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第二十話 敵NPCのコレジャナイ

 洞窟の小部屋に置かれた小さなロウソクが、闇をなめるように照らしていた。


 浮かび上がる顔は二つ。

 一つは僕が追ってきた少女のものだ。


 年齢は僕と同じくらいだろうか。

 髪型は乱雑な切り口のショート。くすんではいるが、金色のようだ。

 顔立ちは端整で、目つきはやや鋭い。ただ、そこに強い己の意志はなく、なぜか気弱な印象を受けた。


 異様なのは、やはりその体。


 両側頭部に生えた、小さな巻き角。

 右手は二の腕のあたりから青白く変色し、蜘蛛の足のような長い五本の指へと繋がる。

 短い衣服の丈から伸びた左足は、太股の半ばから黒い鱗に覆われだし、最終的には恐竜の足のようになっていた。

 そして、地面までゆうゆう届く、長く黒い尻尾……。哺乳類のものではなく、竜のそれを彷彿とさせる。

 けれども、体の基礎となっている部分は間違いなく人間なのだ。彼女は一体、何なのだろうか……。


 少女とは別に、もう一方の人影も僕に言葉を失わせた。


 彼女に比べればシンプルなシルエット。


 肉体は人間、それも男性のものとほぼ同じで、強靱な筋肉の凹凸がロウソクの明かりに深い陰影を作っている。

 衣服は金属と布で作られた腰巻きだけで、後は腕輪や首輪といった装飾品が少し。

 明かりの中でも色合いが変わらないところを見ると、恐らく皮膚は漆黒。


 そしてその頭部は鳥――それも鳩の頭だ。


 人間っぽい部分は少女よりはるかに多いのに、まるでそうだと感じさせない異様な気配。


 クソッ、どっちも何なんだかわからん……! 解説役のアンシェルを引っ張ってくるべきだった。


 そのとき、突然重々しい声が響いて、僕の心臓を強打する。


《闇が塗られた体。獣の頭。忌まわしき魔界の住人、悪魔だ……》


 ビックリした主人公かよ! ……知っているのか、あいつの正体を……!


《聞いたことがある。ヤツの名前はシャックス。盗賊であり、蒐集家でもある》


 悪魔シャックス! それがあれの名前か! それで!?


《あとパンナコッタください》


 デザート頼んでんじゃねえよてめえ!


 クッソ! またシークレットボイスかこんな時に! ダメだ。もう何を言っても信じられない。シャックスって名前も信じられなくなってきた。あいつの名前はパンナコッタかもしれない。


 だけど他に呼びようもないので、シャックスでいく。パンナコッタじゃ気が抜ける。


 少女はシャックスに、盗んできたキャベツを渡している。

 鳩のまん丸の目は、それをじっと見つめ、


「このクズが!」


 神経質な高音でそう叫ぶと、突然、少女に向かってキャベツを投げつけた。

 それを頭に食らった少女が、思わずその場に倒れ込む。


「ワタチは、もっと価値のあるものを持ってこいと言ったデスよね!? それなのにオマエときたら、こんな何の変哲もない食料などを持ってきて……! この悪魔シャックスに恥をかかせる気デスか!?」


 悪魔シャックスであってたのか……。

 ということはこの少女も悪魔?


「食べ物は……生きる上で大切だと……思って……」


 少女が頭をおさえながら声を震わせた。少し低めでクールそうな声音ではあったが、今はか細く、消え入りそうなイメージが先行する。


「だったら次は水や空気を持ってくるつもりデスかオマエは!?」


 少女のあごをぐいと掴み、シャックスはゼロ距離で怒声を浴びせた。少女の顔が歪む。


「ワタチはオマエに、あの村に住む人間の、命ほどの価値のあるものを盗んでこいと言ったはずデス。人間の命にはチリほどの価値もない。デスが、滅びに瀕した連中が、それでも命と等価値に見なすほど大事なものがあるとすれば、それは大層価値のあるものデス。愛する故人がくれた指輪や、亡くした子の髪の毛、思い出の日記……何でもいい! この蒐集家シャックスがあの方に献上するにふさわしい、悲惨で滑稽な人間たちの宝物を!」


