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第二百三十九話 御業

「やったか!?」


 軍曹が不吉なことを口走ったけど、今回ばかりは心配はいらなかった。

 ダメージを負えば狂ったように暴れ出す大鹿が、巻き上がった膨大な粉塵をそよとも揺らがさない時点で、その力が失われたことは明白だった。


 果たして、背中を大きく削られて横臥する〈雪原の王〉の骸が見えた時、僕らは天地で勝ちどきを上げていた。


「ヒャーハー!」

「ダラー!! 本当にやったぞ女神の騎士! おまえの狙い通りだ!」


 蛮族じみた奇声を上げて飛びかかってくる天使たちにもみくちゃにされながら、僕は亡骸となった〈雪原の王〉を見下ろす。


 左の七支刀にやはり実体はなかったのか、息絶えた今、鹿は両角を失い、矢尽き刀折れた荒武者のように壮絶な、そしてどこか物悲しい姿になり果てていた。


 王の最期。


 しかしこれは卑劣な簒奪じゃなく、すべからく死すべき定めの闘争者の、どちらかに必ず訪れていた神聖な結末のように思えた。

 だからこの巨獣に勝てたことが無性に嬉しく、そして誇らしかった。


 ふと、僕よりもさらに高い空から声が降ってくる。


「騎士様……! やった、よ。騎士……。言われたとおり、騎士様が危なくても……我慢して……空から……攻撃を………………<〇><●>」

「ま、待ってこれは違うんだパスティス!」


 突撃隊のやたら柔らかいほっぺと薄っすい胸にイモ洗いされていた僕の言い訳は、いずれにせよ大した意味のあるものにはならなかった。パスティスと竜たちもまた、あっという間に天使たちに取り囲まれたからだ。


「よーしよしよしよくやったぞケルビム!」

「マーマもよくやったな。アンシェルから飼育のコツを教わったのか? んん?」


 さりげなく重要なことを聞いた気がしたけど、煮えた油に水をぶち込んだような天使たちのハイテンションに口を挟める余裕がねえ。


 地上でも同様の歓喜が爆発しており、揃って降下した僕らは、大きな歓声でもって迎えられた。


 だが――戦いは半分しか終わっていない。


 僕らは地上で戦っていた仲間とお互いの無事を確認すると、すぐにもう一つの戦場へと向かうべくそちらを見やり……そして凍りついた。


 悪魔ディノソフィア+悪魔の騎士スケアクロウvs最強の天使オメガは、異様な様相の中で決着に向かおうとしていた。


 十の首を同時に切り落とせそうな巨大な曲刀を握るオメガの動きは、明らかに精彩を欠いていた。まるでその重さに振り回されているかのような大振り。対して、前面に出てそれと剣戟するスケアクロウの太刀筋にも色濃い疲労が染み込んでいた。


 少し離れた場所からディノソフィアが、片腕を完全にもぎ取られた〈オルトロス〉で大型ハンドガンの援護射撃をしている。が、オメガの片手で簡単に弾かれるか、大きく狙いがそれるかの効果しかなく、戦いは泥仕合に陥っていた。


 いや、二人がかりで泥仕合に持ち込んだ、か。


 一呼吸の間に三度は死線が見える激闘を見せていた両者だ。

 僕らが〈雪原の王〉を仕留める間に、どれだけ凝縮された秒間の死闘が行われていたかは想像すら難しい。


 不意に、ガン、と空気を震わせてオメガのそばに何かが落ちたのが見えた。

 瓦礫に突き刺さったのは――アンサラー?


 ガン、ガン。続けて落ちてくる。最初に使った騎馬用のランス。そして、双剣。

 それを見たアンシェルが、おののくような声で言った。


「オメガのヤツ、武器庫の魔法が維持できなくなってるんだわ……」


 オメガの周囲には、これまでの彼女の戦歴を示すような武具が次々と突き立っていった。

 剣、斧、槍、弓、棍棒……。アンサラーと同様に非物質状態で武具を保管する魔法には、高い集中力の継続が必須であることがわかっている。


 それが崩れ始めていた。

 オメガも限界が近い。

 しかし、少しも希望は湧いてこない。

 勝利に浮かれていた突撃隊も、声を失っていた。


 降り落ち続ける異形の武器たちに、最強の天使が黙して語らなかった凄絶な過去を見せつけられたようだった。

 あれは、ホンモノの怪物だ。


 そして、ついに。

 風を巻きながら繰り出された回転の一刀に押し負け、スケアクロウが薙ぎ倒される。


 彼はそのまま後方に吹き飛ばされ、身動きの取れなかったディノソフィアを巻き込んで瓦礫の山の向こうへと消えていった。

 二人が這いあがってくる気配はなかった。


「オメガの……勝ちですね」


 疲れた、というよりはひどく眠そうな声を落とすと、一面に広がった己の武器を手すりのように伝いながら、オメガがこちらに向かってくる。

 ついさっき、彼女よりも数十倍の大きさの怪獣を仕留めた僕らが、思わず半歩後ずさるほどの鬼気迫る様子。


「次はそちらと決着をつけましょう。まだ……いくらか暴れられますので」


 彼女の言う「いくらか」の範囲が、僕らを壊滅させるエネルギーの総和を余裕で振り切っていることを疑う者は、きっとほとんどいなかっただろう。


「では」


 兵器の原の一番外側にあった武具から手を離すと、オメガはじわりと浮き上がった。


「行きましょうか」


 来るぞッ……!!


