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第二百九話 天空即応部隊

「君ら、どうしてここに……?」


 アンサラーを携えた天使たちの前に現れた二つの顔に、僕は驚きを隠せずに声を上ずらせた。


 一人は活発なショートヘア、もう一人はおっとりしたロングヘアの天使コンビ。これまでのエリアで〈祝福の残り香〉の群生地を警護し、課金者のみに簡単レベルアップを許してきた汚い二人が今この場に現れたことの意味を、僕は問いかけの後に理解する。


 そういえば、こいつらは突撃隊の予備隊隊長に出世したんだった。


 しかも予備隊と言っても補欠なんかじゃなく、本隊の到着よりも先に戦場に突入する超即応部隊。早さが命だから独自の裁量権まで持っていて、場合によっては天使の必殺ムーブ〈驟雨〉まで発動できるとか。


 焦りの火種が、じりじりと僕の内側を焼いていく。


 即応部隊を寄越したということは、すでに戦いの火ぶたは切られたも同然じゃないか。

 やはり、オメガの言う猶予は終わってしまったのか。


 数秒、こいつらとなら話が通じるんじゃないかと楽観視する意識が芽生えたものの、二人の天使の顔に浮いた欲まみれのうすら笑いが、その考えを戒める。


 こいつらは出世欲の塊。そのためなら主である神だろう簡単に欺く。僕らを踏み台にすればいいのなら、喜んで踏みつけるに違いない。こいつら絶対堕天使だろ……。


「へっへっへ……」

「ニヒヒヒ……」


 汚すぎる天使二名が、互いに目配せをして笑い、


「あれ? 兄弟、二匹に分裂したのか?」

「増えてるー」


 僕の横に佇むスケアクロウを見て言ってくる。


「いや、そういうわけじゃない。こいつは僕とは別人だ」

「なんだ、そっかー。へっへっへ」

「どーでもいいやー、ニッヒッヒッヒ」


 一層汚い笑みになる二人。

 どうする……。どう切り抜ける?


 隣にいるリーンフィリア様の横顔を、ぼやけた視野の端でかろうじて捉えながら、必死に思考を巡らせる。


 こいつらを撃退したところで、次は本隊。恐らくオメガが乗り込んでくる。もう街作りどころじゃなく、一刻も早くここから全住民と共に逃げ出すべき状況だ。


 しかし、街の外ではコキュータルと戦っている仲間もいる。住人たちの脱出もままならないだろう。

 スケアクロウとディノソフィアを巻き込んでも、どこまでできるか。


 この混迷度合い、あまりにも濃すぎる。最善手は何だ? 三択でも難しい。もし間違えたら……どうなる? どうなるんだ?


 ――リーンフィリアは消滅する。


 まさか……!? スケアクロウの言っていたことは、今なのか?


 待て。それならもしかして、裏切るっていうのは!


 ある閃きが僕を直線で貫く。


 そうだ。僕は、立場的には天界から責任を問われない。優遇とかそういうんじゃなく、歯牙にもかけられていない。ただのつかいっぱしり。ある意味、この場でもっとも自由に動ける身だ。


 リーンフィリア様を裏切るというのは……ひょっとして、ここで自らリーンフィリア様と敵対するように見せて――すべては僕の専横だったと、天使たちに思い込ませることなんじゃないのか……?


 そうすれば、リーンフィリア様は、監督不行き届きには問われるかもしれないけど、天への反逆とまでは取られないかもしれない。


 僕は確実におしまいだろう。でも、リーンフィリア様のためなら……。

 わりと、いいんじゃないのか。そんな最期なら?


 そうと決まれば早速シナリオを……。


 ……………………。

 …………。

 ……クソッ、何だよ。


 頭が働かない。ただ悪役を演じるだけの簡単なストーリーが、最後まで描けない。

 わたしと一緒に戦ってくれますか、と微笑む女神様の顔ばかりが頭に浮かんでくる。


 裏切りたくないのか、彼女を。一時たりとも。

 それとも単に死にたくないのか。

 どうなんだ……女神の騎士!


