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第百九十六話 幼魔ジャッジメント

「アンサラー!」


 物質化の完了を待たず、結実途中の粒子の燐火を手で巻き取るなり、僕は赤い瞳の悪魔に向かって引き金を引いていた。


 広がったマズルフラッシュに鳥たちが一斉に飛び立つ中、広場を直進した強化魔法弾丸は、幼女が無造作に持ち上げた細い人差し指のほんの少し手前で、溶けた飴にでも絡め取られたように推力を失い、虚空に停止した。


「正体がわかるや否や警告もせずに撃発とは、噂通りの狂犬ぶりじゃな」


 止まったアンサラーの弾丸を指で摘まみ、しげしげと眺めてから、契約の悪魔は艶然とした眼差しを僕に向ける。


「……ここでおまえを仕留めれば、それで一区切りつくんだ。ためらう理由があるか?」


 声が震えていない自信はあまりなかった。


 前作のラスボス、契約の悪魔。そして今度の戦いでも、途中までは首魁説が濃厚だった相手。〈ブラッディヤード〉の戦いでその可能性が揺らぎはしたものの、現れれば即座に戦う覚悟はできていた。

 それでも、ここまで無意識的に銃撃できるとは、僕自身にも予想外。これは成長の証なのか。それとも……。


「よい殺気じゃな。わしそういうの好きじゃぞ」


 こちらの胸に滲んだ疑問など気づく様子もなく、契約の悪魔は、捕まえたアンサラーの弾丸をゆっくり唇に持っていく。


 大きく口を開け、破壊光を保ったままのそれをこれ見よがしに舌の上に乗せると……ごくりと呑み込んだ。


「……!!?」


 全員に戦慄が走る。これまで、アンサラーの弾丸を防ぐ悪魔はいた。というか、全員が防ぐすべを持っていた。だが、食うまでは……。


 異様なデモンストレーション(悪魔だけに)に腰を抜かしたのか、アンシェルがぺたりと座り込む。


「ど、どうして、悪魔がこんなところにいるのよ……」

「ここがどんな土地かわかっておらぬのか天使? 大地だけではない。空も光に拒まれる忌み地じゃぞ? 神も他の天使も見てなどおらぬ。そこにぽつんと浮かぶ神殿に入り込むなど造作もないことよ」


 幼い声とは裏腹に狡猾な微笑みを向けて、さらにアンシェルを震え上がらせた契約の悪魔は、改めて僕を見つめる。


「さて、騎士よ。わしを倒せば、本当に一区切りつくと思っておるのか?」

「……違うとしても、悪魔を討たない理由はない。おまえが実は契約の悪魔でなかったとしてもだ」

「ほーう? わしの正体を疑うのか」


 悪魔は面白がるように言った。


「僕の知ってる姿とかなり違う。それに、おまえの首から下は、〈ブラッディヤード〉の地下で完全に仕留めたはずだ」

「ああ、あれか……。まだ気づいておらんかったのか」


 彼女は呆れたように目線を斜め上へと向ける。


「あれは“妖鎧ヨウガイ”、おまえが着ている鎧と同じじゃ」

「は……? 鎧……!? じゃあ、前の戦いで倒したのは……」

「わしの着ていた鎧にすぎん。いや、着ぐるみと言うべきかな? ククッ、可愛かったじゃろ? 制御中枢を破壊されて操作不能には陥ったがな。だから砂漠の投棄場に捨てたのじゃ。おまえが探していた頭は、わしが外に出る時にぶっ壊れて砂に返ってしまったので、どこを探しても見つからんぞ」


 ケラケラという無邪気な笑い声に指先が震え、危うくアンサラーを暴発させそうになる。


 あの禍々しく巨大な体は、こいつが着ていた着ぐるみにすぎなかった……。

 手ごたえは完全に生物だったから、生きている肉の鎧ってところか。遺棄された胴体に首がなかったのは、その程度の理由しかなかったなんて。


 僕は口元を歪めた。

 何だよ……。悪魔アバドーンが笑うわけだ。

 あいつも完全に同じことを言っていた。


 契約の悪魔は、より大きな存在――たとえば悪魔の王――に使い捨てられたようにも聞こえたけど、まさか本当にあれが使い捨てのボディだったとは。

 あの正直者め。変な言葉遣いしてないで、もうちょっと丁寧に説明しろ。専門用語を専門用語で説明するやつは心が醜いという名言を知らないのかよ……。


「わしが契約の悪魔だと理解したか?」


 尊大にあごをそびやかしながら、物わかりの悪い弟に言い諭すような口ぶりで、悪魔の幼女は言った。

 あの巨躯がガワにすぎず、中身が別に存在したというのなら、僕にこれ以上の反論は不可能。胴体部分の狂乱振りにも納得がいく。


 だとしたらこいつが、本当の契約の悪魔……!

