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第百九十七話 傲慢(プライド)

「手を貸す、などと……!」


 奇々怪々な申し出に張り詰めた声を返したのは、リーンフィリア様だった。


「誰がそんな申し出を! おまえのせいで、どれほどの命が失われたかわかっているのですか!」


 聞いたこともないような厳しい声に、思わず僕までたじろいでしてしまった。


 そうだ。

 前作ラスボスのロリ化なんかに苦しんでいる場合じゃない。

 こいつは、『Ⅰ』の舞台において、人類を絶滅の際にまで追いやった張本人なのだ。


 僕にとってはあれはゲームの中でのできごと。けれどリーンフィリア様はそれを直に味わっている。その激憤はこの中の誰よりも強い。


 しかし悪魔は悠然と微笑し、彼女の直情をスルリとかわす。


「勘違いするなよ。わしは皇帝を名乗る男に呼び出され、取引をしたにすぎぬ。その際も、強力な武器一つに対し人間の魂一つと、懇切丁寧に説明してやった。その上であの男は求めたのじゃ。なぜ魂を必要としたかは、もう知っておろう?」


 かすかに動いた視線が、僕の背後にいるアルルカを捉えたとわかった。

 悪魔の兵器の動力源アノイグナイトは、怒りや憎しみといった意志の化石だ。こいつは、生きた人間の心を分解し、材料にしたというのか。


 それだけでも許されないことだが。

 それを許したのは人間だ。


「わしは材料を提示しただけで、何も得ておらん。あの戦いはあくまで人間が望み、人間がしでかしたことじゃ。神も悪魔もなく、人間の戦史の一つにすぎん。まあ……まさか、追い詰められて自国の臣民まで差し出すとは思っていなかったがな。これだから人間は面白い。果たして何のために始めた戦だったのか……。あの男が正気なうちに聞いておけばよかったと、今でもたまに思うよ」


 存外、本当に悔やんでいそうな口調で、そう述懐する。


「だから最後まで見届けてやったのじゃ。人間の危機を知ったおまえが手勢を率いて、わしのところに乗り込んで来るまでな。初志すら忘れるような暗愚な王の戦にしては、望外の華々しさになったであったろう?」


 彼女はニイと、意外なほど人懐っこく笑った。

 純粋に楽しんでいる、とわかる。

 純粋さが残酷さや邪悪さとは矛盾しないことを、僕は生の感覚で理解した。


「おまえが余計なことをしなければ、その王も……!」

「先に余計なことをしたのは人の王じゃぞ。“尖兵”が人を殺したのもヤツがそう命じたからじゃ。とはいえ、滅ぼされかけた者たちが反撃する相手としてわしを選んだのは、そう間違えてはいないがな。なにせ、首謀者はすでに死んでおったのじゃからな」

