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第二百二十九話 三回連続みつめてナイト(後編)

 合計三回行われる狩りの始まりは、南部都市から。

 馴染みの〈武器屋通り〉はいつもよりさらに異様な空気に包まれていた。


 ウウー……!


 がしゃんがしゃん、と金属を打ち鳴らすような音は、武器屋の店内でオヤジたちが鎖に繋がれ、暴れ狂っていることを示す恐怖の旋律だった。


 本来なら鐘の音と同時に拘束を解かれ、衝動の向くままに通りで殺戮を行うわけだけど、今日はそれが許されていない。

 本人たちは謎の本能で鐘の音を予感しているのか、まだその時が来ていないというのに、何とか自由になろうと暴れているわけだ。


 そんなおやじたちの怒りに満ちた悲嘆が響く中、二人の少女が通りに並び立つ。


「今日はわたくしがサポートする役割ですの。パスティスお姉さま、よろしくお願いする以外ありえない」

「よろしく、ね……」


 この狩り場を担当しているモニカ・アバドーンは、普段は罠やオヤジたちをメイン武器としてコキュータルを狩っている。今回はパスティスが罠役を担う形だ。


 さて、最初のコスチュームは……。


「ねえディノソフィア。こう……両手が繋がれてる状態だと、箱の穴に手が入らないことに今気づいた」

「そうじゃな。ではわしが引いてやろう」


 付き添いのディノソフィアが箱から三つの紙片を取り出し、僕に見せてくる。


 一つめは、チアガール。ほう……こんなのがあるのか。

 二つめは、テニスウェア。ほむ……。

 三つめは。ほむり。この中からなら……これですね。


 三つめの“アサルトパンナ戦闘服”。

 この間、僕のこめかみを膝でぶち抜こうとした少女の装い。つまり、セーラー服だ。


「ではパスティス様、〈ダーク・クイーン〉特製の移動型試着室にてお着換えください」


 僕らの後についてきていた〈ダーク・クイーン〉の上役店員と、サポート役の女性店員が、ローラー付きの等身大の大きな箱をごろごろと押してきた。


 どこにでも出てくるな、こいつら……。


 どんな話をつけたのかは不明だけど、ディノソフィアは今回の“ほどほどの無茶振り”の衣装提供として、彼らの協力を取り付けていた。

 まあ、DLC天使あたりにコスを発注していたら、いくらかかるかわかったもんじゃないから、そこはありがたいような気もするけど、何とも不気味だ。


 やがて、試着室のカーテンが引かれる。

 出てきたのは、まごうことなきセーラー服姿のパスティスだった。竜の脚に合わせて、ちゃんとニーソを維持してもらっている。


 こ、これは……!

 異世界人のパスティスが、僕の世界の服を着ている点で不思議な感じがするけど、どこもおかしくはない! なんと新鮮で……可愛いことか!


「じゃあ、行ってくる、ね……」


 見知らぬ服装に戸惑った様子を見せつつ、しかしこれは忠節を示す試練の一つと生真面目な顔を作って、パスティスが僕の前を通過していった。


 狩りの開始を知らせる鐘が鳴る。


「いけっ、お姉さまですの!」


 モニカに言われるまでもなく、パスティスは通りに侵入してきたコキュータルに躍りかかる――――ん!?


「お、お姉さま!?」

「え?」


 モニカの上擦った声に、パスティスは空中で思わず振り返っていた。


「白ッ……!! お姉さまのおぱんつが白!」

「えっ、あっ……!!」


 パスティスは慌ててスカートの裾を押さえながら着地する。彼女は、ようやくいつもと違う体の異変に気づいた。


 襲ってきたコキュータルを右手で無造作に斬り捨てつつ、必死に乱れたスカートを整える。

 み、見えてしまった。これはッ……!!


