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第百九十四話 子

 何が起こったのか、誰も理解できなかった。


 天界を震え上がらせた最強のサベージブラック、弑天。

 それが今日まで、神々に見放された大地で生き延びていたこと。そして、たった今死んだこと。


 残したのは、ただ一言。


 地に伏したサベージブラックの表情は、人である僕にはわからない。

 けれど、なぜか、とても穏やかな死に顔に思えた。


 パスティスの尻尾を通じて意図の交換をしてもらわずとも、この竜が最後に何を思ったのか何となくわかったその理由は、あの鳥のような鳴き声。


 僕はそれをすでに一度聞いていた。

 アディンたちの卵をパスティスに託した、あの母竜と同じだった。

 安堵したような。感謝するような。そういう、鳴き方だったのだ。


「……………………」


 リーンフィリア様は目を見開いたまま、じっと弑天の遺骸を見つめていた。アンシェルが手を取ろうとすると、初めて我に返ったようにぐらついた。


「リーンフィリア様、大丈夫ですか!?」


 僕らみんなが駆け寄り、心配する目を向ける中、女神様は手で額をこすりながら、


「え、ええ……。ちょっと驚いただけです。サベージブラックが、しゃべったように聞こえたので……」

「しゃべって、たよ。あこや――って」


 パスティスが恐る恐る言うと、リーンフィリア様はびっくりしたようにまた目を丸くし、こくこくとうなずいた。


「みなにもそう聞こえたのですか? どうしてサベージブラックが言葉を?」


 僕は思わずアディンたちを見た。

 三匹の竜は鳴き声も発さずに、弑天の死体を見つめているようだった。


「あの大きなサベージブラックは、なぜか人の言葉を話せました。だから、わしらとも意思疎通ができたのです」


 アンネはそう言い、弑天に向けて指先で奇妙な印を切った。祈りの仕草のようだった。


「あこや、って何? 騎士様」


 パスティスが僕に聞いてくる。弑天が残した最後の言葉だ。


「……多分、“吾子や”だと思う。親が子に対して呼びかける言葉だよ。あるいは、小さい子に対して。坊やとか、そういう意味かな」

「じゃあ、この竜は、リーンフィリア様の、親なの?」

「いや、さすがにそれは……」


 僕らがおずおずと目を向けると、リーンフィリア様はびっくりした様子で「ち、違いますよ?」と首を横に振った。


「死にかけだったし、まともじゃなかったんでしょ……。それより、今日まで弑天が生きてたことの方が驚きだったわよ。背中に刺さってるのはオメガの槍ね。一度刺されば、相手が死ぬまで二度と抜けないっていう。あれに貫かれて地上に墜落して、よくもまあ……」


 アンシェルが大きく息を吐きながら言う。

 まともじゃなかった……? そうだろうか……。


「では、帰りましょうか」


 アンネがあっさりと言い放った台詞は、僕らを思わず身じろぎさせた。あまりにも切り替えが早すぎる。


「もう、いいのですか?」


 と、リーンフィリア様が戸惑うのも無理もない話で、僕らがここに来てしたことと言えば、弑天の最期を看取ったというそれだけだ。


「この竜も、最後に女神様にお目通りできて満足したようですし、遺骸は森と雪が埋葬してくれるでしょう。ありがとうございました」

「そ、そうですか……」

「ちょっと待ちなさい」


 納得しようとしたリーンフィリア様を押しのけるように割って入ったのは、アンシェルの声だった。


「あんたらはこの竜が天への反逆者だってこと知ってたの? たとえ知らなくとも、凶暴なサベージブラックの前にリーンフィリア様を呼び出すなんて、とんでもないことだわ。どういうつもりか、きちんと釈明してほしいわね」


