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第二百四十一話 秘匿された神話

 瓦礫の山と化した神殿跡地では、二つの空気が対峙していた。


 追及する側、自分は一体何を知らずにきたのかというリーンフィリア様以下、僕、パスティス、マルネリア、アルルカの意識は、秘匿する側、アンシェルと突撃隊の面々に注意深く向けられている。


 そして秘匿側に立つのは、天使だけではなかった。

 ディノソフィア、そして、アンネとラスコーリも、口を引き結んで瓦礫の上に座り、追及に身構えるような空気を放っていた。


 スケアクロウは……こいつは顔が見えないことを差し引いても、何を考えてるかまったくわからないけど。


 戦いの後始末は、駆けつけてくれた地上の仲間たちに任せている。みんなも、僕らの一団が放つ異様な空気に、異論をはさまず快諾してくれた。

 だからここにいるのは、本当にさっき挙げた人員だけだ。


 秘匿者たちの沈黙は、この期に及んでの悪あがきというより、どこから話せば誤解なく伝わるかを探る時間のようにも思えた。


 ややあって――


「一番重大なところから話すのがよかろうな」


 場違いに軽い第一声を放ったのは、ほぼ全壊状態の〈オルトロス〉を脱ぎ、身軽になっていたディノソフィアだった。


「『リーンソフィア』様……」


 アンネの不安げなつぶやきを、白髪の悪魔は鼻で笑う。


「名前が間違っているぞ、“神官”」


 一声で遣り手のアンネを黙らせると、ディノソフィアはひどく澄んだ赤い瞳を僕らに向けた。


「〈コキュートス〉の底にいるのは、我らの首魁、白亜飢貌ノ王じゃ」

『!!』


 あのオメガが示したタイムリミットの境界点。かつ、直近の大疑問にあっさり答えを投げられ、僕らは思わず身を固くした。しかし。


「あ、あれは、悪魔とかいう、そんなレベルのものじゃないよ。もっと異質な……この世にあらざるものだ」


 反論、というよりは精神的な拒絶に近い声を発したマルネリアに、ディノソフィアの言葉が穏やかに続く。


「あらゆる観測に対して、ゼロを示したのじゃろう。王とはそういう特別なものじゃ。この世界の原始エネルギーを完全に裏返らせ、変質させた」

「……何を……してるんだ? 悪魔の王はあそこで。そして、グレッサ人たちは?」


 僕の口から自然と、続く問いがこぼれた。

 僕らがこの街でしてきたこと。その本当の意味は何なのか。


 地上ではなく、地下にエネルギーを送り続けるオーディナルサーキット。わざわざ都市の内部で行われる狩り。コキュータルの正体。〈コキュートス〉を中央に据えて形成される、古代ルーン文字の都市型大魔法陣……。すべては、最後にして最大の秘密、悪魔の王を中心に並べられている気がした。


「わしらは……これまで“白亜王”を守ってまいりました」


 先ほど「神官」と呼ばれたアンネが、厳かに口を開く。

 驚きは小さかった。


 特にさっきの戦い。都市を失ってでも〈雪原の王〉のブラッドを回収し、地下に届けようというアンネの執念じみた意向は、オーディナルサーキットの隠された真の機能を思えば、深淵の底の巨人にエネルギーを捧げることと容易に結び合わせられたからだ。


 グレッサ人たちは、〈コキュートス〉から湧き出るコキュータルというエサを、オーディナルサーキットという心臓ポンプを経由し、白亜飢貌ノ王に提供し続けている――悪魔をなまなかにでも信奉していることと合わせて、そう整理されるのはごく自然の帰結。


 が。僕はすぐにその推理の誤りを示される。


「コキュータルとは、白亜王の体より出ずる命。いわば、白亜王の命の欠片なのですじゃ。血統家……いえ、グレッサリアは、白亜王に命をお返しするために存在する結界都市なのです」

「え……。コキュータルは、悪魔の王から生まれていたのか……?」


 復唱しながら、僕は慌てて頭の中を再整理する。

 ええと、つまりコキュータルは、悪魔の眷属ということか? 確かに、あいつらは凶暴で、危険な存在だった。だけど……あれらが古代の生物とも思える形をしていた、というのはどうなる? 悪魔の王のただのデザインってことで、深い意味はないのか?