「ディノソフィア、謀ったな!」

「そうじゃよ。謀ったとも。だから、ほどほどに無茶振りじゃろ?」


 ディノソフィアは腕を組んだままニタリと笑ってみせた。


 そう……。今の服装は、スカートの長さこそいつものスカート付きレオタードと大差ないものの、その実、完全に別物だった。スカートの下は見られても平気なショートパンツではなく、本当のパン2なのだ!


 いつものようなアクロバティックな動きをすれば丸見えになってしまう。しかもニーソにはスカートを持ち上げる古典力学も備わっている!


「うう……!」


 得意の空間殺法を封じられパスティスの動きは俄然鈍った。さらに、どうしてもスカートの動きを意識しながらの戦いになる。普段は気にせずに飛び回っているだけに、何がセーフで何がアウトなのかもわからないまま、慎重な一挙手一投足を強いられていた。


「おまえ一人なら見られても多少は我慢できようが、ここには他のギャラリーもおるからのう」


 ディノソフィアがにやつきながらうそぶく。


 確かに、僕個人としてもパスティスのパンチラを他人には見せたくない(男子のわがまま)。こちらにとってもスリリング。


 けれどその一方で、常に頬を赤く染めながらぎこちなく立ち回るパスティスという構図は、何か、邪悪な神経を刺激されそうになってとてもよろしい。


 それでも、パスティスは地上戦においても強力だ。スカートの動きにも少し慣れ、いよいよ反撃が始まる――と思いきや!


「お姉さま、また白が!」

「えっ……!」

「危ないお姉さま、ここはわたくしにお任せを!」


 足の止まったパスティスを追い越し、モニカがコキュータルを仕留めた。


 ……!? 何だ!?

 今、全然セーフだったのに、モニカが横から口出しした……!


「ご、ごめん、ね。ありがとう……」


「……!!! いいえ……いいんですの。いつもはわたくしが助けていただいてますので……うふふ……。んンッ……」


 何だ? モニカの様子がおかしい。

 目を潤ませ、頬を上気させて、口元はよだれでも垂らしそうなほどだらしなく半開きだ。

 何かぶつぶつ言っているのが聞こえる。


「わたくしがお姉さまの役割を持つわたくしがお姉さまの役割を持つわたくしがお姉さまの役割を持つ……」


 こ、こいつ……!?


「どうやら、いつも助けられてばかりなのが今日は逆になってるので、ある種のヘヴン状態になってるようじゃな。しかしあの金髪、無駄にエロいのう」

「やっぱりかあああああああああああああああ!」


 モニカの卑猥――じゃなかった、卑怯な妨害行為により、パスティスの動きはどんどん制限されていった。最終的にはひどいへっぴり腰になり、近づいてきたコキュータルを、モニカの助けでどうにか迎撃できるレベルまで落ち込んだ。世にも珍しいヘタレパスティスの誕生であった。


 終了を告げる鐘が鳴る。


「ふう、はあ……お姉さま、お怪我はありませんですの?」


 普段よりはるかに多く動いたからか、汗の雫を滴らせ、完全に茹で上がった顔でモニカが声をかける。


「うん。ありがとう……助かった……」

「ハアハア……わたくしがお姉さまを助けたわたくしがお姉さまを助け……うっ、ふう……はあ……」

「だ、大丈、夫……?」

「もちろんですの……わたくしの役割ですから。うふ、うふふふふウふぁ……」


 これは、ひどい……。


 まさか、衣装以外にもこんな罠が潜んでいるとは思わなかった。さすがは罠ゲーを基礎とした街だ。

 愉悦の蜜に溺れるモニカに、何となく釈然としないものを抱きつつ、僕らは次の狩り場へと向かった。


 武器屋のおやじの唸り声だけが、通りにいつまでもこだましていた。


 ※


 第二の狩り場は、西部都市〈学舎〉。

 並木通りと学長のスタチューがオブジェとなる狩り場で、最強たるカルツェに随伴する。


「悪い、状況だな……」


 僕はぽつりとつぶやいた。

 パスティスのコンディションが、じゃない。


 どこから話を聞きつけたのか、パスティスがコスプレパーティーをやっていると知った西部住人たちが、狩り場から少し離れた建物から、こちらの様子を見物しているのだ。


「パスティス様の衣装協力・南部都市〈ダーク・クイーン〉」というのぼりが建てられているところから察するに、喧伝元はあの店に違いない。ヤツらめ、しっかり実を取ってきたか。


