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第二百二十二話 神話人

「ストームウォーカーが戦神ボルフォーレだと!?」


 畑の近くで肥料タンクの調子をチェックしていたドルドは、僕たちの話を聞くなり大きく目を見開いて、その土間声を周囲に響かせた。


 カルツェからアンネの語った昔話を聞かされてすぐのこと。アシャリスに乗せられ、僕もカルツェも即座に彼の前に運ばれたのだ。


「何だ? ボルフォーレがどうした?」

「ストームウォーカーが何だって?」


 まわりでキングイモんたルの予備パーツを点検していたドワーフたちも集まってくる。


 戦神ボルフォーレは、かつて〈ブラッディヤード〉が緑豊かな土地であった頃に招かれた神で、住民たちの自堕落な振る舞いに対し、彼らのほとんどを砂に食わせてしまうという恐ろしい罰を与えた。


 その先の時代を生きるドワーフたちに、戦士としての試練を課したのもこの神。リーンフィリア様がシムーンをぶった斬って砂漠に潤いを取り戻したことで、守護神の代替わりみたいな解釈をされていたけど、それでもドワーフにとってはひどく馴染み深い神様だ。


 そしてストームウォーカーも、決して斃れない無敵の怪物として、彼らの間で広く知られていた。

 その二つが同一だと……?


 にわかには信じがたい話に直面したドルドたちの反応は、


「はっはっは! そいつはずいぶんデタラメな話が伝わったもんだな!」


 無邪気に一笑に付すことだった。


「婆様は不確かな情報は不確かだとちゃんと言う。あの時は言わなかった」


 カルツェは特段むっとした顔もせず、淡々と言い返した。


「確かにあの婆さんはそうだろ。だが、その話を聞かされた段階で間違ってたらどうしようもねえ。どこかで人物がごっちゃになったんだ。ボルフォーレはストームウォーカーなわけねえよ。おまえたちにとっちゃ、〈ブラッディヤード〉は遠い異国の話だ。おかしな伝わり方をしてても、なんら不思議はないさ」


 そうして彼らは作業に戻っていった。

 カルツェも、そうだったのかという、特に感慨も憤慨もない顔で街に戻っていってしまったけれど、僕とアシャリスは何かが引っかかり、念のためこのことを天界組頭脳班のマルネリアに伝えた。


 進展があったのは、それからわずか、二、三日後のこと。


 狩りを知らせる鐘が鳴る。


「遅刻遅刻ー! あっ、危ない!」

「うおおおお!?」


 ギャイィィィン! と爆魔龍神脚(世代感)みたいな風切り音が、屈めた頭の横を素通りしていった。


「かわした!?」

「かわすわボケ!」


 道の曲がり角で出会い頭にぶつかりそうになった少女が、空中で上げる驚きの声に、僕は咄嗟にツッコミを返していた。


「ごめんねー騎士様!」


 片手をあげ、パンを口にくわえたままフランクに非礼を詫びる彼女は、南部市街の人間トラップ兵器の一人であるアサルトパンナ。〈武器屋通り〉に出勤するところらしい。


 いきなり敵でもない僕に対して膝蹴りを繰り出したことは、セーラー服の短いスカートの中身が見えそうで見えなかったワクワクとわずかな安心感をもたらしくてくれたことで帳消しにするとして、〈武器屋通り〉は、今すごいことになってるらしい。


 モニカ曰く、もう罠とか武器ですらなく、素手でおやじたちがコキュータルを屠殺しまわってるらしい。直に斃す手ごたえを味わいたいとか何とか……。

 役割にかける情熱が、時に一匹の鬼を生み出してしまうこともある。これもう人間に戻れねえな。


 さて、そんな武器屋たちのサイドストーリーはさておき、僕はこのタイミングで地上神殿に向かっている。本来なら、カルツェを手伝うか、新設された北部都市の狩人たちの訓練を見なければいけない場面なんだけど、マルネリアからの招集がかかったのだ。


 どうしてわざわざ今なのか?

