第二話 聖銃アンサラー
状況の把握も心の整理もいらない。
ここがどこで、何が起こっているかは二の次だ。
攻撃されているのが僕で、反撃しろと言われているのなら、ためらわずそうする。
もう僕は二度と「そうかもね」とは言わない。
僕の意志を、価値観を、なりふり構わず敵に叩きつけてやる。
「どうした返事をしろ! 武器はないのか!?」
僕は叫ぶ。
「……ッ! 何でもないわ。いきなり大声出すからちょっと驚いただけ。それより武器はアンサラーがあるでしょ。出征前に言ったじゃない!」
光弾が飛び交い、地面が雨天のように弾けまくっているこの状況においても、相手の声はっきりと聞こえた。
近い。頭のすぐ横から話しかけられているかのようだ。
「アンサラー!? 何のことかわからない! もう一度説明を!」
「いきなりしゃべりだしたと思ったら何てこと……! 聖銃アンサラーよ! 腰の後ろに装着されてる!」
「そんなものないよ! 丸腰だ!」
「名前を呼んでないから実体化してないのよ! そう説明したでしょ!」
そいつを聞いてないんだ。でもこの場でそれを話題の焦点にするほど僕はバカじゃない。
「呼べばいいのか? アンサラー! アンサラー!?」
言われるがまま叫び散らす。
腰の後ろに、奇妙な熱量を感じた。
思わず自分の体に目をやって、僕はようやく気づいた。
鎧を着ている。
傷だらけで、紫紺のフルプレート。
攻撃を受け流すような曲面の多いスマートな造形で、関節やその周辺はチェーンメイルで守られ動きやすい。
僕はこの鎧を、ついさっき記憶の中で目撃している。
女神の騎士が着ていた鎧だ。
僕は女神の騎士になっている……?
いや、今は。
それについての疑問を一旦優先順位の後方に押し出し、腰の後ろに手をやった。
……ある! こいつがアンサラーか!
掴んで前面に取り寄せると、それは一挺の長銃だった。
鎧と同じく紫紺のボディカラー。全体のシルエットは長方形で、端っこにグリップとトリガーがついている。
分厚い装甲が施された長方形部分は大きなディスプレイとしての役目もあって、そこには祈る女神と記号化された大きな木が彫り込まれていた。荘厳なデザインだ。
「弾は入ってるのか!?」
言いつつ、僕は周囲を飛翔する物体へと引き金を引いた。
暴ッ!
長方形のボディの先端から、ほんのわずかに飛び出ている銃身が火を噴いた。
「ギッ……!」
奇っ怪な叫び声をあげて、飛行物体が落ちてくる。
「アンサラーは魔法の銃よ。魔力を弾丸にして無尽蔵に撃てるわ! でも内部に魔力の余熱が溜まるから、ときどき冷気の石で冷やさないと暴発する!」
「クールダウンか。やり方は!?」
「それも忘れたの!? 腰のベルトに専用のアイスチップがあるでしょ! それで装甲の表面を撫でるだけ!」
ベルト……これか!
へそのあたりを交差するように二本のベルトが巻かれており、そこに菱形の青白い石が差し込んであった。
手を近づけてみると、手甲越しにもひんやりしているのがわかる。
銃身がオーバーヒートしたらこれで冷やせばいいわけだ。
「他に説明されたことはある?」
「女神様のためにしっかり戦って! それで生きて帰ってきなさい!」
「オッケー!」
僕は右手はトリガーに、左手を銃の下側に這わせて、敵と相対する。
飛んでいるのは、灰色の翼を持つ奇妙な生き物だった。
翼があるのに手足も生えている高性能なデザインは、僕の知る限り昆虫だけだ。鳥は人間でいうところの手を翼にコンバートしているため、今、空を飛び回っている生き物には該当しない。
しかし、灰色のそいつらは、どちらかと言えば哺乳類的な姿をしていた。
シルエットは腕の長い人間――いや、猿的なものに近い。
顔つきは、雑に切り出された石のようにのっぺりしていて、赤い二つの目は――ってちょっと待て! 僕、こいつを知ってるぞ……!?