「ほれ騎士、この中から選ぶがよいぞ」


 ディノソフィアから渡された紙片を開き、僕は眉間にしわを寄せた。


「くのいち」「巫女」「姫武将」


 ずいぶん和風テイストに偏ったな……。この世界にこんなもんあったのか?

 待機中のパスティスが、すがるような目で僕を見つめてくる。前回の狩りで、この“ほどほどの無茶振り”の過酷さがわかったのだろう。


 まるで拾ってほしい捨て犬のようで可愛い……じゃなかった、わかってる。前は素直に一番いいと思ったものを選んで大惨事になったから、今回はパンチラ対策もふまえていきたい。


 巫女さんだな……。


 くのいちはパスティスの雰囲気に合ってるけど、色気も武器とするジョブのためにパンチラ不可避。網タイツの線も捨てきれないが、一種の賭けになる。危険だ。姫武将に関してはどんな格好なのか想像の幅が広すぎて掴み切れなかった。


 が、巫女ならばその服装は確定的に明らか。洋風のパスティスがどんな金髪巫女になるのかも大変気になる。両者にとって、これ以上のWINWINはありませんぞ!


 と思っていたんだけど。


「何じゃこりゃあ!?」


 移動試着室から出てきたパスティスを見て、僕は大声を上げていた。


 上は、袖に括り紐を通した白衣でいいとして、予想していた朱袴は、袴っぽい質感のミニスカートだった。括り紐付きの白ニーソも装備して、竜の脚には、バランスを取るようにリボンを巻いてもらっている。


 遠くのギャラリーたちから早速歓声が上がり、パスティスは顔をうつむけながら、袴スカートの裾を伸ばすように太ももに撫でつける。


「〈ダーク・クイーン〉!? これはどういうことだ……!?」


 僕は上役店員を問いただす。

 パスティスの格好はいわゆるコスプレ的巫女装束であって、本物の巫女さんではない。

 これでは、パンチラを防止しようとした目論見も瓦解する。


「アルフレッド様たちも資料としてしか知らない辺境の衣装と言っていましたので、大部分を我々の想像で補うことと相成りました。が、たとえ実物と違っていても、店員職人一同、会心の出来栄えだと自負しております。そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」

「く……確かに、そこは!」


 朱袴と朱スカートの巫女装束が別々にDLC販売してたら、どっちを買いますか? ということなのだ。本物か偽物かなどという議論は、話の本筋から逃げた臆病者の提案にすぎない。


 金髪巫女服のパスティスは確実に可愛かった。

 袴スカートの動きを確認しようと、右へ左へくるくる回っている姿も子供っぽくて愛らしい。


 巫女服には黒髪……というのが多くの人のど定番だと思うけれど、まるで重しのように実直に巫女さんの上半身をまとめ上げていた黒色が明るくなることによって、従来にはない軽やかさが体現されている。

 これは長い髪のリーンフィリア様にも是非着てみてほしい逸品。


「行って、きます……」


 顔を赤くしたまま、パスティスが狩り場に出ていく。

 何という羞恥プレイなのか。


 可愛さは別として、慣れない大きな袖も、肉弾戦を主とする彼女にとっては大きな手かせになりかねない。

 またしてもやってしまった……何てこった!


