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第二百一話 素顔

「……!? いっ、いてっ。いでで、いだだだだだだ!」


 突然、全身を肩凝りのような痛みが襲い、僕はその場にうずくまった。


「騎士様!?」


 リーンフィリア様が背中に置いた手が妙に熱く感じられる。

 何が起こった……!?


 あごのあたりでバキンと音が鳴り、ごくたまに開くことがある牙のようなラインが解放されたのがわかった。

 何が起きているのかまったくわからない。


「ねえ……。騎士殿、顔があるよ……」


 のぞき込んでいたマルネリアの愕然とした声が、兜の内側に広がった。


 顔?


 僕は開いた兜の中に手を突っ込んでみた。

 唇の感触に思わず指を引っ込めてしまう。


 これまで僕の鎧の中は、よくわからない闇が広がるばかりだった。隙間から手を突っ込んでも、どこをさわっているのか自分でもわからなかったくらいだ。

 それが今、明確な部位の反応を示している。


 どういうことだ? 何で今になって?


「認識の作用かもしれんな」


 これまで黙って経緯を見守っていたディノソフィアが、私見を述べた。


「世の中には、見られることや相手に認識させることで存在を固定化する者たちがいる。神が信仰を力に変えるのもその代表的な作用の一つじゃ。こやつ、今まで、女神の騎士としては知られていても、誰からも“名”を知られておらんかったろう? だから個が定まらなかったのかもしれん」


 そんな特殊な設定あったのかよ……!?

 ああ、でも、女神の騎士って、故人がなるんだっけ。幽霊とか妖怪とかなら、忘れ去られたら、存在があやふやになったりするのかも。今さら知るそんな事情。


「ふむー。ある意味、そこまで徹底的に己を隠し通そうとした健気さに免じて、二代目のくせに速攻でわしに銃を向けてきた不愛想は許してやろうかの」


 痛みの理由がわかったおかげか、徐々に落ち着いていく痛痒の中、本件の言い出しっぺであるディノソフィアが上から目線で言った。


「騎士様がおまえに気負う理由など最初からありません」


 反論する元気のない僕に代わって、むっとした様子のリーンフィリア様が言い返してくれる。


「ククッ、確かに、この鎧の中身が何者かなどわしにはどうでもいい。以前の戦いの意趣返しするつもりもなかったしのう」

「どうせ秘密を暴き、わたしたちを仲違いさせるつもりだったのでしょうが、思い通りにはいかなかったようですね」


 珍しく強気に笑ったリーンフィリア様に、ディノソフィアは目を細めて笑った。


「心外じゃなあ。そのように腹黒いこと考えてもみなかったぞ。ははあ、おまえならそうするということじゃな? おお怖い怖い」

「なっ……ち、ちが……!」


 一瞬で強気を崩される女神様。かわいそう。


 肩に何か軽いものが載せられたと思ったら、ディノソフィアの尻だった。こいつ、人を椅子に……!


 悪魔は強固な装甲板に覆われた手で僕の頭をぺしぺしと叩きながら、


「そもそも、わしはこいつのこと好きじゃぞ。ろくに話もしない先代より、反撃されるのを上等として自分の意見を伝えようとする態度が気に入った」


 うっ。こいつ、僕の理想像をそのまま口にしやがった。

 喜ぶなよ僕! こいつは断じて理解者なんかじゃない。ただ口が上手いだけ!


「言葉は、そいつの行動が伴って初めて機能するのじゃ。わしが聞きたいのは、多数に共感される名言でも、千年通ずる箴言でもない。そいつの人生が直に生んだ言葉じゃ。蠢く世界と向き合って、その中で見つけたそいつにとっての真実じゃ。正しいか、美しいかどうかなどどうでもいい。凡人が賢しく振る舞おうとするばかりの世の中で、こいつは、それを自ら語ろうとする。そういう素直な愚か者はなかなかおらん」


 自由奔放な持論を一方的に展開すると、ディノソフィアはころっと態度を変え、


「うむー、それにしてもこの硬さ、座り心地がよいな。わしは硬めの椅子が好きでのう。後でわしを膝に乗せる権利をやろう」


 !! <◎><◎> ≦〇≧≦●≧ <〇><〇> <〇><〇>


 ヒイッ!? どうしてみんなそこで僕を見るの!? 何もしてないのに!


