戦うんだ。僕たちはそれができるし、やらなきゃいけない」


 そして勝つ。僕らの道は、前にも後にも勝つしかない。もっとも良い結末を得るために。


「ディノソフィア」

「な、何じゃ?」

「僕を悪魔たちのところにつれてけ」


12月24日というビッグイベントをまったく無視して投稿される深刻なシーン。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