 しかし……。


 前回のセーラー服でスカートに慣れていたせいか、パスティスは思ったよりもはるかにスムーズに狩りを執行していった。


 跳躍を避け、地上戦をメインに。上下の位置エネルギーの代わりに、回転運動を増やして破壊力を増幅させた爪は、コキュータルを次々に血の海に沈めていく。

 あまりに回転が速いとスカートが浮き上がってしまうため、速度自体は緩やかだ。ただし、ほとんど止まることがない。


 これは……舞い! まるで神に奉納する踊りを踊っているかのようだ!

 そしてスカートの浮き上がりは、絶妙なラインでパンチラを防いでいる。


 本当に絶妙のラインでだ。


 これは、まさか!


 賢明なる諸兄ならおわかりいただけると思うが、パンチラというのはとある事象の末に起こる突発的な“事故”にすぎない。本来の魅力はむしろ見えない時間帯――見えそうで見えない――にこそ秘められていると言っても過言ではないのだ。


 人は空想する生き物だ。開かずの間には最高の謎が隠されていて、閉ざされた金庫の中には金塊と札束が眠っていると信じている。その空想を現実が上回ることは、絶無ではないけれど、たやすいことではない。


 つまり……!

 パンチラは起こりえないからこそ尊い! 幻想であるからこそまばゆいのだ! 悲しいことに!


「おお! グラッチェ! タイラニーグラッチェ!」

「見える! 私にも見えるぞ!」

「ちょっと男子ー!」


 ギャラリーもこれには大喜びだッ! さすがはパスティスと言わざるを得ない! さすパス(ニンジャアトモスフィア)!


 終了の鐘が鳴り、僕は〈ダーク・クイーン〉の店員たちと拍手をもって彼女を迎えた。

 慣れない動きのせいか、パスティスはうっすらと汗をかき、呼吸を乱している。それが神聖な巫女服とあいまって、果汁を滴らせる桃のような、清涼でいて妙に妖しい色気を立ち上らせていた。


 モニカのような変態的行為もなく、粛々と役目を果たしてくれた仕事人のカルツェにも感謝しなければならない。


 彼女は黙々と帰り支度を済ませると、なぜかバルバトス家ではなく北部都市の方向へすっ飛んでいった。何となく、エルフの魔法研究所がある方に向かったような気がするが……いや気のせいだろう。僕の勝手な想像でまわりを困らせたくない。


 さあ、残る狩り場は一つ。

 スカートの動きをマスターしたパスティスならば、これはもはや勝確であろう!


 ※


 北部都市の狩り場は、それ以前の惨状もあって罠や施設の設置もなく、本来の地の利を失っている。

 幸い、街に住むグレッサ以外の種族の大多数が武闘派ということもあって、原始的かつ原理的なコキュータル狩りを代行できていた。


 ギャラリー問題をふまえて、僕がチョイスした狩り場は、主にエルフたちが揃って担当している地点。まあ、同性ならパンチラも少しは気が楽なのでは? と雑に考えた結果なのだけど。


 それは大間違いだった。


「ヒューッ! 見ろよあの美しい体を!」

「パン! チラ! パン! チラ!」

「パスティス様のおぱんちゅううううううう!」


 そうだった。エルフはこういう人たちだった。

 ダークエルフはやくきてー。はやくきてー。


 前回以上に容赦のない数のギャラリーたちが、危険を顧みず野外に集結している。

 キマシタワー・クインテットが設立されてからさらに先鋭化されたという噂も聞く。完全に選択ミス。いくら同性でも、あそこまで露骨に催促されては意識しない方が無理だ。


 だが、今の彼女ならやってくれるはず――ノーチラクリアのトロフィーを君に!


 しかし……!


「これは……!」


 最後の三択を前に、僕は鎧に電流が走るのを感じた(ノーダメージ)。


「ナース」「女教師」「寝巻シャツ&パンツ」


 このコスだと……!?

 ちィッ……! コスプレど定番のメイドさんとか魔法少女とかスク水とかは当たらない引きの弱さが恨めしいぞツジクロー! いやこの場合は最初に引いたディノソフィアが悪いのか? ともかく!


