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第二百五十三話 大地の怒り

 オゾマが……僕たちに語りかけている……!?


 風が乱れ、細かく砕かれた粉雪が狂ったように舞い上がる。白煉瓦で組まれた〈コキュートス〉内壁が不気味に地鳴り、町全体が違和感を発するように震えた。


 この大地のものすべてが、それぞれの領域の言葉で、それを聞かされていた。


「オゾマ。今になって一体何を言おうってんだ!?」


 かつては地上に、その並外れた叡智でもって介入したオゾマ。しかしそれを受け取った種族は、扱いきれずに文明ごと崩壊してしまった。


 何も知らない赤子に核ミサイルのスイッチを渡すようなもの。それを使って軍事バランスを均衡させろと言うつもりだったなんて、伝わるはずがない。


 劇物でしかない知性。それがオゾマだ。


 白亜飢貌ノ王が鎮まるこのタイミングでどうして、という苛立ち混じりの疑問は、だからこそだという反論に即座に打ち消される。

 オゾマは、少なくとも見ていたんだ。白亜飢貌ノ王を。この世界の古い神々の王を。


【……おまえたち……に……】


 オゾマの声は、知性的とは言い難いほどたどたどしかった。しかし、この世界のすべての物体にただ一つの言語で同時に話しかけているとすれば、恐ろしく効率的な言葉には違いない。


 おまえたちに。


 何だって言うんだ。また何かを与えようっていうのか。

 僕は、いや、恐らくこの世界の誰もが、慄然としながら続きを待つ。

 そしてオゾマは、はっきりと、短く、こう告げたのだ。


【飽きた】


 …………!!!?


【おまえたちは、どこまで……も、愚かな……ままだった。……もう、いい】


 瞬間、腹の底から信じられないくらいの熱量がこみ上げた。


 吐き気じみた怒りが目の内側を沸騰させ、視界を黒と白に明滅させる。

 ただの言葉じゃない。それぞれの生き物が根源に持っている部分に直接伝播する、いわば魂への呼びかけ。それで。


 こいつは、僕たちを、侮辱した。


 この世界のすべての者たちが味わったこともないような、最悪の侮蔑。

 魂に直接唾を吐きかけられるような、未知の汚辱。


 ――■してやる。


 言語化される前に魂の内側で散った衝動が、みなの顔を天へと向き直させた。それは僕らがまだ手にしていない言葉だった。恐らく、永遠に手にも口にもすることのない、根源から発される憎悪を超越した単語だっただろう。


「だから、何だ……!」


 僕は指が圧壊するほど拳を強く握り、そう絞り出した。


 オゾマは僕たちに――この世界に飽きた。

 そもそもヤツの侵略は、この世界の“愚かさ”に興味があったからだ。そして、それを改善? するために手を出してきた。それに興味がなくなったということは、もう用はないはずだ。


 立ち去るのか……。


 僕の念じた可能性は、結論から言えば、理想論にすら程遠かった。


【おまえたち……は……不要/無意味/無価値/無様/下劣/劣悪/劣等……だ】


 何だ……? 今、一つの単語にいくつもの意味が同時に重なって聞こえた気がする。聞いたことのない単語だ。


「上位概念語じゃ……。無理に理解しようとすると、頭が弾けるぞ」


 ディノソフィアが顔をしかめながら忠告してくる。


【そんなものが……我が前にあることが……許せぬ。よって……ことごとく消失/消滅/正常化/浄化/回帰/覆滅……するべき……だ】


「んな……何だと!?」


 自分から近寄ってきておいて、気に入らないから消えろ!?

 こいつ……! 何を言ってやがるんだっ!


【深く愚かしきものよ。おまえたちは、いらない/消えろ/いらない/目ざわりだ/いらない/不愉快だ、何もかも、すべて、跡形もなく、消えてしまえ……】


「ふ、ふざけ――」


 僕、いや、他の誰かが上げようとした怒号を、地下からせり上がってきた極大の咆哮がチリにかき消した。

 風圧でその場に押し倒されそうになる。

 声は〈コキュートス〉から。白亜飢貌ノ王だ!!


 マルネリアが小さな単眼鏡を取り出し、穴の底をのぞきこむ。


「う、あ……!」


 そしてそのまま崩れるように座り込んでしまった。


「マルネリア、どうした!?」

「白亜飢貌ノ王が……! は、は、這い上がってきてる!」

「なんだと!?」


 僕は穴の底を見る。しかし、この世のすべての闇を吸い込んだような暗闇には、何物も見つけることはできない。それでも。マルネリアが嘘を言うはずがない。


 白亜飢貌ノ王は、怒り狂っているんだ。今のオゾマの言葉に対して。

 このまま戦いに向かうつもりか……!?