 彼女の怒りはもっともだ。アンネは少し考え込むようにアンシェルを見つめ、

 突然。


「むっ、むむっ、あいた、いたたた。今日は冷えるせいか、病んだ左目が痛みますわい。年寄りはもう家に帰って休ませていただけませんかのう」

「なっ……何よいきなり!」


 するとラスコーリ市長も、


「あっ。くうっ、わ、わしも封じた片目が急に……! 鎮まれ、鎮まれわしの魔眼……!」

「あんたのは仮病でしょハゲ!」


 誰がどう見ても二人ともお芝居だったけど、リーンフィリア様は無理強いはさせたくなかったのか、


「まあまあ、アンシェル。この話はまた今度にしましょう。暗くならないうちに街に戻らなければ」

「ぐうっ……! 覚えてなさいよ……!」


 女神様に後ろから両肩を抑えられてはアンシェルも抵抗しようがなく、僕らは爆弾級の疑問を抱えたまま、街に戻ることにした。


 ※


 無言で歩き続けた帰り道は、かえって頭の整理には好都合だったかもしれない。


「騎士殿、やるよ」

「ラージャッ」


 目が痛いふりを続ける高齢者二人を見送った後、「狩り場について聞きたい」という名目で呼び止めたカルツェの両脇をがっしりと固定しつつ、神殿のラウンジへと連行した。


「弑天について聞かせてほしいんだ」


 テーブルをはさんで正面から見据えたマルネリアに対し、カルツェは目線を脇へと逃がした。


「……よくは知らない」

「ねえカルツェ。カルツェさえよければ、近々、ショタドワーフたちの肖像画を取り寄せようかとボクは考えているんだ」

「知っていることは何でも話そう」


 ガチ勢怖いなー。


 カルツェの同意を受け、進行役のマルネリアはちらりと参加者全員に目配せした。

 天界組フルメンバー。特にアンネたちを取り逃がしたアンシェルは、隙のない追及の眼差しをカルツェに注いでいる。


「あの竜とわたしたちが初めて会ったのは、街を追われてからだ。食料を探して狩りに出ていたわたしの兄が見つけた」

「警戒しなかったのかい? サベージブラックと言えば、世界でも屈指の強力かつ凶暴な竜だ」

「普通に話しかけられたので、最初から危険だとは思わなかったそうだ」


 サベージブラックがしゃべってる時点でおかしさマックスなんだが……。


「まず、そこかなあ」


 マルネリアがテーブルを指で叩きながら言った。


「どうしてあのサベージブラックは人の言葉をしゃべれるんだろう。パスティス、アディンたちはしゃべることあるの?」

「ない、よ。でも、こっちの言葉は、結構、わかってたりする、みたい」

「僕もそう思う。戦闘中とか、簡単な指示にはかなり正確に応じてくれる」


 僕がパスティスの意見に同意すると、問いかけたマルネリアは納得した様子でうなずいた。


「地頭は間違いなくいいんだよねぇ。悪名高い弑天なら、人語を操るくらいやっても不思議はない、かな。ねえ、カルツェ、あの竜とは話をしたのかい?」

「肯定。ちょうど狩りの帰り道にいるから、よく話した」

「どんな話? 何か、リーンフィリア様について言ってた?」

「否定。ただの世間話。目の前の若木に枝が増えたとか、鳥が飛んできて角にいた虫を食べてくれたとか。あと、今年は雪が少なくてつまらないとか、そういう愚痴」


 ほのぼのしすぎィ! 何で必殺の槍に刺されたまま日常系やってんだよ……!


「……致命傷のはずよ。あの槍の位置は」


 アンシェルが顔をしかめてうめく。


「肯定。あの竜もそう認めていた。ただ、女神様に会うまでは死んでも死に切れないと、婆様に話したらしい」

「その理由は?」

「言わなかったそうだ」


 マルネリアは腕を組んでうなった。カルツェは恐らく正直に話しているだろう。

 死にかけた竜の日常系を聞かされてのんきに緩まっていた空気が、奇妙な寒気を伴ってラウンジを対流する。


 致命傷を受けたはずの弑天。

 だが本人は今日まで生き続けた。女神様に一目会う、それだけのために。

 何だ、その執念は。


「リーンフィリア様は弑天と面識はあるんですか?」


 僕がたずねると、彼女は改めて否定した。


「いいえ。天界の襲撃も、伝聞で知っただけです。姿を見たのは今日が初めてでした」

「でも、あの竜は、女神様を見て、安心してた、と思う……」


 パスティスがつぶやくように言った。


「僕も同じものを感じた。弑天は、少なくとも、リーンフィリア様を知ってたんじゃないかな」


 そして安堵のうちに死んだ。それはほぼ間違いないだろう。


 弑天が何を見てそう感じたのかまではわからないけど、リーンフィリア様との面会を果たした直後に息絶えたことを鑑みると、ぎりぎりのタイミングだったというより、会えたことに安心して力尽きたと見る方が自然に思えた。


 一体どんな意志を持っていたら、急所を槍に貫かれながら生き延び、そしてあの一瞬で満足して死ぬことができるんだ?


