第二十二話 キメラ
黒点から吹き出る悪魔のコレクションはとどまるところを知らず、生き埋めにされる前に、僕は少女の手を引いて洞窟を出た。
彼女は逆らうことなく、ついてきた。
並んで立ってみると、背丈は僕より拳二つ分低いくらい。けれど、僕がシャックスと戦っている間、洞窟の隅で縮こまっていた彼女は、もっとずっと小さく見えた。
彼女は一体、何なのだろう。
僕は彼女を悪魔の暴虐から守った。でも、本当にそうなのだろうか。
わからない。彼女の容姿が、僕の判断力を鈍らせている。
彼女は敵? それとも被害者?
そうして洞窟を出たときだった。
――月光を背負い、そいつはいた。
怒りの表情を作った面頬。兜の頭頂部に備え付けられた、髪の毛のような赤い飾りが夜風に舞う。
全身を覆う鎧は、月夜に沈む黒一色。
ところどころに怪物の部位めいた装飾が施されており、黒金でできた怒りの形相と共に、相対した者を猛烈に威嚇する。
黒騎士。しかも、このデザインは……!
「…………!」
少女が後ずさったのが気配でわかった。
そして僕も……動けない。
「どうしてだ。それは帝国騎士の……!」
口からこぼれた声には、渾身の当惑がこもっている。
それは二百年も前に滅亡したはずの、帝国騎士の鎧だった。
今、それを着る者は誰もない。この世界の忌まわしき記憶。
『Ⅱ』では帝国軍が復活したことになっているけど、それは帝国軍が使っていた悪魔の兵器の軍勢が復活したということにすぎない。
黒幕は〈契約の悪魔〉。
帝国は依然、滅んだままだ。
じゃあ、こいつは一体――!?
黒騎士は無言のまま背を向けた。
「あっ、ま、待てっ」
追いかけようと一歩踏み出そうとする――そのときにはもう、黒騎士の姿は闇夜に消えていた。
幻……? いや。そんなはずはない。
僕は少女を振り向いた。さっき彼女は、あの黒騎士を知っているような反応を見せたはず。
「君は、さっきの騎士を知っているの?」
少女はたどたどしい口調で答える。
「あの悪魔が……たびたび……会ってた……。それ以上のことは、知らない……」
「シャックスがか……」
そういえばあいつ、この女の子に向かって、「あの方に献上するにふさわしい」とかいう台詞を吐いてなかったか?
わかりやすい前振り、直後に現れた黒騎士……。この二つを素直に直列させるのは、浅慮とは言わない。もう少し込み入った背景があるにせよ、何か関係があると見た方がいい。
どうやら長いイベントの入り口になったようだ。これは……!
あんな器の小さな野郎でも、あれほど高い戦闘能力を持っていた。今後は、より一層気を引き締めて悪魔との戦いに臨んだ方がいいだろう。
「あっ、いましたよリーンフィリア様!」
「ああっ、騎士様、よくご無事で……!」
草原の向こうから、リーンフィリア様とアンシェルがやってくるのが見えた。
どうやら二人とも、僕がいなくなったことに気づいて、探しに来てくれたようだ。
ここは〈ヴァン平原〉の未開拓地。悪魔の兵器がうろついているかもしれない。僕らは一旦、町へ戻ることにした。
スタート地点となった納屋へ戻る頃には、空が白みかけていた。
思った以上に長丁場だったようだ。
僕はリーンフィリア様に、悪魔との戦いの一部始終を告げた。
「悪魔が地上に? け、ケガとかはしてないですか?」
「大丈夫です。何度かぶっ飛ばされたけど、鎧が守ってくれたので」
わたわたするリーンフィリアを安心させるように言うと、
「地上に堂々と悪魔が現れるなんて、天界は何をしてるのかしら……」
続けてアンシェルの物憂げな声が耳に入ってきた。
「普通はないことなの?」
僕は聞く。
「あの〈契約の悪魔〉でさえ、帝国を隠れ蓑に地上に現れたのよ。悪魔の泥棒風情が、単身、天界から丸見えの地上に現れるなんて、よほどのバカでない限りはまずありえないでしょうね」
「単身かどうかはまだわからない」
僕は、あの帝国騎士について伝えた。
「帝国はとっくに滅亡した。帝国関係者が今回のことに関わっているはずがないと思うんだけど……」
アンシェルは肩をすくめる。
「大方、誰かがどこかで鎧を拾って、それを着てたんでしょ。それに、そのシャックスって蒐集家だったんでしょ? そいつからもらったんじゃないの?」
「……超妥当……」
「何で不満げなのよ……!」
話が広がらないからだよ……。
アンシェルの予想通りだと、正体がわかったときにコレジャナイになるからだよ!