「のじゃー。こそばゆい緊張感ではないか。この有様では、つまらぬ嘘程度で仲違いなどするわけもなかろうリーンフィリア? わしには最初からわかっておったぞ」

「うっ!? わ、わたしだって仲間を信じていましたよ……!? 本当です!」


 さっきの話を蒸し返され、無駄にダメージを受けていくリーンフィリア様。


「だいたいな、嘘というのは人工物であるがゆえに、百パーセント誰かの“利”と“理”によってできておる。その程度で起こる決裂などたかが知れとるよ。本当に人を破局させるのは、真実の方じゃよ。誰の利にもならず、どんな理も通らぬ、そういう危険な真実が世の中にはごまんとある。これがどのように人を破壊するかは誰にも想像できん」


 ひっひっ、と悪魔は悪魔らしく笑った。


 こいつの話にのっとるなら、僕の正体はそういう危険な真実じゃなかったってことなんだろう。ただ一人の名無しの権兵衛ジョン・スミスが、初めて名乗っただけのこと。


 ある意味、僕の嘘は、最小の段階でこの悪魔に暴かれたのかもしれない。

 もちろん、礼を言うつもりはないけど……。


 べらべらしゃべり倒すディノソフィアが、とうとうリーンフィリア様によって僕から引きはがされ、やがて痛みもだいぶ収まってきた。


 それでも、鎧の中に蓄えられた猛烈な熱に押し負けて動けないでいる時、誰かがふとこんなことを言った。


「今、顔、あるんだよね」


 え。


「兜、取ってみようか?」


 みしっ、と場の空気が凍った。


 あっ。


 今なら確かに顔があるんだろうけど顔出しはァ!

 その深刻さを理解した時には、もうホラー映画ばりに無数の手が視界を埋め尽くしていた。


 すぽん。

 情け容赦なく、兜を引っこ抜かれた。


 生々しい光に思わず目を閉じ、暗闇の中で数年振り(誇張あまりなし)に顔にあたる風を感じる。

 恐る恐る目を開けると、目を見開く仲間たちの顔があった。


 ああ、やってしまった……。

 それだけは避けたかった……。


 僕は目を下に落としつつ謝った。


「あの……。その、つまんない顔で、ごめんなさい」


 僕の顔は、普通だ。


 嘆くほどのコンプレックスもないが、形がよいと誇れるパーツもない。


 普通という字がそのまま顔の形になったかのよう……と考えて「普」の字が仮面ライダーのお面みたいに見えてきてやめる。そんなところも中途半端な微妙に普通。


 対して仲間たちは美形ぞろいである。いや、そもそもゲームのヒロインたちに美少女以外が存在することはない。いたとしたらそれはヒロインではなく、紛らわしい位置にいるモブだ。


 そうしたハイエンドの環境下において、圧倒的それ未満のつまらない顔をした僕は、もはや種なしスイカの種のように存在すら許されざる存在だった。


 人間、中身が大事だけど当然外見も大事なわけで。所詮この世はイケメンに限る。

 女神の騎士なんて大層な立場の相手には、それ相応なルックスも予想されるだろう。


 そして素顔を晒した僕が聞いた第一声は。


「えっ……。意外とまともだよ……!?」

「ひ、人の顔だ……!?」

「どういう意味!?」


 マルネリアとアルルカの感想に、僕は思わず顔を上げていた。

 マルネリアは頭をかきながら、


「いや、ボクさあ、騎士殿って正直、もっとヤバイ顔をしてると思ってたんだよね。獣と見分けがつかないくらいの。ほら、すごい無茶するから。ギンギンに目が血走って、牙とか生えててさあ……」

「おいィ!?」


「わたしは、もっと恐ろしい顔を想像していた。常に眉が吊り上がって、歯茎をむき出しにして、噂に聞く鬼のような……。騎士殿の激励は、それくらい情け容赦ない時があるから。何と言うか、その、安心したよ。あれは本当に、励ましてくれていたんだな……」

「そうだよ!? 善意以外で一緒に爆発するヤツとかそうおる!?」


 ハードルひっく……!


