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第二百十七話 の邪ロリには麻痺触手攻撃きかない

 北部都市解放作戦当日。


 進攻口となる西部都市の端には、様々な顔ぶれが集まっていた。


 ヴァリアブルおはようニーソライジングを装着した人間。

 それぞれの得物を肩に担いだドワーフ。

 小さな拳にバンテージを巻いたロリエルフ。


 さらに、それらをまとめるリーダー格を前に、僕は、すでに周知を徹底していた作戦の最終確認を行う。


「みんなにやってもらいたいのは、陽動だ。僕たちは竜で農場の空白地帯に直接乗り込む。その間、他のコキュータルの注意を引きつけてもらいたい。特に、内壁の大型コキュータル。こいつの動きはまだ未知数だ」


 アルフレッド、ドルド、マギアが、真剣な面持ちでうなずいた。


「現時点でこの大型コキュータルの正体はわかっていない。こいつの全体像がわかるのは多分、こいつが戦闘態勢に入って、内側からの心臓の光に照らされた時になる。それまで慎重に行動してもらいたい」


 臨機応変な対応というのは、事前に作戦を立てられていないという点において、あまりいい方法じゃない。


 けれどドワーフの戦士長曰く、最初からすべてのプランを決定しておくのも危険だという。戦闘中には予期せぬできごとがいくらでも起こるもので、その中には徹頭徹尾完成された作戦を完全に破断してしまうものもあるからだとか。


 いくつかの代替案と、出たとこ勝負。最終的な不動の目的と目標さえしっかりしていれば、後はそれくらいのファジーさで臨むのが実戦なんだそうだ。


「都市部の守りはこちらに任せてもらおう。危機を察知したら、速やかに西部に戻れ。追手は血統家で対処する」


 アンネが退路の確認をし、決行前の短いブリーフィングの締めとした。


 できれば天使たちも巻き込みたかったけど、あいつらは今日も勝手に〈雪原の王〉を探しに出ていてすでにいない。まあ、あのヘラジカが万が一にも介入してくる恐れを予防してくれていると考えれば、十分役に立ってるとも言える。


 それでは。


「行くぞ!」

『おお!!』


 陽動部隊が都市の間仕切り壁を越えて、北部市街へと進入する。

 僕らがサベージブラックで乗り込むのは、地上のコキュータルが彼らを発見してからだ。

 それまでは間仕切りの壁の上で待機。


 ドルドをリーダーとした囮が門前市街地を進むうち、夜を迎えた街のように、方々で蒼い炎が点灯する。

 コキュータルが彼らを感知した。


 アンネの報告にあった通り、コキュータルの分布は広く薄く、かなりの範囲に渡っている。それでも、街の一角で始まった戦闘に引っ張られ、蒼い灯はどんどん増えていっていた。


 よし、これなら、ボスとの戦闘が始まっても空白地帯に進入してくるヤツはいないだろう。僕は共に突入するパスティスとアルルカに合図し、竜たちを飛び立たせた。


 日中なお薄暗い空の寒さは、受肉した前と後でも違いはなかった。

 粉雪交じりの風を浴びながら、アンネに教えられたポイントを目指す。


 地上には、まるで都市の灯りのようなコキュータルの心臓が揺らめている。

 ボスが潜む地域は、まるで大穴でも空いているかのような暗黒地帯になっているはず。注意深く観察すれば見逃すことはないはずだ。


 不意に、鎧の凹凸が風を切る音に、聞き知らぬ高音が交じった気がした。


 ピィィィィ――


 警笛でも鳴らしているかのような音。

 グルル、とアディンが唸る。竜も聞いたんだ。


 近くに何かいるのか?

 僕は地上を見た。


 細い音と共に何かが迫ってきたのは、その時だった。


「下だ!」


 僕が叫ぶより早く回避行動に入っていたアディンが、体を斜めに傾けながら大きく旋回し、下方からの風切り音をよけきった。


 何だ? 暗くて見えない!

 舌打ちしたくなった直後だった。


 地表に張りついていた蒼い心臓が一斉に点火した。


「群れに勘付かれたか!?」

「違う、よ。あれ……!」


 僕の叫びを、すぐ隣を横切ったパスティスが否定し、下を指さす。

 蒼い心臓がものすごい勢いで一か所に集結し、巨大な一つの光となる。

 それが照らし出したものは――


「これは……! 竜、いや、ヒドラか……!?」


 それは、棒状の胴体に細長い触手をいくつも生やした、淡水棲無脊椎動物のヒドラに酷似した怪物だった。


 だが、本来一センチほどしかない体長は、地上からでも巨体と認識できるほど長大で、触手に至ってはほとんど天に届くほどに長い。


「騎士殿、こいつが大型コキュータルか!?」


 トリアにぶら下げられたアルルカが叫ぶ。

 まさか!? 内壁からはずいぶん離れてるのに!


