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第二百十四話 帰ってきた女

 流れるような金髪。健康的ながら白く美しい肌。質素だが清涼感溢れるグリーンの衣装に身を包み、並んで歩く誰もが美女美少女となれば、見物するグレッサたちから感嘆のため息がもれるのはごく当然のことと言えた。


 エルフの一団、ご到着。


 入り江から僕らに護衛されてグレッサリアに入った彼女たちは、人間、ドワーフ族の来訪で対応がこなれてきたグレッサ人たちに厚く歓迎された。


 グレッサリアのおいしい白湯を振る舞う者もいれば、商業の南部都市らしく自前の商品を売り込んでいく商売人たちの姿もある。黒いドレスを早速試着させようとしているのは言わずもがな〈ダーク・クイーン〉の連中だ。


 こんなところでダークエルフの誕生を促すのは、やめようね。


「おーい、みんなー」

「あっ、マルネリアだ!」

「マルネリアー! わたしたちも来たよー! タイラニー!」


 神殿までの通り道で待っていたマルネリアは、元々、新エルフの里の建国の功労者ということもあって、かつて魔女と変人扱いされていたことなど微塵も感じさせない大人気ぶりだった。


 さらに、これからエルフたちが滞在するにあたって、住民たちとの折衝役として彼女は必要不可欠な存在でもあった。


 彼女たちは単なる短期旅行者ではなく、わりとガチでグレッサリアに住み着くつもりでやってきたのだ。


 先に到着したドワーフたち総勢五百名も、半数以上が長期滞在を希望している。

 故郷に嫌気がさして捨てるのではなく、蘇りつつある世界が新たな形を作るのを直に感じたいというポジティブな人々が、今急増しているのだという。


 それぞれがそれぞれの種族の領域へ。

 世界は大きく様変わりしようとしている。


 その様子を前に、僕は感慨にふけらざるを得ない。


『Ⅰ』でも、再建した街同士が協力し合うイベントはあった。

 かつて登場したキャラクターが互いに連携し、新たな土地を解決する。アルフレッドたちが〈ブラッディヤード〉を訪れたような光景は、『リジェネシス』プレイヤーにとってはお馴染みであり、そしてもっとも印象深い瞬間の一つである。


 しかし、ここまで豪快に入り組んだ協力体制は前作ではなかった。一人二人が移住するとか、技術が伝播するとか、そういう狭い範囲にとどまっていたのだ。


 それが今!『Ⅱ』はッ!

 人間、エルフ、ドワーフ、グレッサの四種族が合流して、グレッサリアの街を賑わせようとしている!


 捨てる神あれば、それを拾う人あり!


 いいんだよこれで! こういうのがいいんだ!

 救ってきた土地と土地の連携。それこそが『リジェネシス』の醍醐味!


 何だよちゃんとわかってるじゃないか、スタッフ!!

 それにしっかり前作の規模を超えてきている。このボリューミーこそが続編には必要なんだ!


 スッ……。

 コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ! コレ!


【『Ⅱ』の団結はワールドクラス!:10コレ】(累計ポイント-19000)

 

 わはは、勝ったな!

 ゲームオブザイヤー獲得!


 そんな僕の浮かれ具合をよそに、


「あっ、ねえねえ、マルネリア! あなたがいない間に、里が大変なことになったんだよ」

「しっ! まだ言っちゃダメだよ。後の船で本人が来るんだから! 驚かせないと意味ないでしょ」


 一人のエルフがまくし立てると、もう一人がそれを咎めるという不思議な光景があった。


「なんだよー? そこまで言っちゃったら、ボクもう驚かないよー?」


 マルネリアはそう言って笑い、後で僕にこっそり、「メディーナかマギアの子供でも生まれたにゃ?」と事前予測を立ててきた。


 ええと、エルフってオスがいないガチガチのガチ百合の世界でしたよね?

 一体どうやって……。

 いや、エルフの妊活については、深く考えないようにしよう……。


 ※


 ……と、ここ数日のことをダイジェスト的に思い返してみた今日である。


 三種族の中では最後に入植したエルフだけど、南にも西にも空き家が多いグレッサリアにおいて住まいはすぐに見つかり、早速新たな生活を始めている。


 彼女たちの特性は、高い水準にある教養と魔法技術、文武両道にある。

 さらに同じルーン文字の使い手として、グレッサ側からだけでなく、エルフたちからも研究を志願する者が多数名乗り出たことで、街の年寄りたちからは、学舎の復活を望む声も聞こえ始めていた。


