第二百二十四話 頑張れアシャリスちゃん二号
北部都市の復興が着々と進行する中、僕らの意識はすでに最後の都市、東部地区を射程に収めるに至る。
そこを解放すれば、後は住民たちによる再生の瞬間を待つのみ。いよいよ、グレッサリアの完全復活だ。
が。
気がはやる僕に対し、西部の盟主にして、現グレッサリアの主導者になりつつあるアンネは冷静にこう告げた。
「騎士殿の気持ちはわかるが、当分、東部都市に手はつけられん。こちらの調べによると、今現在、東部のコキュータルの主は不在じゃ。あれを発見し撃滅せぬ限りは、危うくて住民の帰還はできん」
「その東部の主っていうのは何者?」
「〈雪原の王〉じゃよ」
天使の突撃隊、一個部隊が総出で探しても見つからない相手。闇雲に捜索しても、こちらの集中力が削られるばかり。
戦いに臨む緊張感は知らず知らずのうちに摩耗していくと、戦士の長は僕に教えてくれた。長くにらみ合いが続くと、いざ開戦となった時にはみんな精神的に疲れ切っているというのだ。
戦いと休息にはメリハリが大事。
そんなわけで、当分は北部の安定を見守りながら、相手の出方を待つことになった。
これは、そんな空白の日の、さりげない出来事。
※
「ふんぬううううううううううううううう!!」
鋼鉄が軋み、摩擦で生じた熱が錆び臭いにおいをこちらにまでたなびかせていた。
北部都市、未開拓の農地。
青黒い曇天の下で、鉄色の巨人がずんぐりむっくりな体型を前傾させ、さっきから猛烈な唸り声を響かせている。
「ぬああああああああああああああ!」
声を上げているのはご存じアシャリス二号機。
そんな彼女が両掌を突き合わせ、力比べの体勢で挑みかかっているのは、白髪褐色のの邪ロリが操る巨塊副腕〈オルトロス〉だった。
腕のみなら同等と思しき体格差も、〈オルトロス〉を背中に装着したディノソフィアの儚いほどの細身を加味すると、大人と子供ではきかないほどの開きがある。
しかしそれでも、さっきからディノソフィアの体が、腰掛けた藁クズのブロックから動くことはなかった。それどころか。
「のうアシャリス、死の神が死人の記録を書き留めておく書物を、三文字でなんといったかの?」
「ぐぬぬぬぬ! 鬼籍でしょ!」
「おお、そうじゃった。そうじゃった。きせき、と」
鉄骨を軋ませるアシャリスを前に、悪魔は悠然とクロスワードパズルをやっているのだ。一応〈オルトロス〉を操作しているのはディノソフィア本人らしいが、相手の出方をまったく気に留めないほどのパワー差が、そこにはあるのだった。
「結局とか、つまり、をクソ難しい言い回しにすると? 五文字で」
「畢竟!」
「それじゃ! よーし。全部埋まったのじゃ。もう負けていいぞアシャリス」
「うわひゃっ!?」
〈オルトロス〉が腕を捻るように交差させると、掴み合っていたアシャリスもそこに引っ張られ、ぐるりと一回転させられて地面に叩きつけられた。
「アシャリス! 大丈夫か!?」
アルルカが慌てて駆け寄ると、目を回したように頭を抱えたアシャリスは、投げ出した足の踵を、苛立たしげに地面に叩き落した。
「もーっ! また負けた! 悔しいいいいい!」
ある意味元気な反応にほっとするアルルカは、すぐに難しい顔になって、藁ブロックから立ち上がったディノソフィアを見据える。
「なんじゃ、その目は。アシャリスと〈オルトロス〉の出力差は明白。ズルなどしてはおらんぞ」
「どうすればあなたに勝てるか、考えている」
アルルカは目をそらさずに言った。
それは、僕の近くで、まばたき一つ惜しむみたいに目を見開いて戦いを見守っていたドワーフたち全員の総意だっただろう。
「勝てんよ、アシャリスでは」
静かに冴えるアルルカの目線をまったく意に介さず、ディノソフィアは〈オルトロス〉の細長い悪魔じみた腕を、いとおし気な手つきで愛撫した。
「この〈オルトロス〉には魂の化石――おまえたち風に言えば、アノイグナイトが山ほど組み込んである。アシャリスにはアノイグナイトだけではなく、イグナイトも使われているじゃろう? それがおまえの理性を生んでいる。理性ある力と、理性なき暴力、どちらが激しくどちらが上か、考えるまでもなくわかるじゃろう?」
「それ、嫌い」
「のじゃ?」
アシャリスの子供じみた台詞に、ディノソフィアが眉をひそめる。
「怒りや憎しみだけの力なんか、たかが知れてる。強さっていうのは、優しさとか、勇気とか、そういうのも絶対必要だと思う。そんな片方だけの力に負けたくない。もう一勝負して」
