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第二百五十二話 別ゲーはいつも突然に

「それでは、これより第一回白亜飢貌ノ王対策会議を始める!」


 ここは北部都市共同会議場。人間、エルフ、ドワーフたちが、種族間での決め事を話し合う際に使用される大会議場の一番奥から、僕は居並ぶ面々に向かってそう宣言した。


 円卓を囲うのは、主要メンバー全員。


 円卓と言っても小さなテーブルなので、囲っているというより、みんなが座っている真ん中にただぽつんと置いてあるような状態になっているけど、それはどうでもいい。


 何の役にも立たなそうなDLC天使がしれっと参加している方が気になるくらいだ。

 が、今はあらゆる知恵を結集しなければいけない時。最悪後で摘まみだせばいい。


「以前話したとおり、白亜飢貌ノ王は巨大な爆弾に等しい状態にある。これを“何とかする”のが僕たちの任務だ」


 クッソアバウトな目標設定だけど、口を挟む者は誰一人なく、ただ一様に力強くうなずいた。ここには、何かを他人任せにするような手合いはいない。スタートもゴールも全部自分たちで決める、真に戦う者たちだけが揃っているのだ! おおむね!


「封印は本当にリーンフィリア様にしかできないの? 何とか代替品を用意できないかしら?」

「シンプルにぶっ倒しちまうってのはどうだ? その方が好きだぞ」

「馬鹿野郎。傷つけた時点でドカンなんだろ」

「ニーソを与えてみてはどうだろう」

「相当でかいらしいからな。飛行船を全部解体しても足りるかどうか」

「物理的に〈コキュートス〉を塞いでしまうのは?」

「コキュータルの出現を促進させるっていうのは、どうです? そうすれば本体が弱くなるんでしょ?」


 どんどん提案が寄せられていく。記録係のマルネリアたちほか数名が、大急ぎでそれを書き留めていった。


 相手が悪魔の王であっても何の遠慮も気後れもない。まずはこうして万策を探るところから始めるのだ。黙りこくった議場に名案が挙がることなんてまあないだろう。


「やっとるな」


 ふと、窓から逆さまの顔がのぞいた。ディノソフィアだ。長い白髪が、竿に干されたタオルのようにはためく。


「遅刻だぞ、ディノソフィア」


 僕が注意すると、


「すまんのう。ちと、〈コキュートス〉を見にいっておってな」

「何かあった?」

「のじゃ」


 ディノソフィアは、尽きないアイデアを瀑布のごとく垂れ流している議場を見つめて楽し気に目を細め、


「白亜飢貌ノ王の唸り声が続いておる。他の者には聞こえまいが、悪魔たちには聞こえておるはずじゃ。いわば、戦意高揚のための演説のような役目かな。そして、凶暴になった悪魔たちの覇気を感じることによって、王自身もさらに好戦性を高めるという循環を生み出しておる」


 扇動者が聴衆を熱狂させ、その熱狂が扇動者をさらに高ぶらせる形か。先鋭化しやすく、厄介な構図だ。


「じゃから、まずはあの唸り声を何とかしてみてはどうかな。時間稼ぎは、今のおまえには有効な作戦じゃろう」

「なるほど。いいアイデアだ。ありがとう!」

「なあに。地上の民の足掻きほど見ていて愉快なものはないのでな」


 物言いは邪悪だけど、眼差しは優しい。器用なのか、不器用なのかわからない悪魔だ。


「みんな、聞いてくれ」


 僕は早速、この提案をみんなに告げた。


 ※


 そして、である。


 数日後、〈コキュートス〉を囲う内壁の広々とした頂上面に、僕らは集合していた。

 のだ、けれど。


「あのさ、マルネリア、アルルカ、これは何?」


 内壁の上に置かれた、いかつい機械の山を目の端に置きつつ、僕はこの作戦を仕切った二人に、恐る恐るたずねた。


「もちろん、作戦を成功させるためのものだよ」

「何も心配はいらない。ドワーフの超兵器技術と、エルフの魔法技術が融合した極めて画期的な超魔導新兵器だ」


 マルネリアとアルルカは揃って胸を張る。


「そこに関しては信用してるけど、それならあれは?」


 視界のフォーカスを、機械の周辺に待機する人々へと合わせる。

 グレッサ、人間、エルフ、ドワーフ……つまりこの街の住人たちが、大勢招集されているのだ。彼らはなぜ自分たちが呼ばれたのかよくわかっていない様子で、どことなく不安と期待の入り混じった顔を見合わせている。


