第二百二十一話 砂の国の戦神
グレッサリア北部都市。
現代的な都市機構は西部と東部を繋ぐ内部隔壁周辺に集中していて、それ以外の大部分を耕作地帯が占める、農業中心の街。
土地の養分はオーディナルサーキットによる補助で賄われており、長らく供給がストップしていた今日においては、街の外の荒れ地と大差ない状態だった。
それが今、急速に復旧へ向かっている。
「フィリアタイラニック!」
やや低めの位置に結わえたポニーテールを揺らしつつ、女神様に解き放たれた一刀が、不気味な灌木に覆われた地面を大きく波打たせ、沃土へと回帰していく。
「ひとつ! ふたつ! みっつ! コルホーズ!」
返す刀三つ。
「よし……できました……」
一瞬にして三つの畑の整地&草取りを完了させたリーンフィリア様が満足げにうなずくと、その背後から小うるさい声が飛んだ。
「何を満足しとるかー、リーンフィリア。さっさと次の畑に行くぞ。今日中にあと二十は仕上げねばならんからな!」
「ぐっ……。どうしておまえに命令されないといけないのですか!」
リーンフィリア様がしかめっ面で振り返る先には、副腕〈オルトロス〉を装着したディノソフィアが現場監督官然とした態度で立っている。
いや、正確には、立っているのは〈オルトロス〉の腕で、本人は物干しざおにかけられた洗濯物のように、そこに吊るされているんだけど。
「おまえの仲間はおまえに甘すぎて、急かすようなことをせんからじゃ。どうせ、少し疲れたから茶にしようとでも考えていたのじゃろうが、わしがサボらせんからな。女神らしくしっかり労働せい!」
「誰がサボるなんて……! いいでしょう、やってやりますわたしは神様ですよ!?」
敵城に乗り込んだ武将のように、のっしのっしと大股で蘇った畑から出ていくリーンフィリア様。
なんか……確かに、不機嫌そうではあるんだけど、それだけに遠慮が一切ない気楽さみたいなものも感じるんだよなあ。悪友というか。
ああいうリーンフィリア様もいいよね。と、アディンの背中に乗ったまま、僕は思った。
ふと、微弱な震動がアディンの背中に伝わり、僕を振り向かせる。
「ヘアッ!!?」
ぎょっとした。
何の脈絡もなく体高五メートルほどの巨人が現れ、復活したばかりの耕作地に立ち入ろうとしていたのだ。
しかもその外貌は、目を背けたくなるほどの奇異――グロテスクそのもの。ピンク色の筋肉組織が鉄色の骨格からはみ出て膨らみ、腐りすぎた野菜のように液状化し、小さく爆ぜている。
な、何だこいつは!?
コキュータルじゃない。〈ダークグラウンド〉の固有生物か!?
グルルル……とアディンが探るように低くうなる中、別の足音が重低音を響かせながら近づいてくる。
「あ、お父さん、アディン、ホッハ^^」
「ピャァウ」
謎の挨拶を交わし、僕は独り歩きしていたアシャリスに慌てて言った。
「アシャリス、あいつを見てくれ。何か、変なのが現れた! 巨神兵かも!」
しかしアシャリスはまったく動じることなく、
「あれ? お父さん知らなかったっけ。あれはキングイモんたルだよ」
「え、キングイモんたル!?」
キングイモんたルは、以前街中を歩行実験していたグロテスクなアンドロイドだ。
オーディナルサーキットのグロ画像に着想を得て、ドワーフの機械工学と、エルフの、多分錬金術とかそんなのを組み合わせて造られた、科学技術のハイブリッド。
「おお、なんという雄々しさ!」
「あれぞまさに暗黒農家の象徴だ!」
「いあ! いあ! たいらにぁ!」
歓声が上がった先に、最近別の街から引っ越してきた農民姿のグレッサたちが横一列に並んでいる。何か盛んに叫んでいるけど、僕のログから消去したい。
オオオオオォォォン――
風穴を渡る風のような禍々しい声を発し、キングイモんたルが地に這いつくばって、地面に十本以上はある指を埋め込んだ。
何をする気だあいつ。リーンフィリア様が復活させた土地を腐らせるつもりか!?