「…………!」


 少女の顔が険しくなる。それを見て、シャックスは目を細めた。


「オマエ……本当はわかってるデスね? わかっていてワタチに逆らうために、わざとこんな下らないものを持ってきているデスね?」

「……ち……違う……。違い、ます……」


 うつむく少女を、悪魔はあざ笑った。


「どこでそんな浅知恵を身につけたかは知らないデスが、オマエのような醜い生き物が、どうして今日まで生きながらえたのか、よく考えることデス。ワタチがオマエを飼ってやらなかったら、誰も知らぬ寂しい場所で無様に一人野垂れ死んでいたデス」

「…………」


 沈黙を拒絶と受け取ったのか、シャックスは苛立った様子で少女を突き飛ばした。


「どうやらまたお仕置きが必要なようデスね」

「……!」


 シャックスの目が好色に細まり、硬いはずのくちばしがなぜか歪んで見えた。

 少女が青ざめた顔を震わせるのとほぼ同時。

 悪魔は丸太のような足で、倒れたその細い肢体を蹴り上げた。


「んぐっ……!」


 数センチ浮かび上がった少女の体は、脱力したまま洞窟の床を転がり、ようやく止まる。


「げほっ、げほっ。……ご、ごめんなさい。次は……ちゃんと……します……」


 咳き込みながら少女は哀願したが、シャックスはもったいぶるような足取りで近づくと、もう一度少女を蹴った。

 打ち捨てられた死体のように少女はまた転がる。


「このクズが。悪魔の折檻に耐えられないほど弱く、ワタチの気晴らしもできないほど醜い。せめて無様に泣きわめいて赦しを乞い、悶え苦しむ姿でワタチを満足させるデス! それだけは上手デスからねえオマエは!」


 一方的な暴力。

 圧倒的な悪意。

 少女は抵抗する気力もなく、ただ諦めたように、歪んだ唇を噛む。

 悪魔はその一秒一秒を楽しむようにゆったりと近づき、再び足を振り上げようとした。


 そのとき。


「これじゃない……」


 陰惨な世界に投じられた一言は、劇的な波紋を広げ、悪魔をこちらに振り向かせた。


「何者デス!」


 入り口から一歩部屋に入り込んだ僕に、悪魔の敵意が向く。


「『リジェネシス』には敵NPCがいなかった」

「なっ、何……?」


「帝国との戦争がメインなのに、描かれるのは主人公側ばかり。これじゃ帝国の内情がわからず、戦記としてクソだとか、ドラマ性皆無だとか言ってるヤツがいたけど、それはアンチすら苦笑いする正真正銘のバカだ」


「オっ、オマエ、何を言って……」


「なぜなら帝国はゲーム開始時点で滅んでいたからだ。残っているのは何も知らない前線の兵士がごく少数。意志のあるNPCなんているはずもない。敵の内情が描かれないのは、その伏線。そうとは知らず、叩き所と思い込んで得意げに指摘したヤツのマヌケ面は想像するだけで面白かったよ」


 悪魔の戸惑いを無視して話は続く。


「だから『Ⅱ』には敵NPCが存在するっていう雑誌記事で見て――不安もあったけどやっぱり期待したものさ。この世界を作ったスタッフたちが、どんな悪役を創造してくれるのか。どんなドラマを魅せてくれるのか。それがッ――!」


 僕の言葉が怒気でかすれる。


「その記念すべき最初の一人がッ……! 大した威厳もなく、しゃべり方もなんか変で、やってることはただの泥棒の頭目、しかもリョナラー気質ときた! こいつをコレジャナイと言わず何と言うかッ!」


「いい加減にするデス! オマエは一体何なんデス!」


「おまえみたいなクズに噛みつくんだ、正義の味方に決まってるだろうがあ!」


 気づけば僕はカルバリアスを逆手に引き抜き、戦闘態勢に入っていた。


【敵がすごいクズで小者くさい!:1コレジャナイ】(累計ポイント-54000)


終わりの方で主人公が聞き慣れない単語を使っていると思われますが、知らなくても検索しないでください。知ってもろくなことにならないです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 貴様などハトタウロ○のなり損ないだ…!!(憤怒
[一言] 敵が悪いやつほど倒す価値が生まれるんだから そこは敵NPCを全うに作ったスタッフの頑張りだよ……
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