 素顔が見えないキャラって、勝手に美化されていくもんじゃないの? 僕ならそうするよ!? なのにどうして下がっていったのかコレガワカラナイ!


「それが騎士様の素顔なんですね」


 リーンフィリア様の笑みの温もりを素肌で感じたような気がして、僕は胸が高鳴るを感じた。


「……はい。そうです。なんか、みんなもっとひどい顔だと見積もってくれていたおかげで、がっかりしないでくれるみたいですが……。すいません」


 裸眼で見るせいか、それとも僕の人並みな顔と自覚せず比較してしまっているからなのか、リーンフィリア様はこれまでより一層可憐で美しかった。


 隣にいるアンシェルが肩をすくめて言う。


「リーンフィリア様と並んだら、月とスッポンなのは誰でも一緒よ。十人並みでも目と鼻と口がちゃんとついてるだけ上等じゃない」

「そうだね……」


 僕が弱々しくうなずくと、彼女はやりにくそうにそっぽを向きつつ、つっけんどんに続けた。


「ただね。顔の形は親からもらったものだから当人にはどうにもなんないけど、“面構え”っていうのは、その人がどう生きてきたかで変わるものよ。あんなに無茶苦茶やって生き延びてきたヤツが、つまらない顔っていうのは、まあ、ないわ。だからその、及第点くらいの引き締まり方はしてるんじゃないの? 女神様のお付きとして、ね……」

「アンシェル……。もしかして褒めてくれるの?」

「ほ、褒めてなんかないわよ! 事実を言っただけ!」


 セカンドオピニオンの目線を投げかけると、リーンフィリア様もにっこり笑ってうなずいてくれた。


 面構え。

 騎士に相応しい面構え。僕は、そうなれているらしい。

 それが本当なら嬉しい。そういう生き方ができていたことが本当に嬉しい。


 しかし、ここまででまだ一度も言葉を発してくれていない仲間が一人いる。


 僕はその仲間――パスティスを探そうとし、少し離れたところで後ろを向いてしゃがみ込み、両手で顔を覆っている彼女を見つけた。


 こ……この反応は……。

 ああ、すっごくダメそうな感じがする。こっちを見ようともしない。


 アルフレッドの方が千倍イケメンじゃねえかよおまえには失望した! とか思われていても不思議じゃない。特にパスティスは人一倍献身的に協力してくれてたし、僕への美化もひとしおだったはず。


「あれー? おかしいな。パスティスはそんな面食いじゃないと思うんだけど」


 マルネリアが気楽に言って、ひょこひょこ歩いていった。


 何やら二人で話し込んでいる。

 中身までは聞こえないけど、マルネリアからの質問にぽつぽつ答えるたびに、なんか尻尾でバンバン地面を叩いてる。ヒェ……。もう終わりだァ!


 マルネリアが戻ってきた。


「あの、パスティスは何て?」


 彼女はニヤリと笑い、


「うーんとね。どストライクなんだって」

「え……。スリーストライクでアウト……?」

「違うよ。騎士殿の顔、優しそうですごく好きなんだって。だから恥ずかしくて見られないって」


 ヘアッ!?

 普通人の風上に置けない熱が僕の顔に上った。


「おー。騎士殿はそんな顔で照れるんだねえ。実は今までそんなふうだったのかー」

「や、やめないか!」


 ニヤニヤ笑ってくる魔女の顔から視線を逃がした拍子に、肩越しにこちらを見ていたパスティスと目が合ってしまった。慌てて顔を背けあう。何この小学生みたいな状況……!