 これまでの傾向から見て、ナースも女教師もミニスカートである可能性は極めて高い。しかしこのナース、メイド服タイプのナースコスということはあるまいか? メイドパスティスは一度くらい見ておきたいぞ。


 女教師というのも、なかなか侮りがたいものがある。

 スーツにスカート姿というのには食指が動かない人もいるかもしれないが、実は、下はパンスト、顔には眼鏡という、ともすればメイン火力よりも強力なサブウェポンを装備していることが予想される。


 パスティスはツリ目がちなので、ややSっけのある女教師役も似合いそう。ツリ目眼鏡はいいものだ。


 だが、ここに来て、僕の脳裏にある光景がフラッシュバックする。

 いつだったか忘れたけど、天界組がみんなでマルネリアと同じ格好――大きめのYシャツにパンツで寝ていたあの日の光景。


 見えたのはほんの数秒だったけど破壊力バツ牛ン。未知のナースと女教師よりも惹きつけられるのは不可抗力と申し上げたい。


 くっ、バカクロー! ダメだ、ここはこらえなければ……!

 Yシャツパンツはミニスカート以上のきわみ丈……! 脚を少し持ち上げて走っただけでもパンツが見えてしまうではないか……! パスティスをそこまで辱めるわけにはいかない。ここは……ナースで手を打つべきだ! 献身的なパスティスにナース服は似合いそうだし、ワンチャンのメイドナースならなおよし!


 彼女にふさわしいコスは決まった!


「そう、僕のチョイスは――!」

「おいパスティス、寝巻シャツ&パンツじゃそうじゃ」

「!! わ、わかっ……た……」

「おいいいいいィィィ悪魔あああああああああああああ!?」


 叫んだ瞬間、ディノソフィアのビキニアーマーの尻尾が猛烈な勢いで僕の兜を覆い尽くした。

 視界を奪われた暗闇の中で、悪魔のほくそ笑む声が耳を撫でる。


「騎士よぅ……いかんなあ……悪魔の前であんな葛藤をしてしまっては……。わしは最初に言ったじゃろう? 一番好きなものを選べと。誰が遠慮しろと言った? ああん? おまえ、途中からあの娘の負担を軽くしようと考えておったじゃろ。そういうとこじゃぞ?」

「ぐうっ……!」


 迂闊すぎた! こいつは人の心を見抜く妙な眼力を持っているんだ……!


 そして、試着室から出てきたパスティスは――今日一番の恥じらいに満ちていた。


『ウオオオオオオ!!!』


 女子であることをやめたエルフたちからの歓声によってすら、持ち上げられてしまいそうなほど短く頼りないシャツの裾。これまでぎりぎり限界で本体を守ってきたスカート丈を、それを超えて削り取った長さしかない。限界のその先へ……! だが、これはもう無理だ!


「初代! 何かすごいことが起こっていると聞いて飛んできました!」

「パスティスが大変だって聞いて……」

「アルフレッド!? ディタ!?」


 突然の来訪者に僕は驚きの声を上げる。


 恐らくパスティスにとっては最悪の援軍だ。

 ある意味で幼馴染のアルフレッドに、キメラ仲間のディタ。一番醜態を晒したくない相手のはず。現に二人とも、今のパスティスの格好を見て、直前まで真剣だった顔をぽかんとさせている。しかし、このタイミングでここまで最悪なことが起こるものか……?


 答えを求めるように彷徨った視線が、偶然にもニヤつく悪魔の横顔を捉えた。

 まさか、仕込んだのか……!? あの二人を呼び寄せて……。ひょっとしてあの抽選箱もイカサマ……!? だ、だが、最終的に選んだのは僕! そして嫌いなコスなんてなかった! こいつを糾弾して、このチョイスをなかったことにはできない!


 続行! パスティスはあのコスで狩りをしなければならない!

 ごめんパスティス、本当に! こんなことになるなんて思わなかったんだよ!