 仲間たちを振り向いた僕は、その瞬間、彼女と目が合ってしまった。


 凍りついたリーンフィリア様。


 このまま白亜飢貌ノ王が出てくれば。オゾマとの戦いになってしまえば。反物質化した悪魔の王は、敗北と共に恐るべき爆発で世界を消し飛ばしてしまうだろう。


 それを止められるのは、リーンフィリア様だけ。

 彼女が命と引き換えに張る結界だけ。


 今が、それが間に合う最後のタイミング――


 スケアクロウの語った過去が脳裏をよぎる。

 何も言わずに行ってしまった女神様。

 僕には、手紙も、ジャムの小瓶も残されないのか。

 こんな一瞬で、覚悟も何もしていない段階で、突然、全部終わらせられるのか。


 この世界でも、彼女の生きる道はないのか。


「ふ、ざ、け、るなあああッ!」


 僕は跳んでいた。ぽっかりと空いた奈落へと。


「騎士様!!」


 誰かが叫ぶ声が背後に聞こえたけど、僕の体はすぐに闇の中へと沈み込んだ。


 落ちていく。真っ逆さまに。

 壁面に張りつくコキュータルの蒼い心臓だけがそこに何かがあることを示す、深淵の世界。永遠に降りるようであり、今すぐにでも底に激突しそうでもある分厚い漆黒の中に、僕は怒号を放った。


「止まれえええええ、白亜飢貌ノ王ォォォォッ!!」


 ちっぽけな僕が放つ声が届いているかはわからない。でもきっと聞こえてる。神様になら。


 ゴオ、アアアアガアアオオオオオ!!!


 突風のような声がせり上がってきて、落下する僕の体を揺すった。


「止まれ、おまえが出ていけば世界が滅んじまう!! 止まってくれ!!」


 僕の背に、風を切る音が迫るのがわかった。恐らく、僕のすぐ後に穴に飛び込んだんだ。僕を回収するために。真っ暗でわからないけど、間違いなくそこにいる。


「そこで見てろアディン!!」


 竜に叫ぶと、穴の底で揺らぎもしない闇へと呼びかけ続ける。


「今出て行ったら、リーンフィリア様が死んじゃうんだ!! この世界を守るための結界を張って……!」


 ああ、クソッ……!


「怒ってるのはわかるよ……! おまえが! 神様が! みんなが創ってきたこの世界をバカにされたんだ! 絶対に許せないさ、それはわかる!」


 ちくしょう、ちくしょう!


「でも今出ていったら、おまえがそれを全部消してしまうんだ! すべての命を、すべての積み重ねを! そんなことしたくないだろ! そんなの意味ないだろ! だから止まってくれ!」


 僕は、僕は……!


「頼む。戦ったらいけないんだ……。おまえが戦ったら……」


 僕は何でッ…!


「そうじゃないだろ……」


 何で、殴り返そうとしているやつを止めようとしてるんだよおおおおッッ!!!!


 白亜飢貌ノ王は思い切り殴りつけられたんだ。

 だから殴り返そうとしているだけなんだ。

 殴られたからって、殴り返したら同じになってしまう? 冷静にならなきゃ? 大人な対応?


 違うだろうがああああああああああああ!


 殴られたから思い切りぶん殴り返して、先に殴ったこいつが悪いって言って、うんその通りだってのが正しいんだろうがああああああああああああああ!!!?


「わかってんだよ、白亜飢貌ノ王オオオオオ!」


 僕はあらん限りの声で怒鳴った。

 おまえを止めるってのがそもそもの間違いなんだ。

 最初からこうするのが正しかったんだ!


「オゾマをブッ倒すぞ、“白亜王”――――ッ!!」


 ゴアアアアアアオオオオオオ!!


 下からの怒声の圧が増す。近づいてきてる。怒れる神の王が這い上がってきてる。


「だけど今は待てえええええええッ! 今行ったら何もならない! 犬死ににもならないんだあ――ッ!」


 あと何秒ある。一秒か。二秒か。それとも一瞬か。


「今は戦うべきじゃない! 止まれッ! 止まってくれええええッ!」


 下方の闇に月のような光が灯る。

 それは壁面ではなく、穴の中央、まさにど真ん中にあった。

 白亜王の心臓だ!!


 それはわずかな時間のうちに恐るべき大きさにまで拡大する。僕の落下速度と、白亜王の這い上がる速度をプラスした速さで。


「今一人で暴れたって絶対に勝てない! すっきりもしない! そうじゃないだろ!? おまえがやりたいことは! そんなことのために、今までずっと耐え忍んできたんじゃないだろうがあああ!!」


 もう時間がない! もう言えることはこれしかない!


「止まれよ神様あああああああああああッ! 約束するッ! おまえの戦う場所は僕が用意してやる! 今我慢すれば、この世界の全部を巻き込んだ史上最大の大喧嘩に、一枚噛ませてやるって言ってるんだああああああああああああああッ!!」


 言い切った瞬間。

 白く巨大な、飢えた魔物を象った仮面が、視界いっぱいに広がった。


 ドガッ!!!!


 地面とさえ錯覚する広い仮面の額と、僕のちっぽけな額が、正面からぶつかった。

 衝撃――なんてものじゃない。僕の体を鉄の塊が通り抜けて、何もかもを轢き潰していった感触。けれど。


 その瞬間、確かに。


 巨大な仮面に穿たれた六つの目が一斉に見開き。

 その巨躯が、身動きを止めたように思えたんだ。


 ボールのようにバウントしたところをアディンに掴まれ、僕の体はそのまま一気に地上へと浮上していく。


「止まって……くれ……た……?」


 上下もあやふやな漆黒の中で、燃える心臓に照らされた、飢えた魔王の白い仮面が、闇に沈むように遠ざかっていくのがわかった。


深い穴の底から怪物が猛スピードで這い上がってくるというシチュにボスみある

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― 新着の感想 ―
[良い点] この辺(別作品)にぃ、オゾマとタメで会話できる姉御居るらしいっすよ 作者さん巨大で偉大な知恵をもつものと、それが操る超スゴイ言語好きですよね。分かる。究極って感じでかっこいいもん そういう…
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