 ついさっきまでは普通に話していたのに、顔が見えること一つでここまで変わるものなのか。


「ボクとしては、嫌がるパスティスを無理矢理つれてきて騎士殿と対面させて、頭がフットーしておかしくなる様子をじっくり眺めたいんだけどねえ。それで、そんな純粋な娘に不貞の現場を見せて、傷ついたところを優しくさあ……」

「自重せよ修羅場強者!」

「そしてつれてきたのじゃ」


 いきなり割り込んできたディノソフィアの声にぎょっとする。


 彼女の手には竜の尻尾が握られており、その先には、散歩から帰るのを嫌がる犬のように地面にしがみつくパスティスがいた。


「ほれ、こいつの顔が間近で見たいんじゃろ。そんな様でこれからも一緒に戦っていけるのか? おまえは、わしが造った最高傑作のたねじゃ。戦場で腑抜けた態度は許さぬからなあー?」


 ニマァと悪魔の笑いを浮かべた悪魔は、そんな言い分よりも単にパスティスをいじりたい欲求が丸見えだった。さすが悪魔きたない。


 しかしパスティスはその建前を信じてしまったのか、太陽に手をかざすように視界を覆いながら、おずおずと僕へ振り向く。顔は耳まで赤く、指の隙間から見える目は涙目。なんか、だんだん自分が猥褻な存在に思えてきた……。


「パ、パスティスも、僕がバケモノみたいな顔をしてると思ってたのかな」


 場を和ませるために、つまらないことを言う僕。

 パスティスは慌てて首を横に振り、


「騎士様は、鎧、なんだと思ってた……」


 本当にそう思われていた感がプンプンする。リビングアーマーかな?


「実はこういう顔してたんだ。その、今後ともよろしくね」

「ふ、不束者ですが、よ、よろしく……お願いします……」


 どこで覚えたんだそんな言葉。マルネリアかなあ。そうだろうなあ。

 右往左往する色違いの目と、ふと視線がかち合った。


「き、騎士様、さわっても、いい?」

「へ?」

「顔、を……」

「あ、うん……」


 うなずくと、おずおずと伸ばされたパスティスの左手が、ぺたぺたと僕を触った。

 大胆だなと思ったけど、これ、多分サベージブラック由来の何かだなあ。あいつら、よく人のことぺたぺた触ってくるしな。


「柔らかいね」

「鉄の塊じゃないからね」


 僕はそこで、彼女が空いている右手をうずうずと動かしていることに気づいた。


「どうしたの?」

「あ、これ、は、爪が、危ないから……」


 そう言って後ろに隠す。そういうのは、どっちかというと大反対だな。


「平気だよ。パスティスは僕を傷つけない」


 金属すら切り裂く彼女の右手を取り、頬に持っていく。我ながら勢いをつけすぎて、なんかビンタみたいになった。

 ええと、僕は何で自分からこんなキモいことやってるんですか? 本来なら通報されますよね?


「……あり、がとう……。信じて、くれて」


 パスティスの右手は、人の左手よりもひんやりとしていた。人外の手だ。しかしその手つきは優しく繊細だった。


 爪が頭の横に当たるけど、すっげー硬い。え、これ、軽く撫でられただけで皮膚の弱い人切れちゃうんじゃ……。しまった。僕の体の強度って今どうなってるの? これでホントに傷ができたら、パスティスに申し訳なさすぎるんだけど!?


「どれどれ、本当に柔らかいのかな?」

「た、確かめてみよう。案外カバーになっててはずれる仕様かもしれない」


 なぜかマルネリアが横から割り込んできて、さらにアルルカまで便乗して、僕の鼻をつまんだり、頬を引っ張ったりしだした。


「フガ……フガ……」


 あっ……。この扱い知ってる。

 ずっと昔、近所の犬を一時的に預かった時に、僕がそいつにやったことだ。

 犬は喜ぶんだけど……。どうなんです狂犬? 人としては。


 その後……。


 パスティスたちはかなり長い時間に渡って顔を撫でまわし、それは、中庭からやって来たアディンたちが僕の異変に気づいて飛びかかり、ヤバイ硬さの前足でぺたぺた触ってくるまで続いた。


 こうして僕の素性と素顔は、本人の心配をよそにアクシデントもなくすんなりみんなに受け入れられたのだった。


 しかし、僕の生活様式が大きく様変わりするのは、これからだったのである。

 体を得た。ということは――


《いちごジャム!!》


二百一話目でようやくハーレム要素にたどり着く小説があるらしい

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[一言] いちごジャムが全てを持っていくのか……
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