「はは……わははははッ! 何という素直な遠吠えじゃ。くだらん負け惜しみよりよっぽど聞きごたえがあったぞ」
悪魔は八重歯を見せて高笑いした。
「じゃがな、アシャリス。おまえはマシーンじゃ。今勝てないものにはどうやっても勝てん。戦いの中で成長できるのは、生き物だけじゃからな。今日はもう五回わしが勝っておる。続きはせめて、そのひしゃげた足元を直してからにせい」
そう言うと、クロスワードをぱたりと閉じて、笑いながら立ち去っていった。
「機械は、成長しない……」
残されたアシャリスがつぶやき、心なしか肩を落としたように見えたのが、僕の心に引っかかった。
※
北部都市、急造の超兵器倉庫にて、アシャリスはドワーフたちから修理を受けていた。
ディノソフィアが見抜いた、外見からはわからない脚部内部構造のひずみは、アシャリスがひっくり返されるたびに起き上がり再挑戦した執念を、一点に引き受けた結果のように深刻だった。
応急処置ではなく、パーツごと取り換えることになりそうだと、部品作りの第一人者であるバンドイルが説明していた。
「アシャリスの動きが……だから……つまり……」
「だな……かといって……」
ドワーフたちの気難しい話声が、鉄骨の加工音に交じって途切れ途切れに僕の耳に届く。
打倒〈オルトロス〉。
古代ヒドラ虫をパワーでも破壊力でも圧倒し、単独で撃滅せしめた装備の脅威は、ドルド以下ドワーフたちに、久しぶりに“最強”を想起させるものだった。
近づきたい、などという真摯な態度の鍛冶屋は一人もいない。
勝利したい。超越したい。ドワーフたちの目に浮かんだ渇望に似た熱意は、自然とアシャリスにも伝播し、彼女にその超兵器技術の代表として、〈オルトロス〉に挑戦する日々を繰り返させている。
「アシャリス、右腕を動かしてみてくれ。変な感じはないか?」
「うん、お母さん……」
見知らぬ多数の計測器に繋がれたアシャリスが、アルルカの指示に従って腕を持ち上げ、関節を駆動させる。
僕の見ている限り、メーターの針の動きは安定しており異常はない。
「ダメージの蓄積は足だけにきているか。となると……」
「ねえ、お母さん」
「ん、どうした。アシャリス」
「あたし、いらないのかな」
「……!?」
アシャリスの放った一言に、アルルカの表情がはっきりと強張った。
「いらないとは、どういう意味だ?」
驚きを噛み殺した声で、慎重に聞き返す。
「〈オルトロス〉はアノイグナイトの力を無制限的に発揮してるわけでしょ。でもあたしは、ひょっとすると無意識のうちに力をセーブしちゃってるかもしれない。体を壊さないように、パーツを壊さないようにって。だから、あたしっていう人格がなければ、全部の石の力を発揮できるのかな、と思って……」
「そんなことはない。現に――」
「でも、何度やっても〈オルトロス〉に勝てないんだよ! 今日も勝てなかった。成長してない、全然。どんなに意地になっても、気張っても、ダメなものはダメ。戦うたびに強くなっていくアディンたちとは違うよ」
そう言って、どこか悲し気に肩を落とす。
僕が何とか励まそうと近づこうとすると、アルルカが目線でそれを制した。彼女には言いたいことがあるようだ。
「人の話は爆発せずに最後まで聞くものだぞアシャリス。おまえという人格は、この機体に絶対に必要だ。現に――さっきの話の続きだ――、〈オルトロス〉に投げ飛ばされた際の負荷は、腕のパーツには蓄積していない。これはおまえが、咄嗟に回転方向に関節を駆動させ、ダメージを最小に抑えているからだ。これを受け身という。単純思考の超兵器に、こんな器用なことはできない」
「お母さん……」
「それによお」
と割り込んできた声は、工具を手にしたままのドルドやバンドイルたち技術者のものだった。
「おまえさんががむしゃらに気張ってくれるから、俺たちはそこから、何が足りていて、何が足りないかが、はっきり目に見えるんだ」
「おじいちゃん」
「俺たちに予想もできない大胆な動きを見せてくれることもある。それが俺たちに新しいインスピレーションを与えてくれる。おまえは俺たちを育ててくれるんだ。わかるか。名前の通り、おまえは俺たちの案内役なのさ」
「バンドイル。みんな、ありがと……」
気のいい笑みを浮かべるドワーフたちに、アシャリスは照れ臭そうに頭をかいた。
「おい、そこ、くっちゃべってんじゃねえぞ。アシャリス嬢の新素材のサンプルができたから全員で確認しろや。アシャリスの柔らかい動きに合わせた軟質合金だ」
「おう、相変わらず仕事が早いなバルジド。助かるぜ」
