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第二百三十四話 天使とダンス

 背中を摘まみ上げられるように足が地面から離れた直後は、〈ヘルメスの翼〉よりもよほど扱いやすいな、というのが素朴な感想だった。


 あの身勝手に放出され続ける推力がない〈メルクリウスの骨翼〉。しかし、そのじゃじゃ馬ぶりは、仲間たちに見守られて一メートルほど浮上した時点ですぐにやってきた。


 パチッという放電音と共に僕は水平にぶっ飛んだ。


「へ――ヘェェェェェェラルノオオオオオオオォォォォォォン――」


 ドップラー効果を背後に残しつつ、視界の端から端へと超スピードで駆け抜けていく風景を認識した時には、もう進行方向にある瓦礫の山が、時すでに時間切れな位置にまで迫っていた。


 ひぇ、危な――


 意識がその危機感をひねり出した瞬間、再び背中で放電音が聞こえ、今度はこれまでぶっ飛んできたのとは真逆の方向に弾き返される。

 まるで、見えないバットに打ち返されたようだった。


「おボおお!?」


 押し寄せるGが、僕のどうなってるかわからない本体を鎧の内片側にへばりつかせる。まともな判断もできない意識に、


「このアホ!」


 というアンシェルのはっきりした声が割り込み、片腕を掴まれる感触があった。

 その場でぐるぐると振り回され、ある方向へ――多分、上へとぶん投げられる。そこでようやく無軌道な推力は収まった。


 水の中に落ちた小石のように、ゆるゆると体が下降していく。僕は完全に目を回していた。兜を取っていたら、確実にゲロの大洪水だっただろう。


「アのう……ゴの魔法、めっぢゃ扱いにぐいんでずげど……」


 ゲロの代わりに最速の弱音を吐く。


「扱いやすい魔法ならもっと天使一般に普及してるわよ」


 それよな。


「いい?〈メルクリウスの骨翼〉は、空間の雑多なチリと魔力を反発させて推力を生むわ」

「えぇ……何それ。超電導の無制限バージョンみたいなもん……?」

「そっちの方を知らないわよ。とにかく、背中で空気を蹴って移動するものだと思えばいいわ」


 火力で物体を推し出す〈ヘルメスの翼〉とはまったく別の機動力らしい。


「この魔法の利点は、方向転換の際にそれまでの運動エネルギーをまったく無視できることにあるわ。あんたがぶっ飛んで帰ってきたような挙動を平気でできるわけ。まあ、人間がこれをやったら、卵みたいに破裂するでしょうけど」

「おいィ!?」

「コントロールは意識と同調するわ。心の小さな身じろぎでもそれなりに軌道を変えられるから、アプローチは慎重に。大きく曲がりたいときは、数回に分けて角度を変えるのよ」


 早口に、けれどわかりやすく的確に説明してくるアンシェル。僕は、単なる情報としてではなく、実感で、彼女がこの魔法を使ってアウラ・ファランクスの仲間たちと飛び回っていた風景を幻視した。