「こんな辺鄙な土地に、突撃隊のあんたらが何の用よ?」


 停滞していた空気を破り、アンシェルが気丈に聞いた。彼女も僕と同じ焦りを抱いているだろうに、胆が据わっている。


「実はさあ、オメガがさあ――」


 ショートヘアがへらへら笑いながら、軽薄に口を開く。

 オメガの名前が出た途端、僕たち全員に言い知れぬ緊張が走った。

 やはり、あいつからのさしがね――


「この土地には見回りしなくていいって言うんだよね」

「え……………」


 予想外の言葉に、話を一瞬見失う。


「いつも、ひとを見るなり見回りがどーとか、銃の手入れがどーとか小言言ってくるくせに、この僻地だけは近づくなって言ってるんだよ」

「怪しいよねー。絶対怪しいよなー? ばかー、ねー?」

「ん、ん……?」


 何だ? ちょっとずつ話がずれていく。アンシェルもリーンフィリア様も戸惑い気味だ。

 しかし強欲の天使たちの話は勝手に続いていく。


「で、あたし気づいちゃったんだよ。あ、これはオメガ、何か隠してるなって」

「そーだよー。絶対汚いことをしてる目だよあれはー」


 ねー、と二人で笑みを向け合う。見た目だけなら可愛い――いや無理だ。心の醜さが顔にまで出てる。


「ってわけでさー。こっそり調べにきたんだよ。もしかしたら、あいつの弱みとか握れるかもしれないじゃーん。オメガの弱みとかそうそうないぜー?」

「あの子の弱み握れたらー勝ちだよ勝ちー。へへへ、わかるー? ばかー。出世も思うがままだし、何してもオメガが味方してくれるからあんしーん。すごーいよーお↑」


 …………。

 ……………………。


「もしかして君ら、そのためだけに来たの? リーンフィリア様がどうとかじゃなくて?」

「そうだよ。フグの神様なんて知らねー。そもそも何でいるの?」

「わたしたち隊長だもーん。部隊の指揮権持ってるもーん。指揮権って、好き勝手していいってことだよばかー?」


 ……くぉ、

 くぉのクソ天使がよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 紛らわしいタイミングで現れるんじゃねえよアホがあああああああああああ!

 死ぬほどビビっちまったろうがよおおおおおおおおおおおおおおお!!!


 帝国とグレッサリアの謎の一致から始まって、とうとう黒騎士の素性にまで迫って。

 ここまで怒涛のイベントラッシュでたたみかけてくるから、このままクライマックスまで一直線かと思ったら、おまえら全然関係ねえじゃねえかああああああああああ! 何で割り込んでくるんだアアアアアア!!↑


 それにしてもひどい。こいつら本当に腐り切ってる。

 我ながら手のひら返しがマッハだけど、正直オメガに同情した。ひょっとして、天界で彼女だけがまともなのかとすら思う。


 コネで上がってきた新入りが、実績じゃなくスキャンダルで先輩の寝首を掻こうとしてくるとか、この職場もう崩壊不可避だろ……。


「ん、で、さー」


 二人の天使がニタニタ笑いながら左右からすり寄ってきて、実際猫みたいに体をこすりつけだした。


「ここにいるってことは、何か知ってるんだろ兄弟ー」

「へへへ、ばかー。言っちゃえよー。後でなんか言うこときいてあげるからさー」


 こんなの部下の前で見せていい姿じゃない。部隊の天使たちが心なしか真顔になってないか? こいつら歩くだけで普段からボロこぼしてそうだし。


 しかし、待てよ……。

 これは使えるかも?


「実は、そうなんだ」


 僕は二人の意見に同意してやった。


「やっぱりな!」

「ずーばーりー!」


 人は、正しい意見を聞きたいのではない。

 自分が聞きたいことを聞きたいのだけなのだ  つじくろ


「今、ちょうど街の外で暴れてる半透明の奇妙な怪物が、この土地にしかいない超絶レアモンスターなんだ。オメガはひょっとしてそれを隠しているのかも」

「マジかよお!? 澄ました顔してやっぱりドロドロの欲の塊だったなオメガは!」

「露骨に一人で手柄を立てていく……いやらしい」


 よーし、食いついた!

 後はこいつらをうまく利用して、コキュータル掃討の手伝いを……。


「んーでも、あたしらすでにサベージブラックとやり合った歴戦の猛者だし、オメガの秘密は後々利用するとして、レアモンスターを倒して手柄を横取りってのはインパクトがちょっとなあ……」

「よわーい。もっと価値あるものないのかよー。つまんないばかー」


 うっ!!?

 こいつら、本当はアディンたちに泣かされただけなのに、すでに戦って戦利品まで獲た気分になってやがる! どういう思考回路してんだ!?