見たことがある。もちろん現実じゃなくて、ゲームで……。
そうだ。女神の騎士が登場する『リジェネシス』のザコキャラだ!
「ガーゴイル……!」
僕はその事実を呑み込むことを後回しにして、引き金に指をかける。
ショット!
広げた翼を打ち抜かれた一体が墜落し、地面で砕ける。
ショット!
左肩をごっそり削り取られた一体がバランスを崩し、すぐ近くのもう一体を巻き込んで一緒に落ちる。
ショット!
胸部に風穴を開けられた一体は、落下することなくその場で四散した。弱点か何かを突いたらしい。
撃ち込んだ魔法弾の火花を散らしながら、力を失ったガーゴイルたちが次々に墜落していく。
僕は地を駆けながら、自分でも奇妙に思える適応ぶりに舌を巻いていた。
まずこのアンサラーの扱い。
基本、引き金を引くだけの簡単なお仕事だが、飛んでいる獲物を狙うのは難しい。
しかし僕には、弾丸の着弾点が何となくわかっていた。
まるで、ガンシューティングに出てくるターゲットサイトを見ているみたいに、狙ったところにしっかり弾が飛んでいくのだ。
そして次に、鎧を着込んでいるというのに、この運動性。
僕は無難な人間だった。通知票に「ふつう」と書かれれば能力をすべて把握される程度のスペックしか持っていない。
それが、飛び交う無数の弾丸をかわして駆け回りながら、的を狙い撃つという達人めいたことを成し遂げている。
明らかにおかしい。こんなのは異常だ。
だが、それがどうした?
さっきからおかしいことだらけで、正常なことなんか一つもない。
そんなことに構うな。
僕は狂犬で、今、敵に噛みついている最中なのだ。
突然始まったこの第二の人生。
わけがわからないままいきなり終わるかもしんないけど、だからこそ突き進み続けてやる。
敵の動きが変わった。
巣を突かれた蜂のように乱舞していたガーゴイルが、突然、渡り鳥の群れのような統制ある動きで僕から離れ始めたのだ。
「撃退したのか……?」
「そうみたいね、騎士」
声が応えてくる。
僕は、勝ったのか……。
大きくため息をついて、座り込みたい気分だった。
鎧の内側が熱かった。だが不思議と、汗をかいている感触はない。
ただ達成感があった。
自分がここにいるという気がした。
「でも、橋頭堡を築くにはまだたりないわ。一旦天界に戻ってきて」
「……どうやって?」
「それも忘れたの? 待ってれば、勝手に上がっていくわよ」
言うが早いか、僕の体は見えないクレーンに引っ張り上げられるみたいに宙に浮いた。
……そうだったな。
『リジェネシス』の主人公も、戦いが終わるたびに、こうして天界へと引き上げられていたっけ。
ていうか……。
女神の騎士。
天界。
ガーゴイル。
これは間違いなく僕の知るゲーム『リジェネシス』に登場する単語だ。
『リジェネシス』は僕が小さい頃にクソハマったゲームで、そして、価値観をズタボロにしてくれたあのアンチたちのヘイト先でもある。
理屈はわからないが、僕は『リジェネシス』の世界にいるのかもしれない。
ゲームなのか、ゲームによく似た世界なのか、それはわからないけど、今はそう考えることで、壊れそうな思考を支えておく。
でも、ちょっと引っかかることがあった。
聖銃アンサラーなんて『リジェネシス』には出てこないのだ。
アンサラーが出てくるのは『リジェネシスⅡ』だ。
だけどそのゲーム……。
確か、ずっと前に開発中止になったよな?
……クソッ、何で『Ⅰ』じゃないんだよ。『Ⅰ』なら色々知ってたのに。
……いや、今の僕の発想こそ意味不明だな。
『Ⅰ』でも『Ⅱ』でもおかしいよ。僕がゲームそっくりの世界にいるなんてのは。
頭がおかしくなったのかもしれない。確か、交通事故に遭ったしね。
そんなことを考えながら昇天していくと、ふと、目の前にうっすらと人影が現れた。
一瞬ぎょっとしたけど、見覚えがある。
今の僕と同じ格好の人物。
元の世界で、あの高架からダイヴ中だった僕を拾い上げたのは、タイミング的にも彼としか思えない。
命の恩人なのか、それとも、こんな不可思議な世界に引っ張り込んだ元凶なのか。
女神の騎士。つまり……『Ⅰ』の主人公……と決めつけてしまって、いい、のかな?