「突撃隊!!」


 軍曹の割れるような号令の直後、密集陣形を取った突撃隊から、アンサラーの一斉射撃が敢行される。

 が、逃げ場なく一空間を削り取るようなアンサラーの密集弾を、オメガは翼の一羽ばたきで余裕で避けてみせる。突撃の速度にほとんど衰えはない。


 こいつ、どんな底力だ!?


 突撃隊のすぐ脇にいた僕にも、彼女たちの焦りが伝わった。オメガはもう様子見などしないだろう。間合いを詰められた後は、一人一人狩られる未来しか見えない。


 僕は自分の体から噴き出るルーンの炎を一瞥した。

〈獣躙モード〉の時間はまだ残っている。スケアクロウとの殴り合いにも耐えた力だ。今、オメガと接近戦ができるのは、カルバリアスを持つ僕しかいない!


 ビビってんじゃねえぞ、ツジクロー!

 捨て身の勢いだけがおまえの取り柄だろ!


〈メルクリウスの骨翼〉で虚空を蹴る。


「来い、オメガ! 僕が相手だ!」

「いいでしょう女神の騎士……。決着です」


 こちらに届いたオメガの冷たい声を打ち割って、一気に距離を詰める。

 双方、アンサラーは使わない。互いの意志と力が直に伝播する白兵戦用武器のみ。


 接触まで、二秒、一秒……!!

 接撃! 


 ……かと思われたその時だった!


『!!!??』


 完全に武器を振るい合う体勢にいた僕とオメガは、その異変に揃って同じ驚きを向け合った。

 地面から盛り上がった巨大な影が、突如として僕たちを飲み込んだのだ。


「な……んだっ!?」


 手足に絡みつく何かから逃れようと身じろぎした僕は、その抵抗力のなさにかえって困惑を強めることになった。

 絡め取られたわけじゃない。これは……ただ引っかかっているだけだ。


「枝……。樹だと……!?」


 大樹だった。地面から立ち上がった巨大樹が、爆発的に成長する枝葉に、僕とオメガを巻き込んだのだ。


 何だこれは。何が起こった!?


 急いで空に逃れた僕は、全貌を確かめようとした目を、さらに大きく見開くことになった。

 同じく後退して枝から逃れたオメガが……樹に追われていた。


 飛燕のようなオメガの下から、次から次へと新たな大樹がそそり立っていく。明確な意思を持って彼女を追っている、としか思えない光景。


「こ、れは……!」


 強化された聴覚が、オメガの彼女らしからぬ焦りの声を拾う。


「これは魔法ではない……“御業アクトレイズ”! まさかリーンフィリア様が……どうして!? あの方は何も知らないはず……」


 !? 僕は思わず地上のリーンフィリア様を探した。

 いた。ムラサメモードのスコップを地に突き立てる姿勢で。彼女の目は、オメガを追っているようだった。


 つまり、これは本当にリーンフィリア様がやっていることなのか!?


 聞けばすぐに答えは返されるだろう。けれど僕は何よりも先にオメガを追った。これはチャンスだ。恐らく最後の。

 オメガは、どうしてかわからないけどひどく慌てふためいている。視野は狭くなり、思考は余裕を失っているはず。


 奇襲の最大の効果は、相手の判断力を一時奪うこと。正しい応手を見つけさせないことだ。

 疲労に加え、あの狼狽。オメガは従来の力を発揮できない。


 畳みかけるのは今しかない!


再開していきましょう。



審判「対局を再開します。封じ手に書かれた手は……『ちゃぶ台返し』」

シリアスさん「ファファファ! 中断中に逃げる準備は整えた! こんなふざけたゲームやってられるかあ! しねえ!」

ガシャーン!

碁盤「ピピピ、碁盤裏面のスーパーデスモードが選択されました」

シリアスさん「えっ」

DLC天使「あーあ、やっちゃったか」

アンシェル「まさかこの日が来るとはね」

ディノソフィア「久しぶりに、全力でいくかのう」

シリアスさん「えっ、えっ」

碁盤「No Mercy (なさけむよう)」


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