 ただ、それはあくまで予兆の段階。

 期待が予兆になり、それを変化として掴み取る者が、グレッサリアにはまだ欠けていた。


 いや、実際のところ、僕らはすでにその人物を知っている。

 マルネリア。

 エルフ式ルーン文字と古代ルーン文字を理解し、さらに両種族の橋渡しもできる絶好の存在。


 しかし、いつもそばにいると感覚がマヒしてしまうものだけど、他のエルフたちと見比べて僕はようやく気づく。

 マルネリアは突出していた。しすぎていたのだ。研究者として。


 そりゃあ、そうだ。


 何かと「こんなこともあろうかと」とか言って状況を一変させてくれる彼女が、貧弱一般エルフであるはずがない。ただの便利屋ではなかったのである。


 いかにエルフたちが古代ルーン文字を研究しようとしても、そのためにはまずマルネリアが大きく自分の時間を割いて、他を教育しなければいけなかった。

 彼女にはそんな時間もなく、そしてその気もなかった。元々孤高の存在として霧の森を旅していた身。群れるのは得意ではなかった。せめて、優秀な助手がいてくれれば……。


 そんな事情を抱えつつ、今、僕らは入り江の桟橋に立っている。

 エルフたちの来航もこれで四度目。一応、これで一区切りということになっていた。


 護衛役としてパスティスやアルルカが集結している他、普段は街で待機しているマルネリアの姿もあった。

 何やら重要人物がやってくるとして、他のエルフたちに半ば強引に連れ出されたのだ。


「詳しくは言えないけど、絶対驚くよ」

「本当に絶対。タイラニーに誓って」

「あー、そう……?」


 マルネリアは生返事。

 純真なエルフたちには悪いけど、ここまでハードルを上げられてしまうと逆に素直に驚けない気持ちがプンプン伝わってくる。


 やがて、空の低いところに黒い粒がぽつんと浮いているのが見えた。

 ナグルファル号だ。


 船影はどんどん大きくなり、ルーン文字の輝きを徐々に減らしながら減速して入り江前の海に着水すると、そのまま、いつもの幽霊船のごとき静けさで入港した。


「ほらほら、来るよ来るよ」

「ぜーったい驚くから」


 ここまでくると、逆に「おまえかよオオオオ!」という盛大なツッコミを入れるためのお膳立てのような気がしなくもない。

 むしろそれを期待しているのか? まさかエルフの里にもお笑いブームが来ていたとは。これは長引きそうな予感。


 船べりにはすでに何人ものエルフたちが立っていて、出迎えた僕たちに手を振っていた。


「あっ、騎士様ー! パスティス様ー!」


 その中にミリオがいた。

 元つぼみの里の長としてひっそり暮らしていたけれど、今は里の中心人物の一人として活躍している。彼女もやってきたのか! 僕たちは大きく手を振り返した。


 渡し板がかけられ最初に降りてきた二人に、僕らは目を丸くした。

 エルフの代表者たるメディーナとマギアだったのだ。

 ドルドたちもそうだけど、エルフも最重要指導者が全員海外に出るって、大事だよな?


 マルネリアは半ば予測済みの顔で彼女たちを桟橋で迎え、ぼんやりした目をふと怪訝そうに歪めた。


「あれ……。メディーナ、マギア、赤ちゃんは?」

「はっ!?」

「えっ!?」


 突然かけられた言葉に、二人は真っ赤になった。


「な、何を言うのですかあなたは!」

「そ、そういうのは、もっとちゃんとお互いを知ってじゃないとだなあ……」

「つまり気持ち的には今晩でもOKというわけですねマギア!?」

「なにいきなり言質取った顔になってんだよバカ人前だぞ!」


 あれ? あら^~ブコメが始まってしまった。

 絶対驚くっていうのは、二人の子供じゃない、のか?


 だとしたら、この三人のこと?

 危機管理的な意味で驚きだけど、今からじゃツッコミ間に合わないよ?


「ボクが絶対驚く人が乗ってるって、みんなが騒ぐもんだからさ~」


 マルネリアは二人に事情を話した。


「なるほど。そういうわけでしたか。それは早合点がすぎましたね」

「まあ、言いたい気持ちはわかるけどなー。わたしたちも、その報告を兼ねて来たようなものだし」


 メディーナとマギアがそれぞれうなずく。

 何だ何だ?

 やっぱり誰か乗ってるのか?


「さ、ご指名です。いらしてください」


 メディーナがナグルファル号の方を振り返ると、降りる順番を待っていたエルフたちが訳知り顔でさっと左右に割れた。


「はー。誰かにゃー?」


 マルネリアが少し興味が出てきた顔で言う。

 けれどその顔は――


「え……」


 みるみるうちに、エルフたちがさんざん煽った、驚き一色のものへと変わっていったのだ。


 ミリオに促されるように渡し板を静かに歩いてきたのは、長身の、すらりとした手足を持つ、美しいエルフだった。

 垂れ目がちの双眸は柔らかいものの、瞳の光は人一倍強く、口元には穏やかながら挑戦的な微笑が染みついていた。


 それはきっと彼女が、あらゆるものに対して挑むように関わってきた証。

 人生が作り出した面構え。


 身に馴染んだ白いシャツの裾を結んでへそを出し、ほっそりしたパンツルック。

 やや日に焼けた肌に、頬に貼ったバンソウコウが、そのアグレッシブさを演出するアクセサリーのようだった。


「や、マルネリア。久しぶり」


 誰、だ?