「やあ、素晴らしい戦いだった。私の目に狂いはなかったよ」
女神の騎士は言った。
「ありがとう」
僕ははにかんで頭に手をやった。つるりとした兜の手応えが伝わってくる。
同様の鎧を着た彼を見て気づいたことだけど、僕は奇妙な兜をかぶっているようだ。
輪郭は卵形で、スマートな全身部のシルエットとよく合っている。ただ、フルフェイスなのはいいとして、視界を確保するためのスリットが存在せず、むしろ目の部分は厚めの鉄板で補強されているのが独特だった(視界はしっかり確保されてるのに)。しかも口回りには、噛み合った牙のようなギザギザの意匠が施されている。
「あなたは、敵にやられてしまったんですか」
僕は、真偽のほどはともかくとして、彼のピンチに駆けつけることになっている。
「いや、私は戦ってはいない。地上に降下する途中で、君と交代したんだ」
「はあ……。どうしてです?」
「うん。実はね、そろそろ天国に行こうと思っていてね」
「へっ?」
騎士は頭に手をやった。この人今、絶対笑顔になってる。
「私は元々、先の帝国との戦争で死んだ騎士なんだ」
「そうだったんですか」
初耳。裏設定でもあったのかな。
「けれど、その勇猛さを買われて、死後も女神の騎士として働くことになった。これに関しては、心から名誉なことだと思っているよ。でもね、ちょっと長く仕えすぎた。天界ですごした約五年間は、地上での二百年に相当する。そろそろ天国にいる奥さんと息子たちにも会いたいし、親戚やご先祖様にも私の戦いを報告したいんだ」
「えっ。奥さんと子供いたんですか……!?」
「うん。いたよ」
あっさりうなずく騎士。
プレイヤーの分身じゃなかったのかよこのリア充!
それに関しても驚きだけど、なんかえらく個人的な引退理由……。
「だから君に、女神の騎士を託したいんだ」
「……!」
兜はフルフェイスで、面当ても重厚だから表情はまったくわからない。
けれど、そこから聞こえてくる言葉には、はっきりとした熱意があった。
幼い頃、僕は彼に憧れていた。
庭で剣の振り方を練習したくらいだ。
その彼から、こんなに心のこもった頼み事をされている。
ここは危険な世界だ。
だけど、ゲームをしながら、さんざん憧れ、夢見た世界でもある。
僕は死にかけて……いや、あれは、ほぼ死んだと思っていい。
だからこれは二度目の人生に等しい。
僕は願った。次の人生には、戦いをと。
一方的に削り落とされ続ける生ではなく、抗い続ける生き方をと。
もし僕が戦いを望むのなら、この世界と、女神様のために騎士を継ぐことは、これ以上ない幸運な組み合わせだった。
僕はもう二度と、あのクソッタレな走馬燈を見ない。
人生に、戦うときが来たんだ……!
「……はい……!」
僕は決意を込めてうなずいた。
どっちつかずの答えなんか、もう二度としない。
選択なんて、はいかいいえだけで十分だ。
「よかった。これで安心して逝ける」
先代騎士は嬉しそうに言って、それから、ぽそっと、
「……なんか、今回は、前と色々勝手が違って大変そうだなーって思ってたんだ……」
「……は? 先代。今、何て言いました? 何か重大なことを……」
「いや、何でもないよ! ああ、そろそろお迎えが来たみたいだ……」
「ちょ、待って! 一人だけ加速すんな! 待てえ! 先代! 先代ィィィィイイイイイイ!」
先代は飛び去り、呆然とする僕だけが、等速のままのんびりと天へ昇っていく。
空はどこまでも青かった。
きっと、鎧の中の、僕みたいに。
プロローグなので、二話連続投稿になりました。
貴公のシリアスも限界と見える・・・