「この作戦には、頭数が必要なんだよ」


 マルネリアが自信満々に言う。アルルカも隣で、腕を組んでうんうんとうなずいている。

 何だろう。目的の達成とは別種の方面に、一抹の不安がある。


「マルネリア。騎士殿に理屈を説明してあげたらどうだろう」

「おーっと、いけないいけない。ボクたちだけわかっていてもいけないね。ごめんよ騎士殿」


 なんだあ? この二人のウキウキした気分は。一応、僕たちは悪魔の王という、この世界最大の脅威の一つと向き合おうとしているんだけど。


「騎士殿。この機械は、簡単に言ってしまえば音を出すものなんだ」

「へえ……」

「音というのは、波長の高低がどこにあろうと、結局空気の振動にすぎない。振動に振動をぶつければ、音は消える」

「うん。わかる」

「それどころか、こちらから振動をぶつけることで、悪魔の王に影響を与えることも可能だ。つまり、戦意を挫く。クールにさせることも可能というわけだよ」

「すごいじゃないか!」


 それがこの機械か!


 ここから発する音で白亜飢貌ノ王の戦意を下げ、クールダウンさせ続ければ、もしかして反攻作戦そのものを回避できるかもしれない。これはある種の封印なのでは!?


「ただ、残念だけど、これはあくまで一時しのぎ。もしこの魔王が本気で咆え始めたら、とても抑えきれないと思う。現段階でのみ有効なやり方だよ」

「なるほど。いやでも、それでも十分すぎるよ」


 さすがだ!

 何て頼りになる仲間たち! すごいなー。あこがれちゃうなー。


「それで……あの人たちは何で?」


 僕はそこで、民衆たちに話を戻す。


「うん。この超魔導兵器は、それ単体では効果が薄い。それを増幅させる必要があるんだ。彼らはそのために集まってもらった」

「危ないことはないよね?」

「もちろんさ。百聞は一見に如かずだ。早速やってみよう」


 マルネリアとアルルカの指示で、補助しているドワーフやエルフたちが、集まった人々を移動させ始める。


 音響兵器は〈コキュートス〉を覆うように東西南北に配置され、民衆は全員、そのうちの南側の機器と向き合うように、種族ごとにまとめられ、整列させられた。

 まるで体操でもする時みたいに間隔が空けられているようだが、その意味は――?


「よーし、みんな聞いてくれ」


 アルルカが声を張った。


「これからこの超魔導兵器を起動する。すると、矢印のガイドが空中に現れる」


 ん、ん……?

 ガ、ガイド?


「みんなはそれに従って、左右前後に動いてもらいたいんだ。その小さな振動を機械が受け取り、穴の底に発信する。そういう仕組みだ」


「う、動くって?」

「どれくらい動けばいいんだ?」

「強く踏まないとダメなの?」


 人々からは疑問の声が上がるが、アルルカは、


「いや、普通に歩く程度でいい。試しにやってみよう」


 アルルカが機械を起動させる。

 すると――


「ぶッ!?」


 機械の上側の空間にスクリーンのようなものが投影され、そこにいくつもの矢印が現れた。それらは、川を流れる落ち葉のように上から下へと落ちていき、下部に引かれた横線を超えたところで消えていく。


「矢印が下のラインと重なる瞬間が、みんなに動いてもらいたいタイミングだ」


 ちょっ……。あれって……!