「オーケー。後は実戦中で何とかするよ」


 そう言うしかなく、もとより決まっていた腹にもう一度力を込めると、僕は背中で虚空を軽く弾いた。

 体が急上昇する。空気に頭が押さえつけられる感触。けれど、耐えられる。アプローチは慎重に。よし。覚えた。


「オメガを追うわ」


 僕の隣にアンシェルが追いつき、そう言ってくる。


「一人で勝手にオメガに捕まらないでよ?」


 言うと、彼女は小馬鹿にしたように笑った。


「あれは、そんなコソ泥みたいな真似はしないわ。お姫様を奪うついでに、抵抗する国を焦土にしていく悪い竜よ。それにね……」


 パチッと背中を放電させ、アンシェルが先行する。


「“翼”勝負で負けたことないの。わたし」


 静かな飛翔だった。

 忙しない羽ばたきも、ジェットの奔流もない。

 まるで夢の中を飛んでるように穏やか、そして恐ろしく速い。


 臆病者の古強者。

 僕は彼女を追いながら、オメガが言ったことも、アンシェルが言ったことも、どちらも正しいんだろうなと思った。


 前方に、突撃隊の牽制射撃を散らしながら、遊ぶように飛び回る天使の姿を見る。


「オメガ!」


 アンシェルが叫ぶと、オメガは叩かれたようにこちらを振り向く。

 空中で静止した彼女の頬をアンサラーの光弾がかすめたけれど、オメガはそれに気づいた様子もなく、目を大きく見開いたまま狂喜の表情を見せた。


「アンシェル!」

「翼の勝負よオメガ!」

「あは! 素敵ですねアンシェル!」


 オメガが急加速する。

 僕とアンシェルはそれを追撃した。


 天使二人のマニューバは、本当に現実離れしていた。

 輝く翼の暴力的な加速で引き離しにかかるオメガを、アンシェルは物理の神様が助走をつけて殴りかかりそうな鋭角軌道で追いかける。


 そして僕は。


 ええと……。

 何かそれを後ろから見てる人。いや、頑張って追いかけてるんだよ一応! あの二人がおかしいんだって!


「ああ、素敵。アンシェル……。好き、あなたのことが本当に好き……!」

「わたしは普通よ!」


 言い合いながら飛び交う二人。


「オメガはずっとこうしたかったのです……。ゼロ番隊のアンシェルと一緒に空を飛びたかった。ようやく夢がかなった。それなのに――」


 不意に、オメガの目がじろりと僕を見る。


「あの飛んでるカカシが邪魔、本当に邪魔。しね」

「僕だって百合デートの邪魔はしたくないよ! でも片方がこんなサイコロリじゃあね!」

「は? 何も聞こえません」


 それから本当に僕を無視し、恍惚とした表情に戻ったオメガは、やがて一気に高度を下げる。

 この動き、街の中に入るつもりか!?


 ここまで見た限り、加速力ではオメガの方が上でも、細かな機動力ではアンシェルが勝っている。どうしてわざわざ不利な位置に……と考える僕の視界に、体を反転させて仰向けになり、アンシェルを見つめるオメガの発熱した双眸が映った。


「ねえ、来てアンシェル。お願いだから早く来てください……」

「上等だコラァ!」


 挑発だ。オメガはあえてアンシェルに有利なステージを選ぶことで、よりスリリングなバトルを楽しもうとしている。


 二人が市街地へと飛び込んだ。地面にぶつかるすれすれを飛翔し、あらゆる障害物をすり抜けていく。


 そして僕は!


「へぶし! あぶらっ!? おいゴラァ! 免許持って――あがぁ!」


 家屋の一部に激突しまくっていた。

 3Dシューティングゲームで、狭い地形を飛んでいくステージってあるよねえ! 僕あれすごい苦手なんだよ反応遅くてさあ!


 救いなのか救いじゃないのかは後で判断するとして、僕が置き去りにされないのは、使い手がズタズタにされていても〈メルクリウスの骨翼〉が前進をやめないからだった。


 クソ! 何であの天使どもはこの死に覚えゲーじみた迷路をすいすい通り抜けられるんだよ!

 すでに住人たちが避難した後でよかった。そうでなければ、ひどい被害が出ていただろう。主に僕のせいで。


 ええい、もういい!


 建物よりも高くに浮上する。

 意地を張って市街地内部を飛び回っていても、永遠に二人に追いつけない。せめて高位置から追撃だけでも維持させてもらう。


 うげ……。


 俯瞰に徹したことで、二人の変態的機動がよくわかる。

 まるで超高速のあみだくじを見ているように、建物の隙間の隘路を二つの光が飛び回っていた。

 いつから『リⅡ』はレースゲームになったんだよ!?


 気づけば、オメガとアンシェルは、もうつま先を掴めるほどの距離にまで接近している。

 よし、いける!


「こいつっ……!」


 アンシェルが伸ばした手を、オメガは脚を優雅に羽ばたかせてかわした。


「あは……。もう少し……。もう少しですアンシェル……。さわって、さわってください」

「ナメるなくらああああ! 取っ――!?」


 確実に捕まえたと思ったアンシェルの指は、急加速したオメガの粒子を掻き混ぜたにすぎなかった。


「ああ、惜しい……。あとちょっとだったのに……」


 オメガは熱っぽく言うと、直線を利用してさらに引き離しにかかる。

 だが……。ここで!


