第二百四十六話 四人の騎士
時に詩的に、時にドラマチックに、時にコミカルに、そしておおむねジャム一色で僕にモノローグを聞かせ続けていた主人公。このところ妙に静かだったけれど、おいそれと忘れるようなものじゃない。
だから間違いない。スケアクロウは、彼と同じ声をしている。
そして。そしてここに来て僕は、これまであまり考えてこなかったことにも気づいてしまった。
――鎧は、先代じゃない。
先代と会ったのは一度きり――いや大昔を含めれば二度か。会話自体もそれほど長くはしていないことと、ノリが雑だったこと、そして何より他にもツッコミ所が満載だったことが災いして、いつの間にか頭の中から抜け落ちていたけど、主人公の声と先代の声は、あんまり似てなかったんだ。
いやあれだよ。声優さんだって、普段の声とお仕事の声は違う、ってあるじゃない。そういうもんかと思ってたんだよ。
でも、今思えば、全然違う。
別人だ。
どう、なってるんだ、これは?
女神の騎士の世代交代は、先代の独断だった。リーンフィリア様が事前に許可したわけじゃない。普通に考えても、主に内緒で勝手に責任者交替はマズい。よって、正しい『Ⅱ』の世界では『Ⅰ』の主人公がそのまま続投のはずだったと考えられる。
だから、鎧は先代の声であるはずなんだ。
それがそうなってない。
鎧、先代、スケアクロウ、そして僕。四人の女神の騎士が、この世界には存在することになる。
僕じゃない。イレギュラーは、僕だけじゃない。
鎧以外、先代も、僕も、スケアクロウも、三人ともこの世界にとってはイレギュラー騎士なんじゃないのか? 何だこのぐちゃぐちゃ具合は!
スケアクロウは僕とは別人だ。でも本来の主人公と同じ声をしている。つまりスケアクロウが本来の主人公?
ん、待てよ……?
この時ふと、僕にとある発想が生じた。
スケアクロウは未来から来たと言っている。でも、ちょっと見方を変えると、こういうふうにも捉えられないか?
――スケアクロウは……複数周目の主人公、なのでは……?
『リジェネシス』には一度エンディングを迎えたことによるクリア特典などは存在しない。二周目という概念はなく、完全にゼロからのスタート。ただしもちろん、プレイヤーの知識は引き継がれる。
ゲームの世界内部からは、時を遡ったようにも見えるだろう。
突拍子もない発想だったけれど、こう考えると色々なものが妙に整う気がした。
スケアクロウは『Ⅰ』の戦いを突破し、そして二百年後に『Ⅱ』の戦いも終えた、と仮定する。しかし『Ⅱ』の結末は、ヤツの期待にそぐわないものだった。……さっきの話を真実とするなら、そりゃそうだ。リーンフィリア様が消滅するだなんて誰が望む!?
そしてヤツは、時を跳んだ。納得いかない未来を変えるために。
でも、スケアクロウの歴史は、『Ⅰ』の戦いよりも古い。帝国が創始される時代にはすでにいたんだから。もっと前に跳んだとでも?
時を遡れるなら、できてもおかしくない。
でもそれじゃ「ニューゲーム」どころじゃないんじゃ?
そうだ。けれど、ヤツにとってはある意味で「最初から始める」だったのかもしれない。
この結果、スケアクロウは、リーンフィリア様に女神の騎士として呼び出される前に、この世界に存在したことになった。よってリーンフィリア様は多分、スケアクロウを呼べない。
だから、かわりに先代が選ばれた。
女神の騎士は、生前すぐれた優れた技量を持った英霊がなる。僕は例外だけど。
スケアクロウ以外が選ばれても、それはごく自然なことなんだ。
スケアクロウは自分の役目を放棄してまで、どうしてそんな前の時代まで跳んだ?
……考えたくはないけど、すでに本人が答えを言っている。「何度やっても」って。
『Ⅰ』の時代にも『Ⅱ』の時代にも、リーンフィリア様を救う手立てがなかったら、もっと前に戻るしかない。
そんなスケアクロウが創った帝国は、グレッサリアと同じ都市型大魔法陣。その中心に潜む悪魔の王と無関係のはずがない。ヤツはそれらを何もかも知っていたんだから。
白亜飢貌ノ王を止める手立ては、今のところ一つ。
結界だ……!!