厄介なことに、僕らプレイヤーがほしいのは、納得≦驚き、なのだ。整合性よりも「ダニィ!?」と驚かせてほしい。ただ単に順当な結論を見せられても「あ、ハイ」で終わっちゃう。多少強引でも、思わぬ真相がもたらす一瞬の刺激を期待するんだ。
その後矛盾が発覚して叩きが活性化したとしても、一般プレイヤーの目線はもう別のところに行ってる。だから気にせずやってよ超展開! ……まあ、あんまり整合性なさすぎると、驚かずにポカーンってなっちゃうのが、難しいところだけど……。
この件に関しては、もっと根深い何かがあると考えておく。
それにあの騎士、何かすごくいやーな予感がした。用心しておいた方がいい。
「それと、シャックスも一応は目立たないよう、それなりに工夫はしてたみたいだ」
普段は洞窟に潜み、そして――。
僕は、納屋の隅で膝を抱えて小さくなっている少女に目をやる。
――彼女を手下のように使役していた。
リーンフィリア様とアンシェルも、つられて目線を動かした。
簡素な納屋の、壁の隙間から差し込む光が、彼女の全容を映し出している。
身体的特徴は以前述べた通り。ただ、体のあちこちにアザがあるのは、今ようやくわかった。あの悪魔から、日常的に暴力を振るわれていたのだろう。
彼女とは、まだまともに会話もできていない。でも、そろそろ正体を知る必要がある。
「彼女はキメラ、ですね」
リーンフィリア様が痛ましそうに言った。
「キメラ……? 悪魔の兵器の一つの……?」
キメラは、別々の種族を混ぜ合わせることで造られた合成生物だ。『Ⅰ』では、ゴーレムやガーゴイルといったザコが型落ちしていく中、中盤から終盤にかけて強力なモブ敵として猛威を振るう存在だった。
「前の戦いで、純粋な兵器だった者たちは、〈契約の悪魔〉を倒すことでその動きを止めました。でもキメラの中には、そうなる前に、他の動物との間で子孫を残していた者がいたんです」
「えっ、じゃあ……」
「彼女はその末裔ということになります……」
…………!!
《いたずらに注ぎ込まれた命の混合酒。異形の娘。彼女には仲間もいなければ、迎え入れてくれる土地もないだろう。天壌無窮の孤児だ……》
主人公の低い声が、僕に鉛を呑み込ませる。
キメラには単一の種族がない。元が多種族の混ぜ合わせだからだ。
その子供は、さらに複雑なミックスになる。その容姿は、誰にも、似ない。
……重ってえな……!!
「見な、いで……」
少女がか細い声で言う。
異形の右腕を背後に隠し、鱗のある左足をどうにか左手で遮ろうとしている。
「わたし、醜い、から……」
よく見ると、目の色さえも左右で違った。左目は赤。右目は金だ。
壮絶なデザイン。遺伝子によって約束された形状を拒み、機能美の結晶である統一感を失っている。グロテスクで凶暴なシルエットの魔物たちとも違う、混沌とした異形。
これを受け入れる感性は、悪いけど僕には……。
スッ……。
コレジャ……。
…………。
…………?
……な……なにッ!? これは一体……!?
僕はコレジャナイボタンを押そうとした。しかし今、僕の手のすぐ下にはコレボタンがある……ッ!
心が無意識のうちにコレボタンを押そうとしていたのか……? なぜ……!
いや、落ち着こう。押し間違いは誰にでもある。
ゲームで成功報酬とかがランダムで変化する場合、決定ボタンとキャンセルボタンを交互に連打していると、ついうっかり、狙った報酬が出たのにキャンセルボタンを押してしまうこと、あります……!
これも似たようなものだろう多分。
落ち着いて、今度こそコレジャナイボタンを……。
スッ……。
コレジャなにいッ!? またコレボタンの上に手がッ……!?
ケアレスミスでテヘペロした直後、また同じミスをやらかして自分自身で笑えなくなる状況に酷似!
しかし、ここまで来るとこれは、もっと別の理由があるような……!?
「……もしかして……!」
僕は少女にゆっくりと近づいた。
僕自身の真意を、確かめるために。
自分から展開のハードルを上げて死んでいくスタイル。
でも待てよ・・・読んだ人が「この小説自体がコレジャナイわ・・・ハッ!?」ってなったらタイトルが伏線ということに・・・?(ならない)