 そんな疑問を抱きつつマルネリアの部屋に入ると、そこには久しぶりに、天界組のみが勢ぞろいしていた。

 ディノソフィアもDLC天使たちもいない。グレッサリアの関係者は言わずもがな。


「や。揃ったね」


 そう言って作業台に手をついたのは、マルネリアの母親であるミルヒリンスだ。白いシャツにパンツルックと、躍動的な女性然とした服装が、寝起きみたいな娘の態度とは大きく異なっている。


 ……襟元がややはだけ気味なのが気になるところだけど、僕はフルフェイスなので何を見てても悟られることはないよ。


「みんなの手伝い、しなくて、いいの?」


 パスティスが聞く。僕も彼女も、普段はどこかの狩りのサポートをする立場にある。


「狩りの時間に集まってもらったのは、できればグレッサたちには聞かれたくない話をするからだよ」


 ミルヒリンスは明確に答え、少し悪戯っぽい眼差しで僕を見た。


「何日か前に、騎士殿がマルネリアにこういう話をした。〈ブラッディヤード〉にいたストームウォーカーは、戦神ボルフォーレだと」


 ブーッ!? と噴き出したのはアルルカだ。


「何だその話、聞いてないぞ!」


 僕とエルフたちを交互に見つめる彼女に、ミルヒリンスは片手を向け、


「まあ、その時点では信憑性の薄い話だったんだ。許しておくれ。ドルドたちも、伝承が間違って伝わった結果だと解釈したらしい。ただ、うちの娘はそうは思わなかった。ここからはマルネリア、お願い――」


 話し手が交代し、マルネリアが作業台の前に立った。

 これまで進行を母親に任せていたのは、考えをまとめていたからか。彼女は僕らを一度見回してから、滑らかに言葉を走らせた。


「ストームウォーカーとグレッサのかかわりについては、実は前々から気にしてたんだ。ストームウォーカーは、古代ルーンを全身に刻んでいた。古代ルーン文字とグレッサの繋がりは明確だよね。そして、ストームウォーカーの最期の言葉、覚えてる? “戦士よ。帰ってきたか”って言ったんだ。アディンたちに」


 覚えてる。

 もうほとんど手詰まり状態だったところに、狂乱したアディンたちが突然来襲して、ストームウォーカーをバラバラに噛み砕いてしまったのだ。


「あの時、どうしてアディンたちがあんなことをしたのかは、今もわかってない。ただ、天界と白いサベージブラック――ケルビムの関係が明るみに出た今、あれは本来ケルビムが持ち得ていた何らかの役目だったんじゃないか、という推察はできる」


 マルネリアは続ける。


「ストームウォーカーは抵抗しなかった。それが自然なことだとでも言うように。ケルビムは調和を守るために戦う竜だ。ストームウォーカーがそう考え、自らを食わせたのだとしたら、両者の間にはある種の信頼関係すら読み取れる。ケルビムと深い繋がりがあったのは、神様だ」


 つまり、ストームウォーカーは神様の成れの果てであり、その名前がボルフォーレであっても不思議はないということ。


「奇妙なことがある。実は、初めて会った時、ラスコーリもアディンたちを戦士と言いかけていたんだ。これは、ストームウォーカーと同じ呼び方で、世界の他のどんな種族も、サベージブラックを戦士とは呼ばない。そして、この街には『調和』の絵があって、サベージブラックの前身が、白い神獣ケルビムだったことをひそかに示していた」


「色んなものがこの土地に集束してる。ストームウォーカーの正体についても」


 僕が結論を横取りするように同意すると、パスティスははっきりと、アルルカも戸惑いつつうなずいた。が、隣のアンシェルだけは、


「そういうふうに見れば、ね」


 と白けた顔で頭の後ろで手を組むのみ。この天使、相変わらず女神様に対する以外はロマン性ゼロなんだよなあ。それとも、ディノソフィアの方がサベージブラックに詳しかったから拗ねているのだろうか。彼女はケルビムについて知らなかったようだし……。


 しかし、マルネリアはそんな悪態にも口元をほころばせ、


「そうだね。現段階では恣意的に見ている部分も多い。でも、虫食いながらも繋がりを示すものがある点を見逃すつもりはないよ。まだ確実とは言えないけれど、ストームウォーカーが天界に関わる何者かであった可能性は十分あると思う」

「我々は、砂漠を守る自分たちの神を倒してしまったのか?」


 アルルカが恐る恐るたずねる。


「仮にそうだとしても、彼は不死の呪いに苦しんでいたみたいだし、アディンたちに砕かれることを歓迎している様子も見て取れた。ボクたちはしかるべきことをできたんだと信じてる」

