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第二百三十二話 バトルドーム・オールグレッサリ

「おっしゃあああああ! 仕留めたあああ!」

「やったー! ウィーアーゴッド! ウィーアーゴッド!」


 倒れ伏した〈雪原の王〉の巨躯の上で小躍りする天使二名。その周囲でアンサラーの銃口を油断なく頭部にポイントしたまま、わずかに横に流れる動きを保持する予備隊の面々。

 場違いな空気を漂わせる彼女らをのぞき、誰もがその場に足を固定していた。


 神。天使。悪魔。悪魔の騎士。


 仲の悪い猫同士が同じケージに入れられたでは済まない、薄紙のような静寂が、乾いた空気となって僕らの横を通り抜けていく。


 僕はちらと悪魔組をうかがった。


 悠然とした笑みを浮かべ、背部の〈オルトロス〉と同じ腕組みのポーズでオメガを見据えるディノソフィア。加えて、今までどこに潜んでいたものか、完璧とも呼べるタイミングで現れたスケアクロウは、剣形態のアンサラーを斜め下に垂らすように持ち、兜の内側から全体を睥睨するような角度で屹立している。


 対するオメガ。


 背中から輝く四つの大翼を生やし、両手にはすでにバスターアンサラーの用意がある。

 銃口は下に向けられているが、いざとなれば、足元をそのまま爆心地として周囲一面を消し飛ばしかねない怖さが、この天使にはある。


 言葉で空気を揺らすこと自体が開戦の狼煙となりかねないこの状況で、最初に口を開いたのはオメガだった。


「ディー、エル、あなたたちは何をしているのですか……?」


 いささか緊張感に欠けた物静かな口調。完全武装しておきながら、その心の抑揚のなさがかえって異質さを際立たせる。


「あーん? 誰だよ……って、オメガ!?」

「な、何でオメガがいるの? どうしてー!?」


 呼びかけられた、のか? DLC天使二人が反応する。

 えぇ……こいつらディーとエルっていうのかよ。二人合わせてDLコンビってこと? 出会った瞬間から運命決まってそうな名前だぁ……。


「オメガは、ここには近づくなと言ったはずですが?」


 光に乏しい眼差しを向けられ、ディーとエルが顔を強張らせる。どっちがどっちかはわからないけど、ショートヘアがディーで、ロングヘアがエルということにしよう。


「へ、へへ……。そんなこと言われたっけー?」

「わ、忘れたー」


 言えばその場でぶん殴られそうな弁明を述べた同僚に、オメガは表情を一切揺らさずため息のようなものをもらす。


「どうにも……。まあいいです。二人とも、女神様をつれて天界へ戻ってください。これから――暴れますので」


 淡泊な宣言に背中がひやりとする。

 ここはそそくさと退散するのが卑怯者の生き残る秘訣だけど、何をとち狂ったのか二人は反発の意思を見せた。


「そ、そんなこと言って、この鹿を独り占めする気だな!?」

「そ、そうだー。もうネタはあがってるぞー。大人しく我々に手柄をよこせー」

「は?」


 怒気というよりは本当にわかっていない顔を返すオメガ。そりゃあそうだろう。彼女は手柄なんて興味ないのだから。


「鹿をこっそり倒してさらに出世するつもりだったんだろ? もう腹は読めてるぞ」

「わたしたちに先を越されて焦ってるー!」

「はあ……」


 説明するのも億劫なのか、それともこの欲深天使のことをよく理解しているからなのか、オメガは消極的な相槌を打つと、目線を別方向へと投じる。

 悪魔ディノソフィアへ。


「手柄がほしいのなら、あそこにいるのは正真正銘の悪魔です。仕留めれば正規隊の隊長間違いなしですよ……」

『えっ!?』


 ディーとエルの顔がディノソフィアへと振り向かされる。


 まずい。


 この大混戦一歩手前の平穏において、誰が誰を攻撃するかのバランスは極めて重要かつ繊細だった。

 あの二人だけならそれほどでもないけど、彼女らの背後で鋭い視線を投げかける予備隊全員を敵に回すのは危険すぎる。


「あいつ、悪魔なのか!?」

「ただのガキー、じゃないのー?」


 ……こいつらホントアホだな……。


「お、おい、どうするエル」