「そいつを使って可動域を広げよう。防御装甲としても使えるかどうか確かめる。硬い盾は砕けるが、柔らかい盾はへこむだけで、長く使い続けられる」
「へ、言われるまでもねえよ」
三大職人たちは早くも様々な意見を飛ばし合いながら、作業台に戻っていく。アシャリスからもらったアイデアが、頭の中から溢れ返っている様子だ。落ち込んでいる暇なんかない。
「わかったか、アシャリス。おまえは絶対に必要だし、成長しないなんてことないんだ。だから、自分をいらないだなんて悲しいことを言うなよ」
アルルカがアシャリスの装甲を優しく撫でる。
「うん。わたしが間違ってた。ごめんね、お母さん。お父さんも、心配しないでね」
僕はうなずいた。
硬質のボディに柔らかな心。そして、気のいい仲間たちが、彼女には揃っている。
忙しなく腕を振るうドワーフたちを見て、僕とアシャリスは同時にこう言ったものだった。
『これで勝つる!!』
※
〈オルトロス〉とアシャリスの腕が正面から組み合う。
腰を落とし、深く踏ん張ったアシャリスの姿勢に対し、ディノソフィアはそしらぬ顔でスルメをはむはむかじっていた。
「人間どもはおいしい干物を知っておるのう。アシャリス、おまえも食うか?」
むっとする僕ら見学組とは裏腹に、アシャリスに揺らぎはなかった。
「いくよ、〈オルトロス〉!」
「かまわん。そちらのタイミングで始めろ」
アシャリスが力を込める。しかし〈オルトロス〉は動かず、ディノソフィアは変わらずはむはむやっている。
以前と同じ光景。力の差は歴然。
「うおおおおおおおおおお!」
アシャリスが吠えるのを、悪魔はぼんやりと見返す。
「頑張っても無駄じゃよアシャリス。おまえは機械じゃ。性能は常に100パーセントで安定し、後は下がるだけ。成長などせん」
「そんなことない!」
アシャリスの号砲じみた声が、周囲の粉雪を散らした。
が、悪魔が揺らすのは、白い髪だけだ。
「いいや、そんなことあるのじゃよ。生き物は、戦いのさなかにあらゆる情報を取得し、吸収し、細胞の中に新しい生存戦略を書き込んでいける。機械は違う。機械は石のように変わらぬ。成長せぬ。それが機械の美徳であり、一方で、心を持ってしまったおまえには悲劇なわけじゃ」
「違う、違う! あたしは成長する!」
鉄骨を軋ませ、アシャリスは悪魔を否定する。
「あたしがみんなを導き、みんながあたしを強くしてくれる! みんなと一緒に強くなる! みんなと一緒に強くなれる! それが、それこそが、あたしの成長だああああああああああああ!」
ギリッ、と、ほんのわずかにだけど、〈オルトロス〉の腕が揺らめいた。
「……ハハッ!!」
「――ああああああああああ!?」
一瞬、ディノソフィアが悪鬼のような壮絶な笑みを見せ、その直後にアシャリスは投げ飛ばされていた。
これまでさんざん「じゃ、いくぞい」とか「負けていいぞ」とか言ってから倒してきたのに、今回は何の予告もなかった。さっきの形相の中に垣間見えた感情は――さては。
「くっそー!!」
地面に転がったまま手足をばたつかせるアシャリスに、〈オルトロス〉を足代わりにして、吊るされたような格好で近づいた悪魔が言う。
「みんなと一緒に強くなる、とは、甘っちょろい言葉じゃな。夢見がちな女子供が好きそうな、まるで砂糖とハチミツシロップ入りの茶じゃ」
「うー!」
うなるアシャリスに、でも、悪魔は、
「じゃが……磨くがよい。その生まれたての言葉を」
笑いかけた。
「え……」
「おまえがその言葉を捨てずに育て上げれば、誰も、それを嗤うことはできなくなる。それまできちんと守ってやれ。そうすれば、おまえの勝ちじゃ」
「ディノソフィア……」
倒れたまま、アシャリスは悪魔を見上げた。
「ディノソフィアって、結構いい子だよね」
歯に衣着せぬ言い方に、悪魔は、
「わしか? そりゃそうじゃろ。わしほど可愛くて強くて良い幼女は他におらんよ?」
「あはは、じゃあ、もう一勝負!」
ディノソフィアはニヤリとする。
「サービスタイムは終わりじゃぞ?」
その日、〈オルトロス〉が揺らぐことはもう一度もなく、アシャリスは組み合った直後に何度も何度も投げ飛ばされることになった。
けれど彼女が落ち込むことは二度となく、そしてディノソフィアがあんなことを言うのも、振り返ってみれば、二度となかったのだと、僕は記憶している。
これは、何気ない一日の、そんな、大事なできごとのお話。
頑張れ、アシャリス二号。
仲間と共に!
すっごいまともでまとまった話でびっくりしました。
誰が書いたんだこれ?(忘失)