「ハアハア……。じゃあ、一緒に頑張りましょうか、パスティス様」

「う、うん。ミリオ、よろしく、ね……」

「マギア。これは、浮気とかそういうのではありませんから。ただの知的好奇心。純粋なる学術的興味です。ね? ね?」

「しょ、しょうがないな……。ただし、あんまりじっくり見つめてやるなよ?」


 狩りのパートナーは、ミリオ、メディーナ、マギアと、頼りになることこの上ないエルフ最強メンバー。しかしうち二人は明らかにパスティスをガン見しようと目論んでおり、ほぼ敵にカウントしていい。


 この絶望的状況の中……鐘が鳴る!


 パスティスの動きは本日最悪といってよかった。

 足をぴったりと閉じ、片手でシャツの裾を抑えながらの応戦。前かがみになりすぎると後方が心配なのか、慌ててお尻側の裾を撫でつける場面も多く見られた。


 そのたびに、目ざといエルフたちから汚い歓声が飛ぶ。


 コキュータルはほとんど倒せていない。フォローに回るエルフの元長たちが頼りだ。


 パスティスの顔から、徐々に表情が抜け落ちていった。

 彼女はこれまで、自分のすべてを賭して僕に感謝の気持ちを示そうとしてきた。戦いはその大部分を占める。アディンたちの親であるというが平時のアイデンティティならば、戦闘での活躍は、戦時における彼女の自己肯定そのものだったに違いない。


 それが、バラバラに引き裂かれている。

 まるで役立たずだと罵られているように。彼女自身が、そう呪ってしまっている。


 まずい……! これはどう見てもそんなシリアスな流れではない。もっとバカなお話なのに、彼女は確実に苦しんでいる。これ以上はダメだ。助けに入るしかない……!


 僕は両手の拘束のことも忘れ、戦場に突っ込もうと、腰を沈めた。

 だが、その時。


 パスティスが、消えた。


「!!!???」


 蹴り上げられた土煙だけが、彼女の行く先を示していた。

 狩り場にひしめいていたコキュータルたちから、次々に血煙が上がっていく。まるで風に切り刻まれたように、吹きあがった蛍光色の飛沫が横向きにさらわれる。


「み、見ろ!」


 誰かが叫んだ。

 刃の輝きが、血煙をまといながらコキュータルの間を駆け抜けている。文字通り、素肌を隠すようにしながら。


 風……! パスティスががむしゃらに振り回す爪と尻尾が旋風を巻き起こし、血を孕みながらまるで球体のように彼女を覆っている! これでは姿が見えない!


 なるほど、これならどんな格好でも恐れることはない。

 しかし、その動きも永遠に続けられるわけではない。刻みつくした敵の群れから、別の敵へと向かう空白地帯。そこで血霧の膜も晴れてしまう。そしてこの激しい動きの中では、チラ、いや、モロは不可避!


 が! そここそが、彼女が見つけた最高の秘策だったに違いない。


 空白地帯を跳躍するパスティスの下着は――うねる長い竜の尻尾によって隠されていた!

 巻きついて完全ガードしているのではない。宙で複雑にうねり、遠近法まで使って、こちらの視線を極めて正確に遮断しているのだ。


 エルフたちからもどよめきが起こる。これならばどんな姿勢でもパンツを死守できる!


 しかし僕は即座に気づいた。これは……これはその程度で終わる話じゃない!


「初代!」

「やっぱり気づいたかニーソマスター!」

「ええ! 確かにあれならパンツは見えない。完璧に絶妙に隠されている。しかし、完璧すぎるのです! 脚はあれだけはっきり見えているのに、パンツは見えない! あの構図ではまるで……パンツはいてな――ぎゃあああ!!」


 あ。アルフレッドがディタにサミングひっかきされた。まあ、恋人の前であんな発言しちゃ仕方ないか。どうせおはようすれば傷はすぐ治るし、大丈夫でしょ。


 それでも、彼が言ったことの正しさは揺らがない。

 血風をまとわないパスティスは、計算され尽くした構図の中にいる。

 尻尾は完全にパンツを隠し、それゆえに、存在することを周囲に知らしめなかった。

 見えるのは、薄くもなく濃くもなくほどよく健康的な肌色ばかり。


 それならば――


 もしかすると、パンツは、ないのかもしれない。

 見えない以上、実ははいてないのかもしれないッ!!


