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第百九十八話 春を呼ぶ剣

「あんたがついていながら何て様よ騎士! さっさとここから脱出しなさい!」


 僕の隣で一緒に縛り付けられているアンシェルが、足をばたばたさせながらわめいた。


「言われなくたって……!」


 天界での一時間は、地上の約二日間に相当する。

 何をするつもりかわからないが、二日もリーンフィリア様と悪魔を二人きりにするわけには……!


 キリリリ……と、所在なげに鳴く声が聞こえ、僕は隣のパスティスのそばにサベージブラックたちが集まっていることに気づいた。


「アディンたちは無事だったのか。パスティス、この紐を切らせて!」


 彼女はすぐに指示を出してくれた。だが、アディンたちが爪や牙で引っ掻こうとしても、重たい光を放つ鎖は傷一つつかない。

 試しに巻きついている柱を削ってもみたけど、鎖の方が勝手に締まって緩まなかった。かなり特殊な拘束具らしい。


「仕方ない。アディン、ディバ、トリア。リーンフィリア様を取り返してくるんだ。無事取り返したら……ここに戻ってもダメか。とりあえずどこか遠くまで飛んで逃げろ!」


 アディンたちが一鳴きし、地上へと飛び降りていった。悪魔を一撃で消し飛ばす竜の奪還隊だ。ディノソフィアもかなわないだろう。僕らは今のうちに、どうにか脱出手段を見つけたいところだが……。


 しかし、何もできないまま時間ばかりがすぎていってしまった。


「サベージブラックたちは、無事リーンフィリア様をお救いできたかしら……」


 真っ先に力尽きたアンシェルが、ぐったりした声音でつぶやいた。


「アディンたちならやってくれると思うけど、ディノソフィアがここに戻ってこないのは気になるな。竜を追いかけてるだけかもしれないけど……」


 体を覆っていた圧力が途絶えたのは、その時だった。

 宣言通りの一時間が経過したのか?


「行こう!」


 膝の上にしゃらりと落ちた鎖にかまわず、僕は反射的に神殿外へと走りだした。そのまま転げ落ちるように降下。


 広々とした空から、群青の雲が覆う〈ダークグラウンド〉の曇天に潜り込み、地上へと到達する。

 グレッサリアのすぐ外の雪原に落ちたらしい。

 リーンフィリア様は……アディンたちが無事つれ出してくれたのなら、こんなところにいるわけがないか?


「騎士殿、あれを!」


 アルルカが僕の肩を叩き、雪原の一角を指さした。


「何だ?」


 人。――人だかりだ。

 グレッサリアの住人たちが、街の外に出て集まっている。普段ならありえないことだ。


 僕らは急いでそこに走った。


「あ、先生」


 見知った金髪の少女が振り向いた。モニカ・アバドーンだ。


「モニカ? どうしたの?」

「アバドーンですわ。女神様がすごいことをなさるそうですの。これは拝見するしかない」

「めが……。え?」


 僕は観衆たちの目線の先を確認する。


 リーンフィリア様がいた。

 すぐ隣には、ディノソフィアの姿もある。そして三匹のサベージブラックは、僕の指示を無視し、まるで付き従うように彼女のそばで様子を眺めていた。


 一体どういう状況なんだ!?


「女神様……!」

「待て、アンシェル!」


 駆けだそうとするアンシェルを後ろから慌てて捕まえる。何かが始まろうとしていた。


 粉雪の舞う雪原に立つリーンフィリア様は、腰に吊るしたスコップを静かに手に取り、ムラサメモードへと変化させる。


 髪は大きなポニーテールにまとめられ、その雰囲気はまるで武者修行中の女流剣士だ。

 クッ、カルツェみたいな強気ポニテはもちろんいいものだけど、おっとりポニテも意外性があってこれまたいい。


 一方で、背中を真っ直ぐに伸ばした姿勢からスウと淀みなく上段に構える動作には、大樹の雄々しさと風にそよぐ一輪の花の柔らかさが同居していた。


 この本格的な感じは……!?


「やっ!」


 鋭くもあり愛らしくもある気合と共に振り下ろされた刃は、微風を産み落とし、雪原に積もった粉雪をわずかに舞い上がらせる。

 ただの素振りにも関わらず、息を呑むような美しさ。


 以前はあの一刀の重さに振り回されていたが、重心が安定しているのか、振り終えてピタリと静止した姿にはかすかな乱れも存在しない。


 つ、強くなってる……!?