「ど、どうしようー。あんなガキより、こっちのでっかい鹿の方がいい手柄になる気がするー。でかいしー」

「そうだな。でかい方が手柄になるよな! よし決めた!」


 ディーは溌剌とした声で予備隊員に向き直った。


「わたしらはこの鹿の身柄を確保するから、おまえらが何とかしろ!」

「は?」


 唐突に指示された目つきの鋭い軍曹天使――今日はヘアバンドで留めてオデコ見せヘアー――が、怪訝そうに返す。


「だーかーらー、わたしたちは待機してるから、勝手になんとかしろってことー」

「勝手に? 指揮権をこちらに譲渡するということですか?」

「よくわかんないけどそうー。はやくやれー」

「…………」


 またわけのわからんことを言い出した……と僕が嘆息しかけた瞬間だった。


 中空にいた予備隊の天使たちが恐るべき速度で一斉に降下し、次々とリーンフィリア様の周囲に集結する。


 な、何だ!?


「コード・サンクタム発動! 第三種聖域形成! 現時刻をもって総員の全武装全戦術の制限を解除する。あらゆる外敵からリーンフィリア様をお守りしろ!」


 アンサラーを全周囲に向ける、銃口のハリネズミと化した方陣の中でそう叫んだのは、あの軍曹天使だ。


「えっ!?」


 神殿のあちこちでごろ寝している日常、命令がなければ規律もへったくれもなく、そこらを飛んでいる巣なし蜂のような彼女たちからは想像もつかない、一糸乱れぬ動きだった。


「あっ、え……?」


 方陣の真ん中で守られているリーンフィリア様が一番困惑し、


「え、ちょ、なに? なに?」

「ど、どうしたのみんなー」


 彼女の隊長たちが二番目にうろたえていた。


「ご安心くださいリーンフィリア様。我々はあなたを守るために存在する盾です」


 陣の最前線にいる軍曹が、振り向きもせずに告げる。それは守護すべき女神様に向けられた宣誓であり、同時に、この場にいるすべての敵勢力に対する宣告でもあった。


「あ、あんたら、何よ今になって急に……。今までとんだ愚連隊だったじゃないの」


 アンシェルが彼女たちの背中に戸惑う声を放つ。すると、軍曹からわずかに笑みを含んだ返事があった。


「おまえにだけは言われたくないぞ、アンシェル。今日までよく女神様を守り通した。頑張ったな」

「な……なによ……何よそれ……。あんたに……言われるまでもないわよっ……!」


 一瞬固まったアンシェルの顔がくしゃっと潰れ、彼女はその泣き顔をリーンフィリア様の胸の中に埋めた。


「リーンフィリア様、ご命令を。突撃隊はあなたのいかなる指示にも従います」

「わ、わたしの……?」


 驚く女神様に、軍曹は肩越しの不敵な笑みを向ける。


「やり方はご想像より雑になりますが」


 これは……予備隊は、リーンフィリア様の指揮下に入ったということでいいのか?

 彼女たちの言葉の裏で動く大きな流れを知覚できないまま、僕は、背後に飛び降りてきた空気を察した。


「こ、こうなったらきょうだいだけが頼りだ!」

「な、なんとかしろばかー! いけぇーっ!」

「何でこっちくんだよ……!」


 ぼく、あっちのてんしがいい。


 いや、とにかく! 経緯は複雑ながら、突撃隊はこちらの味方についた。ということでよさそうだ。

 彼女たちに守られていれば、オメガもおいそれと手は出せないはず。これでこっちが圧倒的に優勢――……!?


 巨大な冷気が抜ける音がして、瓦礫の足場が波に呑まれるように凍りつていく。


「!!〈雪原の王〉じゃ、息を吹き返したぞ!」


 ディノソフィアが叫び、〈オルトロス〉の両腕で地面を叩いて大きく後退する。


 のっそりと、というには、あまりにも圧倒的なサイズの頭部が、地面から持ち上がる。

 切断された角からこぼれ出る蛍光色の体液に半分濡れた顔は、原始的な怒りの陰影を強く刻んで僕らを見下ろした。


 だが、ヤツの主力武器である古代ルーン文字が刻まれた角は、スケアクロウによって片方を切り落とされている。今なら――と思ったその時だった。


 ブオオオオオオオ!!


〈雪原の王〉が濁流のような怒号を放った。

 一本残った大角が赤熱する蜃気楼のようにぼやけ、気流となって折れた角の根元へ流れかかる。


 何、だ……!!?