 そう自然と思わせてしまうほど、彼女の隠し方は精妙を極めてしまっていたのだ。

 そして、ついに自由を取り戻したパスティスは、これまでのうっ憤を晴らすように暴れ回った。勝手がわかってきてからは、無理に血風をまとうこともなかった。敵を切り裂く一つ一つのポーズが、エロさとカッコよさを両立させた一枚の止め絵のように様になっている。


 それがより、見ている者の想像力を発育させる。


 すべて写真に収めて飾っておきたい衝動の代わりに、僕は素直に彼女に魅入ることにした。

 パスティスの戦いは激しい。そしてどこか嬉しそうだ。

 それは彼女が戦闘狂だからではなく、それによって役目を果たせているという充実がもたらす感情なのかもしれない。


 最後の一匹を切り倒した姿勢で停止するパスティスの腰元を、血振りするように鋭く尻尾が走る。その先端が通り過ぎ、彼女の全身が露わになる直前で、風圧でめくれあがっていたシャツの裾がゆっくりと定位置に戻った。


 ノーパンチラ、グッドライフ。彼女は、成し遂げた。


 ※


「こんなことして意味あったのかな」


 身も蓋もない発言が僕の口からもれ出たのは、三都市すべての狩りが終わって、身を清めるバスタイムが行われているさなかのこと。


 パスティスはエルフたちが使っている浴場に連行されてしまい、あれほどパンチラを死守したというのに、今頃はすっぽんぽんにされているだろう。

 建物の外で待つ僕にも、エルフたちのきゃあきゃあ言う声が聞こえてくる。


「何を言っておる。あの娘にとっては苦難の連続であったろう」


 石段に腰掛けた僕の肩に、わざわざ小さい尻を載せてきているのは悪魔ディノソフィアだ。彼女の白い髪の一部が兜にかかるのを放置しながら、僕はなおも言い返した。


「結局、彼女を苦しませただけの気がする。それで気が晴れるってのならいいけど。そこまで生真面目なのも考え物だよ」

「おまえはアホかの?」


 ディノソフィアは呆れたように言った。


「おまえも、今日のあの娘を見て十分楽しんだじゃろ」

「あ」


 確かに。

 可愛かった。色んなパスティスを楽しませてもらった。

 ハラハラすることも多かったけど、振り返ってみれば魅惑のコスプレ三昧だった。

 正直、またやりたいまである。不謹慎ながら。


「あの娘は無茶振りに応えられたことを誇り、おまえはおまえで満足した。そして、それを互いが認識できている。結局な、これが一番正解に近い形だということじゃよ。奥手で不器用なバカにはな……」


 僕は、肩に載った悪魔を見上げた。

 背中を見せて座る彼女は、肩越しにこちらを見下ろし、はっとするほど優しげな笑みを浮かべていた。


「…………なんだその顔」

「これはな、人を騙すときの顔じゃ」

「上手いな……」

「じゃろ?」


 僕はこの時、先代がこの悪魔に勝てたことが、ちょっと信じられなくなった。

 


ラストリゾートはお楽しみいただけたでしょうか。

では、開始いたしましょう。


※お知らせ

などと意味不明なことを申しておりますが、次回投稿は二十日後の10月25日を予定しています。

ちょっと予定が見えていないところもありますが、そのあたりには復帰できるだろうと。投稿の際は活動報告かツイッターでもお知らせしますので、そちらでも確認してもらえたら幸いです。

是非また見に来てください!

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