 知らないエルフだった。


 僕はマルネリアを見た。彼女はぼんやりした目を大きく見開き、夢遊病のようなふらりと一歩を、目の前の大人びたエルフに向かって踏み出すところだった。


「おかあ、さん……?」


 えっっっっ!!?

 そのつぶやきを聞いた僕たちは、揃って顔を見合わせた。


 マルネリアの母親って確か!?


〈バベルの樹〉から滑落して、その後行方不明になっていた、エルフ内乱の犠牲者。

 樹下の暗黒世界で、手記によって僕たちを導いてくれたのは他ならぬ彼女だ。


 娘への悲壮な書置きの後、魚がうめえと言って消息を絶ったマルネリアの母親……ミルヒリンス。彼女がそうなのか?


「あれから樹下世界への探検を定期的に行っていて、とうとう発見できたのです」

「あの環境に適応しすぎて、正直最初は地底人かとも思ったけどな。大したタフさだよ」


 メディーナとマギアが言っていることを、多分、マルネリアは聞いていない。

 いつしか彼女の目からはぽろぽろと涙が落ちていって、それが、ミルヒリンスへと向かうつま先へと降りかかった。


「おかあさん。おかあさん……あっ」


 力が抜けたように膝から崩れかけたマルネリアを、咄嗟に手を伸ばしたミルヒリンスが受け止める。

 そのまま抱きしめた。


「歴史から消された大地〈ダークグラウンド〉。こんなすごい大発見の中にいる研究者が、ずいぶんと頼りない足取りじゃないか」

「だって、おかあさんが、おかあさんが……」


 普段の飄々とした態度は鳴りを潜め、マルネリアは長らく迷子だった幼子のように、母親の胸の中で同じことを繰り返した。


「そうだね。ごめんね。ずっと、ごめんね……」


 不器用な言葉を交わすと、母娘はそれから静かに涙した。


 言葉じゃない。必要なのは。

 そこにいるという、誰にも否定しようのない確かな感覚が、二人の時間を埋めていくようだった。


 リーンフィリア様はいつにもまして優しい眼差しでそれを見つめ、パスティスやアルルカは、他のエルフたちと同じように鼻をすすった。

 かくゆう僕も、兜の上から鼻をかめるハンカチーフがほしい。


 一秒を永遠に引き延ばして感じ続けたい再会ではあったのだろうけど、ミルヒリンスは突然、強く抱きしめていたマルネリアの肩を掴んで、ぐっと押し返した。


「よし! 心の洗濯は終わりだ、我が娘よ!」


 大きな瞳を真っ赤にしたまま、まだ涙が幾筋も流れていくのも無視して、彼女は快活に言う。


「ここは神秘の最果てだ。よくこんな場所までたどり着いた。えらいっ! 参った! さすがはわたしの娘! あの不思議なルーン文字についても見せてもらった。正直、さっぱりわからなくてワクワクしどおしだった。船を飛ばすなんて、想像もしなかった。わたしにも是非その神秘に触れさせてほしい!」


 マルネリアはぽかんとした顔になったけれど、すぐに微笑み、


「うん。お母さんには全部聞いてほしい。ボクが――ボクたちが見てきたものすべて。そしたら、お母さんも教えてよ。あの樹の下に広がる世界の秘密について。身近だけど、空の果てよりも遠くにあった神秘について!」


 僕は、この母娘の強さと真っ直ぐさに圧倒された。

 彼女たちはどこまでも好奇心の塊で、研究者なのだろう。

 そして、涙で湿っぽくしているよりは、笑い合っている方がずっと好きなのだ。


 その光景を眺めていたセルバンテスから自然と拍手が発し、それは次第に港全体へと広がっていった。

 何が素晴らしいと拍手しているのか、僕にもよくわからない。ただ、拍手に値するものがあるとしたら、目の前のこの光景なのだった。


 こうしてエルフたちも本格的にグレッサリアに加わり、世界の激動と繋がるように、この街に変化が起こり始める。


 しかし、それが必ずしもみんなにとって良いこととは限らない――

 僕はそれを思い知る。



次回、住民と移民の間に生まれる闇を浮き彫りにした、社会派サスペンス始まる……!

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