「騒ぎを感知して、街のど真ん中に移動してきたのか? どうして気づかなかった……」


 唖然とした僕に、大型コキュータルはその異質な生態を見せつけるように示してきた。


 ヒドラの体内で、蒼い心臓が離合集散を繰り返している。


 このコキュータルの大きな心臓は、小さな心臓が寄り集まってできているようだった。群体、という言葉が頭を過る。たくさんの生物が集まって、一つの生命体のように活動していることだ。


 こいつも、それに似た生態を持っているのか?


 地表に点在していた無数の心臓の火が、実はこいつ単体のものだったなんて、いくらなんでも想像しきれなかった!


 ヒドラはもともと再生能力がすさまじく、また、細胞を自力で若返らせることから、実在する不老の代表格としても知られている。

 このコキュータルも、一つの心臓を潰したくらいじゃ何の意味もなさそうだ。


 かといって、体内を自由に動き回るあれらを一つずつ潰していくのは難事ってレベルじゃない。

 こいつが陽動部隊と接触するのは、予想以上にヤバイぞ!


 一旦退避し、背の高い建物の屋根へと着陸する。


「騎士様、どう、したの?」


 パスティスが聞いてくる。


「ボスを叩く前に、僕らでヤツをどうにかする。いくらドルドたちでも、あんなのの相手は無理だ」

「確かにあれの触手は、アシャリスの飛び道具とほとんど変わらないリーチだ。相手にできるのは竜くらいのものだろう」


 アルルカもうなずく。

 ドルドの言った通り、戦場では予期せぬ出来事が起こる。一番まずいのは、それに動揺して奇襲を受ける隙を生むこと。たとえプランが狂っても、今は迅速な対応が必要だ。


 と。


「はん、手こずっておるようじゃな。手を貸してやろうか」


 突然割り込んできた生意気な声に、僕らは驚いて振り返った。

 屋根の一段高くなっているところに、最近すっかり見慣れてしまった小さな人影が立っている。


「ディノソフィア! いつの間に!?」

「どうでもいいじゃろそんなこと。それより、あれは古代ヒドラ虫といって、すでに伝説にも残っていない旧時代の怪物じゃ。攻撃性はさほどでもないが、生命力は大地の歴史の中でも一、二を争う。まともにやりあっていては、二月かけても戦いが終わらんぞ」


 訳知り顔でニヤリと笑うディノソフィア。


「そこで、このめちゃカワロリのわしの出番というわけじゃ。ここはわしに任せて、おまえたちはさっさと本命を叩きに行くがよい」

「何だと……? 協力してくれるっていうのか」


 僕が問うと彼女は口角をより釣り上げ、


「わしを、女神をいじるだけの愛らしいマスコットだとでも思っておったか? 最初から手を貸してやると言っておったではないか。グレッサリアを救うことは、わしの意向にも合致しておる。ほれ、さっさと行かんか」


 しっしと手で追い払ってくる。仕方なく、アディンと共に飛び上がる。


 直後だった。


 ヒュウと甲高い音がして、雷光のような輝きが、ディノソフィアの体を打った。


 弾けた屋根の一部が粉塵となり、建物上部を覆う。

 ヒドラの触手だ! こんなところまで届くのか!?


 ヒドラの触手には刺胞という毒針があって、これに刺されると獲物は麻痺してしまう。

 でもはっきり言って、こんな巨大な生物の毒を等身大の人間が食らったら、麻痺するどころか一瞬でショック死――いや、それ以前に人体が粉々になる!


「ディノソフィア!?」


 思わず叫んだ僕に返ってきたのは、


「こそばゆいのう。こんな刺激じゃ、肩凝りすら直らんぞい」


 嘲りを含んだ邪悪な煽りだった。

 風が吹き、ほこりを巻き取っていく。

 すべてが露わになった時、触手麻痺毒にも動じない悪魔幼女のシルエットに、異変が生じていた。


「何だ……翼が生えて……いや!?」


 僕は目を凝らして、その細部を見つめた。

 ディノソフィアのビキニアーマーの背後に、暗い鋼色の巨大な両腕が装着されていたのだ。


「これがディノソフィア様の“副腕”、〈オルトロス〉じゃ」


 その暗い金属製の腕は、まるで悪魔の腕のように長く細く、しかし手のひらはディノソフィア本体を余裕で包み込めるほど大きい。


 これが、ヤツがたびたび言っていた“副腕”……!


 確かに、竜と正面から取っ組み合いができそうなほど大きい、けど。

 大型コキュータルはそれをはるかに凌ぐ巨躯だ。それで大丈夫なのか?


 虚空を再び雷光が走る。またあの触手だ。しかもさっきよりも光が強い。ディノソフィアの抵抗力を学習して、威力を高めてきたのか。

 対するディノソフィアは、動かない! 油断しすぎだろあいつ!