「そうだな。そうだといい……」


 アルルカは錯綜する思考を抑え込むように、短く低くつぶやいて、目線を落とした。

 自分たちがつい最近まで祀っていた神様を、それとは知らずに倒してしまった者の気持ちはいかほどか。ドワーフは結構信心深いだけに、この話題はドルドたちには伝えない方がよさそうだ。


「話は終わり? それじゃあ、わたしとリーンフィリア様は失礼するわよ」

「いや、まだだよ。ストームウォーカーの話題のおかげで、ようやくちゃんとした形になった話がある。それを伝えておきたい」


 席を立ち、リーンフィリア様の手を取ろうとしたアンシェルを、マルネリアの声が制した。続きがあるのか。確かに、今の話の内容では人払いの必要はない。


 それでは、一体何の話を?


「これは追及しようかどうか、迷ってたことなんだけどね――騎士殿、フラインググレッサの伝説がいつから始まったか以前話したの、覚えてる?」

「ええっと? いつだっけ?」


 完全に忘れていた。申し訳なく頭に手をやると、


「あの時はボクも口走っただけだから覚えてなくても当然なんだけど、ざっと千年。これもかなり手加減した数字で、実際はきっともっとずっと古い。で、フラインググレッサが、セルバンテスとアーネストを指していることは言うまでもないよね?」


 うなずく一同。


「言っちゃうとね、あの二人は実際に千年以上生きて、海上を彷徨っていたんだよ。天界からの罰でね」


 言われてもピンとこないのは、セルバンテスは二十代の若々しさを持っているし、アーネストにいたっては十代前半の外見と生意気さをそのまま表しているからだ。とても千歳を数える老人には見えない。


「そして、グレッサたちの態度や話し振りなんかを見てると、グレッサリアの人々は、そんなセルバンテスたちとまったく同じ時代の人たちだってわかる。つまり、彼らは揃って、神話や伝承の時代の生き証人なんだ」


 やや興奮気味に言った彼女に対し、僕らは合点のいかない目線を交わした。


「街の人たち、も、そんなに長く、生きてるの……? 子供たちも?」


 パスティスの問いかけに、マルネリアははっきりとうなずいた。


「信じられないな。みな、子供らしい子供だ。千年も生きたら、全員がアンネやラスコーリのような年寄りくさくなってしまうんじゃないか?」


 アルルカの意見はもっともだ。神罰で歳を取らなくなったとしても、経験や見聞が重なれば自然と精神は成熟していくだろう。


 でも、長寿っぽいエルフたちも、僕から見て特段年寄りじみているとは思えない。精神的な成長の速度も、種族によって違うのだろうか?


「それについて、いくつか奇妙な点がわかった。ボクとお母さんで、ここ最近、グレッサの若女の体組織を調べていたんだけど……」


 若女にゃくにょって何だよ。ひょっとして老若男女から老男が抜けてるのか? それは本当に純粋な学術調査でしたかマルネリアさん? ……いやよそう。今は真面目な話をしている。


「グレッサ人は特別長寿な種族じゃない。現代の人間種族とほぼ同じ寿命しか持っていない。つまり、だいたい七十年くらいで衰えて死ぬ生命のデザインなんだ。ここで問題になるのは、アルルカが言ったように精神の老化。魂は不滅――なんて言葉もあるけど、精神にはきちんと寿命がある。もし百年も生きられない種族が無理矢理千年も生かされたら、気が狂うか、精神が枯死してしまうんだ。罰としては、むしろそっちの方が狙いかとも思える」

「怖いこと言うなよ」


 僕はいたたまれなくなって口をはさんだ。マルネリアは白い歯を見せて笑い、


「そうだね。ボクも、昨日まで普通に話していた彼らが、実は全員狂人だったとは信じたくないし、ありえない。何しろ彼らは嘘をつく。理性と知性がバランスよくある証拠だ。よって、彼らは精神面でも不老を保たれているとわかる」


 ほっとした息を吐いたのは、これまで呼吸すらやめていたのではないかと思えるほど、体を硬くしていたリーンフィリア様だ。天界の行いに責任を感じているのか、こういう話題になった時の表情はいつも暗い。

 アンシェルがさっさと退室したそうにしているのも、彼女を気遣ってのことかもしれない。


「ただ気を付けてほしいのは、脳の記憶容量には物理的な限界があるってこと。自覚はあまりしてないようだけど、グレッサの民は千年以上という自分たちの人生を実感できていない。一年前も百年前も、数日分の誤差しかない程度に記憶が混在しているはずだよ」