「騎士様。やっぱりあの竜は、リーンフィリア様の親だった、んじゃないかな……」


 パスティスがおずおずと僕に言ってくる。


「またそんなこと言ってるの? ありえないわ。竜の子は竜。神様の子は神様よ」


 アンシェルが即座に否定する。が、意外にもパスティスはその持論をもう一押ししてくる。


「あの竜は、昔、地上から天界にまで、昇って、来たんだよね。ひょっとしたら、リーンフィリア様を探しに来たんじゃ、ないかな……。わたしも、アディンたち、が、遠くに行っちゃったら、探しに行くと、思うから……」


 ……!!


 聞いていた僕たちはぎょっとして互いの顔を見合わせ、すぐにリーンフィリア様に視線を集める。

 パスティスの説は、前提を白紙に考えれば驚くほど状況に適合していた。


 離れ離れになった我が子を探しに来た弑天。天界から追い落とされた後も、一目会いたくてずっと露命を繋いできた。そして、立派に成長した彼女を見て安堵し、吾子やと言い残して――。


 何だこれは。腑に落ちすぎるじゃないか。


「そ、そう言われても、わたしは神のはずですし……ごにょごにょ」


 と、人差し指すり合わせながら困惑するリーンフィリア様を、再びアンシェルがかばう。


「頓珍漢なこと言って女神様を困らせないの。あの変な絵とかに影響受けすぎなのよ。リーンフィリア様と弑天に接点なんてないわ。それより許せないのは、わざわざ雪道を歩かせて、あんな危険な竜とリーンフィリア様を会わせた年寄りよ! たとえ死にかけでも、オメガの槍がなければ町一つくらい簡単に消せる相手よ。どういう了見なの?」


 あけすけな憤懣をぶつけられ、カルツェは少し首をすくめた。


「同意。謝罪、する……」


 続ける。


「今回のことは婆様が決めた。ラスコーリ市長は反対」


 そういえば、今日のラスコーリは何だか苦虫を噛み潰したような顔をしてたな。


「ねえカルツェ。アンネに、ボクらが『調和』の絵を見つけたことを話した?」


 マルネリアが横から口を出す。


「? 肯定。婆様には家族の誰もが色んなことを話す」


 ちらりと目配せしたエルフを見て、僕は質問の意図を悟った。


 ……今回の女神様と弑天の面会は、少なくともタイミングに関しては、アンネに図られたものらしい。『調和』の絵を見た直後に、このできごと。リーンフィリア様とサベージブラックの繋がりを強化するには十分。


 僕らがカルツェからグレッサリアの内情を聞き出すように、アンネは彼女を通じて、こっちの動きを見ているわけか。アンネは、僕らに何かを伝えようとしているのか……?



「ラスコーリは、どうもボクらに何かを隠してる様子だ。それが何か気にはなるけど、それ以上にそうする理由が知りたい。秘密そのものより、隠す理由の方が重大なことは往々にしてあるからね」


 マルネリアが重ねて質問すると、カルツェはちらりとリーンフィリア様を見てから、腹を決めたように言った。


「ラスコーリ市長は、できるだけ女神様の手を煩わせたくない。この街に関われば、天界での立場が悪くなると、思ってる」


 リーンフィリア様が、はっと目を見開く。


「婆様は逆。その…………そうしてくれるのも、女神様の判断だと思ってる」

「あの人間……」


 アンシェルが忌々しげにうなった。


 リーンフィリア様の身を第一に考えるアンシェルからすれば、アンネのスタンスは、助けられる側の無責任さに映るのだろう。逆に、マルネリアも警戒していたラスコーリの秘密主義的な態度は、女神様を思ってのことだった、ということなのか……。だが。


「気を遣ってもらわずとも大丈夫です。わたしは、わたしの責任でこの土地にいます。グレッサの民を救うことに、いかなる代償が必要とも思っていません。ここは、当然のごとく世界の一部であるべき土地です」


 リーンフィリア様なら、そう言うと思ってたよ。


「感謝、します。女神様……。本当に」


 カルツェが感じ入ったように目を伏せて、肩をすぼめた。


 結局、リーンフィリア様と弑天の接点はわからないままだった。

 しかし『調和』の絵が示す神族とサベージブラックの密接な関係の一端として、僕らの意識に長くとどまり続けた。

 このグレッサリアという街は一体何なのか。


 これまでのエリアとは一線を画する、奇妙なできごとの連続。

 そしてその秘密の絵図に、なぜかリーンフィリア様が描き込まれている。

 このエリアを攻略した時、僕らはとてつもない真実に行き着くのかもしれない……。



オメガ「この高さから落ちればさすがのヤツも助かるまい……」

スペランカー先生「当然ですね」

ダクソ主人公「当たり前だよなあ?」

シリアスさん「へへ……生きてるはずがねえ」

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