「左右や前後など、同時に出ているものがありますよ? あれは何ですか?」

「あれは足の位置を変えてもらうだけでいい。左右なら足を左右に開き、前後なら前後だ。よし、リハーサルしてみよう!」


 僕あれゲーセンで見たことあるよ! 大型筐体のダンスするやつだろ!?

 でも絶対に『リジェネシス』で見たことはないッ!!


 僕の懊悩をよそに、機械は起動させられ、人々がガイドにそって動き出した。

 たどたどしい足取りで、ふらふらするうちにぶつかりそうになる人もいる。

 そりゃそうだ。いきなりこんなことをさせられたら。


 アルルカは一旦機械を止めた。

 人々がざわざわと話し合う。


「なかなか難しいな……」

「リズム感が大事かもしれない」

「誰かが代表して音頭を取ってくれればなあ」


 それを聞いたアルルカが、


「わかった。手本になる人に助けてもらおう! 本番だ!」


 そして、講師役として配置されたのが……。


 グレッサチーム:リーンフィリア様

 人間チーム:アルフレッド

 エルフチーム:マルネリア

 ドワーフチーム:アルルカ


 えっ……なにこの人選は。

 すごく不安なんですがそれは。


 ちなみに、僕とパスティスや天使たちは、グレッサリアチームに組み込まれている。


「セッション!!」


 アルルカがポチッと機械のボタンを押すと同時に、どんちきどんちきと、どこからともなく軽快な音が流れ始めた。おい、いよいよやめろ。


「おお、これならリズムが取りやすい!」

「いくわよパッション!」

「俺らのハイテンション!」


 な、何だ!? 群衆の顔つきが変わった!?

 動きが……! さっきまでと全然違うッ!!


「いきますよ、みなさん! タイラニー!」


 おや!? グレッサチームを率いるリーンフィリア様の様子が……!?


 リーンフィリア様が絶対に知らないであろうツイストを、ジョン・トラボルタ並みの切れ味でグリグリ踊り始めたァ!? 後ろにいるグレッサたちも一糸乱れぬ動きでそれに追従するだとう!?


「き、騎士様……ど、どうしよう。わたし、し、知らない……」

「僕だってわからないよ! ていうか何が起こってるんだよ!!」


 僕とパスティスは、申し訳程度にガイド通りに足を動かす。そんな中でも周囲の人々はノリノリのダンサブルだ。


「騎士様、音楽に体を委ねるのです!」

「それ絶対普段のあなたできませんよね!?」


 思わずリーンフィリア様に口答えしてしまう。


 おかしいだろこれ……!

 いきなりの音ゲー!! 魔王を前に音ゲー! それより何より、何でみんなこんなに完璧に踊ってるんだ!? 洒落っ気のあるディノソフィアはともかく、堅物のスケアクロウがちゃんと踊れてるのが何か許せねえ! おまえそういうキャラじゃないだろ設定遵守しろよォ!


「ニーソ!(yo!)ニーソ!(way!)」


 一方、アルフレッドたちはおはようニーソの全細胞強化をいいことに、恐るべきブレイクダンスを踊り出していた! ミトコンドリアによって完璧な意思疎通が図られているのか!? あれだけ激しく動いても誰も接触しない! 


「君の瞳に乾杯……!」


 マルネリア率いるエルフたちは、うってかわってムーディーな社交ダンス! しかし、あの優雅な動きの中でも、しっかりとガイドに沿った足運びができているとは一体!!?


「今日だけは、あの娘のことを忘れさせてあげる……」


 ああ、しかし新たな火種になりそうな語らいが聞こえる! よく見れば、ダンスパートナーを全然見ていない人もいる……。パートナーの目つきがどんどんヤバく……! 頼む、これ以上何も起こらないでくれ!


「ザ・スリー・ロゥズ・ロボティクス……!!」


 な……!? アルルカ率いるドワーフたちは一族揃ってのロボットダンスを!!?