 いや……だからこそ、ここまで厚顔無恥にのし上がったのか。

 兜の内側から二人をよく観察する。明らかにぶーたれた顔だ。

 何か、もっとオマケをつけないとダメらしい。何かないか。


 そういえば……ディバから取った白い鱗があったっけ。これをレア素材として差し出せば……。

 …………。

 いや……ダメだ。何かが直感的に引っかかった。今は明確な理由を描けないけど、この感覚は信用した方がいい。


 他に何かないか? サベージブラック……。そうだ、この土地には弑天の遺骸がある。

 大罪人の死体は、為政者にとっては価値がある。弑天ともなれば破格の手柄だ。


 ……でも、やっぱりこれもダメだ。弑天は死の槍に貫かれながらリーンフィリア様をずっと待ち続けた竜だ。すでに骸だけとはいえ、酷薄に利用することはできない。

 これは甘ったれたセンチメンタリズムではない。自分の魂を鈍らせないための防衛的な措置だ。


 ん、槍……? そうだ。あの槍。あの槍なら?


「そうだな。実は、その怪物たちが群がっている森に、刺さったら相手が死ぬまで絶対抜けないと噂の超スゴイ槍があるんだ。モンスターの手柄とそれを合わせたら、なかなかのものになるんじゃないかな」

「え、それもしかして、伝説の“零番隊”の槍じゃないか!?」

「フヒーッ!?」


 よ、予想以上の食いつき!?


「そ、そうなの? 僕はよく知らないけど」

「零番隊は今の突撃隊の前の姿で、古代の怪物たちと戦ってた英雄なんだぞ。もうみんな死んじゃって、生き残りはいないけどな」

「オメガも尊敬してるちょーすごい天使たちなのー。アンサラーができる前までは、あの子も実戦で使ってたー。でも、なくしちゃってもうないー。こっとーひーん。これ見せたらあの子きっと何でも言うこときくよー。勝ったー!」


 弑天に刺さってることをぼかすために、あえてオメガの槍とは言わなかったけど、まさかそんな逸話を持つ槍だったとは……。ある意味、弑天を倒すのに相応しい神槍だったのかもしれない。


「それ、どこにあるんだ? 早くくれよ!」

「怪物退治が終わったら、僕が森から持ってくるよ。空からは見つけにくいところにあるんだ」


 さりげなく弑天の隠蔽も考慮しつつ言うと、二人は最高に欲にまみれた笑顔でうなずいた。


「話はまとまりましたか、隊長?」


 ずっと待機していた予備隊から、一人が前に出た。

 オメガほどじゃないけど、どこか硬質の気配を持った幼女だ。何となく軍曹ポジションのように直感した。軍曹というのは、平たく言うと一般隊員のまとめ役だ。


「おー、まとまった、まとまった」

「へへー、かんぺきー」


 取らぬ狸が鴨と葱と鍋とセリときりたんぽまで背負ってきた顔で答える二人。

 軍曹天使の眉がぴくりと動いた。


 う。この構図は、コネで着任したボンクラ将校と、たたき上げのベテラン軍曹の対立を思わせる。ボンクラが「主人公」なら、ここから予想外の才能を発揮して話を好転させていくはずだけど、「ただのモブ」なら……?


「これから街の外にいる怪物どもを始末するよ」

「は。作戦は?」

「へー? ないよー」

「は?」


 あっ。


「作戦がない、とは?」

「好きにやればいいんだよ。面倒なこと言うなよー」

「そーそー。好きにやっちゃってー」

「……………」


 鬼軍曹天使――鬼なのか天使なのか――はむっつりとした顔のまましばしDLC天使を見つめた後、押し黙る部下たちに向き直った。


 あ、これ終わったわ。部下の信頼確実に失ったわ。

 これまでの功績のメッキも剥がれた。何もしない名誉職ならまだしも、実力がモロに試される地位にコネで就任とかストレスで前髪の後退がマッハ。ついに、このDLC天使に鉄槌が下されるのか。


 軍曹天使は上官からの指示を隊員たちに言い放つ。


「聞いたかおまえたち! 好きに暴れていいぞ! 繰り返す。好きに暴れろ! 作戦は不要だ。思うがままにやれ!」

『ウヒャッハーーー!!』


 えええええ!? そういう解釈になるのおおおおおおおおお!?


「〈驟雨〉は!? 使っていいのか!?」

「判断はオレがする。だが〈驟雨〉はコンビネーション技だ。全員で息を合わせてこそ成功する。各員、発動を念頭に行動しろ。合図を見逃すな!」

『ダラアアアアアアアアアア!』


 恐ろしい叫び声をあげると、天界の愚連隊は小さな翼をはためかせ、鈍色の空へと舞い上がっていった。


 やっぱり愚連隊じゃないか!

 この二人が配属された理由がなんとなくわかったよ……。


金! 謀略! 出世!

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― 新着の感想 ―
[一言] ろ、ろくでもねぇ天使どもだ! ここまで人間臭いと、親近感湧く
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