 僕は背中で空を弾き、一気に急降下する。

 オメガは完全に背後のアンシェルに気を取られている。

 目玉が顔の前についてる生き物は、真上は死角って決まってるんだ! もらった!


「どうにも……。本当にただのカカシですね」


 なっ……。


 オメガは後頭部でそう告げ、横回転しながら軸をずらすバレルロールの動きで、僕の直進をかわした。


「がっ!?」


 顔から地面に激突し、火花の閃光とにおいが鼻の奥で弾ける。

 しかし、かわされた直後に働いた危機感のおかげか、〈メルクリウスの骨翼〉は微妙に墜落角度を修正し、僕を数メートル地面で“おろし”た後ですぐさま低空へと復帰させた。


「奇襲する側が油断こいてんじゃないわよヘタクソ!」


 アンシェルが追い越しざまに叱責してくる。く、面目ない……!


「アンシェル。そんな鉄くずおいといて、オメガと楽しんでください……」


 オメガは言い捨てると、一気に上空へと駆け昇る。

 前方に、巨大な影が見えた。

 街並みの上辺から軽々と頭を出す〈雪原の王〉!


 ただの瓦礫と化した一帯で向かい合っているのは、対比して、見えなくなるほどの小さな人影。スケアクロウだ。

 まだ単騎で渡り合ってるのか!? どうかしてるぞあいつ!


 オメガはためらいなく〈雪原の王〉へと接近する。

 何を考えているのか。けれどこちらとしては追いかける一択しかない。


 スケアクロウと対峙していた〈雪原の王〉は、草食動物の優れた視野で、接近するオメガにすぐに気づいた。当然、追走する僕らにも。

 オメガは角度を下げ、〈雪原の王〉の長い足の先へと潜り込む。まるで踏みつけてくださいと言わんばかりの位置。


 案の定、〈雪原の王〉は足を振り上げた。

 打ち下ろされた蹄は、墜落する隕石そのものの迫力と風圧でもってこちらに迫る。


「うおおおおお!」


 先行するオメガは蹄の接触範囲すれすれでかわし、続く僕らも、肌が焼けてめくれ上がるような空気越しの摩擦を感じながら、この一撃をやりすごした。

 風圧か何かを相殺しているのか、〈メルクリウスの骨翼〉がパリパリと細かい放電音を鳴らしている。


 オメガは〈雪原の王〉の体毛を撫でるような距離で、胴体を上昇していく。

 目の前を埋める獣毛がダイナミックに動き、体当たりするようにのしかかってきた胴体をすんでのところでかわした僕は、もう二度と遊園地のシミュレーターライドでは遊ばないと心に誓った。


 胴体を越えたオメガは、大鹿の首沿いに頭部付近へと向かう。

 そこには燃え盛る二振りの七支刀が生えており、周囲を飛び回るうるさいハエを叩き落すために、〈雪原の王〉はもちろんそれを振りかざした。


「アンシェル、もちろんわたしと一緒に来てくれますよね?」


 振り向いてそう言ったオメガの姿が、十四本の剣閃の輝きに溶けた。


「マジかよおおお!?」


 続く僕らもその光の中に飛び込んでいくことになる。


 振り回される七支双刀の防空圏内は、ふれれば溶断どころか一瞬で蒸発しかねない光の網だった。


 一度網目をすり抜けられても、数秒後には新しい形となって襲いかかってくる。

 斬撃は一斉に飛んでくるので、時間差攻撃を恐れる必要はなかったけれど、回避距離と方向には最小の注意が求められた。大きく動きすぎて別の切っ先に引っかかってしまえばアウト。動きが小さすぎて、切っ先の余熱にかすめられても大ダメージだ。


 難しいのは恐怖心のコントロールだった。〈メルクリウスの骨翼〉は、こちらの「やばっ」と思う気持ちを100パーセントもれなく掬い上げ、機動に変換する。

 狙ったコースを飛行するには、目をそらさずに太刀筋を見極めることが必要だった。


 しかし……。

 習得その場でそこまでデリケートな操作ができるわけがない。


「ぐおおおお!!!」


 僕は狭い切っ先の隙間をぎりぎりの範囲で右往左往し、鎧の中身をひたすらシャッフルさせた。しかもこの中でオメガの追跡を維持しなければいけない。

 あの天使、選ぶステージがハードすぎんだよ!


