第二十一話 カウンター
「ぬううッ! このシャックスに刃向かうとは、何者だろうと許さんデス!」
目を見開き激昂の素振りを見せる悪魔シャックス。
その台詞、その所作、その思考にいたるまで、すべてが残念でならない。
「存在自体が安い! 安すぎる! 手下に対するその器量の狭さもだ!」
『Ⅰ』で台詞がある敵NPCは、ラスボスである〈契約の悪魔〉だけだった。
ヤツは悪のトリックスターだった。
契約に従い、自分たちの兵器を人間に譲るという、他の悪魔が持たない独自の姿勢を持っていた。
その性格は、神魔世界をあざ笑う快楽主義一点突破。
悪魔にすら悪魔と罵られるような異端の怪物だった。
それと比較すると、この悪魔シャックスにはサンピンという言葉すら品格を纏ってしまう。もっと格下の、小学生が浴びせる程度の悪口でちょうどいい小者だった。
「あの世で後悔するデス!」
シャックスが地面を蹴る。
黒い巨体が信じられない速度で僕に肉薄した。
「その台詞もコレジャナイに加算するぞコラア!」
カルバリアスを薙ぎ払う。
虚空を切り裂いた手応え。血のにおいはしなかった。
黒い影は剣の軌道のわずかに上にいる。
跳躍したまま突き出された蹴りの初撃こそ首をひねってかわしたものの、脅威の身体能力によって突き出された二撃目、三撃目の蹴りが僕の兜を直撃する。
「ぐがっ……!」
鉄板で補強された部分が軋みを上げ、あごがのけぞる。
続けて腹部にも同質の衝撃が走り、僕は洞窟の壁に叩きつけられた。
「口ほどにもないデス!」
片足立ちの状態のまま、シュシュッと蹴りの素振りをしてみせるシャックス。
こいつ、格闘ゲームみたいな動きしやがって……!
黒塗りの全身は薄闇に溶け込んでその輪郭をあやふやにしており、なおかつその動作は草原にいた悪魔の兵器とは比べものにならないほど鋭い。
暗い洞窟内でこいつの動きを見切るのは無理そうだった。
「うおおおお!」
僕は地を這うような姿勢で再度斬り込む。
今度の狙いは最初から足だ。トールエイプの前足を苦もなく両断したこの剣ならば、悪魔の得物を使用不能に追い込むことも容易いはずだった。
が。
「甘いッ、甘すぎる、デス!」
ガツッと音がして、足を払う僕の斬撃が止まった。
ぎょっとして見ると、シャックスがカルバリアスの刀身を上から踏みつけていた。
足を上げてかわすだけにとどまらず、剣を踏みつけて僕の動きを固定。すると次は当然ッ――!
「シェヤアアアア!」
「おああああ!」
丸太のような足から繰り出されたサッカーボールキックが、僕の頭のすぐ横を通過した。
危ねえッ! 狙いが読めてなきゃかわせなかったぞ今のは!
渾身の蹴りをかわされ、シャックスの体勢が崩れる。
今だ!
僕はカルバリアスから手を離し、叫んだ。
「アンサラー!」
間髪を置かず腰の後ろに現れたアンサラーをたぐり寄せると、迷わず引き金を引く。
この至近距離。かわしようがないはず!
しかしそこでシャックスは信じられない行動に出た。
「リヒヒヒイイイイ!」
素早く後退しながら、笑い声のような、鳴き声のような奇声を発すると、連射されたアンサラーの弾丸二発に、あろう事か腕を伸ばしたのだ。
受け止められるはずがっ――!?
願いにも似た否定が頭をよぎったのは一瞬、目の前に残った結果に、僕は唖然としてアンサラーの引き金にかけた指を凍らせていた。
魔法弾はシャックスの手の上にあった。
掴んでいるのとは違う。
シャックスの手の上で黒い風のようなものが渦巻いており、アンサラーの魔法弾はそこに囚われているのだった。
何だ、ありゃ……!?
「ぬうッ! これは聖銃アンサラー……! オマエは天使には見えない。ということは、噂に聞いた女神の騎士デスね!?」
僕が応じるよりも早くそれを断定したシャックスは、喜びに打ち震える叫びを発した。
「何という僥倖! まさか女神の騎士がワタチの元に自らやって来るとは! オマエに、アンサラー! この二つを宝を我がコレクションに加えたならば、ワタチの蒐集家としての名に一層箔が付くというもの……!」
「誰がコレクトされるか鳩野郎!」
僕は問答無用にアンサラーを連射した。
「リヒイイヒヒヒヒ! 無駄デス! このシャックスに盗めないものはなァい!」
シャックスが腕を振るう。弾丸はすべて、その手のひらの渦に絡み取られ、神聖な魔力光を保ったままそこに静止した。
アンサラーが効かない。弾丸は受け止められてしまう!
とんでもない強敵だぞこいつ!
「その性格じゃなきゃ本当にコレ! だったのになあ!」
「またしても! ワタチをわけのわからん言葉で侮辱することは許さんデス!」
シャックスが躍りかかってきた。
頭部、胸部、足部とばらけさせた弾丸は、しかし、いずれも長い腕にかすめ取られる。
そして――。
「盗ったデス!」
まるで落ちていた小石を拾うように易々と、僕の手からアンサラーを取り上げていた。むしり取られる感覚すらなかった。奪われまいと力を込める一瞬前には、すでに手の中は空にされていたのだ。
「やるかよ!」
「なにっ!」
僕はアンサラーの物質化を解除。高々と掲げられたシャックスの腕から、聖銃は光の粒となって消える。
「た、宝が!」
その動揺が最大の好機を生む。僕は落ちていた聖剣を素早く拾った。
「食らえッ!」
カルバリアスの煌めきが闇を切り裂く。
「ぐおっ……!」
シャックスの初めて聞くうめき声。しかし、手から伝わった感触は浅い! ぎりぎりで回避された!