スケアクロウは、帝都を何らかの結界として機能させ、白亜飢貌ノ王を封じる手段とするつもりだったのでは……! それがリーンフィリア様を救える可能性だったのでは!?
これがヤツにとっての「最初から始める」……!
心臓の鼓動が激しさを増す。
クソッ、どうしてだ。
どうしてこう、するすると仮説ができあがっていく? 僕はほとんど考えなしに物事を繋げてるんだ。なのにどうして引っかかりがない? まるで何も矛盾していないみたいじゃないか。まるでこれが真実みたいじゃないか!
――帝国はもう滅んだんだぞ!
スケアクロウの計画は頓挫したんだ。ヤツの策はもうないんだ。
じゃあ、リーンフィリア様を救う方法も、もうこの時代にはないのか……!?
いや、いや、待て待て待て!
早まるな。思考を詰まらせるな。勝手に自分を絶望させるな。
まだ何一つ確定してない。全部僕の頭の中での話だ。勝手に妄想して勝手に被害者面するなんて、アンチの手法じゃないか。そういうのはよくない! きっちり事実を確かめて、考えるのはそれからだ。
僕は意を決して呼びかけた。
「スケアクロウ、おまえが本当に未来から来たって言うのなら聞きたいことがある」
スケアクロウの硬い視線が動いて僕を見た。
「何言ってんのよ騎士。こんな酔っ払いに何を聞くつもり?」
「アンシェル。僕はこいつがわからなくなった。だから確かめたいんだ」
問いかける。
「スケアクロウ。〈ヴァン平原〉での仕事は大変だったよな。住人の好みが偏っててさ」
後方で、リーンフィリア様がはっとする気配を発した。
スケアクロウが本当に女神の騎士で、『Ⅱ』での戦いを経験しているとしたら、僕の意見に同意するはずだ……。
「大変?」
が、スケアクロウは険しく吊り上がった眉をぴくりとだけ動かし、言った。
「大変なことなどない」
「なに?」
こいつ……? どういうことだ。あの築城マニアどもの偏執ぶりを知らないのか? 住居を増やさないといけない状況で、効率ど無視の城ばかり建てようとしていた彼らのことを。ひょっとして、やっぱり全部ウソ――
「街はすべて住人たちの好きに造らせた。俺が手を出す必要はない」
「は……?」
僕はぎょっとして、スケアクロウに半歩歩み寄った。
「いや、だってあそこの住人は……。任せてたら全然街づくりが進まないだろ!?」
「街が城だらけになるだけだ。短ければ十年かそこらで終わる」
「じゅ……十年だと!?」
第一エリアの段階でそんな時間を!?
しかも短ければと言った。長くなった事例も知っているということ!
「竜は……竜はどうだった。相棒の聖獣は?」
「リックルか?」
「あれはただのパンダだ! まともに戦いもしないだろ!?」
「火力はある。その気になるまで待つだけだ」
「こっ……」
こいつ!
こいつッ!?
こいつ確かに『Ⅱ』の戦いを知っている。しかも複数周分。そしてリックルの特性と、唯一無二にしてかろうじての美点である火力についても!
しかし! 極めて非効率だ!
普通、周回するプレイヤーはどんどん手際が良くなっていく。高周回の楽しさは、その能率的な自分に酔うことでもある。
でも、こいつ違う! こいつのは――
ただのどMプレイじゃねえか!?
こんな苦行で世界を何周もしてたのか。『Ⅱ』のコレジャナイ仕様をありのままに受け入れ続けたってのか。正気かこいつ!?
僕はサベージブラックやら何やら、色々ズル手を尽くしてここまでやってきた。天界の課すクソみたいな仕様も無視してやった。
だがこいつはッ! あのルールにのっとって戦いやがったんだッ!
こいつがバケモノじみた強さなのは、戦闘経験の蓄積や、意志の強さだけが原因じゃない。
この苦行めいた公式縛りプレイを何周も耐え抜いたからだ!
こいつもはや、何がマゾ仕様かもわかってない。適応したんだ。海底の熱水噴出孔近辺で有毒物質を浴びながら平然と生きているカニのようにッ!
しかし、この時点でまだ僕はこいつを見くびっていたと言わざるを得ない。
スケアクロウは、もっととてつもない過程を、その身に潜めていたのだ……。
次回、大荒れ。