 その異様な姿に瞠目する。

 やおらもたげた奴の頭には、灼熱色に輝く角が二本生えていた。


 大樹のように分岐し、枝の迷路の様相を呈していた角はいまや、神々しささえ感じさせる整った姿を形成している。

 七つに枝分かれした剣。さながら、七支刀。


 燃え盛る七支刀を角に持つ――これが〈雪原の王〉の真の姿なのか!?


 まるで調子を確かめるみたいに、〈雪原の王〉が首を振るい、七支刀を振り回す。

 わずかに残っていた神殿の一部が一振りで七つに溶断され、積もっていた粉雪をあっという間に気化させた。


 どうやら、本気モードになってしまったようだ。

 歩くだけで街を壊滅させていく巨体。それが怒りに満ちて、剣の角まで生やしたとなれば、ここでの戦闘はもう街の破壊行為にしかならない。


「こりゃあ、どうにか雪原までおびき出さないと……」

「ならん」


 思わぬ即答を受け、僕は背後を振り向いた。

 神殿の壁の上に、背を曲げた老婆が平然と立っている。アンネだ。


「〈雪原の王〉は街中で仕留めなければならん。その血を一滴たりとも無駄にするわけにはいかんのじゃ」


 この期に及んでの発言に、僕はすぐさま反発した。


「どうして? このままじゃ南部都市がなくなるぞ!」

「なくなったものはまた直せばよい。しかし、王の血だけは取り返しがつかぬのじゃ」

「そこまでして――」


 僕ははっとなる。

〈ブラッド〉は、単なるオーディナルサーキットの燃料ではない。オーディナルサーキットの本来の機能を思えば。


 あれの役目は、都市エネルギーの供給ではなく、抽出したエネルギーを〈コキュートス〉に返すこと。そして〈コキュートス〉の底には……何がいる?

 僕は結論を待たずに叫んでいた。


「そこまでして、地底の巨人に力を与えたいのか!?」

「……!」


 驚いたような瞬きの後、アンネの目つきは鋭さを帯びていた。


「それは……」

「騎士殿!」


 言いかけたアンネの声を、僕の羽飾りが遮った。


「マルネリアか!? 神殿の方には来るな。大変なことになってる!」

「ここからでもはっきり見えるよ! でも、大変なのはそっちだけじゃない!」

「な、何!?」

「東部都市のコキュータルが北部と南部になだれ込んだ。西部でも戦闘が起こってる。街中が戦争状態だ!」

「何だと!?」


 思わず怒鳴り返していた。

 東部のコキュータルが〈雪原の王〉に呼応したのか。それに引きずられて、西部に残っていた少数も暴れ出したらしい。

 ど、どうする? ここだけでも手に負えないのに、街全体なんて……!!


「でも心配いらないよ、父さん!」


 !!?


「その声は、アシャリス……!? そこにいるのか!?」

「アシャリスだけじゃねえ。俺たちもいるぜ」

「ドルド!」

「わたくしたちもおりますわ」

「メディーナ!」

「ニーソ!」

「ニーソ!」


 どういうことだ、全員揃っている!


「マルネリアさんが知らせてくれました。初代、こちらの体勢はすでに整っています。これから、各地の迎撃に向かいます!」

「やれるのかアルフレッド!?」

「ウッ! ……こちらは……全員がおはよう状態モードを発動させている。雑魚など……ものの数ではない」


 ミトコンドリアインストール!


「街の防衛は慣れっこだ。超兵器もすでに突っ走らせた。すぐに鎮圧してやるぜ」

「果実の里に乗り込んだのを思い出すぞ。こっちは任せろ騎士殿!」


 仲間たちの声が、我も我もと羽飾りから転げ出てくる。


 くっ……。


 僕は胸に生じた熱に痛みさえ覚えた。

 グレッサリアに集まった他種族たちが、揃って街の危機に立ち向かおうとしている。

 彼らは全員が、故郷での激戦を乗り越えた歴戦の猛者。これ以上頼もしい味方はいない。


「わかった。みんなに任せる。ここまで来たんだ。誰も死ぬなよ!」

『タイラニー!!』


 これより、〈ダークグラウンド〉での最終総決戦を始める!!


超エキサイティン!!


後手、DLC天使。

2六「歩」

シリアスさん「!!?」


※お知らせ

作者、歯医者の治療ダメージにより、投稿がやや不定期になります。

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