 まるで刃で斬りつけるように、ヒドラの触手が悪魔を打つ――え!?


「ぬるい!」


 何かが間違っていることを、僕の頭は告げていた。

 質量、勢い、何もかもがケタ違いの攻撃だったはずだ。


 それなのに――ディノソフィアの〈オルトロス〉の片腕は、襲来した触手を、その場から一歩も動くことなく、軽々と握り止めていたのだ。


 衝撃のみが巨腕を通過し、離れた場所にあったサイロのような建物を粉砕する。

 その際も、ディノソフィア本人は腕組みをしたまま立っており、涼しい顔で笑っていた。

 さらに。


「旧時代の天使どもを苦しめた力はその程度かのう!」


 引っ張った。

 その触手を。


 遠くで、地鳴りのような震動が巻き起こったのがわかった。

 まさか。あのヒドラの尋常でない巨体を、本当に引きずり寄せたのか!?


 僕が驚きに声も出せないでいるうちに、空いているもう片方の機械腕が、人間よりも一つ多い関節を曲げて、〈オルトロス〉の根元にセットされていた無数の武器のうち、何かを掴んだ。


 リボルバー拳銃――の形をした、ほとんど大砲だった。


「現代にこんなものが這い出てくるとは、我らの世界もいよいよ時間切れと見える。じゃが、わしが相手をする以上は楽しませてもらうぞ?」


〈オルトロス〉が連続して引き金を引いた。


 号砲。


 一撃目が触手の先端を爆断。素早く二丁拳銃に切り替えたディノソフィアは、容赦なく引き金を引き続け、連続する花火のように本体へと続く部分を次々に砕け散らせていった。


 最後の一発は、もう見えないほど遠くまで到達し、異形の怪物の悲鳴を響かせる。

 パワー、破壊力、どちらも僕の想像をはるかに超えている。

 これが、悪魔の兵器を造り、契約の悪魔の鎧を造りだしたディノソフィアの科学力か。


「わしの力は十分わかったじゃろ。はよう、行け」


 にらみつけるようなディノソフィアの目に首肯を返すと、僕はすぐさまその場から飛び去った。

 ここはこいつに任せていい。むしろ大丈夫すぎる。


 ※


 ディノソフィアの発砲音が、空を鳴らす太鼓のように響いていたのももう聞こえない。

 この街の二か所で激戦が繰り広げられているにも関わらず、僕らの眼下に広がるのは静寂と、そして暗黒だった。


 コキュータル不在の空白地帯。

 ここか。


 上から見下ろすかつて農場だった場所は、様々な植物が雪から顔を出す奇妙な草原と化していた。

 屋根を作るように絡み合った植物が、その下に潜んでいるであろう何者かの姿を完全に隠している。心臓の光は一粒たりともない。ヤドカリのことがあるから、地中にも気を付けないといけないけど。


 どこにいる……?


 注意深く下方を探っていた時だった。


 ――キュルオ、キュルルルルルルオオオオ……。


 奇妙な鳴き声のようなものが聞こえた。

 何だ、これは?

 下から聞こえてくる?


 鳴き声は絶え間なく響き続けている。思わず仲間たちと顔を見合わせるけど、何かを察せられた者はいないみたいだった。


 突然、


「騎士! すぐにそこから離れなさい! 早く!」


 羽飾りから切羽詰まった声が叫んだ。アンシェルだ。


 その切迫具合から、問い返す時間はないと即座に判断し、僕はアディンを離脱させようとした。

 が。


 ――キュルルオオオオオ! ルルルルルルオ!


 アディンが鳴いた。

 下から聞こえた、まさにそれと同じ音で。


「な……!?」


 僕がその意味を理解するより早く、アディンが勝手に急降下を始める。


「くっ、遅かった……!」


 羽飾りから、苦悶に満ちたアンシェルの声がする。

 地面に降り立ったアディンに続き、ディバとトリアも降下してくる。パスティスとアルルカの戸惑い顔から、残りの竜たちも指示を無視して勝手に着陸したことがうかがえた。


「アンシェル、これは一体……?」

「あの鳴き声は決闘、“フェーデ”の合図なのよ……」


 うめくように答えるアンシェル。

 フェーデ?


 不意に、目の前の茂みが動いた。

 乾いた緑の葉の奥から青白い光がちらちらと見える。

 コキュータル!


 しかし、身構える僕に対し、アディンたちは不動。まるで、戦いの体裁が整っていないことを知っているみたいだった。

 そして現れたものに、僕は声を失う。


「ウソだろ……」


 発達した四肢。前脚と胴体の隙間を塞ぐような皮膜の翼。頭部と一体化し、後方に流れる二又の大きな角。


 表皮の色こそコキュータルの半透明だけれど。

 そこにいるのは、間違いなく暴竜サベージブラックだった。


美少女+メカアーム……ペロッ、これはブソーシンキ!

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