 何たるカクカクのアニメイション!! 頑固一徹な職人たちにこんな特技があったなんて、絶対本人たちも一秒前まで知らねえよ! ていうかアシャリスのそれはロボットダンスって言っていいのか!? ただのロボットだろおまえのは!!


 コ、コレジャナイ……!

 こんなの『リジェネシス』に求められていないッ……!(カウンター修理中につき計測不能) 今更だけど!


 しかし……!


 何だかわからないこのノリによって、音響兵器がすさまじい高得点を叩き出していく。ライン上で踊る「超COOL!」の文字。正に「クールにする」の宣言通り。違う、そうじゃない!


「ディノソフィア、どうなってる? 白亜飢貌ノ王は!」


 僕はスケアクロウと向かい合ってブイブイ踊っている悪魔をとっ捕まえて聞く。


「効いておる。これならばしばらくは抑えられておけそうじゃ!」


 よしッ!

 色々納得いかないことはあるけど、とにかくよし!


 僕が安堵した、その時。


 ゴア……ゴ、ガ、ア、アアアアアアアアアアアアアアア!!!


 突然、〈コキュートス〉全体が揺れ動くほどの絶叫が地の底から駆け抜けていった。


「な、なんだっ!?」


 かつて聞いた白亜飢貌ノ王の唸り声にそっくり――いや、それ以上の絶叫だこれは!


「何が起こった!?」

「わ、わからん! 王が怒り狂っておる!」


 んなっ……!?


 どうして。さっきまではうまくいってたんじゃないのか。やっぱりいきなりの音ゲーは悪魔の王的にもナシだったのか!?


 混乱する頭が、答えを求めて周囲の様子を確かめようとした、直後。


 ゾッ……ゾジリリリ、リ、リリ、リルルルリィィィ……。

 今まで生きてきてまったく聞いたことのない音が、突然頭上から降ってきた。


「こ……今度は何だ!」


【オ。オオ、オ……】


 えっ……!?


 僕は思わず耳――兜の両側を手で押さえる。


 ギリッ、リュルリリギ、ギギィ……。


【おまえ……たち……】


 その瞬間、この場にいる誰もが頭に手をやり、互いの顔を見つめ合った。

 どういうことだ。この変な音が……言葉に、聞こえる……。人間の言葉に。


 グルルル……。


 アディンたちも、いつもと違う様子できょろきょろと周囲を見回している。

 彼女たちと尻尾を重ねたパスティスが、焦燥の声を僕に向けた。


「アディンたちも、声が、聞こえるって。人間の言葉じゃなくて、初めて聞く竜の言葉、だって……!」

「竜の言葉? そんなものあるのか!?」

「ない、んだって……。だから、初めてだ、って……!」


 どういうことなんだ、それは!


「父さん。あたし何だか、おかしい」

「ア、アシャリス、どうした!?」


 アシャリスが地に片膝をつき、頭を抱えるようにして言う。


「この声……。人の言葉じゃない。機械の言葉……。でも、機械の言葉なんて初めて聞いた。この声、何なの……?」

「……!!」


 僕はこの異音を人間の言葉と聞き、アディンたちは竜の言葉と聞き、アシャリスは機械の言葉として聞いている。だけど、アディンもアシャリスも、そんな言葉はないって言ってる。


 この音は何なんだ!


「“汎境言語”じゃ……!」


 ディノソフィアがうめいた。


「はん……何?」

「汎境言語。知性の境界、いや、有機物や無機物の境すら飛び越えて通じる言葉じゃ。この声、恐らく、わしらだけでなく、この街も、風も、土も、世界中のすべてが聞かされておるぞ!」


 ごうごうと風が唸った。

 まるで“風の言語”で初めて語りかけられて混乱しているようだった。


「こんなことができるのは、ヤツしかおらん」


 ディノソフィアが顔をしかめながら空を見上げる。

 向けられた視線の先にいる者に、僕は一つしか心当たりがなかった。


「オゾマ……!!!」


ある世代から上の人々は、ラストバトルで突然音ゲーが始まる恐怖を知っている

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