第二百四話 中核
実は『Ⅰ』において、帝国に外から乗り込んでいくシチュエーションは存在しない。最終エリア〈蒼い荒野〉を進んでいく中で、突如転移させられるのだ。
バトルフィールドとしては一つ分でしかなく、市街はほぼ一本道だが、尋常ではない敵の数やもらえる経験値の多さから、武器のレベル上げのために何度も通い詰めた記憶がある。
だから覚えている。
この道も、目印になる建物も!
複雑に入り混じった感覚の謎も解けた。
一つは、ここを知っているという既視感。
もう一つは、テレビ画面で見ていたのと違うという、サイズ感に対する違和感。
この二つがごっちゃになっていたんだ。
だが、なぜ……。
どうして帝国とグレッサリアが同じ町並みをしているんだ?
二つの街には何か関連が?
ここに来て、またも噴出する帝国という存在への疑惑。
『Ⅰ』の戦いはまだ終わっていないのか?『Ⅰ』は、大きな何かのごく一部にすぎなかったのか?
僕は仲間たちを急かし、カルツェも引き連れたまま大急ぎで神殿に戻った。
「マルネリア、聞いてほしいことがある!」
一階から呼びかけると、中二階の廊下からマルネリアが顔を出した。
「騎士殿か。ちょうどいい、ボクからも大事な話がある。部屋に来て」
僕らは彼女の部屋へと向かう。
室内は、以前よりさらに多くの研究サンプルで溢れ返っていた。中央の作業台に載せられているのは、カルツェのコネで手に入れた博物館の蔵書だ。
「騎士殿からどうぞ」
促されて、僕は興奮を抑えながらみんなに言った。
「グレッサリアの町並みが、帝国の首都の形と一緒なんだ」
「何だって?」
仲間たちがざわめく。
「帝国とは何だ?」
そう聞いたのは、この街で生まれ、この街に住んでいるカルツェ。
外界と隔離されていたグレッサは、どうやら帝国のことを知らないらしい。
「帝国っていうのは、人間の大陸にあった大きな国のことで、こことの戦争が発端になって人類は絶滅しかけた。それを救ったのが、リーンフィリア様と女神の騎士」
「それで? そことこの街が同じ形というのは?」
カルツェの冷静に促す声に、僕はいくらか気勢をそがれ、首を横に振った。
「いや……今はまだ、それだけしかわからない。全景がそうだって確証もなくて、似たような道がいくつかあったってだけ……」
落ち着いて考えてみれば、たったそれだけという話だ。
単なる類似という可能性もある。まだ「いやよそう俺の勝手な推測でみんなを混乱させたくない」と黙っている段階だったのだ。先走ってしまった。
が。
「いいや騎士殿。よくちゃんと言ってくれたよ。ボクたちは何か重要なものにまた一歩近づいたみたいだ」
言って、マルネリアは作業机に一枚の紙を広げた。
古代ルーン文字が書かれているが、一文字おきに何かの印がつけてある。
「マルネリア、これは?」
僕らが首を傾げながら聞くと、彼女は得意げな顔半分で頬を引きつらせ、
「いやあ、グレッサの民は本当に天才に恵まれていたんだねえ。これは西部都市のオーディナルサーキットに刻まれた古代ルーン文字の写し。それで、この一文字飛ばしの目印だけど、実はこれで本文とは別途の魔法効果を生み出してる」
「ええ……? それじゃまるで暗号文じゃないか」
僕のつぶやきに、マルネリアはぴっと指を向け、
「いいね、騎士殿。それだよ。実はこれは、南部ではラスコーリがメンテがどうだとか言って、心臓のカバーをはずしてもらえなかった部分の記述なんだ。今回、バルバトス家の名前を出して何とか見せてもらった」
にやりと意味深な目を向けられたカルツェは、静かに親指を立てた。
「良い取引だった。本はベッドの下に保存」
何を取引に使ったかは、あまり聞かないでおこう……。アンネにバレませんように。
「それで、これによるとだ。ボクたちはオーディナルサーキットの機能について大きな誤解をしていた」
「誤解?」
「うん。ボクらは、地下のオーディナルサーキットが、街に向かって都市エネルギーを放出していると思っていたよね。でも実はそうじゃなかったんだ」
えっ!?
部屋の中がざわめいた。
グレッサリアはオーディナルサーキットによって、コキュータルからの安全や日常生活の補助をあがなっている。それはもう大原則のはずだ。それが、実はそうじゃなかっただって?
