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第二百話 僕と彼女の長い嘘

「え?」


 ざわついた空気が、一斉に鎧の中に流れ込んで来る気分だった。


 悪魔の放った一言に、驚くどころか理解が追いつかない様子の仲間たちの目線が、思考を放棄したまま僕に何らかの返答を求めているのがわかる。


 何言ってんだこいつ、と笑い飛ばせれば御の字。しかし、硬直した僕の体は即応することを完全に拒否し、ただの彫像のようにその場に立ち尽くさせた。


 原因は、ディノソフィアの――かつて人間世界の未来を競い合った宿敵の、確信に満ちた瞳。


 気づかれた!


 心臓のあたりが濡れたように冷たくなっていくのを感じながら、僕は迂闊さを呪った。


 こいつはこの場において、リーンフィリア様と並んで先代の女神の騎士と会ったことがある数少ない証人。しかも、直に剣を交えたとあれば、手ごたえの違和感は誰よりも鮮明に感じ取ることができる。

 ある意味で、戦闘中の女神の騎士を誰より知る人物!

 言い逃れは困難!


 僕が沈黙していることで、仲間たちに戸惑う空気が流れ始めた。

 どうする? 何と答える?


「な、なんで黙ってるのよ……」


 アンシェルが。あの強気なアンシェルが、まるで腫物にでも触るような様子で、おずおずと問いかけてきた。


 共にリーンフィリア様に直属する、ある意味でライバル関係にある彼女にそんな顔をさせたことが、僕の中で何かを定めた。


 言い訳はできない。

 ここまでだ。


 僕がここでかたれば、一人真実を知るディノソフィアは僕を嗤い続けるだろう。そしてそれを健気に信じる仲間たちを道化と蔑むだろう。

 ダメだろ、それだけは。


 僕は今日まで堂々と嘘を突き通してきた。

 みんなを騙すために。

 僕がこの場に居残り続けるために。

 僕が決め、僕が実行した。

 後悔なんてしちゃいない。

 嘘である以上、いずれ真実が追いついてくることも覚悟していた。


 だから今日が。

 告白の時だ。


 僕は首を折るように頭を下げた。


「みんな、黙っててごめんなさい。僕は、二百年前に戦った女神の騎士じゃない。辻九郎という名前の、まったく別の人間です」


 踏み荒らした裏庭の地面しか見えない中、冷たいグレッサリアの空気が、もう一段階寒く感じられた。

 今、みんながどんな顔をしているのか、僕は想像できなかった。


「なんで、謝る、の……?」


 パスティスの、本当に不思議そうな声に弾かれ、僕は反射的に頭を上げていた。


 え?


 パスティスだけじゃなく、マルネリアも、アルルカも、どこか困ったような、それでいて柔らかな表情を僕に向けている。……憐憫では、ないらしい。


「わたしを助けてくれたのは、今の騎士様、だよ。前の騎士様じゃ、ない……。前の人なんて、知らない……。そんな人、どうでもいい。だから謝ることなんて、ない、よ……」


 パスティスが自分の胸に手を当て、懸命に声を絞り出した。

 マルネリアも気楽に頭の後ろで手を組み、


「パスティスの言う通りだね。ボクだって前の騎士なんて知らない。確かに、人間の大陸であった戦いのことは仄聞していたけど、ボクの故郷を救ったのは今ここにいる騎士殿。そりゃあ、前の騎士の功績を盾に横暴凌辱の限りを尽くしたっていうなら話は別だけど、そんなことちっともしてないもんね」


 それを聞き、アルルカもうなずいた。


「わたしは人間の英雄アルルカ・アマンカとの過去について聞かされた。もしわたしが彼女本人なら騙されたと憤りもしようが、やはりわたしもアルルカ・アマンカ・エルボであって彼女ではない。本当に苦しい時期に何度も励ましてくれて、一緒に爆発もしてくれたのは、他ならぬあなただ。別人だというのなら、その前の騎士殿こそ、わたしにとっては“別の人”だな」