「うう……」


 リーンフィリア様から続く糾弾は出てこなかった。

 こうなると果たして、契約の悪魔にどこまで責任があるのか。


 あれだけの惨事を引き起こしておきながら開き直るな、と憤る感情はあるものの、確かに、帝国民すら武器と引き換えにした皇帝の人為は大きく、重い。


 契約の悪魔が本当に求めに応じて取引を実行しただけなら、先の戦いは、神魔が巨大な武力を提供しただけの人類同士の内紛だったとも言える。


 リーンフィリア様が口ごもるのも、それに気づいたからだ。


 加えて、この悪魔からは人間をあざ笑う気配がない。

 権力者をそそのかして人類を滅ぼそうとしたというより、まるで、昔悪友とやった遊びの顛末を語るような、場違いな無邪気さすら感じさせる。


 気味の悪さと同時に、糾弾の無意味さを悟らされる。土台、価値観が違う。


「何を企んでいるのです……!」


 それでも負けじと、リーンフィリア様が精いっぱいの険しい眼差しを向ける。


 契約の悪魔――もとい、ディノソフィアはその態度を小さく鼻で笑うと、壁際に追い詰めた獲物に迫るように、圧倒的な優位から静かに一歩を踏み出した。

 リーンフィリア様がわずかに後ろに引きそうになったことを見抜くように、さらにもう一歩。そして。


「わにゃ」


 べちゃ、とその場に倒れた。


 ……なんか、すごい可愛い声が聞こえたような気がしたが。


 しかも、うつ伏せに倒れたまま起き上がってこない。

 形容しがたい緊張感の中、どうしたらいいのかわからない戸惑いが、沈痛な沈黙となって流れた。


 不意に、ぐいん、と幼女の首だけが動いて僕を見た。


「おい、転んだぞ」

「見ればわかる」

「起こせ」

「は?」

「今日は“副腕”を付けていないので、起き上がるのが億劫じゃ。立たせろ」

「何でだよ……」

「わしが倒れたままでは話が進まないじゃろうが。さっさと立ち上がらせろッ。老舗宿屋の若女将が風で倒れた立て看板を直すように丁寧に恭しくな……」


 細けえ注文だな……。


 少しためらったけれど、このままでは本当に話が進まなさそうだし、ディノソフィアの両脇に手を突っ込んで立たせてやった。


「この悪魔的に愛くるしい幼姿に直にふれられるとは、果報者じゃな」

「は? もう一度床とキスしたいのか?」

「照れるでない」


 ふふんと上機嫌に笑い、ディノソフィアは僕から離れる。

 つうか、こいつも自分で自分を可愛いと言い出すのかよ……。何人目だよ……。三人目だよ……。


 僕の心痛に気づくこともなく、悪魔はリーンフィリア様に向き直った。


「リーンフィリア。企みと言ったな? 企みは、ある」


 さっきの醜態を一掃する堂々とした告白を受け、場に緊張が戻った。


「一つはあの街のことじゃ」


 グレッサリア……?


「グレッサの民は古くから悪魔を信仰する酔狂な連中じゃ。我々とて、己を崇拝する者たちを憎からず思うことはある。その街を再興させようというのなら、たとえ神が相手でも、手を貸してやる気の一つくらいは起こるものよ。こう見えて、わしはわりと人間が好きなのじゃ」

「しらじらしいことを……!」


 リーンフィリア様が怒った猫のように長い髪を毛羽立たせるも、ディノソフィアは涼しい顔で、


「これまでの様子で、おまえたちがどれほど本気かは十分にわかったからの」

「わたしたちを見ていたと?」

「見ておったさ。最初からな」


 ディノソフィアは八重歯をちらりと見せて微笑すると、厚い手甲に覆われた指先をリーンフィリア様に向けた。


「そしてその結論が、二つ目にして最大の理由。おまえじゃ。リーンフィリア」

「わ、わたし……?」

「またぞろ地上の手助けを始めたと思ったら、何じゃ? この体たらくは。以前戦った時の方がまだマシな面構えをしておったぞ」


 リーンフィリア様の肩がぎくりと揺れる。


「体たらくだと?」


 僕は黙っていられず割り込んだ。


「どうやらおまえの目には指輪キャンディがはまっているだけで意味ないな後ろから破壊してやろうか。リーンフィリア様がどれだけ信奉されてるか知らないのかよ」

「ほーう? タイラニーとかいう、単なる整地したい病に憑りつかれた神としてか?」

「ぐっ!?」


 こ、こいつ……! タイラニーの起源を知っている!? 最初から見ていたというのは伊達じゃない!


「おい天使」

「なっ、何よ! リーンフィリア様をけなすことは許さないんだから!」


 たじろぎつつも反抗的な態度を示すアンシェルに、ディノソフィアはせせら笑って言った。


「今のこいつの姿が正しいと思うのなら、整地神リーンフィリア様万歳と三唱してみろ」

「えっ……!?」

「アンシェル? どうしたのですか? この悪魔に見せつけてやってください!」


 リーンフィリア様の不安げな目を受け、焦ったアンシェルのこめかみを一筋の汗が伝う。


「そ、それくらい言えるわよ悪魔! よく聞きなさい。せ、整地神リーンフィリア様万歳! せ、せ、せい……ち……しん…………ぐふっ」


 ああっ、アンシェルが倒れた!


「アンシェル!?」


 慌てて駆け寄るリーンフィリア様に、憔悴しきった顔の天使は許しを請う。


「申し訳ありませんリーンフィリア様……。リーンフィリア様は……あなたは……整地神とかいうヘンテコな神様じゃないです……」

「ああ、アンシェル!」


 アンシェルは徹底したリーンフィリア様シンパだ。女神様の権威を誰よりも重んじていた。だからこそ、始まりが「地面を平らにするんだー」という泣き言にすぎないタイラニーに、内心苦々しい気持ちを抱いていることを僕は知っていた。


 ここにきてそれをほじくり返すなんて、まさに悪魔の所業!


「リーンフィリア。おまえの今の神格は何だ?」


 さらに続けてディノソフィアは質問を投げかけた。まずいその話題は!