指が、一直線に引っ張られる。
すると柔らかい地面がめくれ上がり、一気に畝ができていった。
グレッサたちから一際大きな歓声。
何で畑を耕してんだあいつ!? 外見は完全に巨神兵なのに!
キングイモんたルの体から、ぼとぼとと肉が垂れ落ちていった。
「腐ってやがる。早すぎたんだ!」
僕は一度生で言ってみたかった台詞を吐いた。
「あれ肥料だよ、お父さん」
「ヘヒッ!?」
キングイモんたルは落とした肥料を地面に器用に混ぜ込むと、再び指で引っ掻いて畝を作っていく。種もみを持って待機する農民たちは、その動作に逐一「薙ぎ払え!」と声を合わせ、クッソ楽しそうにはしゃいでいた。
確かに、農耕用の超兵器を造るとは聞いていたけど……。
これ……じゃ、なくない?(コレジャナイ力の不足により無効票と見なす)
普通にタイラニック号を改造したトラクターでいいと思うんですが……。
半ばあきらめの境地で、キングイモんたルが畑を作っていくのを見ていると、音もなく一つの影がアシャリスの横に降り立った。
「あ、カルツェ。おっは^^」
「おはよう」
アシャリスと親し気に挨拶を交わすカルツェ。戦士として有能な彼女は、ドワーフたちから特に人気が高く、今も、こちらに気づいた通りすがりのショタドワーフたちが、尊敬の眼差しを投じている。
カルツェは平静を装ってるけど、口元がぷるぷる震えてる。
「やあカルツェ」
僕も挨拶すると、カルツェはそれを返しつつ、キングイモんたルに探る目線を投じた。
「街の動向を調べに来た。あれが婆様が言っていた“揺らめきし腐肉の王”か」
「キングイモんたルだよ」
アシャリスが訂正する。アンネのヤツ、また勝手に難解な名前つけたな……。
「“許されざる贄たち”を地に落として歩くと聞いた」
「あそこのタンクから肥料を補給してまいてるんだ」
「理解。案の定、無害」
すんなり無害判定が下された。
バルバトス家も大変そうだ……。
そうしているうちに、キングイモんたルは畑を三つとも仕上げてしまい、そのままリーンフィリア様たちを追って次の場所へ向かい始めた。
オオオオオオ――
歩く姿を見る限りは、確実に世界を七日間で破滅させそうなスタイルなんだが。
「なんか、ちょっとストームウォーカーを思い出すよ」
「あ、お父さんも? あたしもそう思う。骨格とか、みんな無意識に参考にしてたと思うよ。強かったよねー、あの怪物」
僕のつぶやきにアシャリスが応え、昔話に花が咲く。
あの頃はまだアシャリス一号で、しかも自我が芽生えてなかったけれど、その記憶はきちんと受け継がれているらしい。それがちょっと嬉しい。
全身を古代ルーン文字で覆い、いかなる攻撃もはじき返した巨人の骸骨。
最後にはアディンたちによって、謎めいた言葉を残して崩れ去っていった。
そういう昔話ができるほど、僕の戦史も重なっていったものなんだな、と感慨にふける気持ちが芽生えた。
そんな中、ふとカルツェが口を開く。
「砂漠の伝説は、婆様に聞いて一つだけ知っている」
「へえ、どんなのどんなの?」
アシャリスが明るくせがむ。彼女は話し上手の聞き上手だ。親の不器用さとはだいぶ違う。
「遠い砂漠の地に住む戦神のことだ。婆様が神の話をするのは珍しいからよく覚えている。何でもその戦いの神様は、大いなる災いから砂漠を守るために戦い続け、肉が削ぎ落ち、骨だけになってしまったらしい。しかし決して死ぬことなく、今もその砂漠を歩き続けているそうだ」
えっ……?
「名前は確か、ボルフォーレとか、ボルハールとかいったな……」
ボルフォーレって何だっけという人は次回を待つか102話103話あたりを見返そう!