 しかし……。


「……いや、違う……」


 僕は首肯を求める理性と道理を全否定し、声だけで首を横に振った。


「おまえが契約の悪魔であると、僕は認められない……!」


 なぜなら。

 なぜなら。


 なんで前作のラスボスがロリなんだよスタッフウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!! モオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 認められるかよこんな事実うううううううううううう!!

 姫カット白髪褐色幼女! 強属性のオンパレードじゃねえか! おまけにのじゃロリときた!


 やりやがったな……。

 ついにそこに手を出しやがったなスタッフ!


 アイドル・ヒロインの低年齢化が危ぶまれる現代において、重要キャラをロリにしときゃとりあえずウケるだろうという安易な着想に飛びついたな!?


 しかもよりによって、前作ラスボスという強ポジションッ!


 中立ならばその立ち位置の不気味さを。

 敵対するならばかの死闘の再来を。

 そして、もし共闘するとなれば、誰よりもその強さに圧倒された当事者としての恐懼と頼もしさを!


 何をしても前作ファンの心を鷲掴む、ある意味主人公より人気者!

 それをロリキャラにッ!!


 さては、ロリい外見に似合わぬゲスさや過激な表現や卑猥な台詞を組み込むことで、さらにユーザーを取り込もうとする腹積もりだな!?


 見え透いた罠だ!


 そういうことをすると離れていくファンがいることを忘れるな! 『Ⅰ』の時は、多少大人びた考えを持っていても、子供らしい子供しかいなかっただろうが! こんな邪悪なロリ――邪ロリは存在しなかった! それをッッッッッ!


 僕ツジクローは今、全硬派『リジェネシス』プレイヤーの代表として、この状況に断固たるジャッジを下す!


 くらえ魂のォォォォ!


 コレ!!!


 えっ……?

 え……? コレ、だと……?


 バカな。何で。なぜ僕はそっちのボタンを押している?


 は、はは。

 し、しまったなああああ。お、押し間違っちゃったかあああああ。

 ポ、ポポ、ポイントを相殺するためにも余分に押し直さないと!

 オラアアアア!


 コレ! コレ!


 ヘアッ!?

 ウソだろ!? 何だこのボタン……。どちらもコレしか言わないぞ!?

 なんで……。

 

【ぜんさくらすぼすろりかうれしいな:3コレ】(累計ポイント-29000)

 

 おいィィィィィ!? 勝手に集計終わるな!


 ち、違うッ! そんなはずない! これは不正だ。こんなことは許されない! それに、この事態が3カウントで済むはずがない。リミットまでコレジャナイすべき事案だ!

 再審を要求する! なっ、一事不再理だと!? ウソだろもうこれで決まりなんですか!? 何もかも中途半端なままで!? ああああああああああああああ!


「――い。おい……おい!」


 僕ははっとなった。


 視線と共にいつ間にか下ろしていたアンサラーの銃口にぞっとしつつ、広場の端に佇む邪ロリを見据え直す。


「何やら妙な葛藤が脳内で繰り広げられているようじゃが」


 クソッ、的確に僕の心情を二十五字以内で言い表すのをやめろ。


「――ディノソフィア」

「は……?」


 突然告げた奇妙な単語に、僕は情けない声を返していた。

 契約の悪魔は涼しげに、そして淫靡に笑ったまま、


「わしが契約の悪魔と認めたくないのならそれでかまわん。そうじゃな、ディノソフィアと名乗ってやろう。おまえの主に似た名なら、覚えやすかろう?」


 何だとこいつ……!?


 リーンフィリア様の名前の意味は「強固な友愛」だとアンシェルから聞いたことがある。

 それに対してディノソフィアとは、ディノ=恐ろしい ソフィア=叡智 という意味。


 愛と叡智。美徳として共に語られるものを名乗って、馴れ馴れしくもリーンフィリア様に並び立つつもりか!? 何がしたいんだこのロリ!?


「そう邪険にするなよ。この悪魔ディノソフィアが、本当の敵すらまともに見つけられないおまえたちに手を貸してやろうと言っておるのじゃぞ」


『!!??』


 彼女が放った言葉に的確な反応を返せる者は誰もおらず、ただただ硬直するばかりの僕らの間を、宿敵の軽やかな笑い声がすり抜けていった。


 この前作ラスボス。

 中立でも、敵対でもなく。

 共闘……だと?


何だか懐かしいノリですね……。

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