「神格? し、知りません。アンシェル? わたしの神格はどうなっていますか?」


 ディノソフィアを恨みがましく一瞥したアンシェルは、リーンフィリア様に抱き支えられたまま、消え入りそうな声でぽそりと答えた。


「……テトロドトキ神です……」

「え、何ですかそれは。強そう!」

「ええ。一グラムで人間五百人くらいはコロッと……」

「へ?」


 ぽかんとするリーンフィリア様に、ディノソフィアが言った。


「フグの毒のことじゃ」

「フグ!? 毒!? それ神様関係なくないですか!?」


 リーンフィリア様の悲痛な叫びが広場を走った。


 僕は天を仰ぐ。

 やりやがったな天界! リーンフィリア様を辱めるために、藁蛮神よりも低い格を作りやがった! もう最後にシンがつけば何でもいいのか!


 だが、半ば「さもありなん」と思う僕よりも強く拳を握り、震わせたのは、意外にもディノソフィア自身だった。


「わしにもな、プライドはある……」


 肩をわななかせ、彼女が吐き捨てるように言うのを、僕たちは聞いた。


「整地神だとか、フグの毒扱いの格だとか――」


 深紅の瞳から業火の残り火が弾け、こちらを一巡する。


「こんなヤツに一敗地に塗れたわしの立場はどうなるのじゃあああアアア!? フグ毒に負けたとかマ? と知り合いに聞かれる気持ちを考えたことがあるか!? 勝負をしたどころかわしが単にあたっただけみたいじゃろうがああああ!!」


 ああああああ!

 説得力ううううう!


「で、でも、リーンフィリア様がこれまで多くの土地を治めてきたのも事実。名はなくとも実績はあるので……!」


 僕は震え声で必死の抵抗を試みるが、荒ぶるディノソフィアには通じなかった。


「そんなことはわかっておる。それがあるからこそ、今までは辛抱してやった。だが、おまえたちの戦いはもうじき終わる。名を得る時間は残り少ない!」


 ん……。こいつ、今何て言った?


「リーンフィリア! まずおまえのその腑抜けた根性が問題じゃ。多少のことですぐに動揺しおって軟弱者が。ちょっと来い。鍛え直してやる!」


 一瞬沸き上がった疑問を、ずかずかと歩いていく褐色幼女の影が吹き散らす。


「わっ! こ、来ないでくださーい!」


 いきなりの接近に驚いたリーンフィリア様が、咄嗟にスコップをムラサメモードに切り替えてぶんぶん振り回した。


「だからなんじゃそのへっぴり腰はァ! もっと背筋を伸ばして構えんか! それと、拳を握るように刀の柄を握るな! 小指と薬指だけに力を入れ、他は軽く握れィ!」


 大振りの太刀の内側にいともたやすく入り込むと、ディノソフィアはリーンフィリア様の手首を掴んで、そのまま神殿の外へと引きずり始めた。


「た、助けてくださーい」


 まずい、リーンフィリア様がさらわれる!?


「リーンフィリア様!」


 僕らは慌てて追いかけようとした。が。

 コバエでも見つめるような眼差しのディノソフィアがこちらに手を差し向けた瞬間、手甲から紐状の何かが火花を散らしながら抜け落ち、僕ら全員を絡め取って一つの石柱に叩きつけた。


「何だ、これはっ!?」

「動け、ない……!」


 僕らを柱に縛り付けたぼんやりと赤黒い光を放つ紐は、よくよく見ると細い鎖だった。締め付けられる苦しみこそないが、まるで全身がしびれたように言うことを聞かなくなる。


 し、しまった……! 本性を現したな悪魔め! ヤツは最初からリーンフィリア様を誘拐するつもりだったんだ。このままでは僕らも全滅する!


 ディノソフィアの声が聞こえた。


「何かというとおまえらがわらわらと集まって擁護するせいで、この女神は剣の振り方一つ知らぬ。守られてばかりの者に頭領がままなるか! 一時間ほどそこでじっとしておれ。その間に、わしが地上でこいつを鍛えておいてやる」

「き、鍛えるだと……!?」


 え? 本当に鍛えるの? 僕らを油断させて一網打尽にするつもりじゃないのか?


「リーンフィリア様あああ!」

「あああー」


 アンシェルの悲痛な叫びも空しく、涙目のリーンフィリア様はディノソフィアに引きずられて地上へと落ちていってしまった。


そういえば、サムスピの覇王丸の刀の銘が河豚毒。

リーンフィリア様は斬鉄閃だった・・・?

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