 いつの間にか、観衆からは呼気の音さえ消えていた。

 幼い声で誰かがつぶやく。


「キレイ……」


 そのリーンフィリア様に、ディノソフィアが何かを言ったようだ。

 リーンフィリア様は〈豊穣なるタイラニー〉を横に寝かせるように構え直した。刀身の根元から切っ先に向けて、たおやかな手のひらを滑らせる。


「リーンブレイド……」


 静かなつぶやきは、彼女からというより、僕らの足元――大地から響いてきたようにも聞こえた。


 小さなざわめきが起こった。

 リーンフィリア様が高々と掲げたスコップが、ぼんやりとした光を放っている。


 な、何だあれは……!?


「フィリアタイラニック!」


 輝く残像を刻みつつ、踏み込みと共に大上段から放たれた一刀が、切っ先が地に触れるか触れないかの深さまで到達する瞬間。


 ドゴオ!


 まるでタンポポの綿毛が一斉に飛び立つように、あたり一面を覆っていた雪が跳ね上がった。


「うおおお!?」


 すべてがクラフト用の雪ブロックとなって降り注ぐその前に、第二の衝撃が地面を突き上げる。

 長らくその姿を見せることのなかった〈ダークグラウンド〉の痩せた地肌が、波打つように揺らめいた直後、爆散。その下に、凍った湖のように真っ平に整地された大地を露出させた。


 な、なんか変な技覚えさせられてるうううう!?


 雪だけでなく、その下の地面までも一撃で均すツーヒットコンボォ!


 すごい。確かにすごいが……リーンフィリア様は〈ブラッディヤード〉で地平のかなたまで砂漠を撫で切る大技を見せている。

 今これを見せられても、それほど驚きは……。


 そこまで考えて僕は、見物人たちが凝然と何かを見つめていることに気づく。

 雪ブロックと土ブロックが地面に降り注ぐ隙間に見えた、緑色の輝き。


 植物の芽。

 均された土地に新芽が芽吹いていた。


 な……にィ!?


 木と言えば黒々とした針葉樹しかなく、年中冬のような薄暗い大地に、人肌のように柔らかな緑の新芽が。


 今の一刀。広範囲を整地するだけではなく、生命エネルギーまで与えたというのか!?


 これは、新たなスコップの力と判断すべき事態……!


 あらゆる強固なものを断ち切る〈偉大なるタイラニー〉。

 あらゆる柔軟なものを断ち切る〈豊穣なるタイラニー〉。


 そして今、断ち切ったものを復帰させ、復活させ、復権させる新たなる力を得た。これを〈不滅なるタイラニー〉と命名せざるを得ないッ!


 これをディノソフィアが引き出したというのか?

 敵であるヤツが?


 空っぽになってしまった器に新たな力を注ぎ込む再生の太刀。生から死へとたどり着いた者に、生へと流転する道筋を示す神さぶ偉業。


 正にリーンフィリア様にふさわしい力。

 正対に位置する悪魔だからこそ、彼女にそれが眠っていることを見抜いたというのか。


『いあ! いあ! たいらにあ!』


 ひざまずいた人々から祈りの声が沸き上がった。


「この冬しか知らぬ土地に、春が来るというのか……!」

「これで、外の大陸から買った種もみを使えるぞ!」

「オーディナルサーキットのない街の外でも作物が取れる!」


 そこに歓喜に震える人々の声が交じる。


 なんか、地質改善イベントが発生する前にそれを成し遂げてしまった感。

 僕らはディノソフィアの衝撃もあって唖然としっぱなしだけど、住人たちにとってはこの上なく喜ばしいことらしい。


「悪魔の試練を乗り越えられた! さすがはリーンフィリア様!」

「闇の力をもって女神様を成長させられた! さすがはディノソフィア様!」


 え? 今、この人たち何て……?

 ディノソフィア、様?


 そしてリーンフィリア様は、新たな力を得て達成感に満ちた清々しい顔をしているかと思ったら、何だかスコップを握りしめながらぐぬぬ顔をしている。


 その目線の先には、コロンビアダブルピースで民衆にアピールしている白髪褐色の幼女。


「女神リーンフィリア様万歳! 悪魔ディノソフィア様大喝采!」


 住人たちの何かちょっと変な歓声を聞きながら、僕はより深刻な異変を察知し、その場に座り込んで頭を抱えた。


 この悪魔ッ……!

 たった二日でもう街に受け入れられてるよ……。


記憶は曖昧ですが作者はシャイダーブルーフラッシュ世代らしい

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