真偽を問うこちらの眼差しに挑戦的な薄笑いを返すと、マルネリアはどこからか木彫りの心臓を取り出し机に置いた。リーンフィリア様の西部解放祝いに届けられたグロ工芸品。指先でそれを叩きつつ、彼女は目をすがめる。
「正しくは、地上の都市に向けられたエネルギーは副次的なものだった、ってこと。いわば本命の残りカスさ。じゃあ、コキュータルの血液から取り出したエネルギーの大部分はどこに向けて放たれていたのか? 答えは――下だ」
「地下に!?」
彼女はうなずいた。
「グレッサリアに向かう力だけでも相当な規模なのに、それでも、地下に向けられた本命の力に比べたらごく微小なものでしかない。グレッサはオーディナルサーキットの恩恵をほとんどあずかっていなかったんだ。――彼らはなぜこんなことをしているのか。騎士殿はどう思う?」
問われて、僕は一度深く息を吐いた。
高鳴る心臓が脳に回る血液を熱し、冷静な思考を妨げようとする。
だがここは冷静に。冷静に……。疑念を煽るばかりが議論じゃない。
「ある意味で、真っ当、かな……」
僕の返事に、マルネリアをのぞく仲間たちが驚きの声を息をもらした。
「その心は?」
その彼女が聞いてきた。
「グレッサリアの地下には、〈コキュートス〉がある。仕組みはさておいて、もし、得たエネルギーを〈コキュートス〉に返還して、コキュータルを再び生み出す補助としているのなら、そして、街の方はその余り分だけでまかなえているというのなら、オーディナルサーキットの働きはものすごく効率的でエコロジーだと思う」
サーキットは「巡回」とかそういう意味を持つ。円を意味するサークルや、循環を意味するサーキュレーションと同じ。
もし僕が言った通りの形なら、この循環系はとてもよくできたモデルと言わざるを得ない。
「いい見方だね。冷静に街の全体像が見えてる。ボクも、これはただそういうことなのかもしれないと思った。――さっき、騎士殿の話を聞くまではね」
「え?」
ここでまた論が覆るのか?
「騎士殿。帝国ってもしかするとさ、宮殿が街の中央にあるタイプじゃなかった?」
「! そうだよ。城下町の奥にあるんじゃなくて、取り囲まれてる形」
「その風景をグレッサリアに置き換えると、宮殿の代わりに何がある?」
「〈コキュートス〉の大穴……」
鎮めたはずの心臓がまた静かに踊りだす。
「その宮殿って、前の戦いでも結構重要な場所だったんじゃない?」
「だったよ。契約の悪魔が皇帝に呼び出されたのも、居座っていたのも、決戦も、宮殿だった……」
物語の始まりにして、終着点。
そんな場所。
マルネリアは突如、机の上にもう一枚の紙を広げる。
それは、西部奪還作戦で使った、グレッサリアの大地図だった。
ところどころの道に、上から線が書き足してある。
数秒間それを目で追ってから、僕は息を呑んだ。
「……………………!」
これって……!
マルネリアは苦笑いと共に、熱のこもった息を吐き出した。
「ボクさあ、グレッサリアの道ってすごく不便だと思うんだよね。道がぐねぐねしてて、すぐ分岐するし、袋小路もよくあるし迷いやすい。アルルカは、防衛用としては優秀な構造だって言うけど、慣れない人には住みにくいったらないよ。でも、そうする理由があったんだ」
地図上。
マルネリアが上書きしたラインを、息苦しく見つめる。
複雑に入り組んだ道の所々が、文字のような形に縁取られていた。
いや、ような、じゃない。それは間違いなく古代ルーン文字だった。それが、中心から始まって外側へ、渦を巻くように記述されている。
まるで、ファイストス円盤文字!
「グレッサリアの街自体が、巨大な古代ルーン文字を形成するための魔法陣なんだ。文字が作り出す効果はまだ不明だけど、帝国がこの渦の中央で強大な悪魔の召喚を試みたというのなら、これは――」
「悪魔召喚のための大魔法陣……!!」
痛みにも似た戦慄が体を駆け抜ける。
「なら下に向けられた力も、呼び出す悪魔に対しての何らかの働きかけか。たとえば撒き餌のような……!?」
室内の空気が凍りつき、最大の関係者であるカルツェに意識が向けられる。
「カルツェ、ボクらのこの仮説はどうかな?」
マルネリアは純粋な探究者の眼差しを投げた。カルツェは真剣な顔で街の地図に魅入っていたようで、質問に気づいて少し慌てたように身じろぎし、
「未知……。街の成立の歴史までは知らない。考えたこともなかった。暗黒騎士姫はただ狩りをする装置。でも説の違和感は、皆無」
自然と落着する仮説。
グレッサは中二病的見地から悪魔を崇拝していたはずだ。実際には、悪魔とのかかわりはない。ただのポーズ。
けれど、もしそれがフェイクだったとしたら?
ここがすべての悪魔の出現地点だったら? コキュータルが悪魔の眷属だったら?
天界の罰は、正当なものだったとしたら?
だがそれでもすべては、仮説だ。
解釈一つですべての可能性は撤回される。大魔法陣は、結局ただ〈コキュートス〉管理保守のために使われているという無難な結末もある。
僕はみんなに向けて言った。
「〈コキュートス〉を見にいってみよう。何か気づくことがあるかもしれない」
次回、ツジクローたちが見たものとは!?
読んでくれないとタイラニーしちゃうのじゃ!
タイラ神「おい」