「しかし、悪魔の王を保護しているくらいなら、その仲間であるコキュータルが増えるのはむしろ望むところだと思うが?」


 アルルカの冷静な声が割り込む。

 そう。そうだ。そこも引っかかる。

 戦略というか、戦いが絡む時のアルルカは本当に聡い。


 アンネが答えた。


「コキュータルは、白亜王が生みたくて生んでいるわけではないのです。傷口から血が流れるように、勝手にこぼれていってしまっているのです。放っておけば、白亜王はどんどん命を失い、弱っていってしまう。事実、今そうなっている」

「大型コキュータルが出現したのは最近のことなんだろ? そんなものを生み出せるくらいなら、元気いっぱいに見えるけど」


 僕のこの反論に応じたのは、ディノソフィア。


「強大なコキュータルが現れたということは、それだけ命の流出が、白亜飢貌ノ王の中核に迫りつつあるということじゃ。同時に、一度に失う量自体も多くなる。これまでとは比べものにならん勢いで、王は力を失っていくじゃろう」

「なるほど……。だからアンネたちは、〈雪原の王〉を街の中で倒すことにこだわったのか」


 あれは特に強力なコキュータルだった。白亜飢貌ノ王の力の中でも、重要なものだったに違いない。野外に流出させるわけには、絶対にいかなかった、か。


「何で……。コキュータルの中に、サベージブラックが、いたの? サベージブラックは、悪魔の仲間、なの?」


 震える声に振り向いてみれば、パスティスが不安そうな顔でアディンたちを撫でてやっていた。


 悪魔は僕らの敵であり、彼女自身も酷い目にあわされている。答えがどうあれアディンたちと距離を置くことなどありえないだろうけど、知らないままにはしておけなかったのだろうことは、恐れをこらえるようなパスティスの表情から容易に読み取れた。


 このシンプルな問いかけに対し、ディノソフィアはなぜか複雑な――曖昧な含み笑いをこぼして返した。


「悪魔の仲間か。意図したわけではなかろうが、言いえて妙とはこのことじゃな。コキュータルの中にサベージブラックが……いや、あれはケルビムだったのじゃが、あれがいたのは、何のことはない。王から生み落とされるコキュータルとは、この世界の原始動物だからじゃよ」

「何だって……?」


 コキュータルが古い生き物の形をしていることは、何となくわかっていた。けど、原始……この世界の動物たちの起源ってことか?

 まさか。皮膚が透けて、異常な内臓が見えてるんだぞ?


「あれらがあのまま現行生物たちの祖先というわけではない。白亜飢貌ノ王の変質に伴い、そこから生み出される命もまた変質した状態にある。形や性質が似ている、程度の共通点しかなかろうな」

「ディノソフィア……何か重要なことを伏せていますね」


 悪魔がつらつらと語る言葉は、リーンフィリア様の静かな声によって一旦途切れた。


 空気が冷える。それは、誰もしゃべる者がいなくなったからではなく、秘匿してきた者たちの眼差しに、ひどく硬いものが混ざったからに違いなかった。


「……じゃな」


 果たしてディノソフィアは認めるようにうなずくと、凍った空気の中に、信じられない言葉を吐き出した。


「先に言ってしまおう。リーンフィリアよ。白亜飢貌ノ王は、おまえの父じゃ」

『え……!!?』


 それまで目まぐるしく回っていた思考が完全に停止する。

 リーンフィリア様も目を見開いて固まっていた。


 自身の秘密を知る覚悟はできていたはずだ。それでも、これが真実だとしたら……いや、こんなこと……。信じられるわけが……。


「リーンフィリア様は……悪魔……?」

「違うわよっ!」


 我を失った誰かがうわごとのように言った一言に、アンシェルの裂くような声が重なった。

 彼女は座っていた場所から飛び出すと、硬直するリーンフィリア様に駆け寄り、すがりついて手を握った。


「リーンフィリア様は神よ。まごうことなき、大地神の一族の……!」

「その……最後の一人、じゃな」


 淡々と繋ぐディノソフィアの一声に、僕らはどんどん追い込まれていく。

 なん、なんだ、これ……。どういう、話なんだよ……。


「つまり……何なの、ディノソフィア? ボクにはもう、何が何だかわからない」


 マルネリアが頭を抱えながらたずねる。すぼめた肩が寒そうに震えていた。


「難しいことはない。端的に事実のみを繋げよ。リーンフィリアは大地神。ならば白亜飢貌ノ王もまた、大地神ということじゃ。世界のあらゆる生き物は、大地神の体より生まれ落ちた。コキュータルはその如実な再現……」


 ディノソフィアは薄く笑い、女神様を横目に見た。


「そしてわしは、そいつの姉じゃよ」


ここにたどり着くのに時間がかかりすぎた。

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