「ああ……その鋭い動き。やっぱりアンシェルは、わたしの思った通り、ゼロ番隊の精鋭でした」


 オメガが振り向き、自分を抱きしめる腕の中で身震いした。


「絶対、絶対、一緒にいきましょう? いいえ、絶対つれていく。二人が溶け合って戦えるところへ。絶対、絶対……」

「くどい! わたしはもうリーンフィリア様のものよ!」


 会話する余裕があるだけ、どちらも異常だ。

 なかなか離れていかない僕らに苛立った〈雪原の王〉が、ロデオのように暴れながら激しく頭を振り回し始めた。


 こうなると、もはやどこから七支刀が迫ってくるかわからず、タイミングもでたらめだ。一回避ごとに、生死の天秤が大きくぐらつく。


「昔はこんな怪物がうじゃうじゃいましたよね、アンシェル」


 文字通りの死線をたやすくすり抜けながら、オメガが言ってくる。


「あの時代は本当によかったです。殺しても殺しても標的がいて……。天使たちはみな戦いに明け暮れていた。それに比べて今の世界はとてもつまらない。引き金一つで終わる戦いばかり。オメガはずっと退屈でした……」


 戯言とはいえ聞き逃せない話だ。

〈雪原の王〉は、やはり過去に存在した種族なのか?


 あの北部都市にいたケルビムによって、コキュータルは種族ではなく、何らかの“形態”なのではないかという疑惑が浮いた。

 もしオメガの言葉が額面通りなら、〈雪原の王〉もケルビムと同様に古代の超怪獣ということになる。


「でも今、オメガはあの頃と同じ気持ちを味わっています。やっぱりアンシェルは、ゼロ番隊の最後の一人。絶対にオメガのところにつれていきます。絶対、逃がさない……!」


 オメガの機動がさらに鋭さを増す。

 僕はずるずると引き離され、アンシェルも思うように飛べなくなってきた。

 追いつける要素がない。


「なんてヤツ……」


 アンシェルがうめく。

 彼女の羽をもってしても、オメガには及ばないのか。

 あいつは一体、どこまで……。


 勝負ありと見たのか、オメガが〈雪原の王〉の間合いから、格の違いを見せつけるように悠々と離脱するのが見えた。


 僕らも急いで最大級コキュータルから離れるものの、士気は大きく落ちていた。

 市街地も、〈雪原の王〉も、オメガにとっては不利なコースだった。なのに、とうとう追いつけなかった。


「ふふ……。終わりにしますかアンシェル? いいですよ……それでも」


 地表すれすれを飛ぶオメガが悠然と笑う。

 激突必死の市街地も、即死上等の〈雪原の王〉の角も、彼女にとっては遊び場のようなものだったのか。


 僕が歯噛みした、

 直後。


〈メルクリウスの骨翼〉が僕を横に弾いた。

 オメガが突然、こちらに向けてドロップキックを放ってきたのだ。


「!!??」


 いや、違う。こっちに飛んできたんじゃない。急停止したんだ。そして僕らはそれを一気に追い越してしまったんだ。


 逆上がりをするように上空へと浮き上がることでコース変更の衝撃を殺しつつ、逆さまの世界から地上を見た僕は、オメガの脚を掴む地上の何者かを確認する。

 ヤツは多分、ずっと僕たちを見ていて、隙をうかがっていた。


 巨大な機械腕でオメガを吊り下げた彼女は、口を三日月に割って邪悪に笑った。


「つ~かま~えた、のじゃ☆」


3D障害物ものは、まずどれが正解のコースかが見えにい。


四番手、ディノソフィア。

「マジンガーに『鉄壁』と『必中』をかけて最前線にポイじゃ。ターン終了」

シリアスさん「!!!!!!!??????」


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