 それはそれで過酷な話だった。

 普通に見えるモニカたちやカルツェも、そうした記憶の混乱をきたしているのだろうか。

 わけもなく胸が苦しくなった。


「グレッサは古い世界の生き証人だ」


 マルネリアは机の上に置いた自分の手をじっと見つめ、強い言葉で言った。


「世界中にある古代遺跡。その歴史を、混在する記憶の中で引継ぎ続けてる。グレッサの知る世界は、ボクたちが知る世界とはまったく別物。現代の人々にとっての神話や伝承が、彼らにとっては最近の話題に等しい。ともすれば、若い神々よりも長生きかもしれない」


 ちらりと目線を向けたマルネリアに、リーンフィリア様が逃げるようにうつむく。


「ここでみんなに頼みたいのは、彼らにこの長い年月をあまり自覚させないでほしいってこと。あるいはもう、彼らの方で克服済みなのかもしれないけど、いたずらに刺激するのは避けた方がいい。錯乱しかねない。ああ、変に気を遣う必要はないよ。エルフに歳をたずねるようなことをしない程度の配慮でいいんだ。そのくらいなら、騎士殿にもできるよね?」

「はい。できるます」


 僕は以前、エルフの顔役たちに一斉ににらまれたことを思い出し、即答していた。


 マルネリアによる歴史の講義は、ここで一旦終了となった。


 グレッサたちは、老若男女問わず千年以上生きていて、その見地は古代の世界そのものである――確かに、意識しすぎると、何だか関係がぎこちなくなってしまいそうな話題だ。

 無邪気なロリショタたちも、そのままの姿で見ることはできなくなるだろう。


 まあ、でも……リーンフィリア様はもっと長生きだろうけど、僕らと普通に話してるし、そこまで深刻に構える必要もない。これまで通りで十分だ。

 さて、狩りの手伝いは間に合うかな……。


「おっと、騎士殿は居残りだ。わたしたち母娘から、古代ルーン文字のレッスンがあるよ」


 最後に部屋を出ようとした僕を、絡みつく腕が阻止した。引っ張られた体を受け止めるのは、ミルヒリンスのたわわなたわわわわわわ(以下言語化不能)


 作業台横の椅子に座らされた僕を、マルネリアとミルヒリンス――果実の里の二人が、肩を並べて見下ろす。


 ミルヒリンスは成熟した大人の魅力を、マルネリアはぼんやりとした無防備さの中にある確かな色気を照射してくる。

 こ、この状況は……!?


 誰かあの天使からDLC買ったのか!? 一般ゲームの追加コンテンツにR18要素とか前代未聞ですよ! 許されない!


 しかし……あるいはそれなら払ってしまうかもしれない……! マネーを……! 罠だとわかっていても……! 追加コンテンツがピンクのしおりだと言うのなら……相応の額を!


 ファンは総叩きするだろう……。作品やキャラを汚すなと……。しかしその罵倒の後で……こっそりと購入ボタンを押してしまう……それが男のルール……! 冗談じゃねえ……。


 ミルヒリンスは僕の兜を上からのぞき込み、そして、 


「ごめんねえ、騎士殿。こんな形で呼び止めちゃって。いつかはちゃんとした挨拶を、とは思ってはいたんだけど、どんどん後回しになっちゃって。娘がいつもお世話になってます」


 妖しげな粘り気なんぞ少しもないさっぱりした態度で、ぺこりと頭を下げた。


「あっ、こちらこそ。いつもマルネリアに助けてもらってます」


 慌てて頭を下げ返す。あれ? これ、ただの友達のお母さんだよ?


「わたしにできることなら何でもしたいと思うんだけど、それもまた次の機会」

「騎士殿に残ってもらったのは、まだ他の人に聞かせられる段階じゃないからだよ」


 和やかになった空気が、マルネリアの暗い寝ぼけ眼によって、一瞬で凝固する。


「ここからちょっとヤバい話をする。正しくても間違ってても、相当に。ボクらと騎士様だけの秘密。いい?」


 どうやら、違う種類の年齢制限が必要なのかもしれない。


初課金は……ゲームが有利になるアイテムやキャラではない……。

リビドーに導かれるまま……押せっ!

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