「なるほど。それが聖剣カルバリアスというわけデスね」
後退して身構えたシャックスがうなずくように言う。
こいつ……! カルバリアスのことまで知ってるのか……!
マジでザコだと勘違いした。もしかして、このナリで重要NPCなのか……?
「ひょっとして、地上に悪魔の兵器をばらまいたのは、おまえなのか?」
僕は「NOと言え」と心で念じながらたずねる。
「そんなことを教えると思っているのデスか、オマエ。ひょっとしてバカデスか?」
チッ……。不安の残る言い方しやがって……! NOで困るのは主人公側なんだから、そう言ってくれればいいのに……!
「アンサラーが無理なら、そのカルバリアスだけでもほしいデス……!」
シャックスがまばたきもせず、僕を見つめてくる。
鳥類は常に目を見開いており、瞳孔が一点にすぼまるとなかなか怖い顔になるため、気味が悪いという人がいるけど、今その気持ちがわかった。
しかもこっちは大柄の鳩人間。まず全体像から気持ち悪い。
どうする。
ヤツの窃盗モードは、今の僕には対処不能。
カルバリアスはリーンフィリア様の髪の毛一本からできているから、奪われたところで再入手は容易だ。でも、それだとここから生きて帰れる可能性がなくなるし、まずこんなヤツに渡したくない。
かと言って、カルバリアスを隠して戦うのも無理だ。
アンサラーの弾丸は無力化される。
僕の武器は二つとも潰された。
逃げるしかないのか?
いや……。
コレジャナイから逃げるわけにはいかない。
闘犬は、逃げない!
「ククク……。何を考えようと無駄デス無駄デス。オマエはこの魔性の腕から逃れることはできない。まずはそのカルバリアスを奪ってから……抵抗する意志が消えるまで、存分にいたぶってやるデス!」
この、変態野郎がッ……!!
シャックスが跳んだ。
ヤツの攻撃は防御不能。
それでも僕は、右を前に出して半身に構えると、カルバリアスを水平に寝かせて、シャックスの振り下ろす腕を防いだ。
「もらったデス!」
シャックスがカルバリアスを掴む。
しっかりと握り込んだ僕の指から、流水のように剣の柄が抜け落ちていく感触がある――!
「アンサラアアアアア!」
僕の叫びをシャックスはあざ笑う。
「今さら銃を構えても遅――」
僕は腰の後ろに現れたアンサラーの銃把を、体の前に持ってくることなく、背後に置かれた状態のまま左手で掴んだ。
「なっ――!?」
「勝ったつもりかこのヌケサクがあ!」
銃を抜かずに撃つトリックショット!
アンサラーを体の前で構えるというワンクッションを予想していたシャックスは、この奇手にスケジュールのすべてを一手分狂わされた。
カルバリアスを掴んだ手をすぐに離していれば、ひょっとしたら弾丸のダメージを少しでも減らす処置ができたかもしれない。
しかし、聖剣を奪ってから悠々と弾丸を受け止めるつもりだった悪魔の手は、一度掴んだ宝を手放すことをためらった。
体本体の危機よりも、本能的に宝の奪取を選んだのだ。
足も同様。目の前の宝から後ずさりすることを許さなかった。
結果。
シャックスは自身の攻撃に対し、ほぼノータイムで応射されたアンサラーの弾丸に、その分厚く屈強な胸板を、弾ける燐光と共に押し潰された。
「ヒイイギアアアアアア!」
今だッ!
僕はアンサラーを素早く構え直し連射。
弾丸はすべてシャックスの胸元へと吸い込まれる。
陥没した胸とくちばしから黒い霧を立ち上らせながら、シャックスは世にも恐ろしい声で絶叫した。
「こ、こォのシャックスが、人間の騎士ごときにイイイイ――」
「そりゃこっちの台詞だ。三下悪魔」
胸のへこみが一段階深くなったと思ったら、まるで穴ぼこにねじ込まれる紙のように、悪魔の巨躯が、胸部の中心に向かって縮小した。
続けてもう一段階、さらにまた。
それを繰り返すうち、とうとうシャックスの体は握り拳程度の闇にまで凝縮。
そして最後の段階を終えて、全身が見えなくなった瞬間。
今度は反対に、大量の物品がその点から吹き出してきた。
ヤツのコレクションに違いない。
「ふーっ……! コレだよな……!」
悪魔が蒐集したと思われる宝を見ながら、僕は鋭く息を吐く。
我ながら見事なカウンターで返した。
片手で扱うには大きすぎるアンサラーを腰の後ろに保持したまま、右手の剣で攻撃を受け、左手で引き金を引く。これなら照準はブレない。
出現時のアンサラーは僕から見て右側に銃口を向けているので、攻撃範囲が体の右側面に限定されるのが欠点ではあるけど、指先一つで相手を倒せる銃だからこそできる、最速の反撃。
これが新しい女神の騎士の戦い方だ。
どことなく、バスケットボールのビハインド・ザ・バックパスを彷彿とさせるから、〝ビハインドブリット〟とでも名づけるか?
敵NPC、悪魔との初の戦いは、新技のお披露目と共に、こうして終わった。
【アクションに駆け引きが生まれたよ!:1コレ】(累計ポイント-53000)
銃カウンターはなぜこんなにカッコイイのかコレガワカラナイ