 みんな……。

 僕みたいな偽物の騎士に、ここまで言ってくれるのか。

 思わず、ありがとうという甘えた言葉が出そうになる。


 でも。


「あんた……」


 震える声が、別方向からじわりと忍び寄った。僕はそちらに向き直った。

 リーンフィリア様の前に立つアンシェルが、肩を怒らせて僕をにらんでいた。


「リーンフィリア様を騙してたのね。これまで、ずっと!」

「うん」


 僕は素直に肯定した。


「前の信頼をいいことに、馴れ馴れしく接してたのね!」

「うん」


「信じ込んでるわたしたちを、陰であざ笑ってたんでしょ!?」

「それは違う……! それだけはしてないよ。絶対に……」


 堅守するも、アンシェルが聞き入れてくれるわけもない。「どうだか……!」と吐き捨てる。


「あの、アンシェル」と、出かけたリーンフィリア様の言葉を遮り、彼女は続けた。


「だいたい、最初からおかしかったのよあんた……!」

「ええと、アンシェル?」

「戦い方は滅茶苦茶だし、天界の命令に従わないし」

「アーンーシェールー?」

「何よりわたしのセンスにケチつけるし、ゆるふわウエーブヘアが気に入らないとかニーソよりタイツだとかふざけた主張するし……ッ!」

「こらっ、アンシェル!」

「はい、ありがとうございます! じゃなかった、何でしょうかリーンフィリア様! この不心得者を追放しますか!?」

「わたし、知ってましたよ」

「そうよこのエセ騎士! 女神様は何でもまるっと知って……! !!!!????」


『ええええ!!??』


 僕とアンシェルの驚愕は、二人三脚の真ん中の足のように綺麗に揃った。


「リ、リーンフィリア様は、この鎧の中身がゲジクロウとかいう男だとご存知だったんですか?」


 アンシェルが唾を飛ばす勢いでたずねた。何か、ゲンゴロウの親戚みたいな名前で呼ばれた気がするけど今はどうでもいい。


「名前までは知りませんでしたが、以前とは別人だとは気づいていました」


 リーンフィリア様はあっさりと言った。


「な、ええ……? い、いつから、ですか?」


 僕が恐る恐る聞くと、


「最初からです。二百年ぶりに再会してすぐに」


 速攻でバレてんじゃん……!

 誰だよ、先代は女神様とろくにコミュニケーション取ってないからいけるとか思ったヤツ……! このゲジクズロー!


「あなたは、どうして騎士に?」


 リーンフィリア様の優しい声が問いかける。僕はあるがままを話した。


「先代に任されて。それで気がついたら、この鎧を着て戦場に立っていました」

「そうですか」


 リーンフィリア様は微笑みを絶やさないまま、少し寂し気に目を伏せる。


「わたしは、あの方の名前も知らないのです」

「えっ? 先代の、ですか?」

「ええ。あの方はお呼びした時からひどくかしこまっていて、ほとんど話もできませんでしたから」


 やっぱり、没交渉だったのは間違いじゃなかったらしい。

 でも、僕が先代と会った時は、わりと明るくて話しやすい、戦隊ヒーローの主人公みたいな性格だったような気がするんだけどな。やっぱり大人だから、公私混同はしなかったのかな。


「わたしも女神らしく振る舞おうと必死でしたから、そういう意味では、わたしたちは命を賭しておきながら、上辺だけの関係しか築けなかったのかもしれません」

「先代は、女神の騎士であれたことを誇りに思っていましたよ。天国にいる奥さんたちと先祖に自慢してやると豪語してました」


 リーンフィリア様は少しほっとしたように目元を緩めた。


「あの、リーンフィリア様、僕が別人だと気づいていたのなら、どうしてクビにしなかったんですか……? アンシェルが言ったように、僕はかなり身勝手なことをしてきたと思うんですが……」


 女神様は胸の前で手のひらをすり合わせ、少しはにかむように笑った。


「騎士様は覚えていますか? わたしにこう言ったことを。


『あなたが以前のように、勇敢なフリをまた始められたら。そうする自分を守り通せたなら。あなたの中で偽物だった勇気は、いずれ本物になる』

『そのための戦いを、僕と一緒にしてくれますか?』


 と」


「もちろん覚えてます」


 折れかけていたリーンフィリア様を励ました言葉。

 でも同時に、クソみたいな走馬燈しか見られない僕への檄でもあった。


 自分の意志さえ伝えられず、対立を回避するふりをしてなあなあで生きてきた無意見な小心者。そんなヤツでも、騎士のフリを続けられたら、きっと騎士みたいに強くなれる。

 そうしたらきっと、最悪の光景しかない走馬燈を、勇ましく戦う騎士の記憶で上書きできるって。


 そんな夢。

 それが今日まで続いてる。


「あの時、わたしは気づいたのです。この人も同じ苦しみの中にいたことがあると。あるいは、いまだにその中にいると。だから決めたのです。この人と戦い抜こうと。そして本当の女神になろうと。だからあなたは、わたしを騙してはいません。あなたは紛れもなく、女神の、わたしの騎士なのです」


 冷えていた胸が急速に温まり、高熱に至って顔を火照らすのを感じた。

 身に余る言葉というのは、今聞いたものをいうのだろう。


 僕は本物の騎士に。

 彼女は本物の女神に。

 世界を救う戦いの果てに、その答えはある。


 僕らは今、どこまで進めた?

 わからない。目の前に苦しむ人々がいて、彼らと共に生きていくので精一杯で。


 けれどリーンフィリア様は大勢に慕われている。

 僕も、僕を認めてくれる仲間がいるのなら、ひょっとすると、そう遠いところにはいないのかもしれない。


「改めて聞きましょう。騎士、ツジクロウ様、わたしと一緒に戦ってくれますか? はいかいいえで答えてください」


 懐かしいフレーズ。「はい」か「いいえ」しかない『リジェネシス』の古風な選択肢。

 答えはこれ以外にありえない。僕は全身の細胞の賛同を得て返答する。


「はい。僕、ツジクローは、身命を賭してあなたにお仕えします。女神リーンフィリア様……!」


 この瞬間、僕は正しく女神の騎士になった。


 身の内に形容しがたい軋みが走ったのは、その時だった。

しれっと再開していきましょう。

何だか真面目な小説みたいな副題ですね……(5コレジャナイ)

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― 新着の感想 ―
[一言] このエピソード好きなんですよ。 序盤のエピソードと対になっているのも良いですよね。 これまでの積み重ねで得られた仲間からの信頼と、最初から知っていたと言